軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百十二話(カイル歴515年:22歳)真の凶報とは

ビックブリッジを出てからというもの、俺たちの帰還はすこぶる順調だった。

エンデを始め帝国南部一帯が第一皇子の勢力圏内というのもあるが、補給物資は街道の各所に集積されており、休息場所なども予め一定距離ごとに用意されていた。

そのため、総勢で26,000騎もの軍勢が移動しているとは思えないほどに、行程は驚くほど順調だった。

まぁこれも……、俺たちがビックブリッジで帰還の時を待っている間に、ジークハルトが街道各所の警備兵や商人たちに触れを出し、事前に準備してくれていたからだと思う。

ただそれでも……。

「往路もそうでしたが、帰路もこれほど完璧に手配できるというのは侮れませんな。速やかに軍が移動できるというのは、それを支える力があってのもの。

残念ながらカイル王国ではこれほどまでの準備はできないでしょうな」

半分感嘆、半分警戒しながら話す団長の言葉通りだと俺も感じていた。

だからこそ俺たちは、魔境公国内に限ってだけど主要街道には補給と休息の拠点となる道の駅を設け、少しでも円滑に移動できるように心を配っている訳だし。

「そもそも帝国は広大な国土を擁し、しかも外征が多いお国柄だからかな?

あとはジークハルト殿が、商人たちの手綱をしっかり握っていることも大きいかもね」

「これなら軍団として移動しても、あと15日程度で到着できますかな?」

「そうだね、今度は真っすぐに伸びる整備された主要街道だし、替え馬も十分にあるからね。

食料と宿営地の心配がないのもありがたいし」

今回の移動ではジークハルトの意を受けた副官、アクセラータが先行し日々の最大移動距離で宿営地を手配してくれている。

なので俺たちは、ただ何も考えずに移動するだけで良かった。

数日間の移動後、ひときわ大きな街道の分岐点で軍列は二つに分かれた。

一方は東へと向かい、一方はそのまま直進して北へと……。

「タクヒール殿、落ち着けば改めて我らの英雄、比類なき勲功を挙げられた公王陛下と魔境騎士師団を国賓として帝都グリフィンにお招きしたい。

その時は我が招待、受けていただけるだろうか?」

「もちろんです。私も一度は訪れてみたい場所でしたし。もちろん団長も一緒にね」

「喜んで!」

「では、露払い兼案内役として、仔細で申し訳ないが200騎を付けさせていただく。

では、後日の再会を期して!」

「殿下もご壮健で!」

そんな挨拶を交わしたのち、俺たちは一万一千騎を率いて再び一路北へと騎馬を走らせていった。

まだ行程は半分以上残されているが、北に向かうほど俺たちの気持ちは逸っていた。

半分以上の行程を消化したころになると、俺たちの元にも商人たちを通じて北部戦線の戦況が入り始めた。

ただそれは、朗報というよりは不安を感じさせるものばかりだった。

「ろ……、六万五千だって! そんな数……、あり得ないだろっ!」

俺は途中で得た北部戦線に侵攻した軍の総数、その予想外の数に言葉を失ってしまった。

それは事前に考えた最悪の状況、最大想定数よりも15,000も多かったからだ。

迎撃に当たった味方の残留部隊は16,700名、ドゥルール子爵が率いた8,000名を足しても総数で24,700名に過ぎない。

敵軍の三分の一とまではいかないものの、それに近い兵力差だ。

イズモの防壁に依って攻城戦なら、なんとか凌げる数ではあるが……。

「王都騎士団の援軍も駆け付けていることでしょうし、イズモの防衛ラインまで後退して戦えば守り切れるでしょう。

ですが……、問題はイズモの外側ですな」

おそらく領地の大部分を見切らなければならなかっただろう。

それはつまりアレクシスに非情の決断を強い、せっかく入植してくれた領民たち、元帝国からの新しい領民たち、そして……、帝国に暮らす多くの民たちに多大な犠牲を強いてしまったのではないか?

