作品タイトル不明
10 ふしだら放蕩令息の告白
「まず、マテウスのことをいつから調べていたかってことなんだけど」
覚悟を決めたリヴィウス様の声は、清々しいほど凛としていた。
「フェリがあいつに会うって決めた直後からだよ」
「でも私はそのことについて、何も伝えていませんでしたよね?」
「内緒で教えてくれた人がいるんだ」
そんな人いる? と考えて、すぐ答えにたどり着く。
「……もしかして、お父様?」
「そうだよ」
「どういうことですか?」
「釣書を持っていった日、アトルム公爵には全部正直に話したんだ。学園でふざけた二つ名がつくくらい評判が悪いことも、その理由も、本当はずっと、フェリに片想いしていたってことも、何もかも」
「え……?」
驚く私を見つめながら、リヴィウス様はどこか懐かしそうに目を細める。
「ほら、俺たちが十歳のとき、サリエル殿下の側近候補やら婚約者候補やらを選ぶ目的で、同年代の令嬢令息が集められたことがあっただろう?」
「ありましたが……。え、もしかしてそこで、お会いしていたのですか?」
「俺は、フェリに助けられたんだ」
「助けた? 何かしましたっけ……?」
「うーん、ほんとはあんまり、言いたくないんだけどさ」
そう言って、リヴィウス様は恥ずかしそうにこめかみの辺りをぽりぽりと掻く。
「……年上の令息たちに、ちょっと揶揄われてて」
「なぜですか?」
「……俺が、太ってたから」
その言葉で、唐突にあの日のことを思い出す。
確かにあの日、王城の中庭の隅で、ちょっとぽっちゃりした男の子が年上と思われる令息たちに揶揄われていた場面に遭遇した。
サリエル殿下がほかの令嬢たちと仲よく話しているのが面白くなかった私は、噴水の先の、 人気(ひとけ) のない辺りを一人でぷらぷらしていたのだ。
そのとき突然、何やら言い争う声がしたから、急いで駆けつけてみた。
そこには突き飛ばされた弾みで尻もちをついたらしいぽっちゃり男子がいて、涙目になりながらも年上の令息たちを睨みつけていたというわけだ。
「あのときフェリはつかつかと近づいてきて、年上の令息たちに臆することなく果敢に責め立てただろう?」
「そ、そうですね。明らかに多勢に無勢だったので、つい……」
「その姿に、俺は一瞬で見惚れてしまったんだ。ひたすら高貴で美しく、毅然としていて気品があって、まあ、一言で言えば、かっこよすぎて一目惚れしたんだよ」
「……へ?」
思わず漏れた間抜けな声にも、リヴィウス様は愛おしげな視線を隠さない。
「それから俺は、フェリに見合う男になろうと努力し始めた。君がアトルム公爵家の令嬢だというのは、すぐにわかったからね。公爵家の跡取りの隣に立つためには、のほほんとしていられない。君を補佐するできる男になりたくて、まずは一番上の兄に勉強を教えてもらった。それから強い男にならなきゃと思って、剣術も習い始めたんだ」
「……そういえば釣書にも、特技が剣術だと……」
「二番目の兄が騎士を目指していたからね。鍛錬につきあってくれてさ。そうしたら、体力がつくと同時にどんどんやせていって、おまけに身長までぐんぐん伸びていって」
なるほど。この類まれな長身痩躯は、剣術の訓練の賜物らしい。
「でもさ、そうこうしてるうちに、君とサリエル殿下の婚約が発表されただろう?」
「あ……」
「一週間くらい、何も食べられなかった」
「え……」
「死んだほうがマシだと思った」
「それは……」
「でも死んだらもう、君をこの目で見ることができなくなる。それはもっと嫌だった」
ふっと自嘲ぎみに笑ったリヴィウス様が、物憂げに視線を落とす。
「だから死ぬのはやめて、その代わり死ぬまで君を見守っていこうと心に決めたんだ。触れることも、話すことすら叶わなくても、俺はフェリの近くで生きていきたかったから」
「そ、そこまで……?」
「そうだよ。そしたらどういうわけか、こんな俺でもいろんな令嬢に声をかけられるようになってさ。はっきり言って、フェリじゃないならもうどれも同じ、どうでもいいと思ったんだ。どことなくフェリに似た子とつきあってみたり、来るもの拒まず去るもの追わずで遊んでみたり、そんなふうに過ごしていたら、いつのまにかふしだらで女遊びの激しい放蕩令息になってたってわけ」
「……じゃあ、あれは、本当に……?」
私の頭に浮かんだのは、以前リヴィウス様がサリエル殿下に軽い調子で言い放った言葉の数々。
手の届かない高嶺の花だと知りながらも私のことを密かに想い続けていたとか、ようやく千載一遇のチャンスが到来したとか、あれは口から出まかせのいい加減なセリフではなかったってことなの……?
