軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百六十四話(カイル歴515年:22歳)北部戦線③ 蹂躙された大地

作戦名『矢の伝騎』、これはかつて戦史好きであったニシダの記憶を元に、イスラム圏やヨーロッパなどを含む、ユーラシア大陸を席捲したモンゴル軍の作戦行動に習ってタクヒールが考案したものだ。

気の遠くなるような広大な地を制覇した彼らは、敵地に侵攻する際も時には寡兵になることを厭わず軍を分かち、分散進撃によって広大な領域を支配下に置いていた。

そして、敵軍が迎撃に出てきた場合は機を見て軍を再集結させ、常に戦いを有利に進め勝利していた。

その要となる情報連携として最も重要視されたのが『矢の伝騎』と呼ばれた特殊部隊だった。

広域通信手段のない時代に情報連携の任を受けた彼らが、時には1,000キロもの広大な戦域を行き来し、部隊間の連携を確固たるものにしていたからだった。

この戦法は複雑な地形が入り組み、魔境によって戦場が遮られるようなカイル王国の国境付近では運用に難があったが、ウエストライツ魔境公国の新領土や帝国側の領域には、緩やかな起伏があるだけで、広大な平原地帯が大部分を占めていた。

公国の新領土は敵軍から侵攻を受けた際、国境線が横に長く広がっているために、全てを守るのは不可能という課題があった。

それ故にイズモ地区を最終防衛ラインと定め、防衛ライン内への戦略的後退を基本方針としていたが、それでは領民たちを守れるとは言い難い。

それに対を成す防衛戦術として、部隊間の広域連携を図ることを全体に、タクヒールは規模を縮小したモンゴル軍の戦術を取り入れていた。

新たな迎撃戦術としてこれを考案したのち、ヴァイス団長によって修正された作戦行動を可能ならしめるため、彼らはこの二年間ずっと訓練に明け暮れていた。

彼らにとって矢の伝騎は、情報連携部隊を指す固有名詞ではなく、各個に出撃した軍が、寡兵と見せ掛けて敵を誘引し、駆けつけた友軍と挟撃して殲滅すること、そのために各部隊が有機的に連携する広域戦を指していた。

これは規模こそ違えど、ジークハルトが南部戦線にて当初企図していた各個撃破戦法に等しい。

これらには高度な情報連携が必須であり、指揮官の状況判断力と軍の統率力が欠かせない。

そのため、この作戦の運用には高度な柔軟性をもった優秀な指揮官が不可欠だが、今やタクヒールの元には綺羅星の如くそういった人材が揃っていた。

長年ヴァイス団長によって鍛え上げられた作戦指揮官だけでなく、辺境騎士団支部や魔境騎士団に出向して鍛え上げられた中級指揮官たちも多い。

だからこそ可能となった作戦行動と言っても過言ではない。

アレクシスの指示により、分散した各部隊は勇躍して第三皇子の委任統治領を進軍していった。

ドゥルール子爵軍を除いても、三つに別れた軍のうち二つの軍が合流すれば約一万となる。

ほぼ同数ともなれば、これまでも数多くの戦いを勝ち抜いてきた兵や指揮官らは、士気と練度で三カ国軍を遥かに上回っており戦いでは圧倒できる。

まして挟撃に成功すれば、戦いの趨勢は明らかだったし、うまく三軍が集結して敵に対し各個撃破が可能にならば、それこそ殲滅することも可能だろう。

それを企図し、必勝の覚悟で前線に赴いた彼らだったが……

そこで驚くべき事態に直面する。

「攻撃ができぬとは……、どういうことデアルカ?」

時間的気距離で半日ほど先まで進出して来た敵軍に対し、敵情偵察に出ていた部隊からの報告を受けたゴーマン侯爵は語気を荒げた。

諜報部隊の兵は恐縮しながらも報告を続けた。

「奴らは占領した地域で捕縛した領民に縄を掛け、進軍する軍の前面に盾として歩かせております。

その数……、五百名は下らないかと……」

「なんと! それがリュート王国の流儀デアルと……、戦場の習わしも知らぬ恥知らず共めっ!」

侯爵は彼らの無慈悲な行いに対し、怒りに震えていた。

彼らはイストリア正統教国の快進撃に倣い、まるで迎撃側を弱腰と嘲笑うかのように人質を取り、軍の前に展開させて進軍していた。

「百歩譲って考えれば、奴らにとって帝国は長年のに渡り侵略を受けて来た不倶戴天の敵国。

過去の歴史では帝国も一部の例外(ローランド王国等)を除き、侵略先の領民たちを奴隷として確保しておりました。それ故に彼らには何ら良心の呵責はないのでしょうな」

「デアルカ……、我らの故国は侵略とは無縁であったからな。

まして我らが公王は、先ほどまで 干戈(かんか) を交えた敵兵でさえ礼を以て遇される。

流儀が違うといえど腹立たしく、けしからん話デアルナ」

「この対応は如何されますか?」

「止むを得ん、挟撃を予定していたゲイル司令官、及び西側に展開するソリス侯爵に伝令を走らせよ!

