軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百七十八話(カイル歴515年:22歳)北部戦線⑮ 将たる器

ユーカたちがクサナギで『もうひとつの戦場』で苦闘していたころ、前線にてゲイルの亡骸が後送されるのを見送った諸将もまた、感傷に浸る暇はなかった。

彼らは直ちに担当する前線に復帰すると、すぐさま迎撃態勢を整えた。

神の先兵を使った攻勢は全面攻勢の先駆けでしかないからだ。

『次は奴らが動く、ゲイル司令官を失った我らの無念、奴らに思い知らせてやるわ』

諸将は一兵卒に至るまで弔いの心に燃え、特にソリス侯爵率いる第二軍と、ゲイルが司令官であった第三軍の士気は異常と言えるまでに高まっていた。

そして……

彼らの思いに応えるかのように各戦線は動き出した。

右翼のイストリア正統教国軍二万のうち、一万が東側から迂回して半包囲する動きに出た。

中央ではリュート王国軍一万三千が前進し、ゴルパ将軍率いる部隊の右翼を固めるような動きを見せ、

ヴィレ王国軍も八千名を前線に出し、左翼を固めて攻勢に移る様子を見せた。

この時、最も東側で陣を張りイストリア正統教国軍に対峙していたのは、王都騎士団第三軍から五千騎を率いて参戦していた、シュルツ軍団長であった。

「シュルツ軍団長! 敵軍が動き出しました! 我らに倍する数の利をいかし、このままでは敵軍に半包囲されます」

「ふむ……、 第三軍司令官代理(マルスどの) に伝令を!

