軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

祭りの終わり

すべてが終わった。

そう思った瞬間、ダグラス様の声が力なく響く。

「メルージェ……」

縋るような、頼りない声だった。

すべてを失ったことで顔色は悪く、声にも覇気がない。

これまでのダグラス様とは別人のように見えた。

彼はよろよろと椅子から立ち上がり、メルージェに手を伸ばす。

「なぁ、ついてきてくれるよな……?事務官が身篭った子は、俺の子じゃなかったんだ。俺は悪くない。騙されただけなんだ、俺は悪くない」

今さら何を言うのか。

この場にいた全員が顔を顰める。

「メルージェ、俺たちは一生一緒にいるって誓っただろう?離婚なんて、本当はしたくないんだよな?俺のこと愛してるよな?将軍に脅されて、仕方なくだよな?」

ふらふらと近づいてくるダグラス様を警戒し、ジャックスさんが無言で剣を抜く。

え、斬る気ですか!?

動揺した私を、アレンはぎゅっと抱き寄せた。

「メルージェ、何か言ってくれ」

「…………」

「俺のこと裏切る気か!?俺と望んで結婚したくせに!おまえだけは俺の味方でいてくれるよな!?」

狂ったような目でメルージェに迫るダグラス様。一歩、また一歩とじりじり近づいていく姿は恐ろしかった。

だがここで、予想外のことが起こる。

ーーゴスッ!

「がはっ……!」

横から紺色の塊が飛んできたと思ったら、アルノーがダグラス様に飛び蹴りをして吹き飛ばした。

「アルノー!?」

「うわ、腰打った。ものすごい痛い」

壁に激突したダグラス様はともかく、着地に失敗して床に転んだアルノーまでとても痛そうだ。

え、なんで飛び蹴り!?

びっくりして目を見開く私の前で、ジャックスさんがアルノーを助け起こした。

「きれいに決まりましたね~」

「着地失敗したけどね~」

待って、このほのぼの空気はなに?

ジャックスさんはあははと笑って説明してくれた。

「いや~、アルノーさんが『掴みかかったら返り討ちにされた』っていう話を聞いて、素人が騎士とやり合うなら、予告なしの飛び蹴りが効果的だろうなっていう話をしたんですよ。腕力がない文官に殴り合いは向かないんですが、人間って腕より脚力の方が基本的にあるんで、飛び蹴りならそれなりにダメージを与えられますよって」

どんなアドバイスなの!?

見事に成功したわけだけれど、かっこいいとはいいがたい攻撃だったわ……!

アルノーは壁に激突して床に倒れ込んだダグラス様に、軽蔑の眼差しを向ける。

「さすがに見損なった。残念だけれど、これで縁切りだよ」

「ううっ……!」

ダグラス様は、顔を顰めながらまだメルージェに向かって未練がましく訴えかける。

「メルージェ、俺のこと見捨てたりしないよな……?」

これには、今まで黙っていたメルージェもついに爆発した。

「あ゛ぁ?」

地を這うような声、とはこのことかもしれない。初めて聞く、お腹の底から出した低い声はメルージェのものと思えないような声だった。

ダグラス様がぴたりと動きを止める。

メルージェは元・夫を睨みつけ、憎しみが篭った声で言った。

「あなたは心変わりしたくせに、なんで私の愛だけ変わらないって思ってんの!?好き放題しておいて今さら何言ってんの!?頭おかしいんじゃないの!?」

ダグラス様以外の全員が、深く頷いた。

本当に、どうして今もメルージェが自分を愛していると、見捨てないと思ったんだろう。

ここまで迷惑をかけておいて、さらに国外追放になる自分についてきてくれるってなぜ思えるの?

メルージェは、怒りのすべてをぶつけるかのように叫ぶ。

「あんたなんて、私の寿命があと1日でも離婚するわよ!自分の浮気の隠ぺいに、私やソアリスまで危険に晒そうとするなんて最低!!勝手に野垂れ死ね、この腐れ男が!!」

怒りのままに、鼻息を荒くして部屋を出て行くメルージェ。

残されたダグラス様は、その場に膝をついて茫然と元・妻の背中を見送っていた。

「あ……」

私が追いかけようとすると、アレンの腕がそれを制止する。

「ソアリス、その足では無理だ」

「でも」

私の両足はぷるぷる震えていて、中腰でいるのも不安定。アレンに支えられて、立っているのがやっとの状態だった。

けれど、すぐさまアルノーがメルージェを追いかけて行ったので後は彼に任せることにした。

「メルージェ、大丈夫かしら」

ぽつりとそう呟いたそのとき、私たちの背後でかすかに呻き声が聞こえてくる。

「ううっ……!おのれ……!」

驚いて振り向くと、そこには意識を取り戻したヘンデスが立っていた。

口元に滲む血は痛々しいのに、眼光はギラギラと鋭い。ゆらりと佇むその手には、鈍色に光る剣が握られている。

「おまえも思い知ればいい。すべてを奪われる痛みを……!」

狂気を孕んだ目が、私を捉えた。

明確な殺意がそこにはあった。

「何が将軍だ」

そして私が息を呑むより早く、ヘンデスは斬りかかる。

「跪いて悔やめばいい!」

瞬時に間合いを詰めた彼は、私に向かって真っ直ぐに剣を振り下ろした。

――避けられない。

私は首を竦め、ぎゅっと目を瞑ることしかできなかった。

しかし衝撃も痛みも届くことはなく、さっと影が差したかと思うと高い金属音がする。

――キィン!

「がはっ、あっ……!!」

驚いて目を開けると、黒い隊服の背中がある。

アレンが私の前に飛び出し、ヘンデスの剣を弾いていたのだった。

そして彼の持つ剣の切っ先は、ヘンデスの右肩に刺さっている。

「国外追放が不満なようだな。俺の妻に剣を向けるとは、よほど死にたいらしい」

鮮血がポタポタとくすんだ床に滴り、アレンは背中からでも伝わってくるほどの怒気を放っていた。

「うぁぁぁぁ!」

倉庫内に響き渡る叫び声は、絶望に満ちていた。

アレンが剣を抜くと、ヘンデスはガクンと崩れ落ちるように膝をつく。

「ソアリス、歩けるか?」

剣を収め、振り返ったアレンはすでにいつもの優しい顔つきに戻っていた。殺気にあてられ、まだ胸がドキドキしている私は小さな声で「はい」とだけ返事をする。

その傍らで、ジャックスさんが床に転がっていたヘンデスを縛り、ダグラスと縄で繋いで手際よく2人を纏めた。しかもそのまま乱暴に引きずって行き、赤い血の筋が道しるべのように床に付着している。

茫然としていると、ユンさんが労わるように声をかけてくれた。

「邸へ帰りましょうか。夕食、まだですし」

このタイミングで、夕食の話ですか……?

ちょっと驚いたけれど、思い出したら思い出したでお腹が空いているのを自覚してしまった。食べられるかはさておき、とにかくここを出るのは賛成だった。

ルードさんは離婚届を預かっているから、ジャックスさんと共に城へ戻ると言う。

アレンは私を労わるようにそっと抱き上げ、体調を窺うように蒼い瞳を向ける。

残念ながら足がふらついて歩けそうになく、私は苦笑いでこの体勢を受け入れた。

「帰ろう。色々と話さないといけない」

「そうですね……」

慣れない荒事に巻き込まれ、私は疲労を一気に感じた。

ぐったりとアレンの胸にもたれかかると、彼は何も言わずにゆっくりと歩いて馬車へ向かった。