作品タイトル不明
夜会には魔女がいる?
私たちが夜会へ到着すると、すでにそこは着飾った人々で賑わっていた。
クリス様によると、大物ほど遅れて到着するのが礼儀らしい。
言わずもがな、アレンは将軍。公爵家と同等の扱いを受けるのが当然だそうで、主催者のご家族や国の重鎮の皆様にまで恭しく迎えられた。
王太子殿下の側近であるクリス様は、ほとんどの方と顔見知りで、彼が把握していない人物は下位貴族。
リンドル子爵家としては、ニーナが下位の男爵家に嫁いだとしても問題ないのだが、将軍の義妹という立場では伯爵位以上でないと結婚後の身の安全が懸念されるとクリス様はおっしゃっていた。
万が一、ニーナを人質に取られたら……と思うと私は気が気でないので、できればきちんと守ってくれる家に嫁いでもらいたい。
「ようこそいらっしゃいました!」
主催者一族の奥様が笑顔で迎えてくれ、私たちは挨拶をして人々の輪の中へ入って行く。
ニーナはクリス様にエスコートされ、彼が親しい文官や騎士に挨拶をした。
私たちがいるとどうしても注目されてしまうので、ニーナのことはクリス様に任せ、遠目から秘かに観察する。
「ニーナ、大丈夫かしら」
心配で落ち着きのない私を見て、アレンは笑う。
「俺の妻は心配性だな。ニーナは要領がいいからうまくやるだろう」
お酒の入ったグラスを差し出され、私はそれを少しずつ口にする。
「おいしいですね」
「あぁ、少しくらいなら緊張をほぐす意味では有効的だろう」
私はお酒に強くもないけれど弱くもなく、一般的なご令嬢方よりは酔わないタイプだ。アレンはそれがわかっていても、口あたりの軽い弱めのワインを選んで渡してくれる。
それに今日は踊らないので、安心してお酒を呑んでいられるのだ。
「奥様、二階では歌い手のルミーナが歌を披露しているそうですよ」
ジャックスさんが背後からひょこっと顔を出す。
少し離れたところには、正装姿のノーファさんもいた。会釈だけすると、招待客に紛れてあっという間に見えなくなった。
きっとこの会場には、何人も特務隊の人が紛れているんだろうな。
誰がそうなのかわからないけれど……。
「上に行ってみるか?ソアリス」
アレンに尋ねられ、私は笑顔で頷いた。
高位貴族が開く夜会には、歌い手や踊り子、占い師などが招かれることがよくあるという。今日は、王都で一番人気があると評判の歌い手が来ているらしい。
私たちは二階へ向かい、しばらくは演目を楽しむことにした。
そして約一時間が経過し、私たちはクリス様と再び合流し、アレンは紳士サロンへ、私とニーナはご令嬢方との交流を図ることに。
「ソアリス、また後で」
「はい、いってらっしゃいませ」
名残惜しそうな顔をするアレンは、私の頬にキスをして去って行く。ジャックスさんは空気になっていて、見て見ぬふりをしてくれた。
「お義兄様って、本当にお姉様が大好きなのね~。あんな姿ばかり見ていたら、将軍だっていうことを忘れちゃいそうになるわ」
ニーナが感心するような口ぶりでそんなことを言う。
「行きましょう」
私は早く話題を変えたくて、ニーナの背中を手でそっと押してホールへ移動を促した。
ホールにはたくさんの人がいて、中央では若い男女がダンスを踊っているのが見える。
緩やかな音楽は心地よく、何もしていなくても楽しい気分になれるような雰囲気だった。
ニーナは何人かにダンスに誘われたけれど、少し休みたいからまた後でとうまく躱していた。
「私のことなら心配しなくてもいいのよ?ジャックスさんがいてくれるから」
「ん~、それもあるけれど、お姉様の隣にいれば下心満載の人は容赦なく断れると思って」
「あら、しっかりしているのね」
「お姉様に似て、ね」
ニーナがそんな風に言うものだから、私はくすりと笑いが漏れた。
「あ、そういえばあちらのサロンで占い師に見てもらえるんですって!行ってみない?」
ニーナに誘われ、私は一階奥にあるサロンへと向かった。
赤い絨毯に沿って進んでいくと、豪華な扉の前に警備の兵が立っているのが見える。
ご令嬢方が楽しそうに話しながら出てくるので、きっとそこが占いをしている部屋だろう。
「ニーナ嬢も占ってもらうんですか?運命の相手がどこにいるのか~って」
ジャックスさんが茶化すようにそう尋ねる。
運命の相手がわかるような占いがあるんだろうか?私もニーナに視線だけで尋ねた。
「それがわかればいいのにな~。でもそんなに期待していないわ。不確実な未来よりも、目先の内職よ」
夢がないにもほどがある。
占いにハマりすぎるのも問題だけれど、あまりに現実的なニーナに姉の心は複雑だわ。
