軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジュードと街散策

午前の仕込みを終えた頃、「アンナの食卓」の扉が軽やかに開いた。

「おはよう、リーナ。みんな」

現れたのはジュードだった。シャツに、裾を軽くまくったズボン姿。普段の騎士服とは違う、どこか無防備な雰囲気に、リーナは思わず目を瞬かせた。

「あら、ジュードさん。今日はお休みなの?」

アンナが嬉しそうに迎える。

「ああ、久しぶりの休日なんだ」

ジュードは爽やかに笑う。

「せっかくだから、リーナの顔を見に来たよ」

「まあまあ」

アンナがくすくすと笑いながら手を叩く。

「せっかくの休みなんだから、二人で街でも見て回っておいで。店のことは私たちに任せて」

「え、でも……」

リーナが戸惑うと、マルクも頷く。

「そうそう、たまには外の空気を吸うのもいいもんじゃ」

「街も随分変わったからの。見て回るといい」

「それじゃあ……」

リーナは少し照れながらも、エプロンを外した。

「ちょっとだけ。ありがとうございます」

二人で店を出ると、街は穏やかな昼下がりの雰囲気に包まれていた。陽射しはやわらかく、でもどこか暖かみが増している。

「最近、少しずつ暖かくなってきたね」

リーナがつぶやくと、ジュードも頷いた。

「そうだな。このまま行くと、夏はまた暑くなりそうだ」

「夏の騎士団って、大変なの?」

「マジ地獄だよ」

ジュードが苦笑いを浮かべる。

「重い鎧を着けての訓練は、本当にきつい。みんな暑くて食欲なくなる」

「そうなんだ」

リーナは少し心配そうな顔をする。

「あ、『アードベル乾物屋』」

リーナが指差すと、店の前には数人の客が並んでいた。

「順調みたいだね」

「本当だな。ベラさんとマリアも嬉しいだろう」

二人が店の前を通りかかると、中からベラが手を振ってくる。

「リーナちゃん、ジュードさん!」

「こんにちは、ベラさん」

「今日もお客さんがたくさんですね」

「おかげさまでね。みんな出汁の美味しさが分かってくれて」

ベラが満足そうに頷く。そのとき、通りの向こうから若い主婦たちの声が聞こえてきた。

「昨日、親子丼作ったのよ。家族がすごく喜んでくれて」

「私はおにぎりを旦那の仕事に持たせてるの。手軽で便利よね」

「うちの子、白いご飯が大好きになっちゃって。毎日炊いてるわ」

(みんな、米料理を楽しんでくれてる)

「すごいな、リーナ」

ジュードが感心したように言う。

「街の人たちの食事が、本当に変わったな」

「みなさんが興味を持ってくださったおかげだよ」

リーナは嬉しそうに微笑む。

二人は他の店へも足を向けた。いつものように野菜や肉、魚が並んでいる中、リーナは見慣れない商人に気がついた。

「あれは?」

東方の装いをした商人が、小さな赤い野菜を並べている。

「何だろう、あれ」

ジュードも興味深そうに見つめる。二人が近づくと、商人が困ったような顔で迎えた。

「いらっしゃいませ。これは東方から持ってきた、珍しい野菜デス」

「どんな野菜なんですか?」

リーナが尋ねると、商人がため息をつく。

「とても辛いデス。でも体がぽかぽかして、元気が出る。暑い時期にぴったりネ」

「けど……こっちの人には馴染みがなくて、あまり売れなくて困ってマス」

リーナはその小さな赤い野菜を見つめた。細長く、先端が尖っている。間違いない。

(これは、唐辛子だ!)

前世で何度も使った、あの馴染み深いスパイス。そっと手に取って鑑定してみると、文字が浮かぶ。

『トウガラシ』

『品質:上級』

『特性:強い辛味と香り。体を温め、発汗を促進する』

『用途:スパイスとして料理の風味付け、保存料としても効果的』

(やっぱり!)

