軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百五十八話(カイル歴515年:22歳)帝国商人たちの矜持

グリフォニア帝国の北西部には広大な森林地帯が広がっており、そこにはかつて魔境と呼ばれた大地が、国境に伸びる山脈の裾野に沿って広がっていたと言われる。

この北西部辺境から南へと伸びる間道は、通常の交易路からも外れて、これを利用する商隊どころか、地元の者さえ滅多に通ることはない。

なんせ、北部辺境の幾つかの寒村を結ぶだけで、そこから南は千キル以上に渡り何もない大地、ただの森や草原、荒地が広がっているだけなのだから……

その間道は前年、フェアラート国王が手配したと言われる交易部隊が密かに利用して以来、久方ぶりに人の足が踏み入れられていた。

整然と間道を駆け抜ける軍勢の中には、辺境にあって整備されていたこの道に疑念を感じる者もいた。

「ここまで主要な街や要衝を避けながら、延々と南に伸びる間道があるとは知りませんでしたな」

馬上で団長は思わず感嘆の声を上げたが、俺自身も驚いていた。

最初こそ裏道か何かと思っていたが、アクセラータの話に依ると、騎馬が駆け抜けられるよう最低限の整備を行っている道で、帝国領南部まで延々と続いているそうだ。

「我らの勢力は南と北に二分されております。

そして行き来に必要な主要街道は敵側の陣営に抑えられているため、有事の際に彼方は使えませんので……」

「それでこの街道を整備された訳ですな?」

「はい、今より八年ほど前から。当時のケンプファー子爵の指示で、野盗対策と称し密かに工事箇所を分散して進めて参りました」

なるほど……、八年前と言えばあの戦い、兄が戦死する予定だった災厄の翌年か。

ジークハルトが帝国北部辺境の管理を任された時から、未来のこういった事態を見越していたのか。

「しかし、このような奥地に兵站拠点を……、末恐ろしい話でもありますな」

確かに団長の指摘の通りだ。

軍が素早く移動し、遺憾無く力を発揮するには兵站が不可欠であり、ジークハルトはそれを誰よりも理解しているということだ。

これまでも含め、俺たちの鬼気迫る強行軍は、彼の準備した完璧な兵站によって支えられていた。

だからこそ、既に三分の一の行程を走破している。

「凄いな……」

俺は思わず感嘆の声を上げずにはいられなかった。

俺には未来を知る術、自身の歴史知識と歴史書があった。

だが、ジークハルトにはそんなものなどない。

「真の天才、政戦両略の天才か……。敵わないな」

俺はひとり呟いたつもりだったが、予想外に大きな声となってしまったようだ。

「あ、失礼ながら、常々ケンプファー閣下も陛下のことを同じように仰ってました。

『勝てる気がしないから、絶対に戦いたくない相手だし、できることなら味方にしたい』と……」

いや……、だから俺のはチートなんだよ。

そのお陰で凡人の俺でも何とか乗り切れたんだ。

ただし、今進んでいる新しい世界については何の情報も持っていない。

だから全て出たとこ任せ、先行きの分からない不安で一杯なんだ。

ただ……、唯一の安心材料は、一対一では彼に敵わないけど、俺には団長や内務卿などの軍事や政治の天才、アレクシスを始めとする信の置ける仲間たち、そして各方面で優秀さを発揮する妻たちに恵まれている。

そこだけは胸を張って自慢できるし、彼らに相談すれば何とか乗り切れる!

まぁ……、仲間頼りで些か情けない話だけど。

「ところでアクセラータ殿、この先の補給はどうされる予定ですか?

これまでは進路上に点在した村に、最辺境の寒村とは思えないほどの大量の物資が備蓄されていましたが……」

確かに団長の指摘通り、これまで補給や休憩に立ち寄った村は、人口100人にも満たないものばかり。

なのに何故か、一万騎を賄う食物や補給物資が手配されていた。

どう見てもおかしい。

そして地図に拠れば、この先しばらくは寒村すら無い道が延々と南に続いている。

「ははは、魔境騎士団長閣下のご懸念はもっともです。この先は敢えて人の住まう領域から外れ、我らは完全に姿を眩まします」

「ですが補給はどうされるのですか?」

「其方も手配はできております」

まぁ俺たちにはバルトを始め時空魔法士を何人か同行させており、ぶっちゃけ無補給でも賄えるんだけどね。

ただ切り札は最後まで残しておきたい。

そう考えていた俺たちは、アクセラータが自信を持って頷いた意味を、その日の夕方になって知った。

日が西に沈みかけた頃、俺たちは森を縦断する一本道を抜け、少し開けた草原へと辿り着いた。

そこには……

数十台の荷馬車を連ねたキャラバンが待ち受けていた!