我らは未だ敵軍の半数、今は守りに徹し眼前の二万を遊兵とさせることこそを目的とされたし、とな」

シュルツの懸念は、この方面の兵力不足だった。

自身の率いる騎士団は五千、横に展開しているマルス率いる第三軍は千名を民たちの護衛(監視)としてクサナギに出しており、実働部隊は三千強でしかない。

合わせて八千名程度の数で、二万もの敵軍に対峙しているため、万が一にでも突破を許すと防衛線を寸断され全軍崩壊に繋がってしまうことだった。

そのためシュルツ自身も自制し、望まぬ形で敵軍を待ち受けるしかなかった。

「くれぐれも……、ゲイル殿を悼むあまり、短慮に走らぬように……、とな」

そのため敢えて、彼らに戒めを促す言葉を伝えるのを忘れなかった。

同じころ、第一軍及び第二軍の陣地でも、俄かに騒がしくなっていた。

敵軍の正面に対峙し、彼らの攻勢を受け止める位置には、ゴーマン侯爵率いる第一軍とソリス侯爵率いる第二軍が対峙し、両雄は友軍との中間に指揮所を設けていた。

「敵軍が動き出しました! リュート、ヴィレ軍のそれぞれが、左右より我らと帝国軍の間に割り込んで来る模様ですっ!」

「デアルか……、敵軍の意図は明白なれど、 ソリス卿(ダレンどの) はどう動かれる?」

報告を受けたゴーマン侯爵は僚友に言葉を掛けた。

共に侯爵という立場であり、今回は両者とも一軍を率いる司令官として任命されている立場だ。

誰が戦いの主導権を握るかは、微妙な立場にある。

問いかけられたダレンもそれは重々承知しているが、それ以上に僚友が気を遣っていることに驚きを隠せなかった。

「私もゴーマン卿と同意見だ。奴らは我らが攻勢に釣られて動くよう、誘っているに過ぎないだろう。

打って出るのは愚策というもの。我らの兵を敵のバリスタの餌食にはさせたくない。

譲っていただけるのであれば、我らは左から戦場を迂回し、リュート軍の側面を衝きたいと思うが……」

ダレン率いる兵たちは、ゲイルの敵を討つと士気は高い。

それを配慮したゴーマン侯爵の質問であり、かつては不遜で傲慢、味方からも扱いにくい人物として称された彼の変化、将としての器の変化を認めざるを得なかった。

「では卿は思うが儘に戦場を駆けられるがよかろう。我らは正面で敵を受け止め、決して後ろにはいかせん」

「感謝する。我らも深入りすることは慎みつつ、敵の攻勢に反撃を試みる。守りはお任せする。

問題は……、敵左翼に対峙する、我らの右翼軍だが……」

「デアルな……、そこは我らも支援せざるを得ないだろう」

ゴーマン侯爵は、若干不機嫌な顔で右手に展開する帝国軍を見た。

歴戦の彼らには分かっていた。自軍の抱える小さな懸念……、それが戦場でどう影響するかを。

一抹の不安は抱えつつ、それすらこの先の対応に織り込みながら、彼らは迅速に動き始めた。

一方、敵左翼のヴィレ王国軍に対処する帝国軍、ドルメンツ司令官代理の胸中は複雑だった。

二人の侯爵が考えているのに等しく、彼らの軍には三つの課題があることを理解していたからだ。

「カーミーン閣下、失礼な話の前提で申し上げさせていただきますが、敵にとって我らは急所。

ですので我らは並々ならぬ覚悟で迎え撃たねばなりません」

「ドレメンツ司令官代理、余計な気遣いは無用だ。

まして今なお敵に侵略されているのは我ら帝国の民が住まう土地。そのために我らが立ったのだ。

遠慮なく采配を振るわれよ」

「はっ、ありがたく……。

では我らは正面で敵軍を受け止めます。閣下の率いる五千名は敵が回り込むのを牽制しつつ、反撃をお願いできますか?」

「心得た!」

短いやり取りの後、彼らもまた迎撃態勢を整えていった。

そして各軍はそれぞれ眼前の敵と臨戦態勢に入った。

第一軍にゴーマン侯爵は陣頭に進み出る剣を掲げ、大きな声を発した。

「敵が200メルに到達した時点で、第一軍はエストールボウによる迎撃を開始せよ!

決して引くな、そして敵が動いても追うな! 追撃はソリス侯爵軍に任せ我らは防御を固めよ!」

第二軍率いるソリス侯爵もまた、先頭に出て部下を叱咤した。

「良いか、奴らは必ず後退する。我らを死地に誘い込むためにな。

その機に乗じて突出して側面を衝けっ! ゲイルの無念を晴らすため、奴らを生かして帰すな!

但し! 引き際だけは見誤るなよ」

帝国軍もまた眼前の敵軍に対し動き始めた。

「敵を決して侮るな! ドゥルール閣下の名誉を汚すなよ。敵が100メルに接近した時点でクロスボウによる一斉攻撃! 侵略者を迎え討てっ」

「げっ、迎撃っ!」

既に一度手合わせした結果、敵の実力を知るドレメンツは慎重に、大軍同士の正面決戦を初めて経験するカーミーン子爵は若干上擦った声を上げた。

リュート(及びカイン)王国軍、及びヴィレ王国軍は、その前方に突出する形で配置に就いている、ゴルパ将軍率いるバリスタ部隊を左右から挟み込むように突進し、対峙する軍に襲い掛かり始めた。