そして何より……、皆は無事だろうか?

いざとなれば事前に打ち合わせた通り、旧王国領に引いてさえもらえば……。

イザナミの関門なら六万の敵を相手にしても十分に持ち堪えることができるはずだけど……。

「タクヒールさま」

団長に言われてふと気付いた。

俺は無意識に馬脚を早め、しかも軍列の前へ前へと出ようとしていたことに。

「団長、一部だけでもいい、移動速度を上げて先行部隊を少しでも早くクサナギに……」

そう言った俺の言葉に団長は無言で首を振った。

そして敢えてゆっくりと俺に語り掛けた。

「我らも気持ちは同じです。ですが……。

たかだか数百の部隊が駆け付けたとして、数万の敵に対し何の役に立ちますか?

それに今回の遠征は、残った者、遠征に出た者、全員が等しく覚悟を持って決めたことです」

うん……、だけどさ。言い出しっぺは俺だし。

一度は『任せる』と言って出たくせに、今更こんなことを言うのは偽善も甚だしいことは、自分でも十分に分かっている。

だけど……。

「本来ならこれはアンさまの役目なのですが……、敢えて私から申し上げさせていただきます。

一国の王たる方が、そのようなお顔でどうしますか、信じて任せたのなら最後まで信じておやりなさい」

くっ……、確かにその通りだ。

もしアンがこの場に居れば、必ずそう言ってくれるはずだ。

それを団長に言わせてしまったことは、俺の弱さに他ならない。

俺は下を向きそうになったが、なんとか前を、そして団長の顔を見据えた。

「かつてアレクシス殿は、イシュタルで今より厳しい状況にありながら勝ち抜きました。

留守には用兵に信の置けるゴーマン侯爵やソリス侯爵を始め、苦しい戦いを潜り抜けた歴戦の将がいます。

ゲイルを始めとする、公王陛下と共に苦難を潜り抜けた仲間たちも……。

今は彼らを信じてやりましょう」

「……」

確かにそうだ……、俺には俺の役割、彼らには彼らの役割がある。

それを信じることが俺の務めだし、だからこそ彼らに留守を任せたのではないか。

「団長、ありがとう。これからも不甲斐ない俺を変わらず支えてほしい。

俺はいつも迷う、そして何が最善だったのか、時折分からなくなってしうまうからね」

もし俺たちが南に行ってなければ、あの状況ゆえ第三皇子陣営は瓦解していたかもしれない。

エラル騎士王国の件もあり、戦術的にジークハルトが勝利したとしても戦略的にはどうだ?

第三皇子という旗印があってこそ、彼らの戦術的勝利が生きてくる。

その第三皇子は俺たちが駆け付けなければ……。

そうなれば俺たちが北の戦いで勝利したとしても、戦略的に勝利して帝国を統一した第一皇子は、次に軍を転じて北に進出してくることになるだろう。

そうなれば圧倒的多数の帝国軍と復讐心に駆られた第一皇子を相手に、俺たちは泥沼の戦いを継続することになっていただろう。

だからこそ仲間を信じ、あの時の俺は決断した!

それを今更悩んでも仕方ない。

「まぁ少しだけ……、行軍の速度を上げましょうか。無理のない範囲で……、ですが。

私が前に出て誘導するとしましょう」

そう言って団長は乗馬の腹を軽く蹴ると、隊列の前方へと消えていった。

『結局は俺もグラート殿下を笑えないな。団長には俺の『お守り』までさせてしまったからな』

心の中でそう呟きながら、団長の大きな背中を見つめて改めて彼の存在に感謝していた。

そして翌日、街道を北に駆ける俺たちは、逆に北から領地へ戻るであろう帝国軍の軍列とすれ違った。

しかも彼らは、まるで敗残者の列のように誰もが負傷し、ボロボロになっていた。

「帝国軍の指揮官はいずこに? こちらはグラート殿下の援軍として南部戦線で戦った、魔境公国公王タクヒール陛下が率いる軍である!」

彼らは俺たちの先頭に翻っていたグラート殿下の軍旗を見た途端、左右に寄って道を譲ってくれていたが、団長の言葉で一気に歓声を上げた。

「おおっ! 公王陛下ですと? 陛下はいずこに?」

「!!!」

俺は団長に導かれて大声を上げながら騎馬に乗って駆け寄る、ひとりの武将に目が釘付けとなった。

まさかこれは……、彼の軍なのか?

