軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百八十話(カイル歴515年:22歳)北部戦線⑰ 戦線崩壊の兆し

ゴーマン侯爵やソリス侯爵らが苦戦しているなか、最も東側で戦う者たちもまた、同じ境遇に陥っていた。

彼らに倍する二万もの兵力を抱えた、イストリア正統教国の軍勢もまた、時を合わせて動き始めていたからだ。

『神の使途(使徒)』に紛れて、クサナギに派遣した潜入部隊が後方を攪乱している頃合いと考えたアゼルは、これを機に一気に攻勢に出た。

最も右側に布陣していた彼らは、国境を隔つ山脈の裾野に沿って進み、王都騎士団第三軍より選抜された五千騎の部隊の前面まで進み出ていた。

「これより采配は将軍にお任せする。奴らは全て騎兵、本来であればその利をいかし我らの半数でも、勝機は十分にあると思っているだろうな」

そう言ってアゼルは、カストロより預けられた将軍に向かい不敵に笑った。

「そうですな、枢機卿の仰る通り本来であれば……。枢機卿はかつての国境戦にも従軍されていたと伺っております。この地は無念に散った同胞たちの恨みを晴らす場となりましょう」

将軍が言ったかつての戦いとは、タクヒールが自らの潔白を示すため従軍し、皇王国が誇る必殺の陣形を完膚なきまでに打ち破った戦いを指していた。

そして山あいのこの地は、一方を山脈の裾野に阻まれ、一方は起伏に富んだ地形であり自由に騎兵が展開できない場所であり、得意の戦術を展開できる地の利があった。

これに先立ち、遠征軍を編成するに当たりアゼルは、敢えて寄せ集めの部隊を引き受けていた。

なけなしのロングボウ兵二千名を麾下に収めるかわりに……。

「歩兵たちにはご指示通り、一人一本の丸太を用意させているな?」

「はい、我らの必殺の陣形が、何も待つばかりでないことを敵軍にも教えてやります」

「ではこれより作戦を開始する!」

アゼルの命の下、臨時で招集された六千名の歩兵たちが手に丸太を持ち動き出した。

彼らの前方には二千名の正規軍、後方には二千名のロングボウ兵たちが続いた。

ある程度進むとまず千名が丸太を支え、残った五千名がそれを逆茂木として鋭利な切っ先を敵軍に向けるよう大地に設置していった。

その間二千名の正規軍が彼らの前面に展開し、敵の襲撃に備えていた。

少し進むとまた千名が丸太を支え、残る五千名で逆茂木を設置した。

この時点で対峙していたカイル王国の騎兵も敵軍動くの報を受け、対峙するように動き出していたが、既に二千本の逆茂木が設置されており、騎馬による突撃を避けて様子を伺っていた。

その間にも彼らは距離を詰め、第三、第四の逆茂木を設置していった。

そして……

遂に600メルの距離にまで接近した兵たちは、三人で一本の丸太を抱えて一斉に駆け出した。

「いかん、奴らに陣地を構築させてはならん! 騎馬隊はこれより突撃し奴らに陣地を築かせるな!」

彼らの意図に気付いたシュルツ軍団長は、一気に攻勢に出ようと試みたが既に時を逸していた。

六千名もの設営部隊の左右には、一千名ずつ弓箭兵が展開して矢を放ち始め、設営部隊の後方からはロングボウ兵が遠距離制圧射撃を放ち始めたからだ。

『間に合わぬか?』

一瞬の躊躇の後、シュルツは前言を翻した。

「突撃中止! 敵の逆茂木から500メル後方に後退せよ! 直ちに、だ!」

彼はロングボウ兵によるダブリン戦術の恐ろしさを十分に理解していた。

東国境でも、 味方(タクヒール) が行ったブルグの森殲滅戦でも……

その結果、両軍は500メルの距離を置き、ギリギリの所で睨み合った。

更に時折ロングボウ兵の一隊が逆茂木を超えて進出し、挑発するかのように遠矢を放って来ていた。

このアゼルの策略により、最も機動力に富んだ打撃戦力が前線に釘付けとなっていた。

一方、正規軍で構成されたリュグナーの部隊もまた動き出していた。

リュグナー自身も敵軍が装備するクロスボウ(エストールボウ)の威力は重々承知しており、今回の遠征に当たっては、麾下の兵全てに大楯を装備させていた。

その重量と機動性の悪さから、これまでは糧食に代わり荷駄に積載せざるを得なかったが、幸いにも糧食は「神の使徒」たちが各所から奪い、彼らに届けてくれていたため、そうやって盾を輸送する余裕があった。

