軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新たな事件を起こさないでください

今日はいよいよ結婚式。

王家のメイドやスタッド商会のドレスサロンスタッフが総出で私の準備に取り掛かり、四時間かけて花嫁姿に仕上げられた。

「本当におきれいです」

「ありがとう、ユンさん」

白に金糸の刺繍が入った騎士服を着たユンさんは、今日も私のそばに控えてくれている。

「こんな日を迎えられるなんて、思ってもみませんでした」

アレンと結婚して、もうすぐ十一年。

戦地へ行ったきり戻ってこない夫のことなんてすっかり忘れ、出稼ぎのためにやってきた王都で、これほどまでに盛大な結婚式を挙げることになるなんて……。

今日のために用意された花嫁衣装は、アイボリーと水色の華やかなドレス。光沢のある生地には細やかな花模様が刺繍されていて、長袖は総レースという豪奢なデザインだ。

散りばめられた美しい宝石も、長いヴェールも、愛する家族や友人から贈られるおめでとうの言葉も、とっくの昔に全部諦めたものだった。

「何もかもが揃っているのに……」

そう。こんなにも、ありとあらゆる祝福に包まれているのに。

ただ、一つ足りないものがある。

「なんでアレンはここにいないんでしょうね!?」

私はがっくりと肩を落とす。

挙式まであと三時間。

アレンは未だに大聖堂へ到着していなかった……!!

「大丈夫です。もしも間に合わなくても、陛下が賓客に謝罪してくれますから」

「ユンさん、そんなおそろしいこと」

強行予定すぎて無理があったのね……。

私一人で婚礼の儀はできないから、アレンが戻らなければ国王陛下が直々に賓客の皆様に謝罪してくれるらしい。

国のトップが謝罪。

将軍が自分の結婚式にいなくて、陛下が謝罪。

申し訳なさ過ぎて、気絶しそうだわ。

けれど、まだ時間はある。

ちょっとだけれど、ちょっとだけれど時間はある。

信じて待つしかないわ。

「アレンはきっと戻って来てくれます。私は信じています」

「ソアリス様……。鞭ならここにありますので」

「使いませんからね!?遅れたとしても、そんな物いりませんからね!?」

ところが、予定時刻のわずか三十分前。

にわかに聖堂の外が騒がしくなる。

――バタンッ!

