軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百九十六話(カイル歴515年:22歳)南部戦線⑫ 御旗の下に……

狼煙台を攻略し、ビックブリッジに自身の生存を知らせるまでは、第三皇子の行動も順調だった。

もともと狼煙台や各補給拠点に配備された人員は、東軍の後退とともに役割を果たしてビックブリッジに撤退していた。

追撃してきたターンコート王国軍も帝国軍の東軍を急追するため、途中の拠点はただ接収するだけで、破壊も防衛も行わずただ僅かな見張りと連絡要員を置いていただけだった。

そうして配置された彼らも、ビックブリッジから本隊が撤退すると慌てて合流し共に後退していた。

そのため、この狼煙台も無人の拠点となっており、第三皇子たちは何の妨げも受けずただ接収しただけであった。

ここガイテーと呼ばれた狼煙台兼補給拠点に第三皇子が目を付けたのには理由があった。

ここの狼煙台は、南北に伸びる主要街道と東西に伸びる主要街道が交差する場所の脇に、ポツンとある小高い山の上に設けられており、このため見通し距離が非常に長い。

第三皇子も40キル先のビックブリッジに届けば、そんな淡い期待もあったが、実際にはその距離では狼煙台のあげる黒煙も視認できない。

だがそれに目を瞑っても彼がこだわったもうひとつの理由は、山の中腹に隠蔽されていた補給拠点だった。

街道の要衝にあるガイテーには、万が一に備えた補給地点としての役目もあったからだ。

そして彼の願いは、幾つかの偶然により叶えられた。

「殿下、補給を受けられるだけでなく、途上に点在する狼煙台の何基かが我らの合図を中継してくれているようです! これなら殿下の無事は、総参謀長閣下にも伝わりましょう」

報告して来た物見は、息を弾ませてそう告げた。

彼らの知らない事情だが、これらの狼煙台が中継できたのは、タクヒールらの攻撃で包囲網が瓦解し、周囲に物見が派遣されていたためであった。

その一部は情報を伝達するため、東側に設けられた各地の狼煙台にも配置されていた結果、狼煙が次々と中継されたことに繋がった。

「そうだな。だが今の俺達にはビックブリッジの状況が皆目分からん。

ターンコート王国軍が撤退したとはいえ、油断はできんからな。幸いこの山の山頂からは周辺の敵情もよく見える故、警戒を怠るなよ」

補給を得て一息付いた第三皇子軍だったが、安寧の日々はそう長く続かなかった。

その翌日、見張り番より異変が報告されたからだ。

その報告を受けた第三皇子は、直ちに側近と共に山頂にある狼煙台の望楼に上った。

「殿下っ! 此方に向かう軍勢が確認されております。この距離では所属は分かりませんが、万が一に備えて直ちにお引きください!」

「ちっ、この方面まで出張って来るのはどこの軍だ? 俺としたことが、狼煙によって敵軍を呼び込んでしまったか……」

「詳細は分かりませんが、敵軍の数はおよそ一万、どうやら騎兵中心で移動速度もそれなりに早いようです。ここは直ちに 後方(ひがし) にお引きいただくべきと思われますっ!」

「引くと言ってもどちらにだ?

俺には戦局全体の情報は分らんが、西に進めばビックブリッジだが、途中にスーラ公国軍の包囲部隊が展開しているだろう。

北も然り。俺はこのざまだ。いくら阿呆でも奴は今頃有頂天になってエンデを奪取しているに違いないからな」

南はもちろんのこと選択外だ。彼らはもともと、南から後退して来ており、今敵軍と思しき軍勢も南から来ているのだから。

「東へ……、元来た道を戻り、護衛に残してきた友軍と合流できれば……」

「馬鹿なことを言うな! 合流したとして数千の負傷兵を抱える我らに、まともな戦いができる訳もないであろう。そして更に状況が悪辣なのは、我らが引けば奴らはここを抜け、北東の方角に残してきた別動隊を捕捉する可能性があることだ」