「少し、分けていただけますか?」

「おお、買ってくれるデスカ? 見る目あるネ!」

商人が嬉しそうに包み始める。

「あ、それと、こちらの青いのも」

リーナが指差すと、商人がさらに喜んだ。

「青い方も! こっちはまた違う辛さデス。とても良い選択ネ!」

「ありがとゴザイマス! 今度また色々持ってくるネ!」

「はい、楽しみにしてます」

「また新しい食材か」

「あ、あはは」

リーナは苦笑しつつも、唐辛子を購入した。

「リーナの手にかかると、どんなものでも美味しくなりそうだな」

市場を後にした二人は、さらに街の奥へと向かった。

「あ、こんなところに広場があったんだね」

リーナが驚く。住民憩いの噴水広場とは違い、ここは観光客向けらしい屋台がいくつも立ち並んでいた。パンや焼き鳥串、スープの屋台。エールやワインを出す店。布地や陶器、革製品を売る雑貨の屋台。

最近では、遠方から来た商人が珍しい食材を並べる姿もちらほら見られるようになったらしい。干した魚や香草、聞いたことのない香辛料……この広場は、新しい味との出会いを楽しむ場所として、少しずつにぎわいを増していた。

リーナは別の商人の屋台で、小さな白い粒と、琥珀色の油、そして干した魚を見つけた。

(これは、ゴマとごま油、それにアジの干物?)

『ゴマ』

『品質:上級』

『特性:香ばしい風味と豊富な油分。すりつぶすと香りが増す』

『用途:調味料、風味付け、油の原料として』

『ゴマ油』

『品質:上級』

『特性:芳醇な香りと深いコク。加熱により香りが立つ』

『用途:炒め物、風味付け、仕上げの香り付けに』

『アジの干物』

『品質:中級』

『特性:凝縮された旨味と塩気。水で戻すと上質な出汁が取れる』

『用途:出汁、スープのベース、そのまま焼いて食材としても』

(やっぱりアジだ)

「これらも、いただけますか?」

「お客さん、目利きですねぇ」

商人が感心したように頷く。

そして広場の中央では、竪琴の音色が優しく広場に響き、隣ではジャグリングをする大道芸人に子どもたちが歓声を上げていた。

「賑やかだね」

「隣国からの商人や旅人が多いからな。最近できたんだ」

ジュードが説明する。二人は焼き鳥串の屋台に立ち寄った。

「いらっしゃい!今、街で一番人気の焼き鳥串だよ」

店主が威勢よく声をかける。

「最近すごく人気なんですよ。この街の名店『アンナの食卓』で出されてるのと同じ作り方でね」

その言葉に、リーナは少し驚く。

(め、名店!? 私の料理が、こんなところまで!)

「二本ください」

ジュードが注文すると、香ばしい焼き鳥串が手渡された。

「美味しい!」

リーナが一口食べて微笑む。次に、二人はエールの屋台に向かった。軽く喉を潤すには丁度いい。

「乾杯」

「乾杯!」

ジョッキを軽く合わせて、二人は乾いた喉を潤した。そのとき、隣のスープ屋台から困ったような声が聞こえてくる。

「うーん、今日もあまり売れないなあ」

中年の男性店主が、鍋の前で腕組みをしていた。

「どうされました?」

リーナが声をかけると、店主が振り返る。

「ああ、お客さん。実は最近、スープが売れなくなっちゃって」

「売れない?」

「暖かくなってきたでしょう?熱いスープなんて、誰も飲みたがらないんですよ」

店主がため息をつく。

「冬の間はよく売れたんですけど、このままじゃ商売あがったりです」

「そうですか……」

リーナは同情するような表情を浮かべる。確かに、暖かくなってくると熱いスープは敬遠されがちだ。

(何か、お手伝いできることがあるかもしれない)

暑い季節に合うスープ……冷たいものがいいのかな。

「リーナ?」

ジュードが心配そうに声をかける。

「あ、ごめん。考え事してて」

「また新しい料理を思いついたのか?」

「まだ分からないけど、もしかしたら」

屋台広場を一通り見て回った後、二人は「アンナの食卓」への帰り道についた。

「楽しかったな」

リーナが素直に感想を述べる。

「行ったことない場所も巡れていろんなお店があってさ」

「俺も新鮮だったよ。新しい店もいっぱいあったし」

ジュードも満足そうに頷く。

「もうすぐ夏かぁ」

「ああ。今年も暑いだろうからな」

「暑くても食べられるような料理、考えてみるね」

リーナが前向きに言うと、ジュードの表情がぱっと明るくなった。

「マジ? それは頼もしいな」

「でも、上手くいくかは分からないよ?」

「大丈夫、リーナの料理ならなんでも美味しいよ」

その言葉に、リーナの頬がほんのり赤くなる。

「ありがとう」

夕方の光が二人を優しく包む中、リーナは手の中の唐辛子と、スープ屋台の店主の困った顔を思い出していた。

(きっと、何かできることがあるはず)

新しい挑戦への期待を胸に、二人は並んで夕暮れの道を店へと帰っていった。