私たちが部屋に入ると、五人ほどのご令嬢が紫色のフードを被った占い師を囲んでテーブルについていた。
今日来ている占い師は、三十歳くらいの妖艶な女性だった。
「あら、新しいお客様かしら」
声までが色っぽく、夜の雰囲気を感じさせる。
私たちを見た彼女は、笑顔で近くに招いてくれた。
五人のご令嬢方はすでに占いが終わっていたらしく、喜びや悲しみそれぞれの感情を露わにして部屋から出て行った。
「はじめまして、わたくしはマリオンと申します。星占術の魔女ですの」
「星占術の魔女?」
「という設定でお届けしておりますぅ」
正直な占い師さんだった。
商売にはわかりやすいネーミングというか、個性が必要だということなんだろう。
にっこり微笑んだ彼女は、赤い紅をさした唇があやしげで確かに魔女っぽい。
「星の位置や水晶が導くしらべから、お嬢様方の未来を予想します。必ずしもそうなるとは限りませんが、現時点ではその可能性が高い未来を示すもの……とご理解ください」
「わかりました」
机の上には、星空が描かれた古い布と量りのような円形の盤。
透明の石が散らばっていて、彼女はそれを一度手のひらの上に集めると、私たちの前で念を込めながら布の上に放った。
コロコロと転がる透明の石。五つのそれらがどこの星の上で止まるかで、未来を予測するという。
しばらくの沈黙の後、マリオンさんはニーナを見て静かに言った。
「運命の人は近くにいます。機を見逃さないよう、出会いの場にどんどん出て行かれるのがいいでしょう」
「え!そうなんですか!?」
「はい。おそらく数年以内にご結婚となるでしょう」
……これは占いなの?
貴族令嬢で10代後半なら、数年以内に結婚する確率の方が高いわよね。
結婚できませんって言われるよりはいいけれど、少し抽象的すぎないかしら……。
疑ってしまうのは、私が素直じゃないから?
できるだけ顔に出さないでいよう、そう思った瞬間、背後に立っていたジャックスさんがぼそっと漏らした。
「誰にでも当てはまる感じですね~」
その言葉に、マリオンさんがぴくっと反応する。
「あら、あなたは女難が出ていますよ」
笑顔だけれど、ちょっとムッとしているみたいだった。
「え、それは占いですか?」
ジャックスさんは、首を傾けながら問う。
マリオンさんはにっこりといい笑顔で答えた。
「いえ、私の希望です」
占いでも何でもなかった。
苦笑いの私の前で、マリオンさんは再び透明の石に念を込めて布の上に放る。
そして、大げさなまでに「はっ!?」っと目を見開いたと思ったら、今度は私を見て悲しそうな表情になった。
「なんていうことでしょう!そう遠くない未来に、とても大事なものを失う運命が待ち受けています!」
「ええっ……?大事なものとは一体」
「そこまでは。ただ、大事なものです」
あまり信ぴょう性はないな、と思いつつもちょっとだけドキッとしてしまった。
言葉に詰まっていると、マリオンさんがテーブルに身を乗り出して言った。
「大丈夫です。どうかわたくしにお任せを!!未来への不安は、この『奇跡の香水』を毎日つけていれば防ぐことができますわ」
ものすごく胡散臭い!
私は自分の笑みが引き攣るのを感じた。
「わかります、わかりますわ奥様。女性には色々と悩みがございますよね。まわりの女性が自分より楽しそうに見えたり、もっときれいになりたいと思ったり、夫からの愛情が物足りなかったり、私には奥様の悩みが手に取るようにわかります!」
まったくわかっていませんね!?
ただ、勢いに呑まれて否定する隙はない。
「でももう大丈夫です!これまでも、何人ものご令嬢がこの『奇跡の香水』のおかげで幸せを手に入れました。奥様もぜひ!」
「はぁ」
「もちろん、無料ですわ。効果がありましたら、二個目は王都の五番街にある占いの館でお買い求めくださいませ。はい、どうぞお持ち帰りを」
無理やり香水の瓶を握らされ、私は勢いに呑まれてそれを受け取ってしまった。
一体この中身は何なのだろう?
本当に奇跡が起きるとか、悪い運命を回避できるなんて思えないけれど、中身が何かはちょっと気になる。
「あ、ありがとうございます」
私が受け取ると、マリオンさんは満足げに頷いた。
「どうか奥様に、女神の加護がありますように。旦那様には秘密ですわよ」
「はぁ……」
占いを終えた私は、困惑した状態で廊下へ出る。
どうしたものか、と香水の小瓶を見つめていると、ジャックスさんが笑顔でそれを私の手からスッと引き抜いた。
「お預かりしまーす」
「ですよね」
見知らぬ人からもらった物は、私が自分で持ったままでいられるわけもなく。
この怪しげな香水は、特務隊の預かりになるのだった。