そう言うと第三皇子は決断した。

これ以上、無下に配下を失うことも、再び敗走することも彼の矜持が許さなかった。

「先ずは盛大に敵襲を知らせる狼煙を上げろ! 旗は全て山頂に残し全軍で下山する。

ガイテー山の後方に騎馬隊を埋伏し、敵軍を山頂に誘因して一撃、然る後に全力で西に向かう!」

「それでは殿下自らが囮に……」

「これまで散々俺は……、我が友たちが囮となって命を長らえてきた。

それだけはもはや我慢ならんからな。

敵がここに辿り着くにはまだ数刻ある。それまでの間に兵たちには食事と休息を取らせ、然る後に下山して迎撃の準備を整えよ!」

その主君の覚悟を受け、配下の者たちもまた悲壮な覚悟を決めると、互いに目を交し頷き合った。

『何としても殿下を無事に逃がさねばならん、たとえ我らが全滅しても。さもなくば、先に殿下を守り死んでいった者たちに申し訳ができんわ。

御旗は必ずお届せねばならん』

兵士たちは言葉を発せずとも、考えていることは皆同じであった。

この時ガイテーを目指していたのは、スーラ公国軍の本隊から選抜された騎兵部隊一万騎であった。

彼らは卑怯な裏切りで自軍五千を全滅させた、ターンコート王国軍を決して許すことはできなかった。

そのため、四万余の部隊をビックブリッジの包囲に戻し、一万騎の追撃部隊を編成して敗走するターンコート王国軍を追撃するため、南から東へと向かわせていた。

その途上で追撃軍の偵察部隊が、東から西に続き空に上る怪しげな狼煙を発見した。

そこで馬脚を早め狼煙の起点、もっとも東に上がっていた煙の方向を目指し街道を進んでいた。

「前方、山頂に新たな狼煙が盛大に上がっております!」

「ははは、追いついたぞ! 恥知らず共はおそらくあの山の先だ。

味方に危急を知らせているのであろうが、もう遅いわ。我らは脚自慢の騎兵を揃えておるからな。

全軍で馬脚を早め追撃を開始! 獲物は目の前だぞ!」

彼らはそれが帝国軍、まして第三皇子の上げた狼煙とは思っていなかった。

彼らの中で第三皇子は既に討たれており、南部辺境域では逃げ散った敗残兵の掃討も進んでいた。

残る帝国軍は、北西をエラル騎士国、 北(エンデ) を第一皇子に抑えられ、もはや逃げ場もなくビックブリッジに逼塞する者たち以外、何処にもいないと考えていたからだ。

ところが、狼煙台のある山の麓まで接近すると、先行させていた物見が予想外の報告を上げてきた。

「報告します、山頂にこもるのは帝国軍! 軍旗を確認したところ第三皇子の敗残兵の模様!

旗指物の数から、数千の軍勢が立てこもっているようですっ」

「なんだとっ! 奴らは敗走してここまで逃げて来たということか?

行き場を失い陥落寸前の砦に救援を求めたとは、哀れなことであるな。

そうであれば山を囲め! 水の手のない山頂に立てこもるとは、愚かな奴らよ」

追撃軍を率いた将軍は新たな命を発し、平原にぽつんと切り立つガイテー山を攻略すべく動き出した。

その時になっても山頂からは、まるで敵軍に囲まれて悲鳴を上げるがごとく、濛々と煙が上がり続けていた。

スーラ公国軍騎馬隊の様子を、麓に広がる林の中に軍を埋伏させていた第三皇子は、息を潜めながら窺いつつ機を測っていた。

あと三日、いや二日でいい。勝利できなくとも彼らを足止めすれば、味方は新領土と旧帝国領の境界まで達することができる。

そこまで敵を引き付けることができれば……。

「敵軍、山頂に取り付いた模様! 火の手が上がりましたっ!」

その報告を受け、第三皇子は動き出した。

林の陰から一斉に駆け出すと半包囲する敵軍の後方から一撃、伏兵の出現に驚く敵軍を山頂側に追い立てると反転、彼らを嘲笑うかのように、整然と西に傾きかけた陽の方角に駆け出した。

