作品タイトル不明
15. 手となり足となれ
フローラは淑女教育をしているように見せかけた自由時間を作った。ガヴァネスはワンとしか言えなかった。美と知能への嫉妬による、フローラを何も知らないが故の偏見よりも、恐怖が上回った。
「お母様に学習面での優秀さを話してちょうだい。包み隠さずに、ね」
「っ!」
「……一応言っておくけれど、何か余計なことを告げようとするものなら、貴女は変死体になるだけよ」
実際はそんなめんどくさいことをするつもりはないが、ガヴァネスは思慮が浅く、調子に乗りやすい前科がある。
ガヴァネスはフローラの母に、芸術の方は避け、学習面においてどれだけ優秀かを伝えた。フローラの母は上機嫌に使用人に自慢した。使用人達はそんなことは知っていたため、ただただ頷いていなした。
「よくやったわ。とてもいい子ね」
フローラはガヴァネスの頭を撫でる。
定期的に脅し、よくできたら褒める。飴と鞭の使い分けによって、ガヴァネスはずっと緊張状態だった。ある意味では終身刑。排除されるよりも辛いことだ。7歳に30代の女性が犬扱いされいる図なんて、正常な人間が見たら頭が狂ったと考える。
フローラは、母の野心を鎮めることに成功した。とはいえすぐ燃え上がるだろうというのは目に見えていたため、もう少し育ち、異母兄が正式に後継の座に就いた時には、第一夫人と少々お話をしようと考えていた。
「もう一度、お父様に告げ口をしなさい。いつまで経ってもピアノが上手くならないから、少し痛い目を見せたほうがいいと」
「そ、そんなこと!」
「……誰が話していいと言ったの?」
ガヴァネスは怯えながらもどうにか命令を聞いた。その様子に伯爵は少し不思議に思ったが、言い分を聞くことにした。
フローラはまた呼び出され、絶望するフリをした。ガヴァネスはその化けの皮の精度に恐怖したが、フローラの一睨みで固まった。
「ねぇ、その鍵を少し見せて欲しいわ」
「……普通の鍵ですよ?」
「だからよ、これから行くところがただの物置だって思えて、安心するの」
フローラは側近が涙を拭いている間に、粘土で鍵の型を取った。庭の土から抽出して作った粘土だ。
翌朝、それをガヴァネスに渡し、街の金物屋で複製してもらうよう命じた。主人の使いで、主人が物置の鍵を無くしてしまった体だ。用心深い主人で、型を取っていたのだと。ガヴァネスの休日はフローラのお使いで終わった。
「ふふ、ふふふ……」
こうして、フローラは屋根裏部屋の鍵を手に入れた。いつでもあの素敵な部屋に入ることができる。居心地のいい部屋にし放題だ。優秀なメイドにお願いして、どこの所属のメイドがどの時間にいるのかを把握し、誰も通らない道を編み出すことにも成功した。
元々フローラは割と放置されてきた。寝顔を見にくる親などいないのだから、夜中にいなくとも何も問題はない。
フローラは笑った。ガヴァネスはフローラを虐げたことを後悔した。鞭とムカデがこの世で一番苦手なものとなった。
「……ねえ貴女の部屋のランプに、オイルがあるでしょう?」
ガヴァネスの部屋のランプオイルの減りが妙に早いことを、メイドは不思議に思った。
フローラは屋根裏部屋をどんどん改造していった。
部屋を照らせる大きなランプ。虫干ししたカーペット。冬に備えて毛布やブランケットにクッション。別邸や本邸の書庫からくすねてきた自分のお気に入りの本。小さなローテーブルにティーセット。お湯はガヴァネスに持って来させる。
屋根裏部屋の生活は素晴らしく、フローラの悪趣味は加速していった。
一年、二年、三年、四年、五年……月日は巡り、フローラはいつのまにか13歳になった。
フローラは日に日に美しくなっていったが、婚約者とはほとんど会わなかった。フローラは年上の未亡人ではないし、貴族の婚約なんてそんなものだ。
そしてガヴァネスが裏切る……または変に心酔する前に、辞めさせることにした。人というのは恐怖だろうと何だろうと、徐々に麻痺してくるものだ。
「貴女に縁談を用意したの。お相手の方の年は少々いっているけれど、悪くない相手よ」
伯爵領で幅を利かせる商会……つまりは元第二夫人の生家の人間だった。女遊びをして離婚されてはいるものの、そこそこ財力を持っている人だ。年だってガヴァネスとは一回りしか離れていない。年老いた先に身寄りのないガヴァネスという職にとって、とてもいい話だろう。
「貴女は私に尽くしてくれたから、そのお礼よ」
しかしガヴァネスは嫌がった。長年の調教により、もうすでにフローラの犬であることに酔いしれていた。
「安心なさい、貴女がどこにいようとも、私の害になりそうなら潰すだけよ」
ガヴァネスは泣く泣く伯爵邸を去った。
伯爵は次のガヴァネスを見つけるのがめんどくさくなり、フローラを中等部に通わせることにした。