軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ローズ様に再会しました

王妹・ローズ様の教育係の一人に任じられて数日後、ついに初めての授業がやってきた。

午後一番の穏やかな時間帯。私はアルノーやメルージェのいる業務室を離れ、制服姿のまま王城の五階にいた。

アイボリーを基調とした柔らかな印象の部屋は、少しでもローズ様がお心安くいられるように質素を心がけた内装に変えられたらしい。

王族の居住区とは思えないシンプルな部屋は、没落して久しい私の緊張感も和らげてくれるのでありがたい。

椅子に掛けて5分ほど待っていると、ノック音がする。お付きの人が扉を開けると、黒の隊服を着たアレンがジャックスさんら特務隊の騎士を連れて入室してきた。

「待たせてすまない」

「いえ、わざわざこちらまで迎えに来てくださるなんて、ありがとうございます」

夫は将軍らしい威厳ある態度だった。そっけなくもないけれど、いつものように甘い雰囲気ではない。

ちょっと淋しいような気もするけれど、心のどこかでホッとした。

差し出された手。

そっと自分の手を添えると、アレンの目元が少しだけ和らぐ。そんなちょっとした変化をうれしいと思ってしまうなんて、随分と甘やかされたものだわ。

「行こう」

アレンに連れられ廊下へ出る。特務隊の皆さんには少しの笑みを向け、それを挨拶とした。

本来であれば丁重にご挨拶をしておきたいところだけれど、彼らのことは置き物と思うようにルードさんから言われている。挨拶らしい挨拶は不要、それが暗黙のルールなんだそうだ。

平凡顔のジャックスさんは、王妹殿下の授業が終わった後、私を金庫番業務室まで送ってくれることになっている。

静かな廊下を、アレンと私を先頭に4人の騎士が2列にならんで歩く様子は仰々しくてドキドキした。アレンは私の緊張を感じ取り、優しい声音で話しかける。

「殿下は、さきほどまで装花の実技だったんだ。随分と表情は柔らかくなっていると聞いた。ソアリスに会えると、今日は朝から機嫌がいいらしい」

「そうなのですか?それはよかったです」

あれから教育課程が見直され、殿下の好きな花を使ったアレンジメントの授業や簡単な童話から読み書きを覚える授業に変更されたという。

たとえスローペースでも、逃げられるよりはずっといい。そんな思惑が見える。

「今日は簡単な算術だったか」

「ええ、教材はあるそうなのでそれに従ってゆっくりと。そのように伺っています」

「それでいい。口調や作法もあまりきびしく指摘しなくていいから、殿下が楽しく過ごせるよう頼む」

「わかりました」

基礎教養の算術は、はっきり言って嫁いでしまえばそんなに使いみちはない。単純に、習っていますという実績があればそれでいいとも言える。領地経営に本気で乗り出すような積極的な妻になるならともかく、王妹殿下が降嫁するような貴族家なら妻の仕事はもっぱら社交だろう。

無理に詰め込んで算術が嫌いになったら困るので、せめて基礎学習を修められるくらいはのんびりすればいいのだ。

王妹殿下の私室に繋がる廊下には、すぐに到着した。そしてそこには、屈強な騎士がずらりと並んでいる。思わず足を止めた私は、アレンに尋ねた。

「これはいつもの様子ですか……?」

あまりの威圧感に、腰が引けてしまいそう。王女宮で働く私でもそうそう見かけないくらい、厳重な警護が敷かれているなんて。

「そうだ」

もしかしなくても、ローズ様はこういう物々しい雰囲気を怖がっているのでは。とはいえ、私がこの体制にどうこう言えるものではない。

長い廊下を、彼らの視線を浴びつつ歩く。

「「「…………」」」

ある人は躊躇いがちに、ある人は堂々と、ある人は確認するようにじっと私を見つめている。

あぁ、久しぶりのこれ。「あれが将軍の妻か?」って思っているのね!?

彼らの反応は、私を侮るでもなく 嗤(わら) うでもなく、唖然としているのが伝わってくる。地味で驚いた?華のなさに驚いた?

まぁ、しょせんは勤め人ですからね。

人によってはあからさまにホッとしている雰囲気だったので、将軍の妻が気性の荒い女だったらどうしようって不安に思っていたのかも。将軍の妻といっても、権力を無意味に誇示したりしませんよ。

上官の妻は、ある意味で上官本人より怖いからなぁ……。貴族社会って、仕事に私情を挟む人もわりといるらしいから。

「もうすぐだ」

「ええ」

私に向けられた視線は、アレンに睨まれてちょっとずつ散っていく。「ソアリスを見るな!」と目が訴えていた。

背筋が凍るほどの殺気に、騎士らがビシッと背筋を伸ばしてこちらから目を逸らす。

「アレン」

声をかけると、彼は一瞬にして殺気を解いた。私が何か小声で伝えようとしたと思ったのだろう、わざわざ屈んで顔を近づけてきた。

「ごめんなさい、何かあったわけじゃないの」

近いっ!!美形の接近に慌てて身を引くと、彼はきょとんとした顔になる。

あなたが怖すぎて、殺気を解いて欲しかっただけなの……!