「はははっ、これでは眩し過ぎて前が見えんな。騎兵にとっては最悪な方向だ」

最悪と言いつつ第三皇子は笑っていた。

今駆け出している方向には平坦な草原地帯と低木が広がり、陽の光を遮るものは一切ない。

前方には沈みかけた夕日が大地を照らし、この地に慣れた自分たちでさえ方角を見失い、陽の光に視界を奪われて落馬しそうになる。

だが……、今の新領土を巡る以前の戦いでも、彼らはずっと陽に向かい戦って来た。

片やスーラ公国軍は慣れ親しんだ旧領とはいえ、状況が全く異なっていた。

帝国領の南西に位置していた彼らは、常に太陽を背にして戦ってきた。

夕刻に西に向かって戦うことなど、これまでに一度として経験したことがなかったからだ。

「我らにとってはいつものこと、こうして逃げる奴らには散々苦しめられたからな。

日没までに距離を稼ぎ、その後は暗闇に紛れて北に転進するそ!」

そう言って第三皇子は後ろを振り返った。

逃げる帝国軍からは、後ろを振り返れば追撃してくるスーラ公国軍はよく見えるが、敵軍からは眩い光にかすんで自分たちの姿が極端に見え辛くなっている。

こうして、徐々に彼我の距離は拡大しつつあった。

だが……、この優位な態勢に第三皇子も油断していた。

「ぜ、前方より敵軍っ! た、大軍ですっ。このままでは挟撃されます!」

草原地帯が故に、馬蹄によって巻き上げられる砂塵は少ない。

そのため、自身も西日によって前方より接近する大軍に気付けなかった。

「くっ、俺は見誤ったか……、このままでは……」

挟撃を避けて左右に転進すれば、今度は後ろから追ってくる敵軍に対する優位性を失う。

反転して追撃軍を攻撃に移れば、背後を新たな敵に襲われる。

第一、一騎二騎なら別として、五千騎もの軍が追撃されている中で反転攻撃など、そうそう簡単にできる訳がない。

「やむを得ん……、全軍に密集隊形を取らせ西側の敵中央を突破する! 一騎でも多く先に抜けよ」

その言葉と同時に、配下の者たちが一斉に第三皇子の行く手を遮るように集結し始めた。

まるで自分たちが命を賭して突貫し、敵軍に風穴を開けんとばかりに……。

「お前たちっ! 何を勝手に……」

そう叫んだ時だった。

前方の敵軍からは、何故か聞こえないはずの帝国軍が使用する銅鑼の音が響き渡った。

そして、突撃態勢を取った彼らの前で突然人馬の列が開くと、軍勢は左右に分かれた。

「ど……、どういうことだ? この軍は一体?」

第三皇子は疑念にかられたまま、開けられた間隙を走り抜けた。

第三皇子が敵軍と勘違いしたのは、敵襲を告げる狼煙を見て急ぎ駆け付けたタクヒール率いる魔境騎士団と、同道する帝国軍の騎馬隊であった。

「ふぅっ、危なかった。助けようとする味方に突撃された日には、俺たちもたまったもんじゃないからね」

「ですね。帝国軍が馬上で使える銅鑼を持って来てくれて助かりました。

シャノン殿もきっちり仕事をこなしてくれたようですし」

「だね、ではこちらも、しっかり仕事をこなすとしようか。団長! 後は任せる」

「了解しました。これより各騎は馬を止め迎撃態勢に移行!

一斉射撃準備の鐘を鳴らせっ!」

その言葉とともに先ほどの銅鑼と等しく、早打ちされる鐘の音が大きく周囲に響き渡り、迫る追撃軍に向けて騎馬隊は停止して迎撃態勢に移り、エストールボウを構え始めた。

そして迫り来るスーラ公国軍の騎馬隊の眼前で、鐘の音が三打に代わった。

「なんだ?訝しいぞ?」

「くっ、これでは前がよく見えん。我らも停止し……」

「奴らは停止し、待ち受けっ……」

追撃する兵たちの間でそんな会話が交わされていたなか、猛烈な勢いで放たれた一万本もの矢は、風を切って迫るスーラ公国軍に襲い掛かった。

「てっ、敵の……」

「ぐわっ」

「ああっ!」

前列にいた騎兵たちは一斉に矢を浴びて倒れこみ、後続が次々と巻き込まれていった。

しかも、襲い来る矢のうち百本は特火兵団の放つ長槍であり、それを浴びた人馬はもんどり打って倒れこんでいった。

「てっ、敵だ、と?」

「待ち伏せだぁっ!」

「こ、こ、後退ぃっ!」

そうは言っても追撃戦で誰もが前のめりに突出し、簡単に停止することすら叶わない。

まして、西側の視界は陽の光に遮られて、何が起こっているかも分からない状況だった。

それに加えて、これまでは狩る側と思っていた自分たちが、いつの間にか一方的に狩られる側となっているのだから。

スーラ公国の騎馬隊は、驚愕のあまり総崩れとなって逃げ始めた。

「全軍、奴らを撃滅する、突撃っ!」

そんな彼らに追い打ちをかけるべくヴァイスの号令が響き渡った。

ジークハルトが派遣した二千騎も勇躍してそれに続いた。

やっとそれが友軍と理解できた第三皇子は、ただ茫然としてそれを眺めていたという。

かくして、スーラ公国が復讐戦で派遣した騎馬隊一万は、半数以上を討ち取られ、更に多くの負傷者を出して散り散りとなり、南へと壊走した。

この戦いの結果、御旗はやっと、その旗を信奉する者たちの下に戻った。

盟友と呼ばれた者たちの介添えによって。

だが、新たな課題も生まれていた。

ビックブリッジ砦には、既に反転した四万ものスーラ公国軍が到着し、一分の隙もないように周囲を取り囲んでいたのだから……。