『第三軍は当面の間は防御に徹し、リュート王国軍を防がれたし。我らはソリス侯爵軍と共にカイン王国軍を撃退し、然る後に反転、リュート王国軍の後背を襲う』とな」

「承知しました、では……」

「これより直ちに移動を開始する! 我らは反時計回りに迂回、リュート王国軍の西側を抜ける」

「はっ、直ちに手配いたします。ですが……、みすみすリュート王国軍の侵攻を許すことになりませんか?」

「時間との勝負デアル! 奴らは進軍も遅く途中での略奪に夢中になっておる。

その隙に敵中央を打ち破るまでだ。

念のため奴らの進路上にある村や町に対し、改めて伝令を走らせて退避を徹底させよ」

「はっ、承知いたしました」

だが……、ゴーマン侯爵より伝令を受けたソリス侯爵の軍でも同じような事態に直面していた。

リュート王国軍より少し遅れて北進していたカイン王国軍もまた、似たような対応を採っていたからだ。

「閣下、どうやら我らも状況は同じですっ!

カイン王国軍は、軍の先頭に荷馬車を並べ、その上に磔台を設置して領民たちを繋いでおります。

女子供すら容赦することなく……」

偵察に出ていた者は口元を歪め、嫌悪感を顕わにして報告を行った。

「恥を知らぬ卑劣漢どもめっ! 戦えぬ女子供まで磔にするとはどういうことだっ!」

ソリス侯爵もまた怒りに震え大地を蹴った。

そしていくばくかの試案のあと、改めて口を開いた。

「それにしても……、今奴らが侵攻しているのは既にアストレイ伯爵が治る委任統治領のはず。

敵側(第一皇子派)の領地ならいざ知らず、何故領民たちが残っていたのだ?」

「おそらく……、としか言えませんが考えられることは二つ。

奴らはアストレイ伯爵領の外縁に沿って進軍しておりましたが、同じ帝国領です。領境に線が引かれている訳でもありません」

「多少の手違いか作為的か、第一皇子派貴族の町や村を襲った可能性か……、それは大いにあり得るな」

「はっ、もう一つは事実であれば深刻な問題です。

味方陣営の各領地には、早々に避難勧告が出されておりました。

ですがそれから日時が経過し緊張が緩んだのか、農地の様子を見に戻った者たちもいたのではないでしょうか?」

「そうだな……、少なくとも十日以上が経過しているだろうからな。農民たちは気が気ではないのだろう」

「で、どう対処されますか?」

「恥知らずの卑劣漢どもには、犯した罪に相応しい罰を与えねばならんだろう。

領民たちは奴らの前面に展開されていることで間違いないのだな?」

「はっ! 確かに相違ありません」

「では騎兵から2,000騎を選抜し儂が直接指揮する。

傭兵団のキーラ団長代行には残りの部隊を指揮し、歩兵と共にこれより示す場所に先行して埋伏せよ。

この旨を第一軍や第三軍、本隊など各所に伝騎を走らせ、我らの作戦行動を伝えよ!」

ソリス侯爵に率いられた軍は、思い切った作戦行動を取るために動き始めた。

その頃、最左翼に展開していたドゥルール子爵軍だけは、全く違った状況の最中にいた。

彼の眼前に展開していた約一万のヴィレ王国軍は、少しだけ北進した地点で停止し、方陣を敷いて全方向への対処ができるよう布陣していたが、敵軍の存在を認めると即座に陣形を変更した。

「方陣から我らに対する偃月陣に変更したか……。

どうやらどの方角にも対処できるよう予め準備していたとみえるな。素人ではない、油断するなよ!」

幾たびもの戦陣を潜り抜けてきた勘が、ドゥルール子爵に警鐘を鳴らしていた。

この軍は他と違う、おそらく率いる指揮官は歴戦の将なのだろう。

敵軍の整然とした陣形転換と用心深さから、そう感じずにはいられなかった。

「一糸乱れぬ見事な陣形転換を行った彼らは……、各軍団からの報告にあったように民を盾にしている訳ではないのだな?」

「はっ、そのような様子は見受けられません!」

「なるほど、我らが最も難敵と 相見(あいまみ) えることになろうとは……、これは本懐である!

アレクシス殿からお借りした伝騎を走らせよ!」

ドゥルール子爵が率いる8,000の兵たちは並々ならぬ覚悟でもって、敵軍に対することを決めた。

最も西側を任された彼らには、敗退することも後退することも許されない。

何故なら、彼らの壁を失えば、第一軍から第三軍は半包囲され、圧倒的に不利になるからだ。

両軍の死命を担う彼らの戦いは、これより始まる。