軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

将軍の休暇はお偉いさんがついてくる

青い空。

絶好のおでかけ日和、私とアレンはヒースラン伯爵領へやって来ていた。王都から西へ、馬で駆けると半日程度で着く道のりだが、馬車では1泊2日が妥当な旅程だ。

ヒースラン伯爵領で最も栄えているルクリアの街は、伯爵家の本邸がある。

ここはかつて王の右腕であった騎士団長、アンドレア・ヒースラン様が開拓した地で、彼は国王陛下を命がけで守った功績によって王女様を娶り、その人生を領地の繁栄のために尽くしたといわれている。

白や水色の石造りの家々が建ち並ぶ景色は、まるで物語の世界のようで美しい。

アレンは、そんなルクリアの街で生まれ育った。

今、この街は十年前の災害の名残を感じさせるものはなく、多くの人々で賑わっている。

ヒースランのお義父様は、亡き妻とアレンのために領地の再興に力を注いできたのだ。

ヒースラン家の歴史で言うと十年前がまさに底であり、跡取りのアレンが数々の試練を乗り越えて将軍にまで昇りつめた現在は、誰もが今後の未来を輝かしいものと確信しているだろう。

今日、私たちが夫婦で領地へやってきたのも、見方によっては武功を上げての凱旋というものになるはずなのだが――――

私は混乱の中にいた。

「アレン、ここって魚がいないんじゃないでしょうか」

「そうだな。俺もそんな気がしていた」

私はアレンの脚の間にすっぽり収まり、釣竿を握る彼の腕に囚われていた。

身につけている菫色のワンピースやブレスレット、イヤリング、そして銀細工の髪飾りもアレンが贈ってくれた誕生日プレゼント。

この姿を見たアレンは、とても幸せそうに微笑んでくれた。

今は馬車移動での休憩中。

なぜかアレンは森の中にある池で釣りを始めてしまい、私はこうしておとなしくしている。

「しばらく二人きりになれるかと思って釣りをすることにしたが、そもそもここで釣りをしている人間を見たことがない。子どもの頃はよくここへ来たが、一度たりとも釣り人は見たことがなかったな」

「それ、絶対に魚はいませんよね」

透明度の高い池は、覗くと小さな巻貝やエビが見える。ただし、魚に至っては小指の爪ほどのサイズしかいないように思われた。

「まぁ、釣りは口実だ。こうして二人きりになれるならそれでいい」

三日後には、ヒースラン伯爵家の本邸で私とアレンのお披露目パーティーが開かれる予定だ。

それに合わせ、二人で休暇を取って領地までやってきたのだが、どうにも同行者が多すぎてアレンの精神が疲弊しているのだ。

「まさかこんなことになるとは」

心の底から疲労を滲ませた声。

首筋に触れる唇のくすぐったさも、こんな風に甘い空気を醸し出される羞恥も、本当は今すぐにでも逃げたいところだが、道中の気苦労を思えばアレンがかわいそうで私はじっとしている。

「宰相様がご一緒とは、思ってもみませんでした」

私たちのお披露目パーティーに、賓客として宰相様を招待することに決まったのはつい先日のこと。

パーティー前日には、陛下も到着する予定になっている。

領地へこのお二人をお招きすることは、貴族社会ではいわゆる箔づけであり、将軍と王家、それに国の重鎮が親しくしていることをアピールするという思惑があるらしい。

ヒースランのお義父様は、昔は陛下とも懇意にしていたそうで、結婚式には陛下と王妃様が参列してくれることは知っていたけれど、まさか領地のお披露目にも陛下や宰相様を招待することになろうとは。

王都から途中の街まで一緒に来て、アレンは宰相様との会話に疲労を感じていた。

私たちを馬車に残し、アレンは馬で並走してもよかったはずなのに、私のためにずっとそばにいてくれたのは感謝しかない。

あんな高貴な人と同じ馬車に詰め込まれたら、私はきっと気絶していた。

アレンは私の耳元で嘆くように言う。

「ルードを置いてきたのは間違いだった。あいつがいないと、会話を回すやつがいない」

アレンは将軍であり騎士団長という立場にあり、彼の不在時は副団長以下の上層部が騎士団の任務を任される。ルードさんは将軍代行の補佐官という立場で、王都に残った。

ユンさんは、今は街を観光しに行っている宰相様のそばについている。

娘さんへのお土産を、ユンさんにアドバイスして欲しいそうだ。ついさきほど、「妻と娘の評価が厳しくてな」と嘆いていた。

宰相様が観光している間に、私たちはこうして二人の時間を過ごしているわけだけれど、休暇のはずなのにまったく休暇な感じがしないのでアレンはめずらしく疲労を滲ませていた。

「私がもっとうまく会話できればいいのですが」

何を言っていいか、というよりも、何を言ったらだめなのかがわからず、どうでもいい話しかできない。

それだってあまりにどうでもいい話をし続けると、「将軍の妻がおもしろくない」と思われたらアレンの評判も下がるのでは……と、緊張してしまって結果的に何も話せなくなってしまうのだ。

