軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百十七話(カイル歴515年:22歳)銃後の守り

捕虜引見の会場で方針は定まり、遠征軍の編成や準備は団長とアレクシスに一任することができたが、俺にはまだすべきことが沢山残されていた。

軍事面ではある程度の情報を共有できたが、内政面ではまだ何の共有もできていなかったからだ。

そして……。

「じゅっ、十万人以上の避難民だって?」

俺はレイモンドからの報告に絶句した。

侵攻軍が四か国それぞれ分散進撃をしてきたこと、そして第三皇子委任統治領以外からも避難民を受け入れていたこともあって、避難民の数は想定を遥かに超えていた。

これではもはやクサナギを含むイズモ地区一帯は許容量を遥かに越えていると言っていい。

「はい、現在は食料輸送を最優先としており、既にテイグーンやテルミラの義倉と食糧庫はほぼ空の状態です。

並行してカイル王国全土から食料を買い付けてテルミラに集約、そこからイザナミを経由してクサナギまでを結ぶ輸送ラインをフル稼働しております」

「もしかして……、あちら側にも避難民が?」

「はい、イズモ一帯だけでは賄えませんので、イザナミやテルミラでも受け入れてもらっています。

あとイストリア正統教国からの民間人一万名は、護衛を付けてイシュタルに送っています。

このあたりも含め、旧領(カイル王国)側には 優秀な弟子(ミザリー) が居て采配を振るってくれていますので……」

なるほどね。レイモンドとミザリーのコンビは、俺が知る中でも最強の師弟コンビだ。

互いに以心伝心で対応を丸投げできるのだろうな。

俺が大きく息を吐いて苦笑したとき、今度は 妹(クリシア) が手を上げた。

「あと北部戦線については戦没者家族への一時金及び見舞金の支払い準備は完了しております。

家族へ宛てた手紙も直轄領はアレクシスさまが、それ以外は所属する当主の方々が 認(したた) め終わっており、あとはお兄さまのご署名待ちがこちらです」

「!!!」

そう言ってクリシアが指さした先には……、六百名分の手紙がそれぞれ仕分けされて山積みになっていたけどさ。

これって……、全部、だよね。

『戦死者については家族や残された者に宛て、責任者が手紙を書く』

これは俺が言い出した話であり、これまでも必ず行っていた内容だ。

南部戦線に従軍した戦死者については、ビックブリッジで暇を見つけては書き綴っており、そちらは完了しているが、こちらはこれから全部……、だな。

「今回はゴーマン侯爵を始め諸将の方々も、戦いが終わった後は手紙作成で眠れぬ夜を何日も過ごされていましたし、ここで作成が止まってしまうのも……」

ははは、どうやら俺も眠れなくなりそうだ。

ただ手紙を所属や戦役ごとに細かく分類してくれているのは、妹の気遣いなのだろう。

俺自身が戦いに参加しておらず状況が見えないため、それだけでも十分ありがたい。

今度は大きなため息を吐いて決意を固めると、今度はユーカが申し訳なさそうに手を上げた。

「現在は各所に臨時受付所窓口を設け、情報を集めると同時に炊き出しや仮設住居の案内、一時金の支給に臨時雇用の斡旋などを進めております」

「ありがとう。だけど規模が規模だし、受付所の管理はユーカだけど負担が大きいよね? 無理してないかい?」

ユーカの仕事はクレアから引き継いでいる受付所の管理だけではない。

クリシアと二人で新領土の内政を支え、全体を統括するレイモンドを補佐する任務もあるからね。

「はい、私も常に現場立って指揮できないため、受付所の統括(所長)から極めて優秀な方を一名、クサナギに集結した五百名の受付所スタッフの指揮を任せ、統括行政官(騎士爵相当)に任命させていただきました。

追認となりますが、こちらのご決裁をお願いします」

そう言ってユーカは任命書を差し出して来た。

レイモンド・ミザリー・ユーカの三人は、俺から文官の随時任命権を委譲しているので、この辺は何も問題ない。

ただいきなり統括行政官は少し驚いたけどさ。

「このカミラって人かい? 初めて聞いた名前だけど俺は会ったことないかな。

クレアの下にはまだそんな逸材が居たんだね?」

そう言うとユーカとクリシアは何故か笑っていた。

あれ? 俺は変なことを言ったか?

