軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1 予期せぬ婚約解消宣言

「婚約を解消してほしい」

目の前の見目麗しい王子殿下は、まるでこの世の不幸をすべて背負ったような表情をしていた。

「……理由は、ミリナ・フォンス子爵令嬢でしょうか?」

ここぞとばかりにズバッと斬り込むと、殿下は決まり悪げに視線を落とす。

「……すまない」

私は思わず、小さなため息をもらしてしまう。

およそ二年前、王立学園に入学してまもなく、殿下は私にこう言った。

「学園にいる間は、自由に過ごさせてほしい」

唐突な申し出だった。

「フェリシアとの結婚に不満があるわけじゃない。もちろん、君のことが嫌なわけでもない。でも、学園は将来に向けての人脈作りの場だし、学園にいる間にしか経験できないこともある。僕はそちらを優先したいんだ」

たとえ公爵家の人間とはいえ、そして婚約者とはいえ、王族の申し出に否やを唱えることなどできるわけがない。

だから渋々了承したのに、しばらくすると、殿下は毎日一人の令嬢と行動をともにするようになった。

――――ミリナ・フォンス子爵令嬢。

柔らかな栗色の髪にアンバー色の目をしたミリナ様は、フォンス子爵の庶子らしい。そのせいなのかなんなのか、華奢な体つきに貴族令嬢らしからぬ無邪気で奔放な振る舞いが多く、いつでもどこでも学園生たちの視線を集めていた。

殿下の目には、それがひどく新鮮に映ったのだろう。

ミリナ様を愛おしげに見つめる殿下を遠目に見ながら、私自身はあんなふうに見つめられたことなどなかったな、と自嘲する。

私たちの婚約は、政略的だったともいえるし、そうでなかったともいえる。

この国の第二王子であるサリエル殿下とアトルム公爵家の一人娘である私は、年齢が同じで親同士の仲がよかったこともあり、幼い頃から多くの時間をともに過ごしてきた幼馴染といっていい間柄である。

早くに母を亡くした私は、国王夫妻の計らいもあってしょっちゅう王城を訪れていた。サリエル殿下とは中庭で落ち合って、よく一緒に遊んだものだ。ときには三歳年上のミカエル殿下と三人で遊ぶこともあった。

私とサリエル殿下が仲睦まじげに遊ぶ様子を見た親たち、つまりお父様や国王夫妻は、このまま私たちを婚約させてもいいのでは、と考えた。

それでも一応、サリエル殿下の側近候補と婚約者候補を選ぶ目的で、同年代の令嬢令息たちを集めたお茶会が開かれた。私たちが十歳のときだ。

サリエル殿下は可愛らしく着飾った高位貴族の令嬢たちとの交流のあと、王妃殿下に問われて「結婚するならフェリシアがいい」と言ったらしい。

結局、婚約はすんなり決まった。

私はといえば、正直うれしかった。

たくさんの愛らしい令嬢たちを前にしても、サリエル殿下は私がいいと言ってくれたのだ。殿下はよく知る相手だし、私だって殿下がいい。

この国は長子相続が基本であり、アトルム公爵家の一人娘である私は将来的に公爵位を継ぐため婿を取る必要があった。

そういう意味でも第二王子の婿入り先として我が家は申し分なく、アトルム公爵家と縁戚関係になれるなら王家のほうも心強い。そんな思惑すら透けて見えた。

それから数年の間、私たちは定期的にやり取りをしながら、良好な関係を築いてきたと思う。

巷で流行りの恋愛小説に描かれるような我が身を焦がすほどの恋情はなくても、私たちの間には確かに親愛の情があった。お互いを信頼する想いは、着実に育っていた。

でも、そう思っていたのは、どうやら私だけだったらしい。

学園に入学し、ミリナ様に出会った殿下は、何よりもミリナ様との時間を優先するようになった。婚約者である私との交流はだんだんおざなりになり、時には知らせもなく約束をすっぽかされることもあった。

