軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

期待に応えてこそ将軍

――キィ……。

錆びついた蝶番が耳障りな音を立て、古い扉が開く。

カツカツと高い靴音を響かせ、倉庫内を三人の人間が歩いていた。

先頭を進むアレンディオは、まるで見知った場所であるかのように迷いなく歩いて行く。

そのすぐ後ろをメルージェとルードが歩いていた。

「この先だ」

カビと苔だらけの廊下の先には、かつては事務所として使われていた部屋がある。

そこにヘンデスとダグラスがいると思われた。

見張りの姿はない。

先に侵入したルードが、すでに全員片付けたからだ。

「あの……本当に大丈夫でしょうか」

メルージェは不安を口にする。

ルードはにっこり笑って、それを肯定とした。

ごくりと唾を飲み込むメルージェ。こんなにも緊張したことは、これまでの人生で一度もない。

ダグラスから連絡があったのは、昨夜のこと。

近衛の事務官を妊娠させてしまい、それをもみ消すにはリヴィト・ヘンデスのいうことを聞くしかないと告げられた。

彼が戦から戻ってきて2カ月後には、「浮気相手がいるかもしれない」と薄々勘づいていた。けれど、信じたいという気持ちがあった。

それは御前試合の日にあっさりと裏切られ、彼が勝利の薔薇を渡してきてもまったく喜べなかった。むしろ、軽蔑した。

あの食堂の女の子は本気だったのに、ダグラスは 弄(もてあそ) んでいただけだった。人の心を容易く 弄(もてあそ) べる人だったのだと、そんな人を好きになり結婚したのだとショックを受けた。

そこにきて、また別の事務官を妊娠させたと言われメルージェは絶望した。

しかも、夫はさらにとんでもない要求を告げてきた。

【将軍の妻を誘い出してくれ。でなければ、俺が消される】

それが社会的に抹殺されるのか、それとも命を失うのかはわからなかった。けれど、夫がしでかしたことの大きさは、侯爵家が出てくることから推察できる。

(本当にバカな人)

ソアリスを誘い出すなんて、とてもできなかった。

同僚であり後輩であり、誰より幸せになって欲しい友人である。どうして自分の夫のために、これから幸せになろうという友人が巻き込まれなくてはいけないのか。

根っからの長女気質で、自分よりも弟妹の心配ばかりをしている友人。戻ってきた夫からの愛情に戸惑い、右往左往する姿はかわいらしいと思った。

私服3着。平民の自分でも、城勤めなのでもう少し服や宝飾品を持っている。それでも明るく逞しく、5年半も一緒に働いてきたソアリスを巻き込むことはできなかった。

もちろん、ソアリスに真実を話し、妻経由で将軍に助けを求めようかとも考えたが、ただでさえ夫の浮気で憔悴していたところに追い打ちをかけられ、もう正常な判断力が残っていなかった。

その結果、こうして一人で倉庫街までやってきたわけだが――

「アレン様、本当にこの手段でいいんですか?」

ルードが尋ねる。

「問題ない。もういっそ、とことん汚い手を使ってやろう。将軍として、期待に応えないとな」

「期待に応える意味が違うと思いますが」

友人の夫(将軍)とその補佐官に見つかり、こうして行動を共にしている。

(なんでこんなことになったのかしら……?)

メルージェは戸惑っていた。

よく考えれば、ソアリスにあれほど護衛をつけている将軍がこの一件の全貌を知らぬはずはない。あれこれ手を回していることは想像できる。

ただ、ソアリスの親友である自分のことは助けてくれるだろうが、ダグラスのことは容赦なく断罪するつもりというのは伝わってきた。

妻である自分ですら呆れかえっているくらいだから、きっと夫はもう騎士団からも近衛からも追放されるはず。

果たしてそれが、どれほど悲惨な末路に繋がるのか……。

漠然とした不安を抱くメルージェ。だが、ためらっている時間はない。

何はともあれ、王国で最も頼もしい2人を味方にできたのだから、今これを機に彼らに助けを求めなければ不実な夫と一蓮托生になってしまうことはわかった。

「メルージェさん、打ち合わせ通りでお願いします。じっとしていてくだされば、それでいいですから」

「はい……!」

ルードの笑顔に励まされ、メルージェは覚悟を決めた。

それを見たアレンディオは、扉に一歩近づく。

――コンコン。

アレンディオが扉をノックした。

中からは、待ちかねていたようにリヴィト・ヘンデスの声がする。

「来たか」

「はい。メルージェです」

打ち合わせ通り、メルージェは名乗った。

きっとヘンデスは、メルージェがソアリスを連れてきたと思っているはず。

(いくら友人でも、護衛を置いてソアリスと二人でこんな場所に来られるはずないのに)