彼は長い指でするりと私の後れ毛を耳にかけると、ふっと笑って前を向く。緊張感とドキドキが混ざり合って、平常心を保つのが大変だった。

背筋を正して歩き続け、ようやく目的地へ到着する頃にはすでに疲労が溜まっていた。こんな環境で任務を行っているアレンや騎士の人って本当にすごいなと思う。

深呼吸して私室へ入ると、そこにはまたずらりと侍女たちの姿が。

ちょこんと椅子に座っている王妹殿下は、私の姿を見てパァッと顔を輝かせる。

腰を浮かそうとして、40代の侍女長に止められて「あ」と小さな声を漏らした。

身分が高い人は座ったままでいなければいけないので、王妹殿下は陛下や王妃様、王太子殿下の3人以外が来た場合、その場に座ったままが正解である。

私は少し離れたところで立ち止まり、挨拶をしてからそばへ寄った。

「ソアリス・ヒースランでございます。本日より、算術の指南を仰せつかりました」

アレンは扉付近で立ち止まり、私たちの様子を見守っている。ここから先、彼は殿下の護衛であり、私の夫という立場は取れない。

「来てくれてありがとう!ずっと待っていたの!」

うれしそうな王妹殿下は、誰もが見惚れる愛らしい笑顔を振りまく。

先日会ったときよりも、かなり元気そうだ。

「あの、さっそくなんですがソアリスさんと呼んでもいいかしら……?」

「はい、光栄です。敬称も不要です」

多分、家名までは覚えられないんだろう。

王妹殿下の教育係は、1回だけの講師も含めると40名以上いると聞く。そんな人たちの名前と家名を、一気に全部覚えるのはさすがに無理だ。

笑顔で返すと、殿下は再びうれしそうに微笑んだ。

「わたくしのことは、ローズと気軽に呼んでね?」

「はい、ローズ様」

気軽には呼べませんよ!?

侍女長も困ったように口元を引き攣らせている。日頃のマナーや所作は侍女長がつきっきりで教えているといい、いわば最も苦労しているのがこの侍女長だ。

ローズ様は私に椅子を勧め、小さい書机を挟んで向かい合って授業に入る。

「お茶をお淹れいたします」

そう言って私に近づいたのは、筆頭侍女のマルグリッド様。見事な赤毛は艶があって美しく、行儀見習いでお城へやってきて早3年が経つ。18歳になる彼女は以前は王太子殿下の婚約者候補だったが、同盟国から王太子殿下に縁談が持ち込まれたことでその話は立ち消えた。

今は辺境の領地を継いだ従兄と婚約していて、王妹殿下との繋がりを深めて今後の社交に箔をつけたいはずだとルードさんから聞いた。王妹殿下と仲良しだと、それだけで話題性はあるからなぁ。

侍女といっても色々あり、マルグリッド様は話し相手や衣装選びのアドバイス係のような役割で、いわばお友達要員。名門公爵家のご令嬢は、そばにいるだけで作法や会話術などの参考になるという思惑だろう。

部屋の中には、私と侍女長、マルグリッド様、そしてローズ様のみ。

アレンは授業が始まるとすぐに姿を消し、会議に参加してからまたこちらに戻ってくる予定だ。

温かい紅茶が湯気を立てるのを見ながら、ローズ様はうれしそうに言った。

「ふふっ、ごめんなさいね?お仕事をなさっているのに、私の先生になって欲しいだなんて。でもどうしてもソアリスさんにまた会いたくて……先生としてだったら大丈夫なのではって近衛の、えーっと」

「ジョナス・スチュアート様です」

マルグリッド様がそっと補足する。

ジョナス様は、先日ローズ様を追ってきた近衛の隊長さんだ。

「そうそう、その一番偉い人のスチュアートさんがね。ソアリスさんは信頼できる人だからって」

ここでも将軍の妻という身分が効果を発揮している。

身元のあやしい人間をローズ様に会わせるわけにはいかないから、その点ではアレンの妻である私は安全認定されるのもわかる。

「これからよろしくお願いします!ソアリスさん」

「こちらこそ、どうかよろしくお願いいたします」

花のように愛らしい笑みを向けられ、私も自然に笑みが零れた。