「カーミーン子爵か? 俺はここだっ!

この軍は一体……、戦況はどうなっているのだ?」

「おおおっ! 公王陛下、よくぞご無事で。

そのご様子、南での戦いも勝利されたのですな?」

ん? 南での戦い『も』だって?

ということは!

「北部戦線も魔境公国軍の大勝利にござりますぞ!

お味方は三万五千ものリュート・ヴィレ・カイン王国連合軍を完全撃破し、一万のイストリア正統教国の民兵を捕虜とし、二万の正規軍を国境の向こう側に押し返しましたぞ!」

「なんと!」

「まじか……」

団長と俺は短い言葉を発しただけで、絶句してしまった。

それってさ……、もの凄い戦果じゃん!

凄すぎてびっくりだよ。

「先ずは我らの防衛戦にご助力いただいたこと、心より感謝申し上げる!

公王陛下が率いられた遠征軍もグラート殿下の軍を支援し、スーラ王国軍六万、ターンコート王国軍三万、反乱軍三万、それらを全てを打ち破り凱旋の途上、グラート殿下も帝都に凱旋されており、いずれ皆様にも殿下より労いのお言葉があると存じます!」

「「「「「おおおっ!」」」」」

団長が応じてくれた言葉に、道を開けてくれた帝国軍の将兵たちからも大歓声が上がった。

北と南、それぞれの方角に向かっていた軍は、しばらく停止して互いに歓喜の声を上げていた。

「カーミーン子爵、改めて感謝を。俺たちが進軍を急がせていたこともあるが、途中からは南に向かう商隊とは一切すれ違うこともなく、更にこの近辺は街道警備の兵もおらず……。北の戦況を含む情報が全く分からず不安に思っていたところだった」

そう言うと子爵は、さもありなんと笑ったが……。

何か思い当たることでもあるのか?

「なんの、我らも帝国存亡の危機に、領地の安全を投げうってまで助力いただいたこと、心より感謝申し上げます」

改めて馬を降りて子爵は深く頭を下げたあと、再び言葉を続けた。

「ちなみにご懸念については、理由は明白です。

この辺りから先の商人たちは皆、荷を満載して北へと走っておりクサナギにて商売に精を出しております。

そのためすれ違うことがないのも当然かと」

「商売に? どういうことだ?」

「今や北部辺境一帯は凄まじい勢いで復興が進められており、商機に満ち溢れております。

それに加え二万近い捕虜と一万の新規移住者を得て、糧食を始めとする特需でクサナギはお祭り騒ぎですよ。

新たな労働力が復興と開発に充てられ、目覚ましい勢いで変化しております」

「???」

二万近い捕虜だって? 一万の移住者って何だ?

訳のわからない事態が進行しているように思えるのだけど……。

どういうこと?

「私も率いた兵を一度領地に帰し、今は近隣の領地から参戦した負傷兵を送り届ける途上です。

然る後、ボッタクリナ商会を率いて舞い戻る所存です。

商人だけに儲けさせるなど、もったいない話ですので……」

ははは、どうやらクサナギでは今、俺の想像すら超える未曾有のことが起こっているようだ。

取り急ぎ安堵のため息を吐くと、早速商売に目を付けている子爵の様子を見て、俺は団長と顔を見合わせて苦笑した。

ここまで来ればクサナギまでもうすぐだ!

やっと……、皆に再会できる!

こんな大戦果……、しばらく皆には頭が上がらないな。

こうして俺は、晴れ晴れとした気持ちでクサナギへと軍を進めた。

まだ本当の凶報を知らずに……。