軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そして、夫はいなくなった

アレンディオと逢瀬を重ねること、わずか5回。

今日もまた、私は無駄に気合の入った衣装を纏い、キャラメルブラウンの髪をくるくるに巻かれている。

もう、このイベントやめない!?

侍女たちに飾り立てられるとき、何度も叫びそうになった。

戸籍上はすでに夫婦なんだから、お互いに好きなわけでもないし、わざわざ会う必要はあるんだろうか。

ないよね?ないわよ!

あぁ、でも「いい子ちゃん」な私は両親に本心を言えない。

この結婚を喜んでくれている母には、特に言えない。

アレンディオは先日初めて我が家に来て、母はすっかり彼を気に入った。

『アレンディオって気品があって落ち着いた子ね』

お母様、これは無口で愛想がないだけです。むしろ、彼にとってうちは敵地かもしれないのに。

『ねぇ、ソアリスが17歳になったら結婚式を挙げてくれないかしら?私たち夫婦も17歳で結婚したの』

親戚からはよく「脳内お花畑」といわれる母は、アレンディオがいるときずっとこんな感じだった。

結婚式の話をされて、アレンディオは「そうですね」とだけ返していて、それを見た私は「本当にごめんなさい」と心の中で謝罪した。

私に彼を救ってあげることはできないけれど、せめて従順で静かな妻で空気になろうと思った。

それから数日、私はなぜまた彼の邸へ向かっているのか。

馬車の中では表情が死んでいるが、ヒースラン伯爵家に到着すると笑みを貼り付けなくてはいけない。

アレンディオは伯爵家の懐事情がよくなったことで、顔つきもややふっくらし、ただでさえ美男子だったのがさらに輝きを増したように思う。

相変わらずにこりともしないけれど、彼は間違いなく女性にモテる顔立ちだ。

平凡な私が妻だなんて、またしても「ごめんなさい」が増える。侍女たちは「お嬢様は愛嬌がありますから」と褒めてくれるが、自分が普通だという自覚はあるからお世辞を真に受けたりはしない。

あぁ、今日もまた、キラキラしたイケメンが私を出迎えてくれた。

不満げな顔で……。

「お、おはようございます」

「おはよう」

なぜこんな朝早くから。

こればかりは、二人とも同じ考えだろう。

でもアレンディオの父が、剣術指南を受けている姿をぜひ見学してやってくれと言ってきたのだ。私がアレンディオに惚れないと、この結婚を覆されたら困るからだろう。

息子のかっこいい姿を、私に見せたいんだなとすぐにわかった。

「午前中に来てもかまってやれないが、それでもいいのか」

まるで、私に構ったことがあるような言い方である。

一度だって世間話すら交わしたことがないのに、なんならアレンディオが剣術をやってくれていた方が「会話しなくちゃ」と気を遣わずに済むのだから、こちらとしてはありがたい。

困ったように笑うことで精いっぱいだった私は、さっさと歩いて行くアレンディオに続き、邸の中庭へとやってきた。

「うわぁ、きれいな薔薇」

そこは色とりどりの花が咲き誇る庭園で、薄紅色の大ぶりの薔薇がひと際きれいだった。

思わず目を輝かせると、アレンディオはピタリと足を止めて振り返る。

「薔薇、好きか」

「はい」

「そうか」

「……はい」

彼は薔薇に目をやり、何かを考えているようだった。

もしかして、私をここに置いておいて、自分は剣術に行こうと思っている?

しかし沈黙の後、彼はまた何も言わずに歩いていってしまった。

えーっと、ついて行ってもいいのかしら?

いいよね?

だって、そのために来たんだから。

木々がアーチになっている門を抜け、中庭から続く開けた場所に出る。

しかしそのとき、私の無駄にくるくると巻いた髪が1本の枝に引っかかってしまった。

「きゃっ……!」

慌てて右側を見ると、ハート形の葉と細い枝に髪が一房絡んでいた。

私は顔を顰めつつ、それを解こうと手を伸ばす。

「触るな」

「え」

険しい声で制されて、私はびくっと肩を揺らす。

気づけばすぐそばにアレンディオがいて、私の髪が絡んだところに指を伸ばしていた。

「あ、自分で」

自分でやる、そう言おうとするも、鋭い視線が怖くなって私は言葉を飲み込んだ。

彼は何も言わず、優しい手つきで私の髪を解いてくれる。

「ありがとうございます」

「あぁ」

そっけない言葉。彼から嫌われているとわかっているから、私はついマイナスの方向に考えがいってしまう。

きっと、派手な髪形にしてきたからこんなことになるんだって思っているんだわ。

歩くためだけに背を向けられているのに、それすら全身からの拒絶に思えてくる。

こんなことで、アレンディオとうまくやっていけるのかな。

この日、結婚を決めたお父様のことを少しだけ恨みに思った。

アレンディオと結婚して2カ月が経った頃、ヒースラン伯爵家を訪れた私に衝撃的なお知らせがもたらされた。

「実は、来月からアレンが兵役に出ることになったんだ」

「え……」

お義父様は、ため息交じりにそう言った。

その姿から、きっとお義父様は反対しているんだろうということはわかる。そして、説得できなかったのだとも。

「免除金を収めれば、一人息子だから兵役を回避することはできるんだ。けれど、どうしてもアレンは騎士になるって……武功を上げるんだって言って聞かなくてね」

「そう、ですか……」

目の前が真っ暗になった。

国境で戦が始まったことは、噂で聞いている。この街は国境から遠いから、まだ「そうらしいよ」くらいの情報だったけれど、まさか身近な、しかも形ばかりとはいえ夫である人が兵役に出るなんて思いもしなかった。

