軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

怒り狂う夫

そして、馬車に揺られること40分。

赤レンガの外壁が見え、色とりどりの花が咲き乱れる庭園を抜けて正面玄関へと到着する。

「おかえりなさいませ、旦那様」

「あぁ」

アレンディオを出迎えたのは、家令のヘルトやソアリスの弟妹、使用人たち。昨夜から泊っているはずのソアリスの姿がない。ユンリエッタの姿もなく、共にいると思われた。

「ソアリスは?」

「北側の庭園にいらっしゃると。ユンリエッタが迎えに行っておりますので、すぐにお戻りになられるはずです」

「そうか」

ソアリスに会える。そう思うだけでアレンディオの表情が和らぐ。

求婚は邪魔が入って答えを聞けず 終(じま) いだが、断られなかっただけ幸いだとアレンディオは思っていた。

午後は久しぶりに時間が取れる。

明日になれば帰ってしまう弟妹との時間も大切にしてやりたいが、ソアリスと2人過ごす時間が取れるだろうかとアレンディオは期待していた。

ところがそこへ、侍女服を着たユンリエッタが血相を変えて走ってきた。

「アレン様!」

まるで戦場での一報を届けるような、緊迫した声。

その手には、泥だらけになったソアリスの上着と平たい筒状のバッグがあった。

自分がつい先日贈った服とバッグだと、アレンディオは気づく。そしてこれから悪い知らせがもたらされるのだと、無意識に身体が強張り、心臓はドクンと大きく鳴った。

「奥様が……!」

庭園に向かったソアリスを追い、お茶の準備をして後を追ったユンリエッタ。まっすぐ小路を歩いていると、そこへ弟妹が正門から入ってきた。

彼らもソアリスと同じく、北側の庭園にいたはず。疑問に思ったユンリエッタに、ニーナは笑って言った。「扉から外へ出たら戻れなくなった」と。

北側の庭園の端には使用人用の出口があり、外へは出られるが中へは入れないようになっている。王城や騎士団にもそういう扉はあり、外からの侵入を防ぐための一般的な防犯扉だった。

弟妹は何も知らずに出て、戻れないと分かったので外壁に沿って正門まで歩いて再び敷地に入ってきたという。

ユンリエッタは、急いで北側の庭園に向かって駆けた。やはりソアリスの姿はなく、弟妹と同じように外へ出てしまったのかと自分も後を追った。

そして、出口から出てしばらく歩いたところで泥だらけの上着とバッグを見つけたのだった。

「すぐに特務隊を招集しろ!ジェロムもだ!!」

ソアリスが何者かに誘拐された。

アレンディオは、すぐに将軍直属の特務隊を招集することを決める。ジェロムは狼と交配した特殊な犬で、匂いを覚えさせると対象まで走っていく特務隊の一員だ。

ルードとユンリエッタはすぐに散り、20分後には邸の庭に30人の騎士が集結した。オロオロするばかりだったニーナとエリオットは、ヘルトが客室へと下がらせる。使用人をつけ、姉が戻るまで部屋にいるよう指示をした。

犯人の目的がわからない以上、2人がターゲットにならないとは限らないからだ。

アレンディオは1分1秒が惜しいほどに苛立ち、なぜもっと早くソアリスに護衛をつけなかったのかと激しく後悔した。ユンリエッタは騎士だが、侍女としてつけているため24時間そばに張り付くことはできない。

彼女は自分の落ち度だと嘆いていたが、とても責める気にはなれなかった。

(俺のせいだ……。嫌われたくなくて、必要最低限の警護に留めてしまったから)

ふとソアリスの残した荷物に目をやれば、鞄のそばに散乱していた物がテーブルの上に揃えられていた。

「これは……?」

メッセージカードは、父親からソアリスの手に渡ったのだとすぐにわかる。

だが、薄茶色の封筒を開くとアレンディオは顔色を変えた。

「これは」

離婚申立書。

ソアリス直筆のそれは、アレンディオに衝撃を与えた。

「準備が整いました。……アレン様?」

ルードは怪訝な顔で、主を見る。1枚の紙を持ったまま、アレンディオは怒りに震えていた。

「おのれ……!誰がこんなものをソアリスに書かせた!?そうか、ソアリスに懸想した男が脅して無理やり書かせたんだな!!」

殺気を振りまき、唸るように呟くアレンディオ。

そのあまりの形相に、特務隊の騎士らもゴクリと唾を飲み込む。

(((砦を落としたときの将軍だ……!)))

ここで見られる予定ではなかった離婚申立書。ソアリスの思惑とはまったく違う状況で、アレンディオの目に触れることになってしまった。

「ソアリス、待っていろ。必ず助ける!」

持っていた上着とバッグには、泥がついている。犬のジェロムが正確に匂いを嗅ぎ取れるか、ルードの懸念はユンリエッタによって覆された。

「奥様の匂いでしたら、これを」

騎士服を着たユンリエッタが持ってきたのは、不気味な魔除けのぬいぐるみ。ふかふかのそれは、今日も2つの瞳が怪しげに光っている。

「昨夜もこれを抱いてお休みでしたので、最適かと」

黒曜石の目が不気味なぬいぐるみ。

騎士は平静を装うが、全員それに釘付けだった。

(((何、あのキノコ……!)))

訓練された犬は動じず、匂いを嗅ぎ、すぐに門の方へ走り出す。

「第一隊は予定通り!二、三は王都の外周から行け!」

馬に跨ったアレンディオは、キノコのぬいぐるみを左手で抱えて出発する。

それに続いたのはルードで、必死にスピードを上げて手の届く距離を並走した。

「アレン様!お願いですからそんなもの抱えて行かないでください!国の威信にかかわります!」

将軍が、キノコのばけもののぬいぐるみを抱えて馬を駆る。とんでもない状況に、ルードは必死でそれを寄越せと言った。

「そんなものとは何だ!これは俺がソアリスに贈った誕生日プレゼントだ!しかもソアリスはこれを気に入ってくれている!」

「なんて物を贈ってるんですかぁぁぁ!?どんな趣味してるんですか!」

「ソアリスを侮辱するな!」

「私が引いているのはあなたのセンスです!奥様がそんなもの気に入るわけないでしょうが!絶対気を遣われてますって!とにかく預かります、預かりますから寄越してください!」

必死のルードに根負けし、アレンディオは前を見たままキノコを投げ渡す。

見事に受け取ったルードは、片手でそれを抱えてアレンディオと共に馬を走らせた。

「ソアリス……!」

どこの誰が彼女に離婚申立書を書かせ、あろうことかその身を攫ったのか。

絶対に切り刻んでやる、と殺気立ったアレンディオはわき目もふらずに進んだ。