作品タイトル不明
妻は夫を見送る
騎士団に到着してすぐ、私たちはアレンのいる訓練場へと向かった。
昼過ぎのこの時間は、三十人ほどが訓練場で剣を交えているという。
見慣れた黒い隊服の騎士をはじめ、近衛や警備兵の姿もちらほら。私が鉄の扉をくぐると殺伐とした空気が一瞬にして変わり、全員が一斉にこちらを見る。
そのあまりの迫力に思わずビクリと肩を震わせると、ジャックスさんたちが視線から私の姿を隠してくれた。
「はーい、見るな~。こっち見るな~。奥様が怯えたら将軍に殺されるぞー」
「あの、勝手に来たのは私ですから……」
私とニーナは、こそこそとジャックスさんたちの背中に隠れつつ移動する。
騎士たちはよほどアレンが恐ろしいのか、また一斉にあさっての方向を向いて私たちを見ないようにしてくれた。
「アレン様、あちらですね」
ユンさんに案内されて奥まで進んでいくと、木剣を手に鋭い空気を放つ夫を見つける。
少し汗ばんで血色がよくなった頬も、鋭い目つきも、大人の色香を漂わせていて直視しにくい。
そして、何かを話しかけているルードさんもまた相変わらず涼しい顔で貴公子だった。
しかも今日は、傍らにもう一人きれいな女性がいる。白っぽい長い上着の隊服に茶色のベルトは、城内でよく見かける軍医さんだ。
黒い髪は、女性にしては短めで肩ほどまでの長さ。細身のズボンは足の長さが強調されて、とてもスタイルがいい。
軍医は男性ばかりだと思っていたけれど女性もいるのね、と意外に思ってまじまじと観察する。
アレンが訓練の手を止めて何かを話しかけると、彼女は口元に手を当てて優雅に笑う。美男美女の立ち姿があまりに絵になる光景で、思わず見惚れてしまう。
「お姉様、美しすぎて目に暴力だわ。同じ人間?」
ニーナが眩しそうに目を細めて言った。
同じ人間かどうか疑ってしまうのは私も納得だわ。
「あ、大丈夫よ、お姉様!お姉様もかわいいわよ?同じ人間の範囲内で」
「それはどうもありがとう」
妹からのフォローが逆に切ない。
比べる気すら起こらないから、流してくれて構わなかったのに……。
そんなやりとりをしつつアレンのそばに来ると、こちらに気づいた彼が驚いて目を丸くした。
「ソアリス?今日は茶会ではなかったのか?」
アレンの言葉に、ルードさんたちもこちらに気づいて向き直る。
私は少しだけ笑みを作り、足早に彼の元へ駆け寄ろうとした。
が、あと十メートルほどの距離にまで来たところで、女性の軍医さんが二ッと笑って私を見つめる。
「へぇ、この子がアレンディオの」
何かしら。
この獲物を見つけました、みたいな目は。
彼女と目が合いドキリとした瞬間。
あろうことか、長くきれいな腕がアレンの首に回された。
「っ!?」
彼女は背伸びをすると、アレンに顔を寄せてキスをしようとする。
私は衝撃のあまり目を見開いて息を呑み、その場に立ち止まった。
――ゴスッ!
「かはっ……」
もう絶対にキスされる、瞬間的にそう悟った私だったけれど、唇が触れる直前でアレンは顔を逸らし、彼女の腹部に拳をお見舞いした。
鈍い音と共に、彼女は右手でお腹を押さえて片膝をつく。
「ふぐぉぉぉ!!がはっ、げほっ……、いってぇー!!」
「え?」
私はニーナと顔を見合わせた。
見た目は線の細い女性なのに、今呻いている声は男性の低い声としか思えなかったから。
でもどこをどう見ても、女性の軍医さんにしか見えないのに……!?
苦しむ彼女(?)を見下ろしたアレンは、冷めた目で言い放つ。
「何する気だ、この変態が。俺に浮気疑惑が、しかも男色の気があるとソアリスに勘違いされたらどうしてくれるんだ」
男色?
この軍医さんは、男性なんですね?
「冗談、な、のにっ……ごほっ!」
「冗談でもお断りだ」
アレンはまだ痛がっているその人を放置して、ルードさんと共にこちらへやって来た。
「すまない、あれはレイファーといって腕のいい医者なんだが変態なんだ」
「変態ですか」
「ちなみに陛下の異母弟だ」
「陛下の弟!?」
いいの!?そんな人を殴ってもいいの!?