「では我らも進軍を開始する。悪魔の手先である敵軍は、我らの半数にも満たない。

皆に伝えよ! 盾をかざして肉薄し、数の力で蹂躙せよ!」

リュグナーの号令一下、一万の軍勢は大楯を掲げながらマルス司令官代理が率いる第三軍に襲い掛かった。

彼らは降り注ぐ矢を盾をかざして凌ぎつつ、徐々に距離を詰めていった。

エストールボウの弱点はその装填時間にある。

それを知り尽くしたリュグナーの指揮により、兵たちは徐々に距離を詰めると、歓声を上げながら一気に敵陣に突入を始めた。

乱戦になれば数の差がものをいう。

司令官の仇と士気上がる第三軍も、倍以上の兵力に押し包まれて徐々に旗色が悪くなりつつあった。

総司令官であるアレクシスは、第二軍と第三軍が展開する中間地点、その後方で戦況を伺っていた。

そして機を見て虎の子の打撃戦力である、特火兵団を出すつもりでいたが……。

彼の下には次々ともたらされてきている。

「最右翼のカーミーン子爵軍、敵の猛攻を受け潰走状態に陥りつつあります!」

「ドレメンツ軍も巻き込まれている模様! ヴィレ王国軍の別動隊から猛攻を受けております!」

「第一軍(ゴーマン侯爵軍)、カイン王国軍の突進を支えきれません。間もなく突破される模様っ!」

「第二軍(ソリス侯爵軍)、立て直した一万のリュート王国軍に包囲され猛攻を受けております!」

「第三軍(ゲイル麾下の部隊)、敵軍により完全に押され続けていますっ!」

「王都騎士団(シュルツ軍団長第三軍)、敵陣を前に身動き取れませんっ」

使者が告げる報告は絶叫に近く、既に全域で押されまくり、戦線崩壊すら一歩手前に見える状況であった。

その場にいた帷幕の者たち全員が、青い顔でアレクシスを見つめていた。

「ふう……、やられたね。全く酷い状況だ。全部……、僕の采配の悪さが原因なんだけどね……。

そろそろやり返さないとね」

そう言って落ち着いて溜息を吐いた。

ここで自身が浮足立っては、ますます兵たちは不安になる。そう考え、敢えて余裕のある素振りをした。

もっとも、この少し前に義父(ソリス侯爵)の戦死を告げる虚報がもたらされた際には、思わず立ちすくんで呆然としてしまっていたのだが……。

それも今は虚報と判明し、当のソリス侯爵も昏倒から目覚め、多少の負傷はあるものの陣頭指揮に復帰していると聞き、落ち着きを取り戻していた。

そして今……

彼は目を閉じて戦況を脳裏に描いた。

『状況から見れば最も危険な状態にあるのはカーミーン子爵軍、だが……、全軍が崩壊する要は違う。

要となるのは……』

そう思いを巡らした後、かっと目を開けると勢いよく立ち上がった。

「特火兵団に下命! 私と共にこれより出陣する!」

「総司令官自らが前線に……ですか?」

「今や全てが前線だ! それに私は風魔法士でもあるしな。本営としての連絡部隊はここに残す。

直ちに気球を飛ばしZ旗を揚げよ! 上から二番目だ、間違うなよ」

そういうや否や、アレクシスは部隊を率いて飛び出して行った。

本陣では大きく鐘が連打されると伴に、彼の背後には蒼穹にZ旗がたなびいていた。