軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

父の謝罪【後】

恥ずかしかったけれど、彼に昔から好きだったと言われたことを父に伝えた。そして、どうしていいかわからないという正直な気持ちも。

「だって私に英雄将軍の妻が務まるはずがないのよ。お父様だってそう思うでしょう?」

娘のことは父がよくわかっているはず。そう思って問いかけたのに、父は意外にも「そんなことはないと思う」と答えた。

「英雄だろうが将軍だろうが、趣味が悪かろうが、アレンディオ様だって1人の男だからなぁ」

「何で趣味が悪いって確定してるの」

父もあのキノコのぬいぐるみについて、言っているとすぐにわかった。

「あ~、なんだそれは置いておくとして」

じとっとした目で父を睨む。

本当に自分が悪いことをしたってわかっているの?ムッとする私を見て、父は苦笑した。

「どんな名誉や地位を得ても、家の中ではただの人間だよ。将軍だって、妻の前でずっと騎士で居続けるのは苦しいはずだ。ソアリスは英雄の妻になったんじゃない、アレンディオ様の妻なんだよ」

「アレンディオ様の、妻?」

父は頷く。

「政略結婚は家同士の利益によって成立するけれど、本人たちにとっては家族の営みだ。互いのことを知り、思いやって暮らせばそのうち愛情は湧くんじゃないか?アレンディオ様はやさしい方なんだから」

「それは、そうかもしれないけれど……」

「おまえたちは、互いに歩み寄る時間がないまま離れ離れになってしまった。でも幸いにも、2人とも生きている。失った時間は戻らないが、これからでもお互いのことを知って、家族になることはできるんじゃないかな」

家族になる。

そんなこと考えたこともなかった。もう10年も結婚しているのに。

私の家族はリンドル家の家族であって、ヒースランのお義父様はヒースランのお義父様っていう枠がある。

アレンディオ様なんて、遠い世界の人だった。

これから家族になるなんてこと、できるんだろうか。もう私たちの道が重なることはないと思っていたのに。

「父さんと母さんも、昔はよくすれ違って喧嘩もした。他人が一緒に暮らして家族になるっていうのは、恋愛結婚でも楽なことではないんだ」

「あんなに仲がいいのに喧嘩したことあるんだ」

「そりゃあね、結婚して24年だ。色々とあるよ」

恋愛結婚だった両親は、ずっと仲がよかった。私たちの前では、喧嘩したことなんてなかったのに。

「アレンディオ様なら、ソアリスの頑固なところも受け止めてくれると思うよ」

「頑固はお父様譲りです!」

そうかと呟いて笑った父は、鞄の中からいくつかのカードを取り出した。

「これは?」

どうやら何かのメッセージカードらしい。

随分とくすんだものと、真新しくきれいなものがある。

「アレンディオ様は捨ててくれって言っていたんだが、ソアリスが完全に離婚の意志を固めていないなら見せた方がいいと思ってね」

「アレンディオ様が?」

サミュエルさんから買い取った贈り物は、品物それだけだった。そういえばメッセージカードがあったはずなんだと、今さらそれに気づく。

「捨ててくれだなんて……」

また私のため?

今さら見せても、私が混乱すると思ったの?

あの人はいつも私のことばかり。

手にしたメッセージカードを見たら、胸が痛んだ。

「離婚は、いつでもできるから。まぁ、離婚届を出す権利は夫側にしかないが、彼ならソアリスの気持ちを無下にはしないだろう」

「そう、ですね」

あの人はやさしい人だから、私がどうしても離婚してくれと頼み込めばきっと……。

受け取ったメッセージカードの束を見て、私は黙り込んでしまう。

「よく考えて、結論を出しなさい」

「はい」

お父様は取引先との食事会があるとのことで、上着を羽織って出て行こうとする。明日の朝、ニーナとエリオットを迎えに来るそうだ。

「ん?」

扉の影から、こちらをじっと見つめる視線に気づく。

「エリオット!あなた何しているの?」

まさかずっと盗み聞きしていたの!?

驚いて尋ねると、弟は悪びれもなく普通に部屋の中へ入ってきた。

「父上」

「何だい?」

今では、父とそう変わらない身長に育ったエリオット。15歳にしては背が高く、首や手首を見るとすぐに痩せっぽっちだとわかるところが残念だけれど、顔はわりと整っていてきっと将来はモテるはず。

私と同じキャラメルブラウンの髪に、父親譲りの黒い瞳。少し見ないうちに、またちょっとだけ大人っぽい顔つきになっている。

弟は父を見て、真顔で言った。

「離婚についてはちゃんとしたことが言えるのに、何で贈り物を売ったりしたの?」

「「!?」」

やめて!その話を蒸し返さないで!

