軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

なめらかプリンとふわふわパンケーキ

夏本番を前に、アードベルの街は日増しに暑さを増していた。

朝の支度を終えたリーナは、魔石冷蔵庫から卵を取り出しながら、ふと呟く。

「ジュードも最近疲れた顔してるし、訓練もきっと大変だよね……」

遠征に出る騎士たち、昼間の鍛錬、そして炎天下での活動。そんな厳しい環境で頑張る彼らのために、何か自分にできることはないだろうか。

(せめて、冷たくて甘いものでも届けられたら……)

しかし「アンナの食卓」の厨房は小さく、騎士団全員分の差し入れを用意するのは難しかった。

そんなことを考えていると、扉の向こうからノックの音が聞こえた。

「おはよう、リーナ」

「あ、ジュード! おはよう」

いつものように朝の様子を見に来てくれたジュードに、リーナは思い切って相談を切り出した。

「あのさ……いつもお世話になってるから、騎士団のみなさんに冷たいお菓子を差し入れできたらって思ってるんだけど」

「差し入れか……いいな。でも、ここじゃ数が難しいな。……あ、ロドリックさんに相談してみるってのはどう?」

「ロドリックさんに?」

「ほら、あの人、料理オタクみたいなとこあるし。新しい料理って聞いたら、きっと

喜んで協力してくれると思うぞ」

「ふふっ……確かに。あの人なら『面白いですね!』って乗ってきそう」

そうして数日後、ジュードが嬉しそうな顔で「アンナの食卓」にやってきた。

「リーナ、良い知らせだ!」

「えっ、どうしたの?」

「ロドリックさん、厨房を使っていいって! 『新作お菓子、ぜひ見たい!』って張り切ってたよ」

「本当!? ありがとう、ジュード!」

「団長にも軽く話を通してある。問題ないってさ」

「そっか……でも、騎士団の厨房なんて緊張しちゃうな」

「大丈夫。ロドリックさんは優しいし、みんなリーナのこと大好きだからさ」

その言葉に背中を押されて、リーナは決意を固めた。

(よし、やってみよう)

約束の日。リーナは魔石冷蔵庫でしっかり冷やした卵や牛乳、小麦粉、砂糖を籠に詰めて、さらにエルダーベリーのジャムも忘れずに持参した。

「リーナさん、お待ちしてました!」

厨房へ案内してくれたのは若い騎士。扉を開けた先には、ロドリックが満面の笑みで待っていた。

「こちらが、騎士団の厨房です」

リーナの店とは比べ物にならない広さの厨房には、分厚い木の作業台や大人数に対応するための大鍋が並び、そして――

「この調理台、魔石で……?」

「ええ。魔石で温度を正確に調節できるんです。繊細な火加減も思いのまま」

リーナは目を見張った。

「すごい……これ……最新の設備」

「騎士団の厨房自慢の設備です。今日はお菓子ですよね。楽しみにしていました」

「はい、よろしくお願いします!」

「では、早速始めましょう!」

まずはプリンから。

「最初にカラメルを作ります。砂糖と水を火にかけて、焦げる寸前で止めるのがコツです」

ロドリックが不安そうな顔をする。

「焦げる寸前ですか……?」

「琥珀色になるまで加熱すると、香ばしさと軽い苦みが出るんです。この苦みがプリンの甘さを引き立てるので、焦げる一歩手前を狙います」

リーナが手際よく琥珀色の液体をプリン型に注ぐと、ロドリックが感嘆の声を漏らす。

「甘い香りの宝石……」

続いて、プリン本体の準備へ。小鍋に牛乳と砂糖を入れ、魔石調理台の弱火設定で加熱する。

「沸騰させないように温めるのが大事です。気泡が見えたらすぐ止めて」

牛乳が湯気を立て始める。リーナは素早く火を止めると、別のボウルで卵をコシを切るように混ぜ始めた。

温めた牛乳を少しずつ加えていく。一気に入れると卵が固まってしまうため、慎重に注ぐ必要があった。ロドリックは真剣な眼差しでその手元を見守っている。

そして、混ざり合った液体を目の細かいざるで丁寧に濾していく。

「この一手間で、なめらかさが全然違うんですよ」

ざるを通った液体は、絹を思わせるなめらかさになっていた。カップに均等に注ぎ入れて、いよいよ蒸し焼きの準備だ。

フライパンに二、三センチの高さまでお湯を沸かし、蓋に大きめの布巾を巻き付ける。蓋に布巾を巻き付けると、ロドリックが興味深そうに覗き込んだ。これでプリンに水滴が落ちるのを防げるのだ。

お湯が沸騰したら一度火を止め、カップを並べ入れて蓋をする。加熱も、ここでは魔石の設定で温度と時間をコントロールできる。

「弱火で加熱して、そのあと火を止めて余熱で通します」

「精神修行のようですね」

ロドリックの言葉に、リーナがくすりと笑った。

(この調理台、本当にすごい。こんな繊細な温度管理までできるなんて)

