軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王子様も大変です

私とアレンが踊ったときとは打って変わり、華やかで明るい音楽がホールに響く。

今、中央ではアレンとローズ様がダンスを踊っていた。

美男美女の組み合わせに、招待客からは次々とため息が漏れる。

「ローズ様は、思いのほかダンスがお得意なようだな」

「そのようですね」

私はというと、ご令嬢方から逃げてきたジェイデン様と一緒に、アレンたちが踊るのを眺めている。

王太子殿下と将軍の妻が談笑している(ように見える)この場に、割って入ってこられる猛者はさすがにいない。

「アレンディオは自分の披露目であるのに、妻以外と踊らぬつもりだったようだな。あれは領地をついでから苦労しそうだ」

「そのようなことがないよう、私もがんばります……」

普通は、親戚や友人と踊るくらいはする。

ただしアレンがどうしても踊りたくないのはわかっているので、もしも令嬢に囲まれた場合はドレス姿で参加しているユンさんがアレンと踊ると事前に打ち合わせていた。

「ローズ様、楽しそうですね」

「あぁ、王都からも遠いここでは随分とのびのびしておられる」

なぜこんなことになったかというと、ジェイデン様は、アレンに二択を迫ったから。

私がジェイデン様と踊るか、アレンがローズ様と踊るか。

賓客の御二方の、どちらとも踊らないということは礼儀上許されない。

苦い顔をしたアレンは私に向かって「絶対にこの場を離れないで」と言い残し、ローズ様の方へと向かって行った。

あんなに楽しくなさそうにダンスを申し込んだアレンに対し、ローズ様は嫌な顔一つせずその手を取ってくださった。

「アレンディオは、よほど妻を誰の手にも預けたくないようだ」

ジェイデン様は、まるで少年のように明るい笑顔を見せていた。アレンがダンスを苦手としていることに気づいてからは、なおさらうれしそうに笑う。

そして、おとなしくそばに控えていた私に対し、優しい目を向けてしみじみと言う。

「そなたらのような夫婦もおるのだな。来てよかったと思うぞ、少し希望が見えた」

「希望、とは?」

腕組みをしてアレンたちを眺めるジェイデン様は、どこか淋しげな雰囲気に変わっていた。

私はそれが気になって、思わず尋ねてしまった。

何か憂いでもあるのだろうか、そんな気がしたから。

「私と同盟国の姫君との婚約は、知っておろう?」

「はい、存じております」

ジェイデン様は、苦笑交じりに話し始めた。

「幼い頃から、国内の有力貴族の娘たちが七人ほど婚約者候補だった。中でも、マルグリッドは筆頭公爵令嬢であり婚約者候補の最有力だと聞かされていた。私も、いずれは彼女が私の妃になるものだと漠然と思っていたんだ。けれど三年前、事情が変わった」

同盟国からの婚姻の申し出。マルグリッド様はもちろん、どのご令嬢とも正式な婚約発表はしていなかったジェイデン様にやってきた縁談だった。

陛下は、国際情勢を鑑みてそれを受けた。

「私はどの令嬢に対しても、平等に接してきたつもりだ。しかしそれは、実のところ誰に対しても興味が持てなかったということでもある。だから、相手が同盟国の姫君に変わろうと異論はなかった。陛下は、妃をただ一人と決めて真に愛しておられるのに、息子の私は誰に対しても深い愛情を持てる気がしない」

眉目秀麗、望むものはすべて手に入ると思われた王太子殿下も、ご自身の結婚や感情には思うところがあるようだ。

私が何も言わず、ただ聞き役に回っていると、彼はふっと微笑みかけてくれて気を遣ってくれているのがわかる。

「そなたらを見ていると、こんな私でも結婚した後に人並みの愛情というものを知ることができるかもしれないと希望が持てた。相手次第ではあるが、こちらの国に身一つで嫁いでくる姫君を大切にしてやりたいと思うようになれた。礼を言う」

「そんな、もったいなきお言葉です」

ふと目をやると、ホールにはルードさんと踊るマルグリッド様の姿が。

今日はローズ様のご友人として、公爵令嬢としてこの場に出席してくださっているのだ。

なぜあの二人が踊っているのかはわからないけれど、ルードさんが誘ったのだろう。本来ならばアレンが一曲お相手するのが礼儀なんだけれど、まったくその気がないアレンに代わって補佐官の彼はさきほどから複数のご令嬢方と踊ってくれている。

