軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

束の間の平穏?

数日後、私は結婚式用のドレスを試着するために、金庫番の仕事終わりにドレスサロンへとやって来ていた。

アルノーとユンさんと三人で訪れると、エフィーリアお姉様がうれしそうに出迎えてくれた。

「ようこそいらっしゃいました!最高の仕上がりですわよ!」

中へ案内されると、アイボリーと水色の華やかなドレスが飾ってあり、首回りや袖の繊細なレースは短期間で仕上げたものとは思えない美しさだった。

「わぁ……、素敵なドレスですね……!」

見惚れるくらい美しい衣装。

これほどのものを纏えるのは、王女様くらいじゃないかと思うほど優美な仕上がりで。

お姉様が自信を持って披露したのも頷ける。

「さぁ、お早く着てみせてくださいな」

試着室へ、と思いきやアルノーが追い出されて数時間。細かな部分のサイズを調整しながら、コサージュや宝石のサイズまで一つ一つ指定して修正をし、ようやくヘアセットまで終わったときにはすっかり陽が暮れていた。

「どうかしら?」

「「大変におきれいです!!」」

サロンの女性たちに絶賛され、ちょっと照れてしまう。

ユンさんが感極まってうるうるしていて、なんだか母親と一緒に来たような雰囲気になっていた。

「ソアリス様、ようやくこの日が……!」

「ユンさん、落ち着いて」

「アレン様がご覧になったら、きっと無事ではいられないことでしょうね」

「!?それは困るわ??」

よくわからないけれど、私はアレンのためにも無事でいなければ。

「いよいよ、あとひと月なのね……」

ドレス姿で鏡の前に立つと、何だか急に実感が湧いてきた。

もう夫婦として暮らしているけれど、やはり結婚式は特別感がある。

両親の希望でもあった結婚式。

遅くなってしまったけれど、ようやくその日がやってくると思うと胸がいっぱいになった。

「わぁ!よく似合ってるね~ソアリス」

「アルノー、おかえりなさい」

私の着替えのために追い出されていたアルノーは、何かの荷物を持って戻ってきた。

「それは?」

「香油と口紅。将軍の妻の愛用品ってことで売り出したいから、使ってもらおうと思って」

アルノーは笑顔でそれをスタッフに渡した。私が乗って帰る馬車に積んでおいてくれるという。

「いつも色々いただいて、ありがとうございます」

「宣伝になるから、これからも貢ぐよ」

「ふふっ、それはありがたいわね」

スタッド商会からの貢物がどんどん増えていて、いくら宣伝効果を狙ってとはいえ貰いすぎている気がする。

先日の豪華な首飾りはさすがに返したけれど、結婚式で身に着ける装飾品はタダ同然でいただけるらしい。ありがたいけれど、恐縮してしまう。

「楽しみだな~。結婚式」

「アルノーとメルージェにも来てもらえるって思うと、身に余る挙式も乗り切れるわ」

私は薄々気づき始めていた。

これ、聞いていたよりも規模が大きいわよね?と……。

アルノーは苦笑いを浮かべ、私に同情してくれた。

「一日で済むだけマシだって思わないとね。王族ならそれこそ三日三晩の宴になるから」

「そう思うことにするわ」

ジェイデン様の結婚となれば、アルノーの言ったように三日三晩、国を挙げて盛大な宴や祭りが催される。

私たちのように一日で終わることは絶対にない。

「それでは奥様、お着替えをこちらで。ドレスのお直しは、必ずや間に合わせてみせますので」

「ありがとうございます」

今日の第一の目的は、サイズがきちんと入るかどうかの確認でもあった。

私の節制の甲斐あって、大きな変更はしなくてもよさそう。心の底からホッとした。

◇◇◇

夜になり、寝室でベッドに座って本を読んでいると、入浴を終えたアレンが姿を現した。

ラフなシャツに黒いズボン、毛先が少しだけ濡れたままの彼はどきりとするほど美しい。

「まだ起きていたのか?」

いつもなら、すでに眠っている時間。

アレンの帰宅が遅かったから、先に眠っていると思っていたみたい。

「おかえりなさい。今日、結婚式用のドレスの試着をしてきたんです。髪型を来週までに決めないといけなくて……」

私は持っていた本をアレンに見せた。

髪型にも意味があるそうで、説明と絵が描かれている分厚い本だ。

ベッドに腰かけたアレンは、それを見て驚いた顔になる。

「ここまで細かなことを自分で決めないといけないのか。花嫁は何かと大変なんだな。男は衣装のサイズだけ合わせてそれで終わりだったのに」

「私も知りませんでした。全部お任せでもいいそうなのですが、アルノーが『髪型によって髪飾りが変わるから、それくらいは将軍と一緒に選んだら』って」

「それはそうだな」

アレンは私の隣に座ると、何気なく長い髪を指で掬う。

ただそれだけのことなのに、心臓が一段と高く跳ねた。

「結い上げるのも似合うが、これほどきれいな髪なんだから下ろしているのもいいな」

「あ、ありがとうございます……」

しまった。

続き間で、椅子に座って待っていればよかった。

これでは落ち着いて話ができない。

いつの間にかアレンは私の肩に腕を回し、頭やこめかみに口づける。

触れる体温の高さに一層ドキドキさせられた。

「アレン?」

「ん?」

「髪型、決めないと」

「そうだな」

ううっ、聞いていませんね!?

