軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百八十七話(カイル歴515年:22歳)北部戦線㉔ 轟雷と業火

ダレクたちは南側から大きく戦場を東方向に迂回し、軍列を再編して北側より突入を開始していた。

だが彼らの突入も、大きく戦局を変えるには至っていなかった。

リュート王国の第一王子が自ら北正面の陣頭に立ち、防御陣を固めて不退転の覚悟で防戦に努めていたからだ。

「ちっ、流石に固い。勇将の下に弱兵なし……、か。何としても強固な外縁を削り中に入れ!」

ダレク自身、最前線で血刀を振るい騎兵たちを鼓舞し続けたが、分厚い防御陣に阻まれて思うように敵陣を切り崩すことができなかった。

シュルツ軍団長はダレクの側面に展開し、紡錘の切っ先にクロスボウの矢を集中させ、傷口を広げさせるべく動いたが、敵側も小まめに陣列を入れ替えるなどして、綻びを見せることはなかった。

その様子を見て、慌ただしく動いていた者たちがいた。

「友軍が敵を押し留めてくれている間に、バリスタの射角及び射線の変更を急げよっ!

ここが踏ん張り所ぞ!」

ゴルパ将軍は兵たちを叱咤した。

まもなくすれば、その転換も完了する。

そうすれば合図を放ち、友軍は一斉に左右に分かれて後退すれば計略発動の準備が整う。

「ははは、ゴルパ将軍の采配は見事だな。愚か者により多少の手違いはあったが、それを含めてここまで全て彼の読み通りに進んでおるわ」

ダレクの猛攻を陣頭で指揮を執り支えながら、リュート王国の第一王子は豪快に笑うと、昨夜の会話を思い出していた。

「殿下は明日の展開、どうお考えですかな?」

「ふむ……、敵は決して愚かではない。故に同じ愚は侵さないだろう。次は戦場を迂回し南から来るのではないか?」

「ご明察の通りです。故に我らも、夜のうちに千基程度のバリスタを密かに南に対応できるよう再配置し、そのうち半数の射線は南に、半数は北に向けるよう、転換を進めております」

「なるほど、先の戦いで痛打を受けた敵は、今度はバリスタの 配置されていない(・・・・・・・・・) 南側から来る分けだ。

我らはそれを見越して、北側に兵を並べて陣を構えればよいのだな?」

「はい、おそらく敵も愚かではありません。南から攻め寄せて来る際も警戒しつつ来るでしょう。

そこにバリスタから攻撃を受ければ、やはりそうだと得心して今度は軍を迂回させ、ここが勝負所と我らの北側より猛攻撃を加えて来るでしょう」

「では俺は、北側で猛攻撃をしばらく支えれば良いのだな?」

「はい、銅鑼の合図で一斉に南へ引けるよう、兵たちには事前に言い含めたうえで。

殿下が防戦されている間に、我らは残り半数のバリスタの射線を北に向けます。転換が困難な半数は、最初から北に射線を定めておりますので」

「ははは、敢えて最初は半数を犠牲にして囮の矢を放ち、後の罠に託す訳か。

本来なら我らの陣の南に配備され、南側を向いている筈のバリスタ群が、実は北から攻め寄せる敵を狙っている。そういうことだな?」

「はい、殿下には最も難しい後退の指揮をお願いしたく……」

「それは大役を与えられたな。

我らは敵に突発されて中央は引きちぎられ、両翼は一斉に南側へと後退させる。そうすれば北より攻め寄せる敵は、一千基ものバリスタの一斉射撃の餌食となる……、其方は中々恐ろしいな」

「この作戦の要点は三つです。

ひとつ、敵を北から南に向け全力攻撃させること。

ひとつ、射線変更の間、その猛攻を支えること。

ひとつ、速やかな後退で射線を確保することです」

「ふむ……、ますます北側の防衛に当たるものの責任は大きいな……」

「殿下がいらっしゃらなければこの作戦は成り立ちませんでした。並大抵の方にはお任せできません故……」

「では将軍、敵を掃討した後はどうする?」

「一千基のバリスタによる攻撃で、敵軍はそれなりに大きな損害を受け、追撃どころではなくなるでしょう。

突撃で密集体形をとっていれば尚更です。

その隙に乗じて、我らは南へと後退します。これで如何でしょうか?」

淡々と作戦案を述べるゴルパに対し、第一王子は感心したように笑った。

「流石だな。これを期に我らは、最も防衛に有利で補給も受けやすく継戦可能な、国境にある帝国伯爵領まで引く訳だな?