弟は裕福だった頃の記憶がほとんどないため、姉2人よりも父に対する尊敬の念が少ない。少ないというより、ほぼない。

「エリオット、お父様だって完璧じゃないのよ。人間は誰しも弱いところがあるし、悪い事が重なってどうしようもなくなって、間違った道を選ぶことだってあるのよ」

それほど追い詰められていたということなんだろうけれど、エリオットからすればもうちょっと別のやり方はなかったのかと思ったようだ。

「ソアリス、大丈夫だ。今回のことは何一つ反論できない」

父があっさり非を認める。

「でもあれは私たちを身売りさせないために、やむにやまれず……!」

エリオットは小さくため息をつき、本心を吐露した。

「父上の事情がわからないわけじゃないけれど、せめてきちんと話して欲しかったよ。姉上ばかりに我慢させて、あんなに優しいアレンディオ様からの贈り物を金に換えてまで僕はアカデミーに行きたくなかった」

「エリオット……」

あぁ、弟の気持ちもわかる。

けれど、社会に出て仕事をしている身としては何としてもアカデミーを卒業してもらいたいという父の気持ちもわかる。

苦い顔をしていた私に向かい、エリオットは言った。

「将来は僕が立派な借金取りになって、姉上をラクさせてあげるから。もしもアレンディオ様と離婚したら、僕がちゃんと養って老後は看取ってあげるから」

いっきに老後の話まで駆け抜けたわね!?

ありがたいけれど、お姉ちゃんはあなたに養われたくはないわよ!?

「金貸しになるには、元手がいるわよ」

「うっ!それはどうにか考える!」

職業に貴賤はないとはいえ、できれば借金取り以外でお願いしたい。領地なし貴族なんだから、堅い職業に就いて欲しいわ。

「少し1人にしてもらえる?エリオットは、ニーナのところへ行っていて」

父とエリオットは、2人で部屋から出て行った。

1人になった部屋で、しばらくの間私は考え事をする。

贈り物のことは父と一緒にもう一度謝罪するとして、これから私はアレンディオ様とどうすればいいのかしら。

「…………」

手元には、彼からのメッセージカードがある。今はまだ見る勇気がない。

私はそれをバッグに仕舞い、気分転換をしようと部屋から出た。

円筒型のバッグの中身は、アレンディオ様からのメッセージカードと離婚申立書が共存しているおかしな状況になっていた。

メッセージカードは、今夜にでもゆっくり見よう。今はまだ、中を見る勇気がない。

離婚申立書は、部屋に置いていてユンさんや使用人に見られたら困るので持ち歩くほかはない。

今日はアレンディオ様が夕方には戻るそうで、一緒に夕食をとろうということになっている。

ニーナとエリオットが明日帰るなら、せめて食事をと彼が言ってくれたのだ。

私との話し合いはまだいつになるか決まっていないけれど、彼が寝ないで仕事をしているのが私との時間を取るためだと知り、「急がないので寝てください」と伝えている。

ルードさんは補佐官としてスケジュールを調整しますと言ってくれたが、将軍はとても多忙らしい。隣国との話し合いや騎士団の人員調整、面談、予算の配分、そして彼にはさらに王国の象徴としての顔見せなんかもあると聞いている。

朝から晩まで予定がぎっしりで、私に毎日手紙が届くのも時間を割いてくれているんだと申し訳なくなる。

「私に将軍の妻なんて務まるのかしら……」

計算と事務処理しかできない妻って、一体何なのだろうか。これまで自分がやってきたことを否定するわけではないけれど、金庫番としてならともかく、将軍の妻としてはまるで役に立たない。

強力な後ろ盾のある妻であれば、彼をバックアップすることもできるだろう。

あいにく没落子爵家の娘にそんな力はないわけで。

社交界での影響力なんてゼロだ。だってデビューしていませんからね!

ダンスだってもう7年も踊っていないし、ご夫人が喜ぶ会話も知らなければ流行りのドレスもアクセサリーも、慈善事業のこともわからない。

これからがんばればいいっていう考え方もあるけれど、私にそれが務まるかというと自信がなさすぎて考えただけで落ち込んでしまう。

あぁ、私ってもっとさっぱりして前向きな性格じゃなかったのかな。

こんなにもやもやした気持ちで悩んだことなんて、これまでなかった。

悩んでいる時間があるだけ余裕がある、とも取れるけれど。

食事の心配をしなくていいだけいっか、とも思えるけれど。

平穏を知ってしまったら、自分に甘くなるのかもしれない。

特にアレンディオ様に甘やかされたら、つい寄りかかってしまいそうになる。

逞しい自分がどこかへ行っちゃいそうになるのだ。

最近、涙腺が緩いのも何とかしたい。

そんなことを思いつつ弟妹を探していると、ユンさんが庭園の方から邸へ入ってくるのが見えた。

「ニーナ様とエリオット様なら、北側の庭園に向かうとおっしゃっていましたよ」

「ありがとう」

「お茶をお持ちしましょう。赤いダリアが見頃ですので、皆様でゆっくりなさっては」

「そうさせてもらうわ」

ユンさんにはお茶の準備をお願いして、私は2人を追って北側の庭園へ向かった。