「金庫番って、仕事中はほとんど喋らないんですよね……。社交もしてこなかったので、上流階級の皆さんとどんな会話をすればいいのかわからなくて。将軍の妻ならば、これからこういう機会も増えるでしょうに」

普通では足りない、それをひしひしと実感する。

けれどアレンは私に甘いから、決して責めたりしなかった。

「ソアリスは何も悪くない。せっかくの休暇なのに、宰相や騎士団の連中に囲まれてむさくるしいだろう?本当にすまないと思っている」

「むさくるしいだなんて……。いつもとは違いますが、皆さんお優しい方々ですから私は平気です」

騎士が並ぶと屈強な男たちの壁ができるから、最初はその圧に委縮してしまったけれど、数時間も経てば慣れてしまうから自分の図太さに驚いたくらいだ。

「ずっとこうして二人でいたい」

「本邸についたら、しばらくはゆっくりできるのではないですか?」

「だといいが」

望みは薄い、か。

私たちのことを祝うため、ヒースラン家の親戚やお付き合いのある貴族、そして私の家族もやってくる。

挨拶をして食事をして、おもてなしをしなくてはいけないと思うと、ゆっくりする時間はないような気がしてきた。

「ソアリスのドレス姿が楽しみだ」

「ドレス…………」

自分の体重の変化に、私は思わず沈黙してしまう。

ドレスはお義父様が用意してくれているはずだけれど、着られなかったらどうしようと不安しかない。

念のため、着られるドレスをユンさんが手配して送ってくれているので、まったく着るものがないわけではないが、せっかく用意してもらったものを着られないなんて申し訳ないから何としても身をねじ込ませたいと思う。

「ソアリス?」

黙って俯いていると、アレンが心配そうに呼びかけた。

「はっ、ごめんなさい。ドレスが入るか心配で……」

そう返すと、アレンはクスリと笑って私の耳を食む。

「っ!?」

慌てて手で耳を塞ぎ、身体ごと振り返って恨みがましい目を向ける。

アレンはうれしそうに目を細め、「かわいい」と言って笑った。

「あまりいじわるしないでください」

私の精神がもちません。

「ただかわいがっているだけなのに?ソアリスは釣れないな」

「!?」

あなたが甘すぎるだけなのでは。

顔を真っ赤にして睨んでも、美貌の夫は幸せそうに笑っている。

あぁ、結局私はアレンに勝てない。この人の一挙一動に翻弄されてしまう。

「もういっそ、お披露目の日まで二人で逃げようか?」

「できませんよ、そんなこと……」

「それは残念だ」

アレンは私を引き寄せ、優しくキスをした。

もう何度もこうしているのに、唇の柔らかな感触も温かさも慣れない。

けれど最近はこうして唇を重ねることに抵抗がなくなり、愛されていると実感できるので、幸せだなぁと思ってしまう自分がいる。

だんだん、アレンの存在が大きくなってしまって、もうこの人がいない暮らしは耐えられないんじゃないかしら。

贅沢な悩みだわ。

「そろそろ誰か呼びに来るかな」

「そうですよね」

ルードさんがいないと、アレンを止めてくれる人がいない。

キスをしているところを誰かに見られでもしたら、気まずすぎてそれこそ卒倒しそう。

まだ足りないとばかりに顔を寄せるアレンだったけれど、私は慌ててぐいぐい彼の胸を手で押し、騎士が来る前に急いで離れようとした。

「もうおしまい?」

「はい……」

アレンは意外にも、あっさり私を解放する。

「?」

離れたくない、と抵抗するかと思っていたので私は目を丸くする。

アレンは私の考えていることがわかったようで、にやりと笑って言った。

「妻のかわいらしいところは、俺以外に見せたくないんだ」

「っ!?」

どうしてアレンは、躊躇いなくそんなことが言えるのか。首まで真っ赤にした私は、両手で顔を覆ってその場に崩れ落ちそうになる。

「はぁ……、本当に俺の妻はかわいい」

やはり今日も夫の目は曇っていた。

そしてその直後、ジャックスさんの声が茂みの向こうから聞こえてくる。

「アレン様ー!近づいても大丈夫ですかー?服脱いでたら着てくださーい」

どういうこと!?こんなところで脱ぐわけないじゃない!

アレンも同じことを思ったらしく、落ちていた小石を声のする方へ思いきり投げた。

ーーガッ!!

「ぐっ!?」

どうやらジャックスさんに当たったらしい。

アレンは咳ばらいをして立ち上がると、私を連れて、来た道を戻って行く。

「あいつは、あぁいうところが要人警護に向かないんだ。腕は確かなんだが……」

え、親しくない要人に対してもあんな風に接するの?

それはさすがにダメだわ。

一応、アレンも上官だから本当はダメだけれど、私としては和むのでジャックスさんに不満はない。

「私は平気ですよ?いつも助けてもらっています」

「ソアリスがそう言うならいいんだが、何かあればすぐに教えてくれ」

「わかりました」

本邸までは、あと二時間ほど。不安要素は色々あるが、いよいよお披露目パーティーかと思うと私の胸は躍っていた。