軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 なぜか株が爆上がり

「……え、殿下……?」

「もう大丈夫だ。心配しなくていい」

サリエル殿下は鷹揚に頷いて、震える私に手を差し伸べた。

その手に掴まってなんとか立ち上がると、不安げな目をした殿下が私の顔を覗き込む。

「怪我はないか?」

「……だ、大丈夫です……」

「どこか、痛めたところは?」

「……それも、大丈夫です……」

「そうか、ひとまずよかった」

「……あの、殿下はどうして……?」

「最近あそこの雑貨屋が巷で人気だと聞いて、こっそり来てみたんだよ。そしたら怪しい人影が見えて、気になったからあとを追ってきたんだ。まさかフェリシアが危ない目に遭っていたなんて思わなかったけど、大事に至らなくてよかったよ」

そう言って、殿下はいまだに震えの収まらない私の肩に手を伸ばそうとする。

さりげなく全力でそれを回避して、一瞬不満そうに眉根を寄せた殿下に気づかないふりをしていると、今度は泣きそうな顔をした侍女が片足を引きずりながら駆け寄ってきた。

「フェリシア様! も、申し訳ございません!」

「……あなた、その足はどうしたの?」

「それが……」

侍女の話によると、混み合う店内でいきなり誰かに突き飛ばされ、転んで足を痛めてしまったのだという。

しばらくは立ち上がることもできず、そのせいで私を見失ってしまったらしい。

「痛むのでしょう? 早く足の手当てをしないと」

「でも……」

「私なら、大丈夫だから」

少し乱れた私の髪や衣服の汚れに目敏く気づいた侍女は、何事かあったと察して顔面蒼白になる。

「とにかく、僕の馬車が近くに止めてあるから公爵邸まで送るよ」

殿下はやけに仰々しい動きで一歩前に出たかと思うと、王族仕様のまばゆい笑顔を見せつけた。

「……え?」

「あんなことがあったあとだ。フェリシアも不安だろう? 僕がお忍びで使っている馬車だから少し狭くてくたびれているけど、公爵邸まで送っていくよ」

そう言って、殿下は性懲りもなく私の肩に手を回そうとした。

再びそれを全力で回避した私は、遠慮なく殿下に怪訝な顔を向ける。

「殿下、何を仰っているのですか?」

「何って、いきなりあんな怖い目に遭ったんだ。ずっと震えていたし、心配だから僕が家まで送ってあげようと――」

「公爵邸へ帰るよりも先に、まずは騎士団に届け出るべきですよ」

「……は?」

まったくの想定外だったのだろう。

殿下は驚いて、きょとんとしている。

「何事もなかったとはいえ、無理やりここまで引きずられて金を出せと脅されたのです。あんな暴漢を野放しにしてはおけませんからね。しっかりと騎士団に報告して、きちんと捕まえてもらいましょう」

「で、でも騎士団に行ったら長い時間拘束されて、根掘り葉掘り話を聞かれることになるんだよ? 精神的にもきついだろうし、君の公爵令嬢としての名誉が傷つくことだって……」

「何もなかったのですから、私の名誉が傷つくことはありませんよ。殿下というこれ以上ないほど強力な証人がいらっしゃるわけですし」

「いや、そうだけど……」

「さっきのならず者たちは、恐らくあの雑貨屋が繁盛していると聞きつけて、立ち寄った貴族子女を狙おうと潜んでいたに違いありません。もしかしたら常習犯かもしれませんし、だったらなおさら騎士団に通報してきっちりと対処してもらうべきです」

「それは、そうだと思うけど……。でも常習犯というわけでは……」

「もちろん、殿下も証人として一緒に行ってくれますよね?」

「え」

「騎士団の詰め所で侍女の足の手当てもしてもらえるでしょうから、すぐに向かいましょう」

「え、えー……」

渋る殿下を説き伏せて、早速私たちは一番近くにある騎士団の詰め所へと向かうことになった。

殿下は心配だからとかなんとか言って、最後まで私を自分の馬車で連れていきたいと主張した。でも侍女の足のこともあるし、もうだいぶ落ち着いてきたから大丈夫ですと言ったら、ひどく残念そうな顔をしていた。いや、なんで?

騎士団での大まかな聞き取りが終わる頃、焦った様子で駆け込んできたのはリヴィウス様だった。

「フェリシア!!」

切羽詰まった声に思わず立ち上がった瞬間、強い力で抱きすくめられる。

「ごめん、やっぱり一緒に行くべきだった」

押し殺した声は、わずかに震えていた。

「リヴィウス様のせいじゃないでしょう?」

「いや、俺のせいだよ。怖かっただろう?」

包み込むような優しい声色になんだかとてもホッとしてしまって、溢れる涙が止まらない。そのままリヴィウス様の胸にもたれかかると、温かな手がゆっくりと髪を撫でてくれる。

