軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

拗らせ夫と恥じらう妻の攻防

「お疲れさまでした」

「はぁ~~、本当に疲れました。緊張した……!」

近衛がわんさかいるエリアを抜け、ジャックスさんと2人で廊下を歩く私は猛烈な疲労感に襲われていた。

周囲に誰もいないことを確認し、自分で自分の肩をゴリゴリ揉みつつ王女宮へと急ぐ。

「そういえば、1階の通路からは騎士団の訓練場が見えるんですね」

王女宮のみでほとんどを過ごす私は、王族の居住区に繋がる廊下を通ったのは初めてで、騎士団の訓練場を走る騎士らが見えることに驚いていた。

「有事の際には駆け付けやすいよう、騎士団の執務棟への通路もありますよ」

「そうなんですね~」

広すぎて迷うので、1人では移動できないだろうな。

遠目に彼らを眺めていると、特務隊の黒い隊服を着た面々がジャックスさんに手を振っているのが見えた。

ジャックスさんも軽く左手を上げ、彼らに合図を送る。

「皆、奥様に興味津々なんですよ。あのアレン様が夢中になる妻はどんな方なのかって」

「夢中だなんて」

「執着?」

「……夢中でいいです」

表現の仕方よ。

苦い顔の私を見て、ジャックスさんはククッと笑いをかみ殺した。

「これから皆さんはどちらへ?いつもと装備が違うようですが」

特務隊の一部だろうか。それぞれ胸当てや革鎧などいつもの隊服の上に本格的な装備を施した姿でどこかへ出かけていく。

「野盗狩りです。国境や山間で、村や商隊が襲われる事案が増えているので」

「そうなんですか!?」

戦は終わったけれど、荒れた帝国から山を越えて入ってくる犯罪者は多いという。ジャックスさんは、「よくあることです」と平然とした態度で話を続けた。

「野盗とか盗賊とか、そういった類は合法的に人が斬れるからって仕事の取り合いですよ。今日だって希望者が多くてクジで決めたんです」

はぃ?

合法的に……?自分の口元が引き攣るのがわかる。

「特務隊って気性の荒い奴らが多いんで、いつもそんな感じです。何人斬ったか競い合ってみたり、誰が敵の頭を獲るか賭けたり、まぁそれは皆が自分に賭けるんで勝負にならないんですけれど」

ジャックスさんが楽しそうだわ……!

おかしいな。好き好んで人を斬る人はいない、と思うの。さっきローズ様にそう言っちゃったわよ!?

「不謹慎なので大声では言えませんが、平和って暇ですよね~。剣が錆びつくんじゃないかって、皆怯えてますよ」

「そ、そうですか」

「血沸き肉躍るみたいな戦いは、城にはないですから。最近実感しているんですよ『任務に 殺(や) りがいって大事だな』って。あぁ、来月には木剣でのトーナメント戦がありますからぜひ観に来てください!アレン様は出ませんが、最終的に勝ち残った騎士はアレン様と手合わせができるんです!目が合っただけで全員を射殺せそうなアレン様って本当にカッコイイんで!絶対に奥様にも見てもらいたいです」

「予定が合えば、見学させていただきます……」

「ホントね、相手を完膚なきまでにボコボコにしているときが一番生きてるなって実感できると言いますか。アレン様は騎馬戦が最も得意で、敵を馬から引き摺り下ろしてトドメを刺すところは痺れますよ!」

「へ、へぇ~」

これ、聞いてもいい話なのかしら?

アレンがいたら、間違いなくジャックスさんを止めるだろうな。

王女宮への道のりは、いかにアレンが強くて恐ろしいかという崇拝トークが続くのだった。

◆◆◆

今日は久しぶりのお休みの日。

私は着替えを済ませ、アレンと一緒に朝食をとると彼の部屋へ向かった。

「行きたくない」

アレンは朝起きてからずっと「ソアリスのそばにいたい」と嘆いていたけれど、訓練があるので午前中だけでも騎士団へ行かなくてはいけないらしい。

手伝うほどのこともないのに彼の身支度を手伝い(という名の軟禁を受け)、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくるアレンをどうにか宥める。

「またすぐに会えますよ」

背中に回した手でポンポンと軽く叩くけれど、逞しい夫は身動き一つしない。

「今一緒にいたいんだ」

「困った人ですね、アレンは」

え、仕事へ行くだけよね?

