軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百八話(カイル歴515年:22歳)南部戦線㉔ 最後の伏兵

ビックブリッジから辛くも逃れた第一皇子率いる軍勢は、やっとエンデまで僅かという地点まで引いていた。

ただ往路と違い、彼らの進軍は虚しいものだった。

敗走する軍というのは常に脱落者を出すもので、当初は八千名程度は残っていた軍も、いつの間にか脱落者が増え、今はなんとか五千名を維持している程度まで落ち込んでいた。

「くそっ! どうしてだ。俺は勝つべくして勝っていた。あのような邪魔さえ入らなければ……」

今までは逃げるのに必死だったが、グロリアスには腑に落ちない点が幾つもあった。

敗北の要因は三つあったが、本来ならそれらは第三皇子の軍では到底できない攻撃だった。

ひとつ、魔法兵を撃った槍の様な激しい矢の攻撃、あれはかつて自身がアイギスと呼ばれた魔境の要塞を攻略していた時に、バリスタ群を薙ぎ払ったものと似ていた。

ひとつ、ハーリーの機転で焼き払いはしたが、あの恐ろしい殲滅兵器は、かつて憎んでも余りある小僧が自身に対し使ったものであり、あの兵器が敗戦の契機となったものだった。

ひとつ、音魔法士を使った 口撃(こうげき) 、これも然りだ。第一皇子には、以前に同様の恫喝を受けた屈辱の記憶がある。

そもそも帝国軍に魔法士がいるなど聞いたことがない!

本来ならあり得ない仮定ばかりだが、あることを要素に入れると全てが成立してしまう。

もちろんそれは魔境公国の介入だ!

「結局……、あの小僧か! つくづく余計な真似を!」

そこに思い至った時、自身の瞳は怒りと憎しみに燃えていた。

過去に自身を辱めた男、魔境公国の公王を僭称するあの小僧の軍が助力していたに他ならない。

「焼き尽くしてやる! 奴の領地を、そしてそこに住まう者たちを! せいぜい野蛮人を相手に南で覇を唱えているがいい」

今の彼には、南方での戦いはもはやどうでも良くなっていた。憎しみの業火に身を焼き、帝国の各所で軍を糾合して北上し、忌々しい小僧の国を焼け野原にすること。

彼は敗走してエンデに向かう馬上で、ただそれだけを考えていた。

その時だった。

「殿下っ、先行する物見より報告ですっ!

これよりエンデに向かう街道上に、七千騎あまりのエラル騎士王国軍が展開しておるようですっ!」

「な、なんだとっ! では対峙していた狐の軍を撃ち破り動き出したということか?

ちっ、今更動いてもどうにもならんわっ!」

そう言って吐き捨ててはみたものの、グロリアスの表情は明るかった。

エラル騎士王国軍は総勢で一万騎と聞いている。この時点でその援軍は大きい。

南に進むにしろ北に進むにしろ、大きな戦力となり得るからだ。

想定されることはひとつ。

彼らがやっと重い腰を上げ、エンデの西側に布陣しているアストレイ伯爵率いる八千名を撃破したのち、自分たちを支援すべく動き出したということだ。

「奴らには働きどころを与えてやる。『支払った対価に相応しい働きを見せよ』と言って尻を叩き、出遅れた分を取り返せろ!」

グロリアスは鷹揚にそう答え、使者を走らせた。

そう、今回彼はハーリーを通じてエラル騎士王国に対し、帝国金貨三十万枚もの大金を支払っている。

ならば彼らは報酬に見合う働きをしてもらう義務がある。

だがしばらく進むと事態は急変した。

北の方角から血相を変えて伝令が駆け寄って来た。

「敵襲っ! 北方に展開していた騎馬隊が我らの前衛に襲いかかり、退路を塞がれました。

なお敵軍は両翼を広げ、我らを押し包むように急進しておりますっ!」

「ばかなっ! どこの軍勢だ?

