軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49話 ミネルヴァ様ガチ勢[1/2]

若様の来訪から数日後。

俺、プッさん、デキムスさんの3人は、若様提唱のレピュテーション・ロンダリングを実行に移すために、その重要な触媒であるところの『ミネルヴァ様から下賜された布』を確保すべく、神殿へと向かっていた。

移動手段は、プッさんが手配してくれた豪華な輿。

しかしながら、当然人が担げる程度の大きさの輿のため、人が二人も乗ると肩を付き合あせる必要が出てくる程度の大きさしかない。

そして俺はその輿に、プッさんと肩を突き合わせながら乗っていた。

徒歩で30分程度の距離にもかかわらず輿を使っている理由は、プッさんが俺にいつものように質問攻めをするためだ。

今回は俺への『お土産』がある話題だったのでホイホイ乗ってしまったが、正直この距離で30分問い詰められるのはきつい。ミスったかも。

「――というわけでだな、エンニオンの直弟子だったというメゲスという男のガラス工房に命じて、ようやくガラスの細い管に水銀を封入できたのだが……これでどのように温度を測るのだ?」

そんな俺の思いも知らず、トガの袖から受け取って間もないであろう水銀温度計を取り出すプッさん。

気分を切り替えてプッさんから受け取って眺めると、俺が知る温度計に比べると少し直径が大きく、それでいてすりガラスのような透明度。

しかし、きちんと中の水銀を確認でき、真空部分もちゃんとある。

つまり真空と水銀の境目によって、ガリレオ温度計とは比較にならないほど早く精密に温度が確認できるであろう温度計がそこにはあった。

古代ローマの職人凄いな。作っちゃったよ、水銀温度計。

正直もっとかかると思ってた。

内心で驚きつつも、そのままプッさんの問いを放置するわけにはいかないので、俺は水銀温度計の説明を始める。

「物質の大きさが温度によって変化することをプリニウス様はご存じですか?」

「アフリカ総督時代に、ヘロンという数学者がそのようなことを言っていたことを聞いたことはあるが……事実なのか?」

「はい、しかしそれはごくわずかな変化、そのためそのわずかな変化を切り取るために、このような細い管の下に水銀だまりを作り、わずかな量の増加でも水銀が大きく管を上るような構造にする必要があったのです」

そう言って俺は水銀だまりの部分を手で握る。

プッさんのトガに入っていたものの、肌には触れていなかったせいか俺の体温より低かった水銀温度計は、俺の体温で温められ、中の水銀がゆっくりと毛細管を上っていく様子が見て取れる。

「おぉ、これは……!なるほど!この中の水銀が温度変化によって膨張することで、その境目で今の温度を測るということか!しかし、この膨張は一定なのか?」

「管の太さが全く同じであれば一定の間隔で温度が測れますが、そこまでの精度を出すのは正直初めは難しいと思います。しかし例えば沸騰するお湯にこの温度計を入れてその温度を指し占める水銀の水位に目印をつければ、その目印に到達した温度は、常に水が沸騰する温度と同じです」

あとはガリレオ温度計とは異なり、その目印からの離れている距離によってある程度の温度も見ることができる。

温度計作りの技術が向上し、一定の太さの温度計が安定して作れるようになれば、1度単位の温度把握も近いうちに可能になるだろう。

まるで距離のように温度を見ることができる、それがこの水銀温度計が革命的な点だ。

「目印さえつけてしまえば見た目で常に同じ温度を測れるということか!これはディオスコリデス殿あたりが欲しがりそうな道具だな。薬などは特定の温度でしか抽出ができないものもあると聞くしな」

プッさんの言葉から薬物誌の著者である西洋薬学の父と言っても良い人物の名前がぽろっと出てくる。

しかして、最近麦芽水あめの件でプッさんがつるんでいるのは、ディオスコリデスなのだろうか?

「あ、あのぅ、ルシウス……。ちょっと、ちょーっと聞きたいことがあるんだけど」

その疑問をプッさんに投げかけようとしたとき、輿の外から歩きで同行しているデキムスさんが震える声で声をかけてきた。

それによって俺の意識は元々の目的の方に引き戻される。

そうだった、今日の目的は温度計じゃない、神事の方だ。

「あの、あのね。カピトリウム神殿が、やけに近づいているような気がするんだけど……気のせいだよね?」

そして、デキムスさんは目的地について『お願いだから違うと言って?』という意志が込められた言葉を俺に投げかけてくる。

カピトリウム神殿。

それはローマのカピトリウムの丘にあるユピテル神殿のことを指し、ユピテル、ユーノー、そして知恵の女神ミネルヴァの三柱が祭られている、国家第一の格式を誇る神殿。

神殿前の境内こそ一般人にも開放されているが、通常神事でも入れるのは階段まで、神殿内には特別な許可を得た者か神官しか入れない。

そして、今回は布を貰いに行くので、もし行き先がカピトリウム神殿の場合、デキムスさんはあの神殿内に入ることになる。

なので、デキムスさんは『違うよね?通り過ぎるだけだよね?』と半ば懇願するような確認をしてきているわけだ。

「ん? 気のせいではないぞ。行先はあそこだからな」

「ひゅっ!?」

しかしそんなデキムスさんの願いはかなえられることはなく、なんでもないようにプッさんが俺の代わりに目的地はそこだと告げる。

そしてそんなプッさんの返答に声にならない悲鳴を上げて俺の方を見て来るデキムスさん。

その表情は、行き先が動物病院だと気づいた時の猫と完全に一致していた。

ニャー(助けて) という幻聴すら聞こえてきそうである。

「か、閣下!? あそこは、その、私のような神事と無関係の商人が立ち入るような場所では……!」

そして再度プッさんの方を向き、なんとか神殿入りを回避しようとするデキムスさん。

「何を言うか。確かにミネルヴァ様より英知を授かったのは友ルシウスだが、実際の恩恵を受け続けるお前も当事者であろうが。それに神殿内に商人が入ることを許可してはいけないという法はない」

しかしそんなささやかな抵抗はプッさんにより一刀両断されてしまう。

結果、フラフラとした足取りで輿についてくるのがやっとの状態になってしまった。

神事の時までには復活してよ?

そんなコントをしているうちに、輿はカピトリウムの丘を登りきり、壮麗な神殿の前に到着した。

輿から降り、見上げるのは巨大な大理石の円柱。

神殿としての建物の大きさは、サッカーコート半分くらいだろうか。

荘厳な雰囲気にさすがの俺も圧倒される。

そのまま神殿の階段を上り切ると、一人の男が俺たちを出迎えた。

神経質そうな細面の顔立ちに、どこか冷たい光を宿した目。

頭からかぶられたトガには紫の縁取りがされており、彼の尋常ではない身分を示している。

「よく来たな、プリニウスよ。そして、そちらが噂の少年か」

そしてその男性は、プッさんを見るなり少し表情を崩しつつも、威厳を保った声で俺のことをプッさんに聞いてくる。

「えぇ、殿下。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

唯我独尊のプッさんが敬う仕草をしている!?

今まで見たことのないプッさんの振る舞いに驚いていると、プッさんが俺の耳元でサラッととんでもないことを囁いた。

「友ルシウスであれば心配はないと思うが……粗相のないようにな。このお方はドミティアヌス殿下。現皇帝ウェスパシアヌス陛下の次男であらせられる。今日の神事は殿下が執り行ってくださる」