プリンが蒸しあがるのを待つ間、次はスフレパンケーキの準備に取りかかる。

「ポイントは卵白をしっかり冷やしておくこと。冷えていたほうが、しっかりしたメレンゲになるんです」

魔石冷蔵庫から取り出したボウルの中の卵白は、ひんやりと冷たかった。

まず卵黄の生地から作る。卵黄に牛乳を加え、ふるった小麦粉を手早く混ぜていく。

次はいよいよメレンゲ作り。リーナが泡立て器を手にするロドリックに声をかける。

「ロドリックさん、お願いします!」

「はっ、はいっ!」

冷えた卵白に砂糖を加え、ロドリックが一生懸命泡立て始める。

「もっと思いきって、大きく空気を含ませるように……そう、いい感じです!」

ロドリックが必死に泡立てていくと、卵白はみるみる白く変化していく。

「最後に角が立つまで泡立てたら完成です。試しに、ボウルを逆さにしてみてください」

「えっ、ほんとに……? では、いきます……!」

ボウルを恐る恐る逆さにしたロドリックが、目を見開いた。

「うおおっ……雲が張り付いている! これは天使の羽……?」

「はい、完璧です!」

リーナがにっこりと微笑む。

卵黄生地にメレンゲをひとすくい加えて混ぜ、なじませてから、残りのメレンゲを丁寧に折り込む。

「ここは、泡を潰さないように、さっくりと」

リーナの手元は慎重そのものだ。まるで壊れ物を扱うように、丁寧にメレンゲを折り込んでいく。

魔石調理台の弱火設定にして、油を引いたフライパンにリーナがおたまで生地を落とす。

「少しずつ重ねて盛ると、厚みが出て軽く焼けます」

水を少量ふりかけ、蒸気で包みこむように蓋をする。やがて良い香りが漂い始めた。

「そろそろですね」

蓋を開けると、ふっくらと膨らんだパンケーキが現れた。

「ふぉぉ……これはまさに雲……!」

リーナが慎重に裏返して、さらに蒸し焼きにする。

再び香ばしい香りが立ち上り、生地が見事に膨らんでいく。二人とも声を上げる。

「うわぁ……」

ひっくり返して、再び水を加えて蓋をした。しばらくすると、ふんわりとしたパンケーキが完成する。

ちょうどそのころ――

甘い香りに誘われて、厨房の外からひとり、またひとりと騎士団の面々が顔を出してきた。

「リーナ? 何作ってるの?」

「なんだ、このいい匂い……」

ガレス、シリル、アデラインが顔を覗かせる。

「よければ、味見してみてください」

プリンとスフレパンケーキにエルダーベリージャムを添えて、試食が始まる。

「うめぇ! この食感、なんだ!?」

「ふわふわして、しゅわっ? 今までの菓子と全然違う」

「このジャム、この前のよね? 合うわ~!」

「これは……雲の上で天使たちが奏でる美味の調べ! 絹を思わせるなめらかさと、羽を思わせる軽やかさが口の中で舞っている!」

その時。

「ゴホン……何やら甘い香りがすると思えば……」

厨房の入り口に、バルトロメオ団長が現れた。

「なにか……研究でもしているのか?」

威厳を保とうとしているその声も、目はしっかりとお菓子に釘付けだった。

「団長、リーナさんが差し入れを作ってくださったんです」

ロドリックの言葉に、団長の目がキラリと光る。

「そ、そうか。街の文化向上のための活動というわけだな」

「よろしければ、ぜひ研究の一環として」

リーナが笑顔で勧めると、団長は真面目な顔で頷いた。

「では、研究のために一口だけ」

プリンをひと口食べた団長が、動きを止める。そして、もうひと口。さらにもうひと口。無言のまま、あっという間に完食してしまった。

騎士団員たちは顔を見合わせる。

(あ、完全にハマってる……)

「研究のために……もう一つ」

今度は別のプリンに手を伸ばす団長を、みんなニヤニヤしながら見守った。

続いてパンケーキにも手を伸ばす。ジャムをのせて、ぱくり。

「これも街の文化……発展の……」

「団長、もう隠さなくても」

アデラインが笑いながら呟いた。ついに観念したのか、団長が小さな声で漏らす。

「実は、甘いものが好きなのだ」

「え、いまさら!?」

騎士団全員の声が、見事にそろった。

「でも団長としての威厳がな……」

「好きなものは、好きでいいんじゃないでしょうか」

リーナの優しい言葉に、団長はぽかんとしたあと、ふっと微笑んだ。

「そうか。ならば……士気向上のためにも、定期的にお願いしたい」

「もちろん! 喜んでお作りしますね」

「リーナさん、今日は本当にありがとうございました」

帰り際、ロドリックが深々と頭を下げた。

「こちらこそ、厨房をお借りして。おかげで、大人数分でも上手く作れました」

「あの繊細な火加減とメレンゲの技……料理人として学ぶことばかりでした」

「こちらこそ、最新の設備を使わせていただけて勉強になりました。また一緒に作りましょう!」

「ぜひ!」

リーナは笑顔で騎士団本部を後にした。

(みんながあんなに喜んでくれて、本当に良かった。……団長の顔、可愛かったなぁ)

そんなことを思いながら、夕暮れの街をゆっくりと歩いていった。

その夜、騎士団の談話室では――

「団長の甘党、完全にバレましたね」

「今さら隠しても無駄でしょ」

「リーナちゃんのお菓子、また食べたいなあ」

「次は何が出てくるんだろう」

和やかな笑い声が広がる中、執務室では、バルトロメオ団長がひとり、少しだけ赤くなった顔で腕を組んでいた。けれど、その口元には、誰にも気づかれないように浮かんだ小さな笑みがあった。