軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

忘れ物

「ない」

お邸から寮に戻って早7日。

今日は休日で、弟妹への手紙を出すついでに、アルノーのスタッド商会が運営しているお店でも覗きに行く予定である。

ところが、お気に入りのワンピースの袖を見ると、左の包みボタンが1つなくなっていることに気づいた。

これはお母様が内職して買ってくれたワンピースで、私が王都へ来たときに着てきた思い出の服だ。たかがボタン一つでも、このボタンは貴重な木でできているから同じものが気軽に買えない。

何より、私はこのワンピースが気に入っている。クローゼットやバッグの中をくまなく探したけれど、どこにも見当たらなかった。

「アレンディオ様のお邸かな」

最後に着て行ったのは、あの宮殿みたいなお邸だ。向こうで着替えたときに千切れて落としたのかも。

使用人の誰かが拾ってくれているかもしれない。

気乗りはしないけれど、取りに行こうと決意する。

戸籍上は妻とはいえ、急に行ったら使用人たちが困るだろうから念のため先ぶれは出さないと。

アレンディオ様はお手紙によるとしばらく帰れないらしいし、邸にはいないだろう。それを思ったらちょっとホッとした。

ここ数日、手紙では相変わらずやりとりをしているが、目撃者によると訓練ではやけに殺気立って剣を振っていたという。模擬戦ではトーナメント形式で全員を倒し、それでも足りないということで国王陛下の護衛を呼びつけて戦っていたと聞く。

もしかして戦闘狂なところがあるのかな、とアルノーと話したのはつい昨日のことだ。

将軍といえど戦後処理に関係する書類仕事が多いというし、慣れない机仕事でストレスが溜まっているかも知れないなと思った。

私は白いブラウスに緑と黒のチェックのロングスカートを履き、いつものショートブーツで寮を出る。

文官がよく使う通路を一人で歩き、西門から街へ向かった。

手紙を出したら、王都内を周回している乗合馬車に乗り、アレンディオ様の邸がある高台を目指す。メイド服の使用人や商人の小間使いなど、労働階級の人たちが乗っていた。

今日もいい天気で、そよかぜが心地いい。

のんびり散歩でもしたくなる、穏やかな天候だ。

乗合馬車に揺られること20分、真っ白な外壁に緑豊かな庭園のお邸に到着した。

すでに連絡を入れていたので、門番は「おかえりなさいませ」と言って私を通してくれる。

よかった、不審者と思われなくて。

一応はここの主人の妻だから大丈夫かとは思うんだけれど、どう見ても伯爵夫人っぽくない私は入れてもらえなかったらどうしようって心配だったんだよね。

今着ているのはアレンディオ様が用意してくれていた普段着だから、上質な生地で高そうなもの。でもこんな豪邸の奥様は、乗合馬車を使わないだろうししかも途中から歩いて来ない。

門番も、私が歩いてきたものだからちょっとびっくりしていた。

まさか歩いてくるとは思っていなかったらしい。驚かせてごめん……!

邸に入ると、家令を先頭に使用人がずらりと並んで出迎えてくれた。

二十人ほどいるだろうか。

勤務は一部入れ替わりだから、これでも全員ではないはず。

「「おかえりなさいませ、奥様」」

「こんにちは」

ただいま、とは言えなかった。

おかえりなさいって言われても、ここに住んでいないので違和感がものすごい。

私はすぐに自分の部屋(らしきところ)へ行き、メイド長にボタンのことを尋ねる。

すると、やっぱり掃除のときに見つかっていたそうで、大切に保管してくれていた。

あぁ、よかった。

お礼を言って、かわいい刺繍が施された小さな布袋の中にボタンを入れ、バッグの中に仕舞った。

やはりアレンディオ様は戻っていないそうで、しばらくの間、主人不在の邸を皆で守ってくれていたという。

「お食事になさいますか?それともお召替えをなさいますか?サロンもすぐに寛げるよう、ご用意は万全です!」

何だろう。

田舎に里帰りしたときの親みたいな感じがする。

母は私が1年に1回だけ帰省すると、たいして贅沢はできないけれど「あれ食べる?これ食べる?」とうれしそうに出迎えてくれるのだ。

ここの使用人たちからも、そんな気配がした。

これで「すぐに帰る」なんて絶対に言えない。

「えーっと……、昼食をいただけるかしら?」

「「かしこまりました!!」」

せっかくなので、サロンでお昼をいただくことにした。

一人掛けのソファーはふかふかで、うっかり眠ってしまわないよう気を付けないといけないくらい座り心地がいい。

広いテーブルが狭いと感じるほどに並んだお皿は、5人分はありそうな料理が盛られていて、見ているだけで圧倒される。こんなにおいしそうな料理は見たことない……!

