軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

将軍は妻が好き

アレンたち特務隊が駆け付けた後、現場は瞬く間に「なかったこと」にされた。

将軍の妻の馬車が襲われた、なんて知れたら国内にいらぬ混乱を招くだけ。ここであったことが、世間に公表されることはない。

いつの間にか合図の煙も消えていて、捕らえた者たちは軽い手当の後に連行されていった。

御者の男性は、離れた場所で脳震盪を起こしていただけで無事だった。

敵の被害は主にジャックスさんによって甚大なものになったが、こちらとしては誰にも大きなケガはなく幸いだったと思う。

「ソアリス、無事でよかった」

「アレン!」

到着したアレンは、私を見て心底ほっとした顔つきになる。

馬から飛び降りるようにして駆け寄ると、ぎゅっと強く抱き締めてくれた。

部下の人はたくさんいるけれど、あまりに恐ろしい体験をした後だったのでしばらくそのぬくもりに浸る。

「ケガは?」

アレンは私の頬や肩をなぞるように触れ、ひどく心配していた。

私は安心させたくて、彼の手を握って微笑む。

「ありません。皆さんが守ってくれたので大丈夫です」

少しだけ脚が痛いけれど、これは揺れる馬車の中で足を踏ん張っていたせいだろう。

私もニーナも、ケガというほどのケガがなかったのは護衛の三人のおかげだった。

「身体が冷たい。怖い思いをさせてしまったな」

「あの……、大丈夫ですから。本当に、あの」

こめかみや頬に次々とキスを落とすアレン。

だんだんと恥ずかしくなってきて、私はそろそろと背を逸らす。

が、力で敵うはずもなく、しばらくは為されるがままだった……。

「ずっとついていてやりたいが、俺は城に戻って後始末をつけなければならない。こんなときに……!」

アレンが険しい顔つきで、最後は吐き捨てるようにそう言った。

将軍という立場上、すべてを放り出して私に付き添うことができないのはわかる。

「アレン、私なら大丈夫です。邸に戻っておとなしくしていますから」

しばらく苦しげな顔で黙り込んでいたアレンだったけれど、すぐに切り替えて部下に命令を下す。

「これより城へ戻る!第一隊はジャックスと共にヒースラン邸へ向かってくれ。そのほかは騎士団へ戻る!」

いつの間にか馬車の整備も終わっていて、ニーナはユンさんと共に先に乗り込んでいった。

私もアレンに手を引かれ、馬車の方へ向かう。

「今夜は遅くなる。先に眠っていてくれ」

「わかりました。どうかアレンもお気をつけて」

少し離れた場所にいたルードさんに会釈をすると、私はそっとアレンの手を放して馬車に乗り込む。

これからどうなるんだろう。

邸へ戻る間、真っ暗な窓の外をぼんやりと眺めながら取り留めのないことばかりを考えていた。

***

邸へ戻ると、まずはゆっくりと湯に浸かってナイトドレスに着替えて寛ぐことに。

食事は部屋でとり、私は一人でずっと私室に篭っていた。

ユンさんには邸の中にある部屋に戻って休んでくれと伝え、ニーナにはリルティアについてもらっている。

私よりもニーナの精神状態が心配だったけれど、たくさん食べてパイまで完食したと聞いて大丈夫そうだなと安心した。

「はぁ……」

部屋でぼんやりとしているだけで、気づけば日付が変わってしまっている。

ニーナよりも私の方が深刻かもしれない、とこの時点でようやく気づいた。

耳にこびりつく怒声や悲鳴、一瞬にして覚えてしまった血の臭い。

もう何時間も前のことなのに、目を閉じるとすべてが鮮明に思い起こされる。

身体は疲れ切っていて眠気はあるのに、それでも眠ることができずにいた。

ソファーに座ったまま、魔除けのキノコを抱き締めてそのもふっとした柔らかな感触に顔を埋める。

「この子を連れ歩けばよかったのかしらね……?」

魔除けならば、片時も離さず持ち歩けばいいのでは。

そんなばかな考えが浮かぶくらいには疲れていた。

――ガチャッ……。