そして彼らは、それぞれの敵陣に向かい突出し、クロスボウ(エストールボウ)による反撃を受けると算を乱して後退した。

その動きに対し、東側よりソリス侯爵軍が、西側よりカーミーン子爵軍が襲い掛かった。

侵攻して来た三か国の軍勢は、左右から圧迫されて中央へと追いやられつつも、致命的な痛手とはなっていなかった。

それもその筈、この後退自体が予め想定されていたものだったのだから。

「やはり……、軽いな。奴らが逃げ込む先、敵軍の前衛部隊(ゴルパ将軍)との距離に留意せよ。

500メル以内には決して近づくな!」

「決して深追いするな! 敵軍中心部から500メルの距離を保て! 勢いに流されるな!」

ソリス侯爵とカーミーン子爵が、それぞれの将から似たような命令を発したが、兵士たちの動きは明らかに違っていた。

カーミーン子爵は予め味方に重々言い含めていたことを、再び徹底するよう絶叫する必要性に迫られていた。

子爵直属の軍以外は逃げ惑う敵兵の背を我先に追い始めたからだ。

彼らは以前にあったローレライ北での戦いでも、奇襲によりヴィレ王国軍を圧倒し勝利を収めていた。そのため敵軍を侮っていたことも否めない。

この勝機に乗じて徹底的に侵略軍を撃つよう、追撃の手を緩めなかった。

ドレメンツが言い掛け、カーミーン子爵も理解していた三つの課題、そのひとつが改めて現実のものとなっていた。

一つ目の課題、それは兵器の差だった。

帝国との大戦が終結して二年、努めてタクヒールと友誼を結ぶよう心掛けていたドゥルール子爵と配下の兵たちは、全ての兵が技術供与を受けた最新式のクロスボウを所持していた。

一方、カーミーン子爵が率いた帝国貴族連合軍にはそのような兵器もなく、弓箭兵は旧来からの編成で兵士に占める割合も少なかった。

なので帝国軍への効果的な反撃手段を持たない子爵軍を、ドレメンツは正面の守備に配することができなかった。

そして、効果的な反撃ができないと感じた彼らは、無意識に突出し引きずり出された。

二つ目の課題、それは指揮官の器にあった。

カーミーン子爵の立場はあくまで北部辺境の各貴族を糾合した立場であり、盟主ではない。

彼らの中で最大の勢力ではあったが、三分の二近くの兵たちは、呼びかけに応じて立った貴族の率いる手勢であり、彼自身の部下ではなかった。

加えて参加した貴族たちの思惑も一枚岩ではなく、今回の戦いで戦功を挙げて栄達を夢見る者も多い。

兵たちも子爵に心酔している訳ではなく、公的に彼らを従わせる【冠】も無いため、率いる軍から将たる器として崇拝されてはいなかった。

三つ目……、それは後ほど明らかになる。

ゴルパ将軍は小高い丘の上に即席で組み立てた矢倉に上り、戦場を見渡していた。そして……

想定されていた反撃を受け、前線に設けた自身の陣地へと向かう友軍を見て大きなため息を吐いた。

「やれやれ……、あの様子だと東側の攻勢は尋常ではないな。カイン王国軍は演技ではなく、どうやら必死に逃げているようじゃ。まぁ敵軍も前進して来ないため、壊滅にまでは至っておらんようじゃが……。

リュート王国軍は、まぁまぁといったところじゃが、カイン王国軍との連携が取れておらんな」

そう言って今度は西側を見て満足気に頷いた。

「こちらは……、思惑通りといったところか。敵軍の迂闊さを笑うよりは、奴らの巧妙さを褒めるべきじゃろうな。予想が当たって幸いと言うべきじゃが」

西側でカーミーン子爵軍を誘引すべく軍を指揮していたのはヴィレ国王ではない。

国王自身は一千名の護衛と共に後方にあり、指揮を執っていたのは将軍自身が育て上げた部下たちであった。

彼らは巧妙に敵軍を誘い出し、勢いに流されると見せて後退していた。

「閣下……、そろそろ」

「そうじゃな……。

西側は有効射程の300メルにまで引き付けて発射、それに応じ反転して攻勢に出るよう指示を送れ。

東側は効果が出んでも構わんので最大仰角にて発射せよ! 最新鋭機の200基はそれなりに損害を与えてくれるじゃろうて」

実に1,300基ものバリスタを預けられていたゴルパ将軍は、味方の作戦行動に合わせて大胆な配置を行っていた。

最も難敵と思われた東側には、最新鋭200基とヴィレ王国が所有する改良型300基の計500基。

敵正面に配置されたのは、リュート王国所有の300基。

西側には、改良型200基とリュート王国所有の300基で合計500基。

東側に最も火力を集中し、敵と対峙していた正面は最も薄くしていたのだ。

「東側、各砲台の準備完了しました!」

「西側、敵軍が有効射程内に入りました。いけます!」

ほぼ同時にもたらされた報告対し、ゴルパ将軍は静かに掲げた手を振り下ろし、発射を告げる巨大な銅鑼が鳴り響いた。

将軍の陣の左右からは、合計千基のバリスタが一斉に放たれた。

これにより、戦場の流れは再び逆転することになる。