軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百九十二話(カイル歴515年:22歳)南部戦線⑧ 深夜の訪問客

戦場の状況を確認した後、俺たちは一旦大きく北側へ迂回しながらビックブリッジ砦とエンデを結ぶ街道に出たところで転進し、今度は軍を南へと進めた。

このとき俺は、アクセラータが用意していた第一皇子軍(親衛軍)を示す軍旗を掲げ、街道に出るとそこからは堂々と進軍した。

実際に派遣軍の中には、アイゼン、フェロー、フェルム、ヤウルンなどの指揮官クラスを始め、元は第一皇子親衛軍の鉄騎兵として従軍していた者たちも多い。

今回、俺は遠征軍を組織する際、彼らに対しても筋を通していた。

出征が決まったのち、元帝国兵だった指揮官クラスを招集し、自身の言葉で彼らに話しかけた。

「今回の遠征軍は志願制とする。なので遠慮なく辞退してもらって構わない。戦う相手は敵国軍だけでなく、お前たちの旧主でありかつて共に轡を並べ戦った者たちも含まれる可能性がある。

辞退してもそれ以外の戦場で活躍できる機会はあるし、それによって俺は何ら含むことはない」

俺は彼らにそう告げて、できる限り状況を説明した上で彼らの負担にならないよう配慮した。

だが、彼らの反応は全く違った。

というより……、彼らは色んな意味で激怒していた。

「情けないことを仰いますな! 我らは命を救われ返しきれない多大な恩を受けた身ですぞ。

我ら騎士にとって『義』こそ何物にも代えがたいもの、まして今の我らにとっての祖国は魔境公国です!」

「正直言って我らもかつての故国、かつての同胞に対する思いはございます。ですが!

それは帝国に住まう者として、国を守るため剣を手に取った者としての思いです。

かつて愛した故国を損なう者たちへは、断固として剣を振るいたく思います!」

「かつての我らにとって主とは、帝国そのものです! グロリアス殿下は皇位継承者として、帝国を体現する方だからこそお仕えしていたまで。

帝国を売り渡すなど言語道断! 許せません!」

「帝国を守ろうとしているのは誰であるか、帝国を守るため手を差し伸べてくださるのは誰であるか。

それは我らにとって明白な事実です。かつての祖国を救っていただくことに感謝こそすれ、我らは誇りある魔境騎士団の一員として働きとうございます。どうかお連れください!」

そう言って全員が猛烈に怒って遠征軍に志願して来た。

彼らは自己の権力を追い求め帝国を売り飛ばそうとする第一皇子に対し激怒し、帝国に住まう民たちを救おうとする魔境公国の方針には、涙を流して感謝していた。

彼らにとってかつての故国、それに対する思いはもちろんある。だが今や、帝国=第一皇子ではない。かつての主君は謀反人という立場であり、それを誅するのに 躊躇(ためら) いはない様子だった。

もちろん、今の祖国は魔境公国であり、それを守ることが大事という思いも見て取れた。

そんな経緯で、元帝国兵たちは誰の欠員がでることもなく、彼ら以外にも全員が猛烈な勢いで志願してきた。

このような事情もあり、元親衛軍だった者たちを前面に出した軍の偽装は、言ってみれば完璧に近いものだった。

街道を堂々と南に進軍する俺たちを、おそらく敵軍は発見するだろうと考えていた。

ビックブリッジに近づけば、自ずと包囲軍の哨戒網に掛かることは予想されたからだ。

だが彼らはきっと、第一皇子が彼らにとっての援軍を率いて参戦してきたとでも考えるだろう。

第一に、俺たちは絶対にここには居るはずのない軍だ。

第二に、敢えて俺たちは堂々と、そして威容を誇るようにゆっくりと進軍していたからだ。

更に元帝国兵だった者たちには、帝国を讃える歌を歌わせながら進軍していた。

これがあの時思いついた作戦だが、実は元になった故事があった。

それは幕末の戊辰戦争時に面白いエピソードを残した若き会津藩家老、山川大蔵の逸話であった。

彼は新政府軍に完全包囲された会津若松城に入城する際、会津の伝統芸能である彼岸獅子を舞わせながら笛や太鼓の行列を作って堂々と行進したという。

『どこの軍勢(味方)だ?』と呆気に取られていた敵軍の前を通過し、一発の砲弾を受けることなく、一兵も損なわずに堂々と入城を果たしたという逸話を持つ。

人はみな、常識外の行動には混乱する。

その結果、自分の知っている範囲の情報で勝手に判断するものだ。

夕闇が迫ったころ、俺たちは砦から約5キルの地点まで進むと進軍を停止し、あくまでも逃げてくる敵兵(第三皇子軍)を待ち構えるように陣を張った。

その際に殊更、傍から見れば呑気に休息を取っている体を装い、兵たちを交代で休ませた。

もちろん周囲には警戒網を敷き、万が一の即応体制だけは整えてはいたが……。

夜に入り、ビックブリッジ砦を囲むターンコート王国軍の首脳部は混乱していた。

哨戒に出していた兵から、第一皇子率いる帝国軍がエンデを出て此方に向かっていると報告があったからだ。

「奴は一体どういうつもりだ! 今更のこのこと戦場に出て来おって」

「我らがここを囲んではや二十日。あらかた待ち切れずに出て来たのであろう?」

「だが当初の約定ではここは我らの領分、奴らが口出しできる道理がなかろう!