そんな私の耳に、次の間の寝室の扉が開く音がする。

「ソアリス?いないのか?」

最も安心できるその声に、私は跳ねるようにして立ちあがると魔除けをソファーに置いて寝室へ向かった。

「アレン!」

シャツにベスト、トラウザーズという姿のアレンを見つけると、私は初めて自分から抱きつく。

今夜は戻って来られないと思っていたのに、予想に反して帰ってきた夫を見るとつい縋るようにして抱きついてしまった。

「ソアリス、眠れなかったのか?」

湯上りの温かさと、しっかりと抱き締めてくれる腕にホッとする。

アレンは私の頭にキスを落とすと、そっと髪を撫でてくれた。

「遅くなってすまない。陛下にも話をつけてきた」

「陛下に……?」

見上げると、アレンは優しい笑みを浮かべて頷く。

続きの言葉を待っていると、するりと腕をほどかれてベッドの方へ導かれた。

並んで座ると、アレンは私の手を握ったまま諭すように話し始める。

「ソアリスを攫おうとしたのは、ヴォーレス公爵の手の者だ。最近は目に余る動きがあったから、公爵家に連なる者たちを次々と捕らえて処罰していたんだ。そのせいで、公爵は焦ってソアリスを襲ったんだろう」

「それは、私を亡き者にしようとしたということでしょうか?」

「いや、捕らえた者たちは『将軍の妻を拉致しろ』という命令だったと白状している。馬車の中にユンリエッタがいたから、予定が狂ったのだろう」

いつもなら、私に着いている護衛は一人か二人だった。

けれど、ニーナがいたから今日は三人護衛がついていた。それは相手にとって誤算だったのかも。

「私を攫って、どうするつもりだったのでしょう?目的がいまいち見えません」

馬車ごと攫うより、あの場で数にモノを言わせて命を奪った方が簡単なのに。

確かに「殺されるかも」と恐怖を感じたけれど、あの場でならもっと方法があったようにも思える。

「はっきりとはまだわからないが、俺への牽制か取引か。それとも……、いや、考えるのはよそう。ソアリスに聞かせたくないことばかりが思い浮かぶ」

攫われていたら、想像するだけでも耐えがたい残酷な末路が待っていたかもしれない。

私はアレンのいう通り、もうこの件に関しては考えないようにした。

「そうだ。デイジー嬢はすでに伯爵家へ戻っている。心身ともに元気で問題ないと、レイファーがそう診断した」

「デイジーさんが?それは本当によかったです……!」

安堵の笑みを向けると、アレンも幾分か穏やかな顔になる。

「彼女はどうやら、占い師の男に騙されたらしい。例の人形や香水のせいで気分が落ち込み、いい薬があると言われ連れ去られていた。俺たちが乗り込んだときには薬で眠らされた状態からまだ目覚めていなくて、救出された後に初めて自分が危険な状態であったと気づいたそうだ」

「まぁ……」

それはいいのか、悪いのか。

怖い思いをせずに済んだという点ではよかったのかも?

「ソアリスやニーナには、心配をかけてすまなかったと言っていた。また後日、礼をすると」

アレンによると、事務官見習いのカルロッタ嬢を含めて七人のご令嬢が発見されたらしい。

「レイファーさんの推察通り、売られる予定だったのですか?」

組織的な人攫い。

私の頭にはそれが思い浮かぶ。

けれどアレンは少し言葉に迷った後、正直に話してくれた。

「売買の記録も一部には確認されたが、実はそれが一番の目的ではないらしい。邪教の信仰が確認されたんだ」

「邪教とは?悪魔崇拝みたいなものでしょうか?」

私の問いかけに、アレンは「そのようなものだ」と答える。

「邪教も一つではないが、国教とは別の神を崇めるものという解釈で間違いない。俺たちは、たとえ異なる神を信仰していてもそれだけで罪に問うほど暇ではないが、彼らは前時代的な魔女狩りや生け贄を捧げる儀式を行う危険思想のものたちだ。今回の失踪事件も、生け贄として若い女性を拉致したんじゃないか……というのが騎士団や陛下の見解で一致している」

「生け贄!?」

なんていう恐ろしい集団!