そして我らが周辺地域を固める間、 狂信者共(イストリア) が敵軍を引き付けてくれる……。そういうことか?」

「はい、元はと言えば今回の侵攻作戦は彼らが言い出したこと。

私としては、それなりの責任は持っていただかねばならんと思ってあります」

「そうだな……。だが作戦が成功したとして後日、帝国側への言い訳はどうするのだ?」

「この後に行われる一連の作戦行動により、帝国のハーリー公爵や後ろに居る第一皇子には面目が立ちましょう。

仮に彼らの陣営が勝利したとしても、戦後交渉において我らは三つのものが必要だと考えております」

「ふむ……、二つは分かるが」

「大前提として帝国が我らに期待する役割は、既に果たしておりまする。

ひとつ、我らが彼らの求めに応じ参戦すること。

ふたつ、魔境公国や帝国北部辺境の軍を釘付けにすることです。

この二点に貢献したことは前提となりますので、申し上げた三つには含まれません」

「ふむ……、では将軍は何を以て?」

「帝国側の基本戦略は、我らを体の良い駒としてすり潰し、使い捨てることです。ゆえに……。

一つ、かつて彼らが大敗した相手に、局地戦でも勝利したという事実で我らの『威を見せる』こと。

二つ、我らが帝国領の一部を実効支配していることにより、我らに『利があると』思わせること。

三つ、威を見せた我らの軍が健在であることで、彼らに妥協もやむなしと『侮りを防ぐ』ことです」

「ははは、見事な見識だな。万が一俺が戴冠することでもあれば、ぜひ其方を友として国の重鎮に迎えたいものだな」

「勿論ありがたくお言葉を頂戴します。その際は私も喜んで自ら馳せ参じることでしょう」

戦いを前にして和やかに笑いあった二人だったが、そのような未来は決して二人には訪れないであろうことを、二人とも重々承知していた。

今の彼らにできることは、一人でも多くの兵たちを故国に帰すこと、それが精いっぱいであることを理解していたのだから……。

第一王子が自陣の後方を見据えると、間もなく配置転換が整う旨を告げる旗がたなびいていた。

片や眼前では敵が紡錘陣形を取りつつ密集し、突破すべく前線に更に圧力を加えつつあった。

「さて、それでは我らの意地と、兵たちの命を繋ぐため、鬼となり敵兵の命を背負うとするか。

合図があり次第、各部隊単位で一斉に後退するぞ」

実はゴルパが立てた戦術は危険な賭けに近いものでもあった。

第一王子が後退の指揮を誤れば、味方は突入した敵に喰らいつかれ、本当に食いちぎられてしまう。

ゴルパ将軍は発射するタイミングを誤れば、敵軍に並行追撃を許し有効打を打てなくなってしまう。

だがしかし……、勝負の行く末を示す運命の天秤は彼らに傾きつつあった。

射線変更が終わり一斉に旗が切り替わり、防御陣を突破される前に合図の銅鑼がかき鳴らされ始めた。

「待ちかねたぞ! これより後退、一斉に駈け出せっ! 遮二無二(しゃにむに) になって後方に駆け抜け……」

この第一王子の言葉は、戦場に響き渡った幾多の雷鳴の轟きによってかき消された。

続いて南側から飛来した数百の火球が鉄壁を期した防御陣の南側に業火の雨を降らせ始めた。

「な、なんだぁっ!」

「バリスタが設置された一帯が火の海ですっ」

「バリスタ陣地、誰も反応ありませんっ」

もたらされた余りにも予想外の報告に、ゴルパは茫然とするしかなかった。