唇を合わせているうちに、手からスッと本が引き抜かれてベッドサイドに置かれてしまった。

ぐらりと身体が傾き、すぐ目の前にはアレンの顔がある。

押し倒されてしまったら、逃げ場なんてなかった。

甘く、それでいて熱の篭った目で見つめられると、この先彼が何をしようとしているのかはさすがにわかる。

ふいと目を逸らせば、恥じらう私をからかうようにアレンが尋ねた。

「そろそろ慣れたと思っていたが?」

「……それは」

今のところ、慣れる日が来る気配はありません。

黙っていると額や頬に優しくキスをされ、私はぎゅっと目を閉じた。

「ソアリス」

耳元で名を呼ばれると、幸福感やら高揚感でどうしていいかわからなくなってしまう。

潤んだ目を少しだけ開けると、困ったように笑うアレンが見えた。

あぁ、本当に幸せだわ。

漠然とそんなことを思う。

「アレン、私……」

けれどなぜかここで、私の胸に不安がよぎった。

――そう遠くない未来に、とても大事なものを失う運命が待ち受けています

どうして今、あんな占いの言葉を思い出すのか。

幸せ過ぎて、意味もなく不安になっているだけだと思いたい。

「ソアリス?どうかしたか?」

突然考え込んでしまった私を見て、アレンが不思議そうな顔をする。

ごまかすようなことでもないので、私は正直に告げた。

「ちょっと占いを思い出しまして。大事なものを失う運命にあると、先日の夜会で占い師の方が私に」

「あぁ、例のあやしげな香水を渡してきた占い師か」

「はい。いい加減なものだってわかってはいるんですが、ふと思い出してしまって。大事なもの、と言われたら思い当たるのは……」

あなたに何かあったらどうしよう、そう思ってしまった。「心配し過ぎだ」と、どうか笑い飛ばして欲しい。

けれどアレンは、私の頬に手をかけてうれしそうに微笑んだ。

「俺を大事だと思ってくれるのか……」

「え?」

予想外の言葉に、私は目を瞬かせる。

「ソアリスが『大事なもの』と言われ、真っ先に俺のことを案じてくれる日が来るとは……!生きて帰ってきて本当によかった」

いや、まぁ、確かに半年前なら大事なもの=アレンという図式にはならなかっただろうけれど、あえてそう言われるとどう反応していいか戸惑う。

アレンは喜びを露わにして、私をぎゅうっときつく抱き締めた。

「ソアリス!心配はいらない!君が待っていてくれるなら、絶対に生きて帰ってくる。待っていなくても戻ってくる」

「そ、それはありがとうございます」

えーっと、とにかく生きて帰ってきてくれるんですね?

根拠はよくわからないけれど、なんだか大丈夫そうだと思えてきた。

アレンのぬくもりに安堵して、目を閉じて平穏を享受する。

ただし、私の平穏は長続きしないことは明白で。

大きな手がそろそろと、丁寧に私の寝間着を剥いでいっていた。

「あの、明日はニーナがお友達になったご令嬢のお茶会へ」

どうかお手柔らかに、という願いを込めて明日の予定を口にしてみたのだが、途中で唇を塞がれて何も言えなくなってしまった。

これはもう覚悟を決めるしかない。

とはいえ、肌を重ねると前よりずっと近くにいられるような気がして幸せな気分になれる。

半年前には考えられなかった充足感が確かにあった。

少々の不安なんて、どうでもいいように思えてくるから不思議だわ。

結局は求められるままに流されてしまい、朝はすっかり寝坊してしまった。

起きたときにはすでにアレンは城へ向かった後で、私はユンさんに起こされてようやく目覚める。

「おはようございます。お身体は大丈夫ですか?」

「…………おはようございます。大丈夫です」

あぁ、ユンさんの笑顔を直視できない。

ノロノロとゆっくりとした動きで着替えを済ませ、リルティアに髪を結われて食堂へ向かう。

椅子に座っても眠気が取れず、ついぼんやりとしてしまった。

「「…………」」

一人で遅い朝食をとっていると、扉の影からこっそり観察してきた妹と目が合う。

入ってくればいいのに、なぜこっそり見ているのか。

少しだけ首を傾げてみせると、ニーナはようやく口を開いた。

「お姉様」

「何?」

「今日、一緒に出かけても大丈夫なの?つらいようなら私一人で行ってくるわ」

「……大丈夫よ!」

あぁ、ニーナの含み笑いに耐えきれない。

熱を持つ頬を手の甲で冷やしながら、妹のことは無視して朝食の残りを平らげた。