作品タイトル不明
騎士の怒り
バタン!!
乱暴にドアが開け放たれた。
その音に、リーナとハルトは同時に顔を上げた。
逆光の中に立つ人影。騎士団の制服をまとった若い騎士が、店内に飛び込んできた。彼が動くたび、身につけた装具がかすかな金属音を立てる。
額には汗が浮かんでいる。肩で息をしているところを見ると、相当な速さで走ってきたようだった。
「リーナ!!」
その声に、リーナは目を丸くした。
「ジュード?」
ジュードだった。いつもは落ち着いている彼が、今は明らかに焦っている様子だ。
彼はずんずんとリーナの方へ向かってきた。その足取りには、迷いがない。
「どうしたの?そんなに急いで」
リーナが立ち上がる。心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「お父様は?大丈夫なの?」
「父は――」
ジュードが言いかけて、ふと動きを止めた。
その視線が、テーブル席に座る男に向けられる。
茶色の髪、旅の商人風の服装――だが、その瞬間にはもう、男は立ち上がっていた。
(まずい)
ハルトは内心で呟きながら、できるだけ自然な動きで出口に向かって歩き始める。背中に、ジュードの視線が突き刺さるのを感じた。
「お待ちください」
低い声が響いた。
それは、普段のジュードとは違う、騎士としての声だった。
ハルトの足が止まる。観念したように、ゆっくりと振り返った。
「は……はい?な、なんでしょうか?」
ハルトは必死に商人らしい愛想笑いを浮かべた。声も、少し高めに作っている。
「しがない商人に騎士様が何の御用でしょう?」
ジュードはゆっくりと、ハルトの方へ歩み寄った。
一歩、また一歩。その足音が、静かな店内に響く。
「変装してもバレてますからね」
その声には、どすが効いていた。
リーナは思わず息を呑んだ。いつもの優しいジュードからは想像もできない声だった。
「そして俺は怒ってますからね」
ジュードの瞳が、真っ直ぐにハルトを見据えている。
リーナは二人を見比べた。明らかに様子がおかしい。
「あれ?お知合い?」
二人の間に流れる緊張感が、よく分からなかった。
ハルトは諦めたように肩を落とした。両手を上げて、降参のポーズをとる。
「いや、悪かったよ、ジュ――」
軽い口調で言いかけたが、ジュードがさらに一歩近づいてくるのを見て、慌てて言葉を継いだ。
「あ、いや待って、本当に悪かったって!」
ジュードはハルトの目の前で立ち止まった。
その表情は、明らかに怒っている。眉間に皺が寄り、唇が固く結ばれていた。
ハルトは思わず一歩後ずさった。
ジュードはふぅっと深呼吸をした。怒りを抑えるように、目を閉じて息を整える。
そして、静かに口を開いた。
「俺がいない間に」
その声は静かだったが、怒りを含んでいた。
「何がしたかったんですか?」
ハルトは少し考えるように首を傾げた。それから、何でもないことのように答えた。
「ん?ここ最近のアードベルの料理文化の発展が著しいのでね。どこが発信地なのか調べるのは当たり前だろう?」
軽い口調だったが、ジュードの表情は変わらなかった。
「俺がいても良くないですか?」
ジュードの声が、少し弱くなった。怒りよりも、置いていかれた子供のような寂しさが滲んでいた。その声色の変化に、ハルトは思わず視線を逸らした。
「そこは言えない秘密ってのがあるんだよ」
ハルトが困ったように笑う。
「なんですか、それ……」
ジュードが肩を落とした。明らかに落ち込んでいる。その背中が、小さく見えた。
ハルトは少し罪悪感を覚えた。話題を変えるように、軽い口調で言った。
「お前がこっちに行ってから俺は寂しかったんだけどなぁ」
「そ、それは!」
ジュードが顔を上げた。頬が少し赤くなっている。何か言いかけて、言葉に詰まった。
「お二人とも仲良いんですね」
リーナの声が割って入った。
二人は同時にリーナの方を向いた。驚いたような表情で、彼女を見つめる。
リーナは興味深そうに二人を見ていた。腕を組んで、小首を傾げている。
「商人のハルトさんと騎士のジュード」
リーナの視線が、二人の間を行き来する。
「しかもジュードが敬語使ってる。どういう関係なんです?」
ハルトとジュードが顔を見合わせた。
互いに、何と答えるべきか迷っているようだった。ハルトは視線を逸らし、ジュードは口を開きかけて閉じた。
店内に、気まずい沈黙が流れる。
リーナはその様子を見て、ふっと笑った。
「とりあえずお二人とも座ったらいかがですか?」
明るい声で、場の空気を変える。
「ジュード、喉乾いたでしょ?今飲み物出すから座って待ってて」
そう言うと、リーナはさっさと厨房へ向かった。
残された二人は、もう一度顔を見合わせた。
ハルトが苦笑し、ジュードが小さくため息をつく。
「……座るか」
「はい」
仕方なく、二人はカウンター席に並んで座った。