自分たちの注意が北へと向いていた瞬間、千騎ほどの集団がいつの間にか後方300メル程度まで接近し、一斉に魔法による遠距離攻撃を放って来たからだ。

「なっ、なんと……」

指揮所で双方の連絡を図っていたゴルパの眼前は、火の海と化して凄惨な光景が広がり、兵たちは大混乱になっていた。

この突然ともいえる攻撃に驚愕していたのは、実はゴルパ将軍や第一王子の陣営だけではなかった。

激しく攻め寄せていたダレクや率いられた王都騎士団の諸将も同様だった。

「一体何が起きている……、誰があの攻撃を……」

猛攻を繰り返していた彼らも、いつしか攻撃の手を緩め呆然となった。

だが一人、ダレクに猛然と騎馬を寄せて進言した者がいた。

「ダレク殿、総攻撃の継続を! 信じられないことですがあの攻撃は友軍、公国軍です!」

シュルツ軍団長は、この激戦に参加した将のなかで唯一、フェアラート公国が誇る魔法兵団の遠距離攻撃魔法を、かつてその身で以て経験していた。

その攻撃が正確に敵陣の後方を狙い、矢継ぎ早に繰り出されるのを見て、それが友軍だと看破した。

『公国軍? あいつ(タクヒール) が戻って来たのか?』

ダレクはそう呟くと気を取り直し、再び馬上で大きく剣を掲げた。

実はそれが大きな勘違いであるのだが……、この際には些細な問題でしかなかった。

「勝機! 全軍、中央を突破し敵軍を食い破れっ!」

カイル王国で最強との呼び声も高い王都騎士団の10,000騎は、一斉に突撃を始め前衛を食い破ると、敢えてバリスタの射線として空けられていた中央を走り抜け、二か国の陣列を分断した。

そしてシュルツは王都騎士団の第三軍を率いて陣列を離れると、左側に回り込みリュート王国軍を包囲すべく陣を敷いた。

同時にドレメンツ率いる帝国軍も勝機を悟り動き始め、ヴィレ王国軍の右側から攻勢を掛け、包囲を固め始めた。

たった少しの時間で戦況は一変した。

二人の将は味方を糾合すると、分断された其々の集団の指揮に当たっていた。

「「撃ち減らされるな! 円陣を敷いて反攻に出る機を窺えっ!」」

二人の将はそれぞれ、配下を叱咤するため同じ命令を出していた。

彼らの後方、南側は既に火の海で退路は塞がれており、陣地の中央はダレク率いる軍勢に分断され、左右からも攻撃を受けているなか、防御を固め撃ち減らされないよう努めるしか選択肢はなかった。

それが虚しい選択であることを知りつつも……。

円陣に固まりどれだけ防備を固めても、先ほどのような遠距離魔法の攻撃を受ければ為す術がない。

むしろ固まっている分、よいように蹂躙されて全滅するのは目に見えていた。

その時だった。

戦場に不思議なほど大きな鐘の音が響き渡ると、敵軍は攻勢を止めて戦場に静寂が訪れた。

「ヴィレ王国軍、リュート王国軍に告げる。

戦いの趨勢はもはや明らかとなった。我らには君たちを完全に殲滅できる手段はあるが、戦局が決した今、これ以上の無用の殺戮は避けるべきである」

静かに語られる声は、どこから響いているかは分からないが、何故か戦場全体に響き渡っている。

「私はウエストライツ魔境公国の公王陛下より、今次防衛戦の指揮を預かるソリス・フォン・アレクシスだ。降伏にあたり兵士たちの命と名誉を損なわないこと、勇戦した諸君らを然るべき礼遇を以て迎えることを約束する。