愚かな夫と愚かな騎士。

覚悟を決めたメルージェは、静かに顔を上げた。

――カシャン。

鍵の開く音がする。

それをきっかけに、アレンディオがおもいきり扉を押し開けた。

「っ!?」

慌ててヘンデスが飛びのく。

「待たせたな。メルージェを連れて来てやったぞ」

「なっ!?」

「残るはお前たちだけだ。諦めろ」

どう考えても悪役のセリフを吐く将軍。その目はすでに殺気を宿していて、薄ら笑うその顔は凶悪という言葉がしっくりくる。

アレンディオの言葉にぎりっと唇を噛みしめたヘンデスだったが、その後に起こった信じられない出来事に愕然とする。

「動かないでくださいよ?さもなくば、一人の女性が犠牲になります」

メルージェの首筋に、鈍色の刃が迫った。

ルードが背後から彼女を押さえ、短剣を突きつけたのだ。

妻が人質に取られている状態を目の当たりにした夫・ダグラスは、呆気に取られて動けない。

アレンディオも剣を抜き、切っ先をヘンデスに向けた。

「メルージェを斬られたくなければ、おとなしく言うことを聞け」

しんと静まり返る倉庫内。

わなわなと震えるヘンデスは、思わず叫んだ。

「将軍が人質を取るなぁぁぁ!!おまえ、一体どういう神経してるんだ!!」

救国の英雄が、一般女性を人質に取っている。この異様な光景を理解するには、しばらく時間がかかった。

アレンディオのことを「入学試験で不正を働いた卑怯者」と思い込んだのはヘンデス自身にほかならないが、予想を超える卑怯さを目の当たりにして叫ばずにはいられなかった。

「おまっ、そっ!人の命をなんだと思っている!?」

ルードは思った。

「おまえがそれを言うのか」と。

アレンディオは眉根を寄せ、ムッとした表情に変わる。

「貴様にそんなことを言われる筋合いはない。どうせ利用するだけ利用して、口封じするつもりだったんだろうが?それなら、おまえがやろうが俺がやろうが同じことだ。俺はただ、汚い手を使うというおまえの理想を叶えてやっただけだ。文句を言われる筋合いはない」

「頭がおかしいのか、おまえは!?口封じに殺すなど……!俺はただ、英雄将軍の妻を人質に取って辞職を……!」

必死で言い訳を口にするヘンデスを見て、アレンディオは嘲笑する。

「この期に及んで言い逃れようと?ソアリスを薬漬けにする計画ならもう分かっている」

「っ!なぜそれを……!」

ヘンデスは、すでに騎士の顔ではない。

どうにか逃げおおせようとする犯罪者のそれだった。

そして、アレンディオは妻に手を出そうとした男の言い訳を聞くほど甘くはない。

「これ以上は時間の無駄だ。さっさとこちらの要求を聞け。用事を済ませて、俺は早く妻のところへ帰りたい」

「おまえは話が通じないのか!」

「おまえと話が通じないだけだ、勘違いするな」

決して噛み合わない会話。ギリギリと歯ぎしりをするヘンデスは、顔を真っ赤にして怒っている。

そんな状況を見て、ルードは秘かに思った。

(どっちもイカレてますが、それはお互い気づいていないからどうしようもないですよね)

アレンディオはヘンデスを無視して、ダグラスに近づく。

ビクッと身体を揺らしたダグラスは、怯えた顔で元上官を見た。

「遊びは終わりだ。妻もろとも斬られたくなければ言うとおりにしろ」

「は、はい……!」

何の感情もない無機質な蒼い瞳。

ダグラスは、ここでようやく己の仕出かしたことの大きさに気づくことになった。

アレンディオは、用意していたある物をダグラスの胸に押し付けるようにして渡す。

「くそっ!なんでこんなことに」

拳を壁に叩きつけるヘンデス。

そしてすべての元凶はおまえだ、と言わんばかりの目でアレンディオを睨む。

「おまえのせいだ!おまえのせいで私は……!」

「人のせいにするな。俺の妻に手を出そうとした時点で、おまえの破滅は決まっていた。焼かれて皮を剥がれずに済んだだけありがたいと思え」

「破滅だと!?そんなこと、我が侯爵家が許すはずはない!私は無実だっ!ダグラスが己の醜聞をもみ消したくて、この計画を思いついたんだ!私は騙されて巻き込まれただけだ!」

蒼褪めるダグラスは、もう何も反論する気力がないように見える。

ヘンデスはそんな彼を見て鼻で笑うも、アレンディオの言葉を聞いて絶句した。

「ヘンデス侯爵家はおまえを見捨てた。弟が跡を継ぐから、おまえのことは放逐するそうだ。あぁ、それでも監督不行届で男爵家へ格下げになるぞ。陛下も宰相もすでに承諾済みだ」

「!」

アレンディオは淡々と事実だけを告げると、視線をダグラスに向けた。

ヘンデスのことなど、もはや相手にもしていない。そう受け取れる態度を見て、ヘンデスはついに自棄になる。

「うわぁぁぁぁぁ!」

激昂し、叫びながらアレンディオに襲い掛かる。その手には、近衛の紋の入った剣が握られていた。

大きく振りかぶったそれは、ランプの光を反射してきらりと光った。

しかし刃がアレンディオに届くことはない。

――ゴスッ……!!

右の頬に蹴りを入れられ、ヘンデスはその場に崩れ落ちた。

「ルード」

「はい」

「せめて斬ってやったらよかったのでは?仮にも騎士だったのだから」

「そうですか?」

蹴りを入れたルードは、どうでもいいという風に返事をした。

「斬ると血が出ますからね。ここって 騎士団(うち) の建物じゃないんで、後処理を気にして足でいってみました」

無様に気絶しているヘンデスは、脳震盪を起こしているだけで命に別状はない。それを見たダグラスはさらに怯え、震えながらペンを走らせるのだった。