しばらく遠征にでも行くかのような抱擁だった。

何か危険な任務でもあるのかしら?

ユンさんに念のため尋ねると「いいえ」とあっさりとした返事が寄越された。

「遅れます。アレン様。お急ぎを」

「ユンリエッタ」

「ソアリス様はわたくしがしっかりお守りして、しっかり親交を深めますのでご心配なく。淋しい思いなどさせませんから!」

ユンさんにそんな風に言われ、私はくすっと笑ってしまった。

――バンッ!!

「アレン!?」

なぜかアレンは、無表情で扉を閉めてしまい、廊下にいたユンさんは締め出される。

そしてまた私を抱き締め、彼は「はぁ」と小さくため息を吐いた。

「もう、アレンったら」

「ユンリエッタの方が、ソアリスと一緒にいる時間が俺より長いのではないか。今くらい2人きりになりたい」

「でも」

「そもそも護衛は空気なんだ。ソアリスみたいに話しかける要人はあまりいない」

うん、そうなんだろうけれど。私の中で、ユンさんはもう友人枠だからね?

不満げに眉根を寄せるアレンを見て、私は困ってしまった。

「もう行かなくては、皆さんをお待たせしてしまいます」

「あぁ」

「…………放してください?」

「嫌だ」

「ええっ」

残念ながらアレンが動く気配はない。

「ずっとソアリスを腕の中に閉じ込めていたい」

抱き合っている状態に近い距離で、私の髪をいじったり頭に口づけたりと甘々モードだった。

「俺はソアリスのために生きているのに、なぜ君を置いて出かけなくてはいけないんだ」

「あの、私も一緒にいたいですがさすがにお仕事は仕方ないことかと」

ここまでごねるのは珍しい。というか、初めてのことだ。

「アレン。もう時間です」

何度も急かしたくないけれど、本当にもう出かけなくては。

ところがここで、アレンがまさかの要望を告げる。

「ソアリスからキスしてくれたら出発できる」

「!?」

真顔で何を言っているの!?

ピシッと固まる私を見て、アレンはさらに言い募る。

「まだ、してもらったことがないと思うんだ。ソアリスからしてもらいたい」

「………………修業する時間をいただきたいです」

「わかった。5秒」

「5秒!?」

それは短すぎやしませんか?

ぐっと押し黙るが、アレンは笑顔で私を見下ろしていて絶対に引く気がないように見える。

覚悟を決めた私は、深呼吸の後ぼそぼそと呟くように言う。

「あの、ちょっと屈んでください」

ほぼ真正面に、アレンの整った顔がある。

あぁ、至近距離の神々しさと破壊力……!!

何なの?この人は一体何でできているの?私と同じ構造とは思えない。

「目を、閉じてください」

おとなしく目を閉じたアレンだけれど、笑うのを我慢しているように見える。

すでに私の顔は真っ赤だろう。体温が上昇しているようにも感じた。

「いきます……」

そうだ。自分も目を閉じればいい、ってダメだそれじゃ見えない。

いつ目を閉じるの?

ここからどうしたらいいの?

悩んでも仕方がない。

ここは気合でキスをするしかない!

ぐっと拳を握った私は、アレンの唇めがけてスッと顔を近づけた。

ほんの一瞬だけ、チュッと軽く唇が触れ合う。目を閉じるまでもなく、私はすぐに顔を離した。

「「………………」」

目を伏せて、アレンの顔を見ないようにする。

恥ずかしいからもう行って欲しい。私をこの部屋に置いて、すぐに出発してもらいたい!

顔を上げられずにいると、アレンの大きな手が私の髪に差し込まれる。

「!?」

大型の動物に捕食されるって、多分こんな気分なんだろう。

ぐいっと引き寄せられると、今度は強く口づけられた。逃げられないから、なされるがままに唇を貪られる。

「んー!!」

ドンドンと胸を叩いても、彼はしばらくやめなかった。

頭がくらくらする……!

倒れそうになった頃にようやく解放され、仕上げとばかりに頬にキスをされた。

「行ってくる。夕方よりは早く帰れると思う」

「は、はい……!」

玄関まで私を横抱きにして運び、ユンさんに死んだ魚の目で見られていたけれどアレンはお構いなし。

ごきげんの夫は、蕩けるような笑みを浮かべて出かけて行った。