軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

便利な道具と職人の技

翌朝、「アンナの食卓」の厨房では、リーナが仕込みの手を動かしながら、昨日決まった魔石冷蔵庫のことを思い返していた。

(金貨三十枚か……大きな投資だけど、これで料理の幅が広がるなら、絶対に元は取れる!)

そう考えていた矢先、店の扉が控えめにノックされた。

「おはようございます。魔法技師のダンテ・ハイムと申します」

振り返ると、真面目そうな中年の男性が立っていた。短く刈り込まれた髪に、測定用具の入った革鞄。言葉少なながらも整った身なりと表情に、職人らしい信頼感が滲んでいる。

「リーナです。よろしくお願いします」

「では、早速設置場所を確認させていただいても?」

ダンテは厨房を見渡すと、調理台の横の壁際を指さした。

「こちらの角が適しているかと。かまどの熱の影響を避けられますし、動線も悪くありません」

几帳面にメモを取りながら、淡々と続ける。高さは一・五メートル、幅は一メートル程度。肉類で三日、野菜なら一週間は保存できるという。

リーナは頷きながら、脳内で配置をシミュレーションする。魔石への魔法付与に時間がかかるため、納品までは一週間かかるとのことだった。

「費用は金貨三十枚で、前払いでお願いします」

「分かりました。問題ありません」

リーナは迷わず応じた。料理教室とレシピ販売で得た資金が、ようやく役に立つときが来たのだ。

ダンテは続けて、街の共用冷蔵施設の件にも触れた。噴水広場近くの空き地に、大型の魔法陣式のものを設置するという。十店舗の利用を想定していて、完成は三週間後を予定しているそうだ。広げられた図面には、魔法陣と石造りの構造が丁寧に描かれていた。

静かに礼をしてダンテが去ると、リーナは厨房に立ち尽くした。さっきまで彼がいた場所に目を向けながら、ふっと息をつく。

(魔石冷蔵庫が来るなら……前よりもっと、いろんな料理ができるかもしれない)

そんな思いが、ふと前世の記憶を呼び起こした。

(冷蔵庫かぁ……前は当たり前のように毎日使ってたな)

庫内の明かり、開けるたびに冷気が漂う感覚、保存していた食材たち。便利な道具に囲まれていたあの頃。冷蔵庫だけじゃない。キッチンには、調理を支えてくれる小道具がいくつもあった。

(そういえば、料理で便利だった道具って他にもたくさんあったっけ)

記憶の奥底から浮かんでくる――

菜箸。しゃもじ。落とし蓋。味噌こし。玉子焼き器。

(でも、今世で見たことないな……東方の商人なら、知っているかもしれないけど)

頭の中に浮かんだのは、かつて当たり前だったけれど、今の暮らしにはまだ存在しない「道具たち」。自分で作れないなら、作ってもらえればいいのでは?

そのとき、昼の営業準備のために外から届いた野菜の匂いが、再び現実へとリーナを引き戻した。

昼の営業がひと段落ついたころ、店の扉が開いた。顔を見せたのは、大工のトムと鍛冶屋のハンス。どちらも「アンナの食卓」の常連で、リーナとも気軽に話せる仲だ。

今日のお任せは、ストームホーンのそぼろ丼。お味噌汁とピクルスもついた、がっつり食べられる定食だ。二人は嬉しそうに席に着き、リーナが手際よく盛り付けた湯気の立つ器を前に、勢いよく食べ始めた。

「うめぇな、このそぼろ……甘辛のバランスが絶妙だ」

「味噌汁もうまい。沁みるねぇ……」

満足そうな表情を浮かべながら食べ進める二人を見て、リーナは少し緊張した面持ちで声をかけた。

「あの……ちょっとご相談が」

トムとハンスは顔を見合わせ、興味深そうに身を乗り出した。

「調理器具?」

「はい。揚げ物の時とかに使うんですが、もっと長くて、先が細いつかむための棒が欲しくて……」

「棒でつかむ? トングみたいなやつか?」

「そ、そういうのじゃなくて……細い棒を二本、指で挟むように使って……えっと、東方の商人さんが話してたような……気がして……」

言いながら、リーナはちょっと視線を逸らして笑った。

「なるほど。木で作るなら簡単そうだな」

トムが頷く。リーナは少し安心したように続けた。ご飯専用の平たいへら。お味噌を溶かすための網状の道具。四角い小さなフライパン。煮物で使う小さな蓋。一つ一つ、手振りを交えながら説明していく。

「味噌を溶かす?」

今度はハンスが興味津々といった様子で身を乗り出した。

「網のようになっていて、中に味噌を入れて、お汁の中でゆっくり溶かせるような感じです」

「ほう、それは面白い。鉄で網を組むのは得意分野だ。任せとけ」

「本当ですか!?」

思わず声が弾んでしまうリーナ。

「四角いフライパンってのは? 丸じゃなくて?」

「はい、卵焼きを巻くのに便利なんです。四角だと形がきれいに仕上がります」

ハンスは腕を組んで頷いた。

「なるほどな……けど、リーナちゃん、よくそんな細かいこと知ってるね?」

「え、ええと……東方の商人さんから聞いたことがあって……」

リーナはまた、ほんの少し目をそらしてごまかした。

「なるほどな。東方って、道具も料理も奥が深そうだ」

「よし、作ってやろう。材料費はリーナちゃんが出してくれるんだろ?」

「もちろんです!」

「技術料は……そうだな。できあがった道具を使った新作料理で返してくれたらいい」

ハンスがにやりと笑い、トムも楽しそうに頷いた。魔石冷蔵庫の設置に合わせて使いたいというリーナの希望にも、二人は快く応じてくれた。まずは試作品を仕上げて、使い心地を見てから本格的に作る、という流れで話はまとまった。

二人が帰ったあと、リーナは静かになった厨房で、片付けをしていた。手は動かしながらも、心の中は今日の会話でいっぱいだ。

(本当に、作ってもらえることになった……)

菜箸があれば、揚げ物がもっと安全にできる。しゃもじがあれば、ご飯もふんわりよそえる。味噌こしがあれば、お味噌汁作りもぐっと楽になる。

(あんな簡単な説明で分かってもらえるなんて、職人さんってすごい)

新しい道具たち。冷蔵庫と一緒に届く、未来への小さな鍵たち。

(一週間後。新しい道具と冷蔵庫で、どんな料理が作れるかな)

窓から差し込む夕日が、厨房の棚や器を黄金色に染めていた。

その光の中で、リーナの心は未来の料理の風景へと静かに弾んでいた。