「アレン様が戻られました!」

見張りをしていたノーファさんが、私の控室へ飛び込んでくる。

普段はまじめで規律を守る彼なのに、このときばかりはノックもせずに報告に来たのだから事態の深刻さが感じられた。

「アレンは!?」

「騎士に掴まり、控室に放り込まれ……じゃなかった、準備に入っています」

私は椅子から立ち上がり、すぐに大聖堂の正面へと向かう。

「何とか間に合ってよかったですね。アレン様がこの後きちんと式をまっとうしてくれるとよいのですが」

「ふふっ、さすがに大丈夫だと思いますよ?」

招待客は、すでに大聖堂の中に揃っている。

アレンの到着がギリギリになったおかげで、私は妙に落ち着いていた。

「ユンさん、これからもどうかよろしくお願いしますね」

「はい。ずっとおそばにおりますよ」

ユンさんの手を取り、ゆっくりと階段を上がっていく。

見上げた空はどこまでも高く、清々しいほどの青が広がっていた。

「いよいよなのね」

目の前には、花や草木の彫刻が見事な扉が見える。

この先はもう、婚礼の儀を行う礼拝堂だ。

改めて大聖堂のつくりを眺めていると、本当に結婚式をするんだなぁと実感が湧いてくる。

この八カ月、アレンに振り回されっぱなしで色々なことがあった。

これからもきっと愛情過多な夫に翻弄されながら、幸せな日々を重ねていくんだろう。

未来のことを考えると、自然に唇が弧を描く。

右手をそっとお腹に添えると、今まであったすべての出来事に感謝する気持ちになれた。

「ソアリス!」

大聖堂の階段下。

式典用の隊服に着替え、しっかりと髪も整えたアレンがいた。

胸には勲章が幾つもついていて、ノーグ王国が誇る凛々しい将軍がそこにいた。

アレンは階段を瞬く間に駆けあがると、長い脚でまた一気に私との距離を詰める。

その感極まったような顔つきに、私も笑顔になった。

「おかえりなさい」

「ただいま」

ぎゅっと抱き締められ、そのぬくもりに私は目を閉じてひと息つく。

よかった、無事に戻ってきてくれて。

結婚式に間に合ったことよりも、彼が無事でいてくれたことがうれしかった。

「待たせてすまない。ようやく戻ってこられた」

私の髪に顔を埋め、アレンが囁くように言った。

「ふふっ、無事で何よりです」

腕を緩めたアレンは、私を見下ろしてうれしそうに目を細める。

「よく似合っている。とてもきれいだ」

そう言うアレンは今日も眩しいくらいにきれいで、つい見惚れてしまいそうになった。

「ありがとうございます。アレンもとても素敵です」

大きな手が頬にかかり、二人の唇が重なる。

周囲には神官や護衛がいるのに、アレンはいつも通り躊躇いなくキスをした。

恥ずかしいけれど、今日ばかりは仕方ない。

結婚式だからいいということにしよう。

私は、無理やり自分を納得させる。

アレンは幸せそうに笑みを浮かべると、優しい声音で言った。

「明日からはしばらく一緒にいられる。陛下が約束通り、蜜月休暇の15日間を認めてくれたからな」

まさか本当にお休みが取れるとは。

予想外のお知らせに、私は驚いて目を瞬かせる。

「ソアリスとゆっくり過ごすのもいいが、どこか行きたい場所があるなら二人で行こう」

「二人で?」

「あぁ、二人きりで過ごしたい」

忙しいこの人とゆっくり過ごせる日が来るなんて。

結婚式が挙げられることにもびっくりだけれど、休暇までもらえるなんて二度びっくりだ。

けれど、今のうちに伝えておかなければいけないことがある。

「アレン。あの、今はあまり遠くへは行けないんです。移動が、ちょっと……」

上目遣いに伝えると、アレンが心配そうに見つめ返した。

「どこか具合でも悪いのか?」

「えっと、具合が悪いといいますか……」

私は苦笑いで小さく首を振ると、彼は少し首を傾げて言葉の続きを促す。

「お医者様からは、おそらく……と。まだはっきりとわかる時期ではないので違うかもしれないのですが、子どもができたかも、と」

ちょっと月のものが遅れているだけかもしれないし、気分が優れないのはただの体調不良という可能性もある。けれど、昨日の時点で主治医の先生からは「おめでとうございます」と言われていた。

アレンが帰ってきたらすぐに報告しようと思っていたから、面と向かって伝えることができてホッとする。

「つわりはそれほど重くないので出かけることはできますが、遠出は無理だと思います……って、アレン?」

私の言葉に、アレンはピタリと動きを止めていた。

放心状態という表現がふさわしい。

「アレン?」

もしかして、びっくりしすぎて声が出ないのかしら?

しばらくじっと彼を見つめていると、はっと気づいた彼は再び私を抱き締めてきた。

「子ども、か」

「はい、おそらくは……」

「そうか」

「はい」

これまでとは違い、気遣うように、遠慮がちに力を込めるアレン。

かと思ったら、急に私を抱き上げた。

「きゃあっ!」

突然のことに私は思わず悲鳴を上げ、彼の首元に手を回してしがみつく。

アレンはくるりと振り返ると大聖堂の扉に背を向けてしまい、そばに控えていた人たちに大声で宣言した。

「祝宴はすべて取りやめる!」

「「「えええええええ!!」」」

うん、びっくりですよね。

私も驚いています。

「アレン!?」

「つわりが重くないとはいっても、万全ではないんだろう!結婚式なら二人きりですればいい、人目に晒されて神経をすり減らしたら腹の子に障る!」

神官たちはオロオロし始め、ユンさんは呆れて笑っている。

近衛や護衛騎士らは呆気に取られていて、アレンを止めることができずにいた。

こうなるともう、ルードさんしか止められる人はいない。

私が困っていると、救世主は遅れてやってきた。

「アレン様、今日は諦めてください。奥様のことは全力でお守りしますから」

式典用の隊服に着替えたルードさんは、じとりとした目でアレンを睨む。

「もういっそ、今日はおまえとユンリエッタの結婚式にすればよいのでは」

「せっかく一つ事件が片付いたのに、新たな事件を起こさないでください」

私もユンさんもうんうんと頷いて同調する。

結婚式の新郎新婦が入れ替わるなんて、どう考えてもできることではない。

「だがそれが一番被害が少なくて済むぞ」

「だからそういうことは、被害者に向かって言うことじゃありません」

ルードさんが呆れ顔になるのもわかる。

さすがに今日だけは無茶ぶりが通用しないと思うわ。

「アレン、私なら大丈夫ですから」

どうにか説得し、大聖堂の扉の前で下ろしてもらった。

このまま抱きかかえられて入場……なんてことにならずにホッとしたわ。

気づけば予定時刻の直前で、神官たちは慌ただしく動いている。

私はアレンの隣に立ち、左腕にそっと自分の手を添えた。

重厚感のある管楽器の音色が響き、ついに結婚式が始まる。

「ようやく、ですね」

隣を見上げると、アレンは穏やかな笑みを向けてくれた。

「ようやく、だ」

これからは、できればゆったりとした日々を送りたい。

平凡で、何気ない日々を、この人と一緒に過ごしていきたいと心から願う。

「十年か」

アレンがぽつりと呟く。

私も何気なく、同じように返した。

「十年ですね」

たくさんすれ違った分だけ、幸せになれると信じたい。

ふと視線を感じて隣を見ると、穏やかな蒼い瞳がこちらに向けられていた。

「俺は生涯、ソアリスだけを愛する。神ではなく、ほかでもないソアリスに誓う」

「はい。私も、あなただけを愛しています」

ゆっくりと開く大きな扉。

私たちはたくさんの花びらが舞う中、赤い絨毯の上を歩いて行った。