「ふふふ、タクヒールさまは少なくとも二度はお会いになっていますよ? ご本人もそう仰っていましたし」

「へ?」

「テイグーンで初めてヨルティアさんと出会われた時、あの場にいらっしゃるのがタクヒールさまだと気付き声を上げられた方です。

その後はヨルティアさんの推薦で、イシュタルにて特別なお仕事を任されて 赴(おもむ) かれたのち、ご結婚を機に引退され、テルミラに移住した後は受付所に入られたそうです」

「あ!」

確かに……、ヨルティアが『姉さん』と呼び実の姉のように慕っていたあの女性か!

なら俺も少なくとも二度は会っているな。

一度目は顔も覚えていなかったが中央広場のベンチで、二度目はヨルティアの推薦により、彼女をイシュタルで新たに設ける娼館の管理者に任命した時に……。

これも不思議な縁だな。

「でも五百名もの受付所員をクサナギに集結か……、考えてみると凄い話だね。

もっとも、十万人規模の対応ともなると、それでも足らないぐらいか? 皆にはずっと大変な仕事をお願いしてばかりで申し訳ないが、そのあたりは今後も引き続きフォローをお願いね」

基本的に内政については最終決裁までレイモンドに預けているため、俺自身が前に出ることはなない。

ただそれでも、必要な報告や確認などで結局深夜まで対応することになった。

そしてその後は……手紙への署名と、直轄領の兵たちの手紙には俺からも一言添える作業を延々と……。

結局俺は、朝までその作業に追われることになった。

翌日は早朝よりシグルやカーラなど僅かな供回りだけでテルミラに向かった。

二日後には遠征軍を率いて出発するので、まさに駆け足の訪問にはなるけど……。

レイモンドから話には聞いていたが、クサナギからイザナミに続く街道は十分な広さを確保していたにも関わらず、行き交う荷馬車や人々の列が延々と続き、本当に凄いことになっていた。

そしてイザナミの関門では、通過審査を待つ長い行列を追い越して中に入ると……、そこには所狭しと市が立ち、行き交う人々の喧騒はまさにお祭り状態だった。

「これは……、凄いな」

「本当ですね、関門内で軍専用の通路が確保されていなければ、通過するだけでも相当時間がかかっていたでしょうね」

「このような賑わいでは、ここが戦のための関門とは誰も思わないでしょう」

俺もそうだが、カーラもシグルも半ば呆れた様子で関門と関門に挟まれた中の通路を見つめていた。

ここ最近の逼迫した状況下、俺自身もクサナギに滞在していることが多く、最後にここを通過してからそれなりに時間が経過しており、様相が全く変わっていた。

「この分ではテルミラも変わっているだろうな」

そう呟いた俺の言葉は、自身の想像を更に斜め上を行く結果を迎えた。

イザナミの関門を抜け、旧国境からサザンゲート平原に入るとテルミラはすぐだ。

かつてはサザンゲート要塞と呼ばれたテルミラだったが、既にその面影は一切無くなっていた。

都市として生まれ変わったテルミラは外壁が拡張され、周囲には荒涼とした乾燥地帯が広がっていたはずだが、いつの間にか広大な牧草地に囲まれ、以前より二回りも大きな外壁と外堀を備えた都市になっていた。

俺は出迎えに出てきていたミザリーに対し、開口一番で尋ねずにはいられなかった。

「ミザリー、どうやったの?」

本来ならば違う挨拶をしなければならないはずだけどさ、どうしても聴きたくなったのだから仕方ない。

だって……、全く別世界じゃん!

俺は思わず彼女を両腕で宙に抱き上げていた。

「えへへ、ちょっと頑張っちゃいました。

もっとも、都市開発はメアリーさんとサシャさんの成果なんですけどね。これも全て二人が大量の魔法士を動員して、旧キリアス子爵領側の大山脈にあった水源から運河を引いてくれたお陰です」

なるほどね。確かに来る途中で見覚えのない変な防壁が遥か南東からテルミラに伸びていた。

あれは水路だった訳か。

そして豊富な水量を背景に灌漑工事を行い……。

ってかさ、未だにあの二人は学園に大きな影響力を持っているのか?