「恋人同士や夫婦を見ると、ちょっかいかけて仲を引き裂くのを趣味にしている。どうか気にしないで欲しい」
気にしないでと言われても。
唖然とする私の背中に手を添えたアレンは、執務室へ行こうと促す。
あの人は殴って放置しておいてもいいの?
軍医だから、自分で治せるということでしょうか?
「よろしいのですか?仲間内でも暴力はいけないと思うんですけれど……」
念のため聞いてみると、いい笑顔が返ってきた。
「問題ない。何かしようとしたらやり返すとは事前に忠告してあったからな。それにあいつは頑丈だ。どうせすぐに復活してくる」
すごい人が世の中にはいるものだ。
あれほどの一撃を見舞われて、すぐに復活できるなんて。
そしてアレンの言った通り、彼はすぐに復活して私たちの後を追って来た。
「もう~、軍医は戦闘要員じゃないんだから優しく扱って欲しいわ!この美貌に傷がついたらどうしてくれるのよ」
今度は声色も女性になっている。
近くで見つめると、首や顎の骨格の感じは男性っぽさを残しているが、ひと目で男性だとわかる人はいないんじゃないかと感心するほど完璧な女装だ。
アレンの肩越しに観察していると、視線に気づいた彼はうふふと友好的な笑顔を向けて言った。
「こんにちは、奥様。私は軍医のレイファーよ。王弟だけれどとっくの昔に養子に出てるから、王族扱いしないでね?
あ、それからこの格好はただの趣味で、恋愛対象は女性だからそこのところはよろしく!」
「…………よろしくお願いいたします」
明るい人だった。
陛下と半分血が繋がっているはずなのにまったく怖くない。
アレンはレイファーさんを横目に見て「チッ」とあからさまに舌打ちをし、私を庇うようにして歩き続けた。
その反応を見て、レイファーさんはおもしろそうにニヤニヤしている。
「まさかアレンディオがこんなに純真そうな奥様を溺愛しているなんて……。縁談除けの偽装結婚かと思っていたけれど、本当に好きなのね。信じられない」
「うるさい」
「つれない人ねぇ。あなたの身体のことなら全部知ってる私に対して」
「昔、ケガの手当てをしただけだろう。ソアリスの前で誤解を生むようなことを言うな」
建物の中に入っても、二人の口喧嘩らしきものは続いていた。
アレンとレイファーさんは仲がいいとは言えないかもしれないけれど、今のアレンはどちらかというと普段の状態に近いので、きっと信頼関係はあるんだろうなと思った。
――ガチャ……。
執務室に着くと、アレンは私をソファーに座らせ、自分はその隣に詰めて座った。あまりの近さに恐縮して離れようとすれば、ぐっと腰に手を添えられてまた元の位置に戻される。
レイファーさんは私たちの正面に座り、長い脚を組んでニコニコとご機嫌な様子だ。
「さっきの話の続き、してもいい?あぁ、でも奥様の話が先よね、急に来たくらいだから何か用事があったんでしょう?」
「おまえ、時間はあるのか」
「永遠に待てるわ」
「今すぐ医局へ戻れ」
アレンは彼を睨みつけた後、呆れ混じりにため息を吐く。
私はどうしていいかわからなかったのでルードさんをちらりと見ると、いつも通りの柔和な笑みで返された。
これはもう私の話をしてもいいっていうことですね!?
「あの、突然に押しかけてすみません。今日はデイジー・ハワード伯爵令嬢とのお茶会だったんですが……」
私はアレンに、デイジーさんがいなくなってしまったことを話していった。
ニーナが持ち帰った人形と同じ(であろう)ものがデイジーさんの寝室にあったこと、そして事務官見習いのカルロッタ嬢も同じ人形を持っていたことも。
「もしかしてデイジーさんも、例の連続失踪事件に関わってしまったのではと不安になって」
騎士団の管轄ではないとわかっているけれど、相談せずにはいられなかった。
アレンは私の話を聞き終わると、さきほどまでとは雰囲気をがらりと変え、凛々しい将軍の顔つきになった。
「占いというと、レイファーが解析した香水とも関連していそうだな」
「香水?それは私が夜会で占い師の方にもらった物ですか?」
「あぁ」
アレンが目で促すと、レイファーさんが持っていた袋の中から香水の小瓶を出し、テーブルの上に置いた。
中身が半分ほどに減っていて、解析時に使われたのだと予想がつく。
「これって相当にあやしい物だったのよね~。使わなくて正解。王城にあるどの薬品やハーブなんかとも成分が一致しなくて調べるのに時間がかかったけれど、異国で流通している薬が元になっているらしいの。この匂いをずっと嗅いでいると、気分が落ち込んだり高揚したりを短時間で繰り返して精神が不安定になるのよ」
レイファーさんは、ルードさんからの依頼でこの香水を調べていたのだと言う。
今朝ようやく成分がわかったので、その報告に来たそうなのだが……。
彼はノーファさんから人形を受け取ると、目を閉じて匂いを嗅いで確かめ始める。
「うん、多分この香水に使われている成分と同じ物が人形の中に入っているわ。即効性はないけれど、この人形をそばに置いておくと匂いが脳に影響してだんだん気鬱が進むんじゃないかしら」
お披露目のときにこれと同じ人形が届いていたということは、私もそうなる可能性があったということだ。
嫌がらせと言える範囲を超えている。
「もう、こんな危ない物を作るやつなんて全員滅べばいいのに」
ものすごくいい笑顔でそんなことを言ってのけるレイファーさん。顔は笑っているけれど、相当に怒っているみたいだった。
「精神を不安定にさせることで、占いに頼りたい人が多くなって儲かるってことですか?」
利益を上げるために、わざわざ人を不安にさせて顧客を増やす?でもそれって本当に儲かるの?