急に連絡したのにここまで準備してくれたのかと思ったら、申し訳なくなった。そしてありがたい。

あまりがっついてはいけないとわかっていても、ついつい食べ過ぎてしまった。

だっておいしすぎた。文官用の食堂もおいしいのはおいしいけれど、素材からして違って、そこに一流シェフの腕がプラスされればもう感動せずにはいられない。

アレンディオ様と食事をしたときもびっくりしたけれど、あのときは目が痛い美形が正面に座っていたから、緊張で味なんてほとんどわからなかった。

あぁ、今日は一生分の贅沢をしたような気がする。

弟妹にも食べさせてあげたい。

包んで持って帰りたい。

お姉ちゃんだけこんなに贅沢して、ごめん!

食後のハーブティーとゼリーまでちゃっかりいただき、夢のような優雅な休日を堪能する。

帰るタイミングを切り出しにくくなってきた。

困っていると、家令のヘルトさんがそっと近づいてきて、私にバラ園を散歩してはどうかと提案する。

「まぁ、バラ園があるの?」

広すぎてそんなところがあるって知らなかった。

正面玄関の前にある庭園も、かくれんぼができそうなくらいに広いけれど、バラ園まであるなんて。

「すごいわね、さすが陛下に下賜されたお邸だわ」

私がそう言うと、ヘルトさんはふっと目元を和らげた。

「いえ、バラ園は旦那様が。奥様が退屈しないように、心が休まるように最高のバラ園を作るよう命じられました」

「アレンディオ様が?」

「はい。確か邸を賜ることが決まってすぐのことです。城の者が改修案を提出したそうで、そのときに特に旦那様は何もおっしゃらなかったのですが、バラ園は作ってくれと」

バラ園といえば、ヒースラン伯爵家の庭にもあったような。うちが援助をしたとき、荒れ放題だった庭にこれでもかというほどバラを植えたのだ。赤や黄色、紫など色とりどりのバラが咲き乱れていたのは印象的だったから覚えている。

私の記憶に、10年前の不愛想なアレンディオ様が思い出された。

『薔薇、好きか』

『はい』

『そうか』

『……はい』

初めて彼の剣術の稽古を見学させてもらったとき、確かそんな会話をしたような。

会話といえるのかわからないくらいの短いやりとりだったけれど、まさかそれを覚えていて……?

「奥様のことを最優先にお考えなのだと、私どもは感じ取りました」

「そ、そうですか……」

戦場にいたときは贈り物の一つもしてこなかった人が、私のためにバラ園だなんて。

しかも第三者から指摘されると、恥ずかしいようなうれしいような。頬が熱くなるのを見られたくなくて、私はすぐに立ち上がってバラ園へ行くと告げた。

ううっ、なんだか懐柔されているというか丸め込まれているというか、アレンディオ様に翻弄されている。

これはよくない。いずれ離婚する、しなくてはいけないのに、「ここに居てもいいんだよ」って言われているみたいで気持ちが流されてしまう。

もうここに来るのは最後にしたい。

よくしてくれる使用人の皆には悪いけれど、私なんかが英雄の妻であっていいわけがない。

アレンディオ様の幸せを邪魔したくない。

離婚するのが一番いい。

俯きそうになる顔をぐっと上げ、バラ園へと足を踏み入れた。

そして、感動は脆くも崩れ去る。

「あの、これは?」

ヘルトさんに恐る恐る尋ねた。

私が指をさしているのは、バラ園の入り口にあるシルバーの立て看板だ。

『ソアリス 天使の微笑み園』

こんなダサ……、いや個性的すぎる名前をつけられた日には、さっきとは別の意味で恥ずかしすぎる!!

ヘルトさんはまったく動じず、ニコニコ顔で答えた。

「世界唯一のバラ園でございます」

でしょうねっ!

こんなものが幾つもあったら、堪ったもんじゃないわ!

「これって」

「はい、旦那様でございます」

え、嫌がらせ?

それともシンプルにセンスが悪い……?

見事なバラが霞んでしまうほど、衝撃を受けた私だった。