「……ほんとに、無事でよかった……」

「殿下が助けてくれたおかげです」

「……殿下が?」

髪を撫でる手がピタリと止まり、心なしか棘を含んだ視線で私を見つめるリヴィウス様。

「……どういうこと?」

「殿下もお忍びで同じ店に行こうとしていて、偶然怪しい人影を見かけたので追いかけたら――」

「フェリが暴漢に囲まれてるところに出くわしたのか?」

「は、はい」

「ふうん」

あからさまに、不機嫌そうな声が返ってくる。

「……えっと、リヴィウス様」

「ん?」

「怒ってます?」

「怒ってないよ」

「でも、なんか……」

「フェリに怒ってるわけじゃないよ。ただムカつくだけ」

「え」

「だって、フェリを助けるのは常に俺でありたいのにさ。なんでよりによって殿下なんだよ。くっそ腹立つ」

向き合ってぼそぼそと話しているから聞こえてはいないだろうけど、こんな間近で思い切り不敬発言をするのはやめてほしい。

念のためと思いつつ後ろを確認してみたら、殿下は鋭利な刃物のような視線でリヴィウス様を睨みつけていた。え、もしかして、聞こえちゃってた?

「とはいえ、ちゃんと礼は言わないとな」

リヴィウス様はそう言って、サリエル殿下に近づき深々と頭を下げる。

「殿下、このたびはフェリシアを救っていただき、誠にありがとうございました。お礼の言葉もございません」

「……いや、当然のことをしたまでだ」

なんだか妙に硬い声で、仏頂面の殿下が応える。

と思ったら、今度は過剰にきらきらしい笑顔を私のほうに向ける殿下。

「フェリシア」

「は、はい」

「ならず者たちのことは、騎士団がしっかり捜査してくれることになったから。安心してくれ」

「……ありがとうございます」

「僕も協力は惜しまない。何かわかったら、すぐに連絡を」

居合わせた騎士団員のみなさんは「お任せください、殿下」と言いながら、恭しく頭を下げる。

こうして、予期せぬ殿下の登場で事なきを得たかと思いきや――――

事態はとんでもない方向に転がっていくのである。

◇・◇・◇

数日後。

「サリエル殿下の株が、もう爆上がりなんですよ」

学園内の雰囲気がなんとなく騒然としていると思ったら、イザベラ様がこそこそと教えてくれた。

「殿下が暴漢からフェリシア様を救ったという話が広まっているのはいいんですけど、なぜか噂にとんでもない尾ひれがついているのです」

「噂にとんでもない尾ひれ? どんな?」

「刃物を振り回す暴漢を殿下がバッタバッタと薙ぎ倒したとか、恐怖に震えるフェリシア様を殿下がお姫様抱っこで馬車まで運んだとか」

「はあ!?」

あまりにも、あまりにもあり得ない噂の中身に、公爵令嬢らしからぬ声が出てしまったのも仕方がないと思う。

だって、お姫様抱っこもあり得ないけど、殿下が暴漢を薙ぎ倒すのはもっとあり得ないのよ?

何を隠そう、サリエル殿下の運動センスは壊滅的なのである。何もないところですっころんだり、歩くときに右手と右足を同時に出したりする人なんだから。

「万が一この噂がリヴィウス先輩の耳に入ったら、早々に殿下が始末されてしまうのではと心配で……」

声を潜めるイザベラ様は、本気で怯えている。

「大丈夫とは言い切れないわね」

「それに、この噂が広まってからというもの、殿下とフェリシア様が再婚約するのではないかという話も浮上しているのですよ」

……ちょちょちょっと待って……!

「……なにそれ。完全に初耳なんですけど……?」

「殿下って、最近はミリナ様と少し距離があって、お一人でいらっしゃることも多いらしいのです。ミリナ様への想いはいっときの気の迷いで、やっぱり殿下にとっての最愛はフェリシア様だったのでは、なんて声も聞かれる有り様で」

馬鹿馬鹿しいほどふざけた状況に、私は苛立ちを隠せない。

ところが、事態はもっと深刻だった。

「サリエル殿下との再婚約を打診された」

その日の夜、私とリヴィウス様を執務室に呼び出したお父様は当惑の眉をひそめた。

「……どういうことでしょうか?」

「サリエル殿下がミリナ嬢との婚約を考え直したい、と話しているらしい。生涯をともにする相手としては、やはりフェリシアが望ましいと」

「何を今更――!!」

激昂するリヴィウス様は、すかさず声を荒げる。

「絶対に嫌です! フェリシアは譲りません!」

「……私も断ったよ。戯れ言も大概にしろ、とね。まったく、王家のやつらは何を考えているのやら」

やれやれといった表情で、お父様は肩をすくめる。

「私とて、今更この家にサリエル殿下を迎えるつもりはないからね。しかし、相手は王家だ。何かしら策を考えておくに越したことはないだろう」

「策、ですか……?」

「ああ。まったくもって、忌々しい連中だよ」

ここへきて、お父様の言葉遣いもだいぶ荒ぶっていらっしゃる。

執務室から出ると、リヴィウス様は徐に私の手を取った。

そのまま無言で手を引かれ、立ち止まったのはリヴィウス様の自室の前。

「……フェリ」

思い詰めた声には、悲壮感すら漂っていた。

「……策なら、あるんだけど」

「……それは、どういう……?」

「……既成事実を作るしかない」