「まだ15歳なのに」

この国の成人は16歳。15歳は後見人なしでは爵位を継ぐこともできない年齢で、本来であればアカデミーに入学している時期だ。

この年から兵役に行くのは、よほどお金がない貴族家の次男三男以下か、平民で仕事がない者、騎士として成り上がりたい一部の好戦的な男子くらいだろう。

由緒正しい伯爵家の一人息子であるアレンディオが、戦場へ行くのはどう考えてもおかしい。

「アレンディオ様はどうしてそこまで」

ロクに話したこともない夫。

私たちは、友人でもなく夫婦でもなく、「無理やり結婚させられた二人」という関係から脱却できていない。

でも……だとしてもあんまりではないか。

「そんなに私と過ごすのが嫌だったのでしょうか」

一緒に住んでいるわけでもないのに。

毎日会うわけでもないのに。

たまにお茶を飲むだけの、そんな関係なのに。

私との結婚生活よりも戦場がいいって、さすがにショックが大きすぎる。

「私との結婚が、アレンディオ様を戦場へ追いやったの……?」

思わず口からそんな愚痴が漏れる。

お義父様は慌ててそれを否定した。

「違うんだ!私が不甲斐ないばかりに、あの子にこれまでたくさん苦労をかけてきた。それなのに、アレンは自分が武功を上げてこの家を盛り立てるんだって思っていてくれるようで。ソアリスのことが嫌だとか、そういうことではないと思う」

「だとしても、戦に出れば死んでしまう可能性だってありますよね?いくら剣が得意でも、人を斬るって……斬られる可能性もありますよね?」

アレンディオに特別な愛情があるわけではない。

だからといって、戦に行くと言われて「はい、いってらっしゃい」では淋しすぎない?

「アレンは、頑固だからね。妻もそうだった。私だってできればアレンに行ってほしくないが、すでに手続きを終えてしまっていて……」

どうやら彼は勝手に手続きを終えていたらしく、そうなってくるとお義父様でもどうにもできない。

「それに、免除金のこともある。これ以上、リンドル子爵家にお金を貸して欲しいと言えないっていうのが、アレンの本音かもしれない」

「私と結婚したのは、こういうときにお金を援助してもらうためではないのですか?」

自分で言って、ちょっと悲しくなるけれど。

そんな私を見て、お義父様は申し訳なさそうに項垂れた。

「ソアリスには悪いが、私は息子を信じて腹をくくろうと思う。もうアレンも15だ、自分の道は自分で決めると言われたら強く出られなかった。これ以上は……」

気まずい空気の中、私は言いようのない悲しみを抱えてアレンディオの帰りを待った。

◆◆◆

その日、結局アレンディオが剣の師匠の家から戻ってくることはなく、私は自宅へ戻っていった。

手紙を書いて、「行かないで欲しい」とは伝えたが、彼から返事が来ることはなかった。

行かないで欲しいのは私の本音。

だって、いくらなんでも死ぬかもしれないのに……。

お金を払えば兵役は免除できる。

嫌いな私と結婚したのに、その力を今使わずにいつ使うの?

ありがとうって感謝してほしいなんて思っていない。

「とことん利用してやる」って思ってくれれば、その方がいい。

彼のことを説得してほしいと両親にも訴えかけたけれど、アレンディオが決定を覆すことはなかった。

何度も手紙を書き、会って話したいと伝えたが「俺が考えを変えることはない。これしか方法がないんだ」とそっけない返答がよこされた。

私から逃げる方法が、これしかないとでもいうの?

面と向かって罵倒されないだけマシってことかしら。

説得に失敗した私は、もう何もする気が起きなくて。

毎日ぼんやりしては、手慰みに刺繍をした。

もう諦めよう。

こういう運命だったんだ。

私にできることは、無事を祈ってハンカチに刺繍をするだけ。

そう言い聞かせること数日。

アレンディオが今日、王都へ発つと言われて見送りに向かう。

「元気にしていたか?」

「……おかげさまで」

久しぶりに会った彼は、少し背が伸びていた。

にこりともせず、その表情は硬い。

私は持ってきた刺しゅう入りのハンカチを握りしめ、彼の前にそっと差し出す。

「これ」

「くれるのか」

「ケガ、しないでくださいね」

「あぁ」

さすがに受け取ってくれた。これを拒絶されたら、私はもうその場に崩れ落ちていたかもしれない。

「死なないでくださいね」

「わかっている。生きて帰る」

何も知らない、他人より他人な夫。

けれど、私よりは三つ年上とはいえ、まだ大人とも言い切れないこの子を見送るのは悲しかった。

「お元気で」

「あぁ」

それだけ?とは思わなかった。

しょせん、彼の中で、私の位置づけと言うのは「あぁ」で片付くものなのだろう。それだけがストンと胸に落ちる。

アレンディオは堂々とした姿で、こちらを振り返ることもなく馬に跨った。

私たち見送りの者に、右手を上げて挨拶をした後、お付きの者たちと共に颯爽とかけていくのだった。

これから10年もの間、私たちが会うことはないと知る由もない――――――