直ちに武器を捨て降伏されたし。重ねて言う、これより先は一方的な殺戮となる。

無用の争いを避け直ちに降伏されたし」

この言葉に、ゴルパ将軍は思い出した。

ウエストライツ魔境公国は独立する前から降兵に寛容で、かつて敵国だった兵士たちの多くが、捕虜となったあと故国を捨て家族と共に移住しているという噂を。

この世界では非常識と言える常識が、かの国には存在しているらしいという話を。

「やれやれ……、『一将功成りて万骨枯る』と言われては不本意極まりないな。

儂のしわがれ首ひとつで、万を超える兵たちの命が救えるものなら安いものじゃろう……」

この呟きののち、彼は麾下の兵に指示を出し抵抗を止めさせた。

ゴルパと同じような思いをリュート王国第一王子も抱いていた。

だが……、彼の立場はゴルパより遥かに重いものだった。

「殿下! 我らが盾となり突進し退路を開きます! 全軍で動けば殿下の後退も叶いましょう。

我らは帝国より期待された働きを十分に果たしました。この先はどうか落ち延びて 捲土重来(けんどちょうらい) を!」

自身を信じて付き従ってくれた配下の者たちが跪き、彼に落ち延びるよう懇願を始めていた。

いや、既に突撃を号令し始める者までいる有様だった。

「待てっ! 我らに降伏を勧告している敵軍に対し突撃するとはどういうことだっ!

俺を恥知らずと言わせたいのか!」

そう言って行動を制すると、穏やかな表情で続けた。

「俺は王族に生まれた。故に王族としてのケジメを付けねばならん。

幸い我が国において俺は不要なはみだし者、そんな者にお前たちが命を費やす必要はない。

この出征が決まった時より既に覚悟はできていた」

「ならば我らは最後まで殿下にお供する所存ですっ!」

そう言って足元に縋る兵たちの手を、第一王子は優しく取り払った。

「俺にとって一番に大事なのは、こんな俺に対しここまで付き従ってくれたお前たちの命だ。

もし故国に含むことがある者がいれば、新たに魔境公国の民となり生きる道を探すがいい。

あの国には、かつて敵として戦った者たちでも、移住して新たな祖国とした兵も多いと聞いている」

「ですがっ……、我らは殿下にこそっ」

「俺には未来はない。このまま国に帰ったとしても敗戦の責を問われ良くて廃嫡、悪くすれば死罪だ。

だがお前たちには未来を選ぶことができる。『マツヤマ』の噂は聞いたことがあるだろう」

そう諭された彼らは皆、第一王子の周りで悔しさに涙を流し、地を叩いて泣いていた。

彼らにはまだ一万五千を超える戦力が残されていた。

そのため第一王子とゴルパ将軍が協力し、総力を挙げて決死の突貫を行えば、包囲陣を食い破り退却する道を選ぶこともできた。

だが彼らはその選択肢を敢えて無視していた。

その選択肢を選んだ場合、突破と逃走の過程で確実に一万以上の兵が命を落とすことになるだろう。

これまで彼らが死戦した目的が、一人でも多くの兵を故国に返すことであった以上、それでは本末転倒の話となってしまうからだ。

なにより彼らにとって兵たちの命とは単なる数でなく、かけがえのないものであるとの認識があった。

ここで降伏すれば多くの兵たちの命が救われ、この戦いで負傷し今まさに命の灯が消えかかっている兵たちも救われる可能性がある。

『情けは人のためならず』

これまでタクヒールらがこの世界では非常識とまで言われた甘い施策、つい先ほどまで戦っていた敵兵すら治療し、マツヤマ方式という新しい捕虜優遇施策を打ち出し、かつての敵兵たちを積極的に国民として受け入れていたことが、彼らの意思決定に大きな影響を及ぼしていたことは言うまでもない。

二人の将はともに同じ決断を行い、降伏を告げるため旗を降ろした。

アレクシスの発した降伏勧告が受け入れられた結果、この方面での戦闘は停止した。

先に全滅したカイン王国軍に続き、ヴィレ王国軍とリュート王国軍は全面降伏し、防衛軍は凱歌を上げることとなった。

改変された歴史の中、タクヒールが労を厭わず助力し、友誼を深めることで彼を友と呼んだひとりの国王の参戦により、魔境公国側は甚大な損害を受ける寸前で救われ、最大の危機を逃れることができた。