それに我らは、あの蛮族共(スーラ公国軍)と違い戦果と言えるものを何一つ挙げておらんのだぞ」

「そうだな。帝国の陣地には明日にでも詰問の使者を出すとしよう。

約定通り黙って待っておるように、とでも言ってやる必要があるだろうな」

首脳部でそんな遣り取りが交わされたあと、彼らは不快な思いのまま眠りに就いた。

彼らとて帝国の内情はよく心得ていた。

だからこそ、本来ならあり得ないタイミングであり得ない場所に現れた軍に対し、思い込みがあったといえる。

そして深夜……。

暗闇のなか騎馬に 枚(ばい) を含ませた軍が、密かに東側に布陣したターンコート王国軍の後方に忍び寄っていた。

彼らの進路に配された物見は、先行して|闇を纏って忍び寄った 者(ラファール) たちにより、密かに沈黙させられていた。

彼らは盛大に焚かれた篝火が照らす外縁まで忍び寄ると、騎乗する前に一斉に矢を放ってきた。

風魔法士によって加速された一万本もの矢が、ビックブリッジ砦の東側に布陣していた軍勢に襲い掛かる。

「てっ、敵襲! スーラ公国軍が襲って来たぞっ!」

「裏切りだぁっ、奴らは戦果を独り占めにする気だ」

「西から襲って来るぞ! 南だっ、南に逃げろっ!」

大混乱に陥った兵たちが上がる叫び声の中に、殊更正確に状況を伝える声が各所に沸き起こった。

もっとも、冷静に聞けばその声は襲って来る敵軍の方角から聞こえていたのだが、逃げ惑う兵たちにはそれを確認する余裕はなかった。

深夜の奇襲で慌てて逃げ出す者の中には、武具を打ち捨てて逃げる者までいたぐらいに混乱し、まさにそこは混乱のるつぼと化し酷い有様であった。

「見事に混乱しているな。全騎、これより突入する! 団長、前衛は任せる!」

「お任せくだされ! 突入っ!」

このやり取りの後、 鋒矢陣の先端を率いたヴァイスは突入を開始した。

屈強の精鋭たちに周りを固められた、漆黒の髪をたなびかせる女性の騎士と共に。

「うがっ!」

「あべっ!」

「ぐがっ!」

彼らの突き進む先、剣を持ち迎撃に出てきた一部の兵たちも、言葉にならない悲鳴を発しながら無様に大地にへばりついた。

その後も、彼らが前に進むたび、まるで何かを詫びるかのように、何かの重さに耐えきれず膝をつき、両手を大地について倒れ込む兵士たちが続出した。

逃げ惑う兵たちを切り裂きながら、鋒矢を形どった軍列はヴァイスの指示で敵陣を突き破った。

彼らの進む進路は、深夜というのに何故か明るく照らし出され、行く手を阻もうとする者たちは眩い光によって視界を奪われ、なす術なく立ち尽くして戦死者の列に加わっていった。

この日戦場では、掃討戦に移った際に暗闇のなかで「ヤマ」、「カワ」の相言葉が各所で交わされ、意味を知らぬ敵兵たちは次々と討たれていった。

なおこれは、タクヒールが赤穂浪士討ち入りの逸話を流用したというより、進軍に当たって故事を真似た山川大蔵に敬意を表し、合言葉として定めたものと言われている。

ビックブリッジの東側に配置された者たちの混乱は次々と軍全体に波及し、南側に布陣する者たちにも波及していった。

「どういうこどだっ! 一体何が起こっておる!」

「東からの報告はまだかっ!」

混乱が拡大する中、南の本陣に集まった首脳部の疑問に答えられる者はいなかった。

ただ、このままでは南に布陣する軍にまで混乱が及び、最悪の場合は全軍崩壊に至ることが危惧されていた。

そんな中、絶叫とともに兵士の一人が陣幕に転がり込んできた。

「申し上げますっ! スーラ公国軍が裏切りましたぁっ!

東側に布陣していたキルゲ将軍以下、首脳部は全滅ですっ。敵軍は更に戦線を拡大中で、我が軍は持ち堪えられませんっ!」

「なっ、なんと! キルゲまでもが……」

「そんな……」

「あの蛮族共め、戦果を独り占めにする気か!」

「閣下! 直ちに迎撃の用意を!」

混乱し呆然となった将軍たちを見兼ね、配下の者が声を上げた。

「馬鹿者っ! 潰走してくる味方に向かって陣を構えても、ただ巻き込まれて混乱するだけだっ!

おのれ蛮族ども……、一矢報いずにおられるものか!」

一人の将軍が怒りに煮えたぎった視線を西に向けると、更にもう一人の将軍が続いた。

「直ちに全軍に指示を出せ! 我らは敵砦の外縁を迂回しつつ西側に進軍!

東を攻撃している敵の更に後方に回り込み、卑怯者どもの後背を討て!」

「東に伝令を走らせろ! なんとか戦線を維持し我らが挟撃するまで持ちこたえよ、とな」

彼らの命は直ちに実行された。

南側に配されていたターンコート王国軍一万五千名は、突如として隣の西側に陣を構えた五千名のスーラ公国軍に襲い掛かった。

そして……、友軍同士の壮絶な同士討ちが始まり、血塗られた凄惨な夜は更けていった。