そっちの方が驚きだけど。

「まだ発展途上ですが、テルミラをクサナギに負けないぐらいの活気ある大きな街にしてみせます」

「ははは、この分だと近い将来、サザンゲート砦まで緑で埋め尽くされる日も来るんじゃない?」

「それは無理かもしれませんが、でもこの付近一帯は広大な牧草地と水田に変えちゃうつもりです。

師匠(レイモンド) の指揮するイズモには負けていられませんからね」

まさか……、それに奮起したとか?

少し負担を減らして妻として楽をできるように配慮したつもりが、却って彼女に火を付けたとか?

「ミザリー、本当にありがとう。今やテルミラなしではクサナギ、いや、イズモ一帯は立ち行かないからね。

レイモンドも感謝してたよ。あれ? ところでクレアとアンは?」

本来なら二人とも出産を控えておりテルミラに居るはずだった。

まぁ、あと数か月は猶予があるはずだけど……。

「アンさまはテイグーンに赴かれ、テイグーン及びガイア、アイギスでの生産と収穫の指揮に当たっておられます。少しでも多くの食料をクサナギに回すために……」

そっか……。確かに信の置ける人間が現地に赴き、ギリギリを見極めて対応してくれれば安心だな。

領民たちも安心するだろうし。

「クレアさんは一万名の移住者が移動するのに先立ってイシュタルに赴き、現地で受け入れと指導を。

イシュタルと余裕のあるディモス一帯を新たな入植地とするために現地の統治機構と受付所を指揮されており、移住者からも新規職員を募って教育に当たっています」

確かに……。よくよく考えれば過去に大量の帝国軍捕虜を受け入れた実績があるとは言え、今度は事情が違う。

一万人もの民間人が一気に増えたとなれば、普通の人間なら捌ききれずパンクしてしまう。

ありがたいな……。

戦いの後ろで三人は、それぞれができることを行って俺たちを支えてくれていたということか……。

「今回は明日の早朝にはクサナギに戻るため出発しないといけない。残念だけど二人に会って労うことはできないけど、後で手紙を認めるからどうか二人に渡してほしい」

そう言ってミザリーとは深夜まで二人きりで旧領側での内政方針と必要な決裁の確認を行った。

まぁ権限は全て委譲しているので、基本的には報告を受けることと相談に応じるだけなんだけどね……。

それにしても懐かしいな。

昔(二度目の人生)も、よく二人きりで行政府にこもり、深夜まで内政に関わる相談をしていたよな。

三度目の今回はミザリーの他にも支えてくれる妻たちがいるため、二人っきりで話を詰めることは殆ど無かったけどさ。

二度目の俺はミザリーに好きだと言い出すこともできなかったけど……。

そんな彼女が今は俺の妻となって共に歩んでくれている。

そんなことを思い出していると、気が付けば俺は彼女を後ろから抱きしめていた。

「えへへ、ご褒美ですか?」

実はミザリーって、会議や人前と二人だけの時では言葉遣いも全く変わり別人となる。

年上だけどまるで年下のような言葉遣いになって甘えてくるんだよね。

「うん、それもあるけど……、いつも感謝している」

そう言うと、ミザリーは俺が後ろから回した手に自身の手を重ね、そして首を俺の胸に預けてくれた。

「私こそ感謝しています。こんな面白い仕事ができて……、タクヒールさまはずっと私を信じて任せてくれました。いつもそれが嬉しくて……」

「ありがとう、本当にありがとう」

「今回もちゃんと戻って来てくださいよ。私はいつも待っているだけですし……」

あ……、確かにそうだな。

内政を任せていたため、これまでも彼女は常に留守番役だった。

俺が王都カイラールに居たときでさえ、彼女は出張として王都に短期でしか滞在していない。

「そうだね……、落ち着いたら帝国に招かれているので俺はグリフィンに行く。その時はミザリーにも一緒に来てもらうよ。なので少なくとも一か月くらいは、テルミラを誰かに任せられるように準備しておいてほしい」

「えっ、私……、いいんですか?」

「これまではずっと頼ってばかりの留守番でごめん。でも今度は、一緒に出掛けて帝都見物もしよう」

「楽しみにしています。私もタクヒールさまと一緒に旅できるんですねっ!」

この時のミザリーは、涙ながらに満面の笑みを浮かべていた。

俺は改めて、彼女らの銃後の守りに支えられていることに感謝し、久々に彼女と二人だけで夜を過ごした。

そして翌日、早朝からテルミラを立ち再びクサナギへと駒を走らせた。

新たな戦いの覚悟を決めて……。