軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

どちら様ですか?

アレンディオ様は、凱旋パレードが行われる二日前に王都へ戻ってきた。

正確に言うと「戻ってきたらしい」だけれど。

私は仕事があったので、城へ入ってくる長い騎馬の行列は見ていない。

皆は「夫を迎えに行っては?」と言ってくれたが、15歳で別れた彼が今は25歳になっていて、遠くから見ても誰だかわからないだろうなと思ったので、いつも通り仕事をすることにした。

目撃した侍女たちによると、アレンディオ様は雄々しい顔つきに涼やかな蒼い目で、逞しい体躯はどの騎士よりも威圧感があったという。

「オーラがあるっていうのでしょうか?その神々しいまでのお姿がもう美しすぎて、倒れるかと思いましたわ!」

大恋愛中のサブリナですら、ほぅ……っと吐息交じりにうっとりするほど、アレンディオ様はかっこよかったらしい。

「もともときれいな顔だったからね~」

私はどこぞの歌人の話でも聞くかのように、適当に相槌を打つ。

「もう!そんなことでは、すぐに横取りされますよ!」

「横取りって」

そもそも私のものではない。

戸籍上、同じ枠に収まっているだけで私たちはほぼ他人である。

向こうにいたっては、帰ってきても私の顔なんて見たくないんじゃないかなぁ。

「いつ二人は再会するのですか?」

あぁ、サブリナのキラキラした目が気まずい。

まだ連絡も取っていないのに、と私はふいっと目を逸らした。

「書類仕事って楽しいな~」

「楽しいわけないじゃないですか!本当にソアリスっておかしな子ですわね」

クスクスと笑うサブリナは、私が彼とこのまま結婚生活を続けるのだと思い込んでいるみたい。

今、私のポケットには「離婚申立書」が入っているというのに…………

戦場でこの十年、辛いことがあったと思う。いくら志願して向かった戦とはいえ、あのか細いアレンディオ様が将軍になるなんて未だに信じられない。

私には想像もつかないような、とてつもない努力と辛酸があったはず。

活躍したからと言って、妻ヅラして出迎えるのは気が引けるわ。

「なんか、擦り寄ってきたぞ」って思われたら、さすがに私のメンタルは折れる。大人になったアレンディオ様がどんな性格かはわからないけれど、戸籍上の妻である私にひどい扱いをしないでくれたらそれでいい。せめて離婚申立書は、対面して受け取ってくれるような常識のある紳士的な人だといいなと願うばかりだ。

彼が帰ってきたらというのは、これまでまったく想像していなかったわけではない。

最初の頃は、すぐに終戦になって帰ってくるものだと思ったこともあった。

5年くらい経った頃から、王都でアレンディオ様の活躍を耳にするようになり、「これは帰ってきそうにないな」と予感した。そしてそれは当たり、10年間も会えずにいる。

今さら妻とか夫とか、そんな戸籍上の関係に囚われる必要はない。

じっくり考えた結果、がんばった彼へのご褒美はこの離婚申立書がいいと思ったのだ。

うちの両親は嘆くだろうから、事後報告でいい。邪魔されたくないしね!

それに私には仕事もあって友人もいる。

もういい大人なんだし、ほぼ他人の夫の功績におんぶに抱っこで暮らすつもりは毛頭ない。

アレンディオ様が、私という金ヅルがいながら剣を取った理由が今ならわかる気がする。

金で買えない、誇りが彼にはあったのだ。今の私に、仕事があるように。

「お茶でも飲もうかしら」

「あら、じゃあ私が淹れるわ!今日は特別にナッツバターもあるの」

王女様にお茶を淹れた残りのお菓子が、サブリナの持っていたワゴンにはあった。

私はぐっと両手を上げて伸びをして、休憩を取ろうとする。

好きな仕事とはいえ、ずっと机にかじりついていては肩と腰がガチガチになる。まだ22歳なのに、この所帯じみた感じを見ればアレンディオ様はますます幻滅するに違いない。

まぁ、もともと好かれてなんていないし、むしろ嫌われているし、すべてが今さらだなぁ。

――コンコン。

気分が緩んだそのとき、金庫番の部屋をノックする音がした。

「誰かしら」

サブリナは手にカップを持っていたので、私は自分で扉まで歩いて行く。

そして扉越しに、「どなたですか?」と声をかけた。

見知った人なら、ノックと同時に入って来そうなものなのに。律儀に声がかかるまで待っているということは、王女宮ではない他の部門の人間だろう。

「…………」

しばらく返事がないのでもう一度尋ねる。

「どなたですか?」

すると今度は、低い声が返ってきた。

「ソアリス?」

「…………どなたでしょう」

私を呼び捨てにする人は、限られている。こんな声に思い当たる名前が浮かばない。

ただ敵意は感じられなかったので、そっと扉を開いて相手を確認しようとした。

「金庫番のソアリスは私ですが、何かご用ですか?」

内開きの扉を引くと、予想以上に近い距離に無機質な鎧がドンと立ちはだかっている。

「え……」

目線をゆっくりと上げていくと、そこには黒髪に蒼い目の騎士がいた。

身長は190センチ近いだろうか、165センチの私が随分と見上げなくてはいけないくらい長身の騎士だった。

「「…………」」

ぱちりと視線がかち合う。

どこかで会ったことがある。

それは確か。

けれど、城内で出会う近衛騎士にこんな逞しい人がいたかな?