番犬(エラル騎士王国軍)に伝令を走らせ、直ちに討てと伝えてやれっ」

「ち、違いますっ! 襲ってきたのはそのエラル騎士王国軍ですっ」

「なっ、何故だぁっ! ハーリー! これはどういうことだ! 奴らは恥知らずにも裏切ったと言うのかっ」

エラル騎士王国に多額の対価を支払って味方に付けたのはハーリー公爵だったが、彼は既に没している。

そのためグロリアスの質問に答えられる者はいなかった。

「前衛は不意を突かれ潰走状態です。間もなく我らも会敵しますっ!」

確かに前衛は一千騎でしかない。

七千対一千なら一瞬で勝負がついてしまう。

「ちっ、やむを得ん。全軍戦闘準備、後衛の鉄騎兵を呼び卑怯者共を討ち滅ぼすのだっ!」

「ダメですっ、間に合いません! 左右から各一千騎程度が襲って来ますっ!」

「そんな……、早すぎるぞっ」

全軍が騎兵のみで構成されたエラル騎士王国軍の動きは速かった。

何故なら数で勝る彼らは、予め街道の左右に一千騎ずつを埋伏させていたからだ。

更に正面からは前衛を突破した七千騎が土煙を挙げてこちらに向かって来ている。

敗残の軍勢である第一皇子率いる五千名と、これまで戦力を温存していた七千騎では、まともな勝負にすらならないだろう。

しかも第一皇子軍はビックブリッジからの追撃に備え、最強の鉄騎兵二千騎は最後尾に配しており、歩兵中心の前衛一千、本隊二千、後衛二千と軍を分散させてしまっていた。

これでは全く勝負にすらなるはずもなかった。

敵軍の騎兵たちはまるで狩りでも行うかのように包囲網を絞り、第一皇子たちを追い詰めていった。

「殿下っ! このままでは完全に包囲されますっ!

我らが退路を切り開きます故、どうか後方を迂回して帝都までお引きを!」

そう進言して来たのは、最後尾から本隊を守るため駆け付けて来た親衛軍の鉄騎兵だった。

そのお陰で今、本隊は三方から敵軍の攻撃を受けつつも、なんとか耐えしのいでいた。

「くっ……、では本隊二千はこのまま左右前方の敵軍を押し留めよ!

余は鉄騎兵二千と共に南側に退路を確保する!」

「殿下っ、それでは本隊の二千は全滅しますぞっ!」

「それがどうした? この私が生きてさえいれば、帝国全土から兵を糾合できるのだ。

次期皇帝である余の命と二千の兵士、どちらを優先すべきか明らかであろう。

直ちに包囲網を突破せよ!」

「は……」

グロリアスは二千の鉄騎兵に守られて逃げ出した。前線で戦う二千の兵たちを置き去りにして……。

そののち僅かな時間の戦いで、第一皇子率いる軍は完全に崩壊した。

退路を開いた親衛軍の二千騎以外は、主将が逃亡したことを知ると一様に戦意を喪失し、進んで敵軍に降伏していったからだ。

そして……、敢えてエラル騎士王国が開けていた退路に進んだ者たちにも過酷な運命が待ち受けていた。

そう、騎士王国軍は最初からそこに誘因するつもりで戦っていたのだ。

「左右から来ます!」

「ふっ、防げっ!」

急追して左右から殺到した敵軍を鉄騎兵が防壁となって必死に支えるなか、更に後方からも次々と騎士王国の軍勢が殺到し、その戦力差は圧倒的となっていた。

「後方からも新手っ! このままではっ!」

「残して来た二千は何をしているっ! 足止めすらできんのかっ!」

結局ここでもグロリアスは、必死に防戦に努める味方の鉄騎兵を見捨て、僅かな供回りと共に包囲網を抜けて脱出した。

しかし……。

そこに騎士王国が予め埋伏していた最後の伏兵、一千騎もの軍勢がグロリアスに向けて殺到した。

そして彼は、なす術なく完全に包囲されてると、敵兵たちによって愛馬から引きずり降ろされた……。

ビックブリッジ砦での戦いが終わり二日が経過していた。

この頃になると戦後処理も落ち着きを見せ、敵軍によって埋め立てられた砦の南と北の元は水田だった地には、臨時の捕虜収容施設を兼ねた天幕が並び、更にそれの外側を覆い逃げ場を防ぐように帰参した帝国兵たちの天幕が広がっていた。

今は無傷または傷の癒えた捕虜たちが日々、西側と東側の開墾作業に駆り出されている。

魔境騎士団は交代で南側を中心とした哨戒任務に就いており、それ以外は特にすることのない穏やかな日々を過ごしていた。

そんなときだった……。

何らかの急報が入ったらしく、第三皇子の首脳部は慌ただしく動き始めた。

俺は状況を確認するため、第三皇子やジークハルトが詰めている本営へと確認に向かった。

「あ、公王陛下、ちょうどよい折にお越しくださいました。たった今、使いの者を送ろうとしていたので……」

「ということは……、何かあったと?」

「はい、哨戒部隊からエラル騎士王国の軍勢がこちらに向かっていると報告が入りました」

ん? それにしても慌ただしさはあるものの、ジークハルトは妙に落ち着き払っているが?

兵たちにも出動命令が下されていないようだし……。

「では我らも直ちに防衛戦の手配に……」

「あ、大丈夫です。先ほど遣いを走らせましたので。

公王陛下にも驚かれることのないよう、そうお伝えするつもりでした」

ん? どういうことだ?

一万騎の敵軍……、だよね?

「到着と同時に騎士王国が連れて来た捕虜の引見を始めようと思いますので、そちらにもご参加いただけると幸いです。

あまり……、気分のいいものではないですけどね」

捕虜? エラル騎士王国が連れてくる?

どういうことだ?

捕虜とは誰を指しているんんだ?

いや、この時の俺はにこやかに微笑むジークハルト意図が全く理解できていなかった。