ジェイデン様は私の視線に気づき、マルグリッド様を見て言った。

「マルグリッドには申し訳ないことをしたと思う。彼女自身はともかく、公爵家は必死で娘を王太子妃にと推していたからな」

「そうですか……。けれど、今はマルグリッド様もご婚約中と聞きました」

「あぁ。相手が見つかったことは喜ばしい。なれど、辺境の侯爵夫人に収まるならば、彼女がこれまでしてきた苦労はいらぬものだった。王太子妃になるために、幼少の頃から厳しい教育を受けてきたことはすべて無駄になってしまったのだから」

優雅に踊る彼女は、普段と同じく何を考えているのかまったく読めない。

他のご令嬢が頬を染めてうっとりと見つめるルードさんを、寸分の狂いもなく計算されつくした笑みで見つめるマルグリッド様は人形のようだと思った。

「最後に二人で話をしたのは、同盟国の姫君との婚約が決まったと報告する茶会だった。マルグリッドは一切取り乱しもせず、どうかお幸せにとだけ言ってくれた。そこに感情が篭っていたようには思えなかったが、あっさりと令嬢たちを切り捨てた私のことを、さぞ冷たい男だと思っただろうな」

「冷たいだなど……、仕方のないことではないですか」

自分の感情で、同盟国からの申し出を断ることなどできない。

けれどジェイデン様は、少し目を伏せて首を振った。

「陛下は、私の意志に任せてもいいとおっしゃってくださった。国内に好いた娘がいるならば、それでもいいと。だが私はそんな者はいないと、即座に返答した。本当のことであったとしても、あまりに情のない答えだと自分でも思う」

私には、ジェイデン様が冷たいとは思えなかった。

情のない人ならば、こんな風にマルグリッド様に対して申し訳ないだなんて思うだろうか、と。

「ジェイデン様のお立場や事情については私たちとはあまりに異なりますが、けれど私自身のことを申せば、アレンと結婚したときはまだ子どもで……、どうしようもないことばかりでした。この結婚が両家にもたらす利益は、明確にありましたから」

しかもアレンはまったく喋らない上に三か月で戦地へ行ってしまうし、10年間もすれ違ってしまった。

「今ようやく、夫婦になっていこうとしています。世間では純愛だの何だの噂されておりますが、実のところその中身はからっぽだったのです。そのことに気づいたのも、最近のことです」

ジェイデン様は意外そうな顔をしている。

私はそれを見て、クスリと笑った。

「過ぎた時間は、もう戻りません。でも、これから幸せになることはできると私は信じています。ジェイデン様はきっと、お優しい夫になられると思いますよ。女の勘です」

婚約者候補の方々とはうまくいかなかったかもしれない。けれどそれは、これから迎えるお妃様に対しての反省として活かすことはできるはず。

ジェイデン様は、また明るい声音で高らかに笑った。

「ははっ、そうか。女の勘か!」

「はい」

「それはいい。議会の意見よりも、夫婦喧嘩が絶えぬ宰相の助言よりもよほど信頼できる」

そろそろ音楽が終わりに近づいている。

視線の先には、いつも以上に表情を失くしたアレンが必死でリズムを取っていた。ローズ様は楽しそうにしているので、どうやらアクシデントは発生していないみたい。

二人が踊っている姿はとてもお似合いで、私は笑顔を貼り付けつつも嫉妬心がじくじくと疼く。

仕方ない、と割り切れたらどれほど楽だろう。未だに寝室を共にする勇気もないくせに、アレンを独り占めしたいなんて。

「どうやら、空っぽであったのは過去のことのようだな」

「え?」

気づけばジェイデン様は、じっと私を見つめていた。

もしかして、私がアレンとローズ様に嫉妬していたことがバレた?

どきりとして、思わず俯いてしまう。

「そのように想える相手がいるのは素晴らしい。しかも、伴侶として共に生きていけるのだ。そなたも将軍も幸せ者だ」

「ジェイデン様」

「ただ一つ気になるのは……」

何を言われるのか、緊張が高まる。

しかし突如として、ジェイデン様が顔を引きつらせた。

「アレンディオは下手すぎないか?王家から直々に踊りの講師を遣わそうと思うが、いらぬ世話だろうか?」

ごめんなさいぃぃぃ!!

どうしてもテンポの速い曲は、ついていけないんですー!!

アレンは、ローズ様に振り回されているみたいになっていた。

まわりは見て見ぬ振りをしてくれている。

「何か一つくらいできないことがあった方がかわいげがあると言うが、あれは酷いな」

「申し訳ございません……。夫婦共々、これから努力いたします」

「あぁ、それがいい」

ジェイデン様は苦笑いでアレンの姿を眺めていた。