こんなにきれいな顔の人、一度見たら忘れるわけないのに。

「えーっと……」

どなた様ですか、と今一度確認しようとしたところ、凛々しい顔のその騎士は感極まったように表情を歪ませた。

それはまるで、最愛の人に再会したかのようで……。

わけがわからず、一歩右足を引く私。

しかし逃げる間もなく、長く逞しい腕に囚われてしまった。

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「ソアリス!戻ったぞ!」

「ひぃぃぃぃ!」

締め付ける腕が痛い!鎧が冷たい!

なぜこの人は私を抱き締めているの!?

なすすべなく、腕の中でぐったりとしていると、悲鳴を聞いてやってきた王女宮の護衛や門番らが必死で助け出してくれた。

「ななななななな!?」

混乱する私に向かって、護衛たちに鋭い目を向けた彼は言った。

「離せ!妻と再会の抱擁をしただけだ!」

「「「は…………?」」」

私は幻覚を見ているのだろうか?

戸惑い、立ち尽くす私の前で、彼は再び蕩けるような笑みを向けた。

「ソアリス。ようやく会えた……!」

これはもしかしなくても、彼だろうか。

「ア、アレンディオ、様……?」

名前を呼ぶと、カッと目を見開いた彼に再びぎゅうぎゅうに抱きしめられる。

「ソアリス!」

「待ってー!!きゃぁぁぁ!!」

プレートメイルがゴリゴリと頬骨に擦れ、締め付けられる背中も腕も痛くて堪らない。

「将軍!落ち着いてください!このままでは奥様を粉砕してしまいます!」

護衛たちが必死で引き剥がし、アレンディオ様(らしい人)はようやく私の危機に気付いた。

「ああっ!ソアリス、すまない。君に会えた喜びでどうにかなってしまいそうだったんだ」

こっちがどうにかなってしまいそうでした。死ぬかと思いました。

ぜぇぜぇと荒い息で、疲労困憊の私は何も言葉を発することができない。

え、本当にこの人がアレンディオ様?

「会いたかった……!10年は長かった。待たせてしまったが、なるべく早く結婚式を挙げよう。17歳からだともう5年も過ぎてしまったが、君ならきっと王国一美しい花嫁になるに違いない」

「…………」

「何度も何度も、君と会える日を夢に見た。けれど、自分の想像力が貧相なものだったと気づかされたよ。目の前にいる本物の君はこんなにも輝いていて美しい」

誰より輝く笑顔のアレンディオ様。

私を含め、この場にいる全員が絶句している。

気づきたくないけれど、何となくわかる。「美しい……?」って、皆が疑問に思っているって!

私も激しく同意する。

どう見ても普通の私。この髪だけは褒められるけれど、顔のつくりでいうと絶対的に普通だから!

目の前にいるあなたの方がよほどお美しいですよ!って言いたいくらいよ。

けれどあまりに予想外の出来事に、私は時が止まったかのように停止していた。

「ん?どうかしたのか、ソアリス」

私があまりに何も言わないので、彼は訝しげに尋ねた。

しんと静まり返る廊下。

周囲の視線が、私たちに集まっている。

たっぷり時間をかけて復旧した私は、とうとう渾身の一言を叫んだ。

「っっっ誰!?」

アレンディオ様はこんな風に饒舌に話さない。私を抱き締めたりもしない。

なんなら目を合わせようともしなかった!!

数々の詐欺にお目にかかってきた私だけれど、こんなにも雑な詐欺は初めてよ!?

「嘘よ、嘘に決まってる」

じっくり観察していると、彼はうれしそうに目を細めて言った。

「背も伸びたし、体格も変わったからな。わからなかったか?」

変わりすぎだろう。

もしも本当にこの人がアレンディオ様なら、10年という年月がおそろしすぎる。

「さぁ、ソアリス。行こう」

「は?行くって、どこへ?私は仕事が……!」

抵抗虚しく、皆に背中を押された私は強制的に夫に連れ去られる。

このときばかりは、護衛がまるで仕事をしてくれなかった。

職務放棄か、と恨みがましい目を向けてもさらっと目を逸らされた。

どうやら将軍が怖いらしい。

諦めた私は、5年半で初めての早退をするのだった。