「ずっと、好きだったんだ。諦めきれなかった。フェリ以外はいらないと思った。だから結婚する気も婚約する気もなくて、このままふらふら生きていくつもりだったんだ。親も兄たちも、好きにしろって言ってたしさ。でも殿下との婚約が解消されたと知って、フェリには悪いけど俺は神に感謝した。心底、死なないでよかったと思ったよ」
「それで、真っ先に釣書を……?」
「そういうこと。一番に自分で持っていったんだよ。それでアトルム公爵に面会を申し出て全部話して、俺が絶対に幸せにするから婚約させてくれって頼んだんだ。そしたらちょっと気に入ってくれたらしくてさ。最小限の手助けならしてやろう、ただし選ぶのはフェリシアだから、なんて言われて」
そんな密約がちゃっかり交わされていたとは……!!
どうりでお父様ったら、事あるごとにリヴィウス様を推してくるわけである。
なーにが、「最低限の手助けならしてやろう」よ。全力で協力してちゃってるじゃないの。もう。
可笑しくなって思わず笑ってしまったら、リヴィウス様が途端に怪訝な顔をする。
「どうした?」
「いえ、お父様がやたらとリヴィウス様を推していた理由が、やっとわかったので」
「え、推してくれてたの?」
「はい。結構ぐいぐい推していましたよ」
あれはもう、ちょっと気に入ったどころの話ではない。直接話して、相当気に入ったのだ、多分。
きっとリヴィウス様なら、絶対に私を裏切らないと確信したのだろう。
「ほんとにもう、女たらしというより、人たらしですよね。あんなおじさんまで簡単に味方にしてしまうのですから」
いや、お父様だけではない。
さっきの二人だって、そうだ。自分たちの幸せはリヴィウス様あってのことだと言って憚らず、リヴィウス様の頼みならと喜んで引き受ける確固たる信頼関係がある。
あのガスパル・ルフス子爵令息のときだって、これまで築き上げてきた人脈を最大限生かして彼の親友を見つけ出し、ルフス家の内部情報を得るに至ったのだろう。
まさに釣書に書いてあった通り、『社交的』な性格の為せる業である。
「リヴィウス様のお気持ちは、わかりました」
私がそう言うと、リヴィウス様はまるで審判を待つかのような殊勝な顔つきになった。
リヴィウス様の話を聞いて、その真剣な表情を見て、彼の一途な想いを疑う気には到底なれない。
初めて会ったときからずっと私だけを見ていてくれて、でも交わらない人生に絶望し、それゆえに放蕩の限りを尽くしていたという彼の告白を疑うつもりは、もはや微塵もない。
でも、だからこそ、白黒つけなきゃいけないことがある。
「一つ、お聞きしたいことがあるのですが」
私は大きく深呼吸をした。
「なに?」
「実は昨日、ここでリヴィウス様がディエス伯爵令嬢と話しているのを聞いてしまったのです。あのとき話していた、『秘密がバレたらまずい』とか『俺たちの関係を下手に勘ぐられても困る』とかいう言葉は、どういう意味だったのでしょうか?」