驚きのあまり二の句が継げない私に対し、アレンはさらに話を続けた。

「しかもヴォーレス公爵は、その邪教に関わっている可能性がある。令嬢たちが監禁されていた邸は、ヴォーレス公爵が出資している商家の持ち家だったからな」

「公爵が、邪教を信仰しているということですか?」

医師だった人が、そんなあやしげなものに騙されるものかしら。

私は訳が分からず、首を傾げる。

「ないとは言い切れない。陛下いわく、公爵は三年前に跡取りの子息を病で亡くしているらしい。そのことで医の道に絶望したというなら、邪教信仰者に付け込まれるのも理解できる」

「ご子息を……」

マルグリッド様の王太子妃候補の話がなくなったのもその時期だ。

不幸が重なり、人生に絶望したのかもしれない。

「ヴォーレス公爵は処罰を受けるのですか?」

「直接的な証拠がないから、今回の件で処罰することはできないだろう。だが、ほかにも数々の不正に手を染めているのはわかっているから、公爵が失権するのは時間の問題だ。陛下もそれを望んでいる」

「そうですか……」

私の頭には、マルグリッド様のことが浮かぶ。

公爵が処罰されれば、娘のマルグリッド様もこれまで通りの立場にはいられないだろう。

アレンは私が何を思ったのかすぐに察し、そっと肩を抱いて慰めてようとしてくれた。

「マルグリッド嬢も何らかの責を負うことになるだろう。哀れだとは思うが、こればかりはどうにもならない」

彼女はどこまで、お父様の悪事を知っているのだろうか。

手を貸しているなんてことはないわよね……?

彼女自身が、悪いことに積極的に手を貸すようには見えない。

公爵家の令嬢として、誇りは持っている人だと思う。

「ソアリスは、マルグリッド嬢が心配か?」

ふと、アレンがそんなことを尋ねる。

「心配です……。悪い人ではないと思うので」

「俺の寝室に、痴女を手引きしたのがマルグリッド嬢でも?」

「痴女」

そういえばそうでした。

私はしばらく考えるも、やはり同じ考えに行き着く。

「あれも何か事情があったんだと思います。何が真実かはわかりませんが、私にはマルグリッド様が悪い人だとは思えないし、不幸になって欲しくありません」

きれいごとだと思う。

誰にも不幸になって欲しくないなんて……。

けれどアレンは私を責めることはせず、何も言わずに肩を撫でて労わってくれた。

そして、静かな声でしみじみと漏らす。

「やはり俺はソアリスが好きだ」

「どういうことですか……?」

この問いに、答えが返ってくることはなかった。

きょとんとしていると、はぐらかすかのように話題を変えられる。

「明日、金庫番は休むか?」

突然にそう尋ねられ、私は苦笑いで首を振った。

「家にいても落ち着かないと思うので、予定通り仕事に行こうと思います」

「そうか。無理だけはしないでくれ」

アレンはいつも私に甘い。

家にいろと言う方が安心できるはずなのに、いつも私の意志を優先してくれる。

「眠れそうか?こんな時間に込み入った話をしてしまったが……」

どこまでも心配性な夫に、私はつい笑ってしまった。

「ふふっ、大丈夫です。アレンが隣にいてくれたら眠れそうです」

「そうか。どうせ眠れないなら朝まで抱いていようかと思ったんだが、残念だ」

なんだか怖いことを言っている。

おそるおそる顔を上げると、軽くキスをされて「冗談だ」と笑って流された。

「さぁ、もう寝た方がいい」

怯える私の反応をおもしろがるアレンは、口元に余裕の笑みを浮かべる。

「おやすみなさい」

「おやすみ」

二人でベッドに入ると、あっという間に睡魔が襲ってくる。

アレンに抱きこまれるようにして横になった私は、眠れなかったのが嘘のように意識を手放した。