こんなややこしい香水を作るなんて、そっちの方が赤字じゃないかしら。
「儲かりはしないと思うわ、占いだけではね。けれど失踪事件が絡んでいるなら話は別よ。精神的に不安定な女性たちを集めて、失踪に見せかけて誘拐して、薬で支配することで売買する――――っていうなら儲けは出るわ」
「そんな!」
「失踪した女性たちは8割が平民で、お金に困ってたり孤独だったり、失踪するような理由がある人も多いそうじゃない?貴族令嬢だって、本人が自発的にいなくなったように見せかければ騎士団が出張ってくるほどの失踪事件にはならないわ。貴族は世間体を気にするから、公に捜索隊を組めないもの。闇競売でご令嬢が売買された話も過去にはあったっていうし、戦後のどさくさに紛れて儲けようとする者はいるかもね」
あまりに悲惨な推察に、私は絶句してしまった。
デイジーさんやカルロッタ嬢、それにたくさんの女性たちが酷い目に遭っているかもしれないと思うと震えが走る。
「ソアリス、大丈夫か?」
蒼褪める私の肩を抱き、アレンが心配そうにこちらを見下ろす。
そしてすぐさま、彼はルードさんに向かって指示を出した。
「影の報告は?デイジー嬢の行方がわかったら、特務隊を率いて乗り込む。今すぐ待機させろ」
「王都にいるなら、もうまもなく報告があるかと。すぐに隊には準備をさせます」
ルードさんはそういうとすぐに執務室から出て行き、ユンさんもその後を追って廊下へ出た。
静まり返った部屋で、私はアレンに問いかける。
「特務隊が動いてくれるんですね……?」
「あぁ、組織的なことだとなれば騎士団の管轄になる。俺は出て行くが、ソアリスはどうする?ここで待つか?」
ニーナを見ると、無言で頷いてくれた。
デイジー嬢のことが心配なので、ここで待ちたいという気持ちで一致していた。
「ここで待ちます。どうかよろしくお願いします」
アレンは私の髪を撫でるとしっかり頷いてくれた。
「早く解決できるよう努めよう。だが、もし時間がかかった場合は夕刻になれば邸に戻ってくれ。ここは女性が夜を明かすには不便だから」
「わかりました。いつもの退勤時間には邸に戻ることにします」
アレンもどうか無事で、そう言おうとしたとき、突き刺さるような視線に気づく。
「――っ!」
正面に座るレイファーさんが、頬杖をついてじっとこちらを見ていたのだ。
「ねぇ、アレンディオ。私は~?」
放置されて機嫌を損ねたのか、投げやりな声音でそう尋ねる。
アレンは冷めた目を向け、端的に答えた。
「暇なら来い」
「どうしようかしら~。ここで奥様とお茶でもご一緒していようかしら~、って怖い怖い怖い!冗談よ、一緒に行くわよ!」
ぎろりとアレンに睨まれ、レイファーさんは慌てて立ち上がった。
これから医局に戻って香水を保管し、部下を連れて特務隊と一緒に行くと言う。言動は自由だけれど、仕事はきっちりするタイプらしい。
「がんばって調べたのに~、もうちょっと優しくしてくれてもよくない?本当にアレンディオは私に冷たいんだから!」
レイファーさんはぷりぷりと怒りながら、乱暴に扉を開けて出て行った。
アレンもすぐに訓練場へ戻ると言うので、私は立ち上がって夫を見送る。
「どうかご無事で」
「あぁ、いってくる」
きっとアレンが何とかしてくれる。
私は祈るような気持ちで、夫の帰りを待った。