王家が主催する夜会などではさすがに私をエスコートしてくれるけれど、すぐにどこかへ行ってしまう。

そんな状況が二年近くも続けば、淡い想いも芽吹くことなくあっという間に木っ端微塵である。

ただ、そうはいっても婚約自体は継続している。

厄介なことこの上ない。

私の中では、このままミリナ様を溺愛する殿下を婿として迎えてもいいのかどうか、どんどん不安が募っていた。

殿下は「学園にいる間だけ」と言っていたけど、その言葉を本当に信じてもいいのだろうか。

それに、フォンス子爵家はミリナ様の兄が家督を継ぐとも聞いていた。つまり、殿下がフォンス子爵家に婿入りする、なんてことにはならず、このままではミリナ様と正式に結ばれる未来はない。

そもそも、サリエル殿下が子爵家に婿入りする道を選ぶとは思えなかった。殿下はああ見えて、自分の容姿に絶対的な自信があるし、着飾るのが好きなのだ。経済状況や今後の生活を考えたら、我がアトルム公爵家を捨ててまでフォンス子爵家を選択するはずがない。

そうなると、学園を卒業しても密かにミリナ様との関係を続け、愛人としてどこかに囲いながら、我が家に婿入りする可能性だって否定はできない。

……控えめにいって、最悪なんですけど!!

諸々の事情を鑑みて、殿下の所業をお父様に話すと「どうしたものか……」と頭を抱えた。そりゃそうだ。相手は王族である。この国の重鎮であり、国王夫妻の友人であるお父様でさえ、苦言を呈するにはやはり相当な覚悟が必要だった。

それでも、このままでいいはずがない。

お父様が思い切って陛下に進言した翌週、なんとサリエル殿下が自らこの公爵邸を訪れた。

そして、突然の婚約解消を突きつけたのである。

予想とはだいぶ違う展開に戸惑いつつも、私は気まずそうに目を伏せる殿下を見返した。

「あの、殿下。不躾なことをお聞きしますが」

「……なんだい?」

「私との婚約を解消して、ミリナ様とご婚約なさるのですよね?」

「……そうだよ」

「フォンス子爵家は、ミリナ様の兄が後継だと聞いています。殿下が子爵家に婿入りすることはできないのでは……?」

「そうだよ」

思いの外、あっさりと肯定するサリエル殿下。

それがどうした、と言わんばかりである。

「では、殿下は将来的に――」

「公爵位を賜ることになったんだ」

「………………はい?」

言われた言葉の意味がわからず、いや意味はわかるのだけれど真意がわからず、私はぽかんとしてしまう。

「実はね、ここのところずっと、ミリナとのことを陛下に話してなんとかならないかとお願いしていたんだよ。フェリシアのことは嫌いじゃないけど、僕はどうしてもミリナとの未来を諦めきれない。この先もずっとミリナと一緒にいたい気持ちを真摯に訴え続けていたら、陛下も最後にはその願いを聞き入れてくれてね」

なぜか得意げな顔をするサリエル殿下を前にして、私は目が点になった。

「……将来的には殿下が臣籍降下して公爵位を賜り、ミリナ様と婚姻される、ということですか……?」

「堅物な兄上は『そんな馬鹿な話があるか!?』とか言って怒っていたけどね。でも、陛下がお許しになったわけだから」

ふふん、としたり顔をするサリエル殿下に、私は二の句が継げない。

言っておくけど、サリエル殿下のお兄様であり王太子でもあるミカエル殿下は、決して堅物ではない。実にまともな感覚の持ち主である。

だからミカエル殿下の反応は、ちっともおかしくない。むしろ、私やアトルム公爵家のことを慮っての発言だと思う。

だって、そんな力業が通用するなら、もっと早くそうしてくれてもよくない?

なんだかんだと長いこと我慢を強いられてきた私って、いったい何だったの……!?

時間を返していただきたい!!

なんて言ったところで、本当に時間が返ってくるわけはないんだけど。まったくもって、理不尽すぎる……!

沸々と湧き上がる怒りや失望、その他もろもろの複雑な感情をどうにかこうにか制御する私に、殿下はさらりと言った。

「フェリシアには、悪いことをしたと思っているんだ。だって君、これから大急ぎで新たに婿入りしてくれる相手を見つけないといけないだろう?」

ますます神経を逆撫でするその一言に、ブチギレなかった私は相当偉い。