「なんと! 彼らは一体何処から?」

各所に天幕が張られた野営施設の準備も整えてあり、食事の準備のためか各所に即席で作られた竈門には、既に火が灯っていた。

「それより団長、商隊が掲げている幾つかの旗印、なんか見たことがあるような……」

俺の疑問に対し、アクセラータが一礼して言葉を発した。

「ご明察恐れ入ります。公王陛下の仰る通り、以前に(入札を始められる際に)ご紹介させていただいた商会の者たちです。

彼らは先行して中央街道を進み、途中から西進してここに待機してくれています」

そうか!

今の情勢下でも商人たちなら自由に動ける。

それを逆用して先回りさせているのか……

呆気に取られている俺たちの前に、何人かの男たちが進み出て、アクセラータに話し掛けた。

「ご無事の到着、何よりです。

ご要望通り物資を整え、お待ちしておりました」

「助かります。皆様にもご苦労をお掛けして申し訳ありません。

それで……、あちらの動きはどうですか?」

「はい、なにやら色々とバタついているようです。主要街道もグリフィンへ荷を運ぶ馬車がひっきりなしに走ってますぜ。なので俺たちも気取られることなく動けましたよ」

「そうですか……、ではこの先々の兵站拠点を担当する商人たちも大丈夫そうですね。

皆の協力には感謝し、我が主人にもしかとお伝えさせていただきます」

「何を仰るんですか、我らは皆、砂糖交易や諸々の商売で大儲けさせてもらった者たちばかりでさぁ」

一人の男がそう言うと、周囲の男たちも同様に大きく頷いていた。

恐らくお抱えの商人たちなのだろう。

「お声が掛かっただけでもありがたい話の上に、今回は前払いで発注いただいたんですぜ。

商売なら何処にでも出向くのが我ら商人ですから、気にしないでください」

「いやいや、それだけじゃねぇだろう」

その言葉を受けて、他の男たちも笑って会話に加わり始めた。

「俺たちは、 伯爵(ジークハルト) 様に恩を受けた身だ。利で動く俺たちでも、決して忘れちゃならないものがあるからな。

そうでなければ俺たちの信義にもとる」

「ああ、だからこそ今回は、何としてもグラート様に勝ってもらわなぇとな」

「勿論だ! やっと今は既得権益と結託した大商人共にも負けない商いができる世になったんだ。

逆戻りしたら目も当てられねぇわな」

「そうさ、今の俺たちは伯爵様と、あのおっかねぇ魔王様と、双方でいい商売ができるようになったと言うのに、ホント碌でもねぇ話さ」

「それにしても旦那、もの凄い数の軍ですが……、何処から連れてこられたんです?

ドゥルール閣下は北の戦線にいらっしゃったはずだし……」

「旦那、この軍ってまさか……、魔境騎士……。

ひっ! 魔ぁぁぁおう?」

一人の商人が驚きのあまり言葉にならない様子で、アクセラータの傍に居た俺を見た。

それに釣られて、他の商人たちもまじまじと俺の顔を見つめてきた。

そして一瞬の沈黙のあと……

「「「「なぁぁぁっ!」」」」

彼らは一斉に奇声を上げると、完全に固まってしまった。

「ははは、俺の顔を知っている者もいるようだな。

俺たちは皆の未来を掴むためにここに居る。なので魔王がここに居たことは他言無用に願いたい」

「えっ、あっ……、はい。勿論でさぁ。ですが……、どうして?」

「勿論、スーラ公国やターンコート王国にも、魔王の恐ろしさを教えてやるためさ。

2度とオイタをしないようにね」

「それだけで?」

「俺たちにとっても、グラート殿、ジークハルト殿が治める帝国が好ましいってことだな。

だからこそ俺たちは全力で彼らを支援し、そして必ず勝利する! なので力を貸してもらえるか?」

「勿論でさぁ、帝国商人の矜持にかけて!」

「ははは、これは凄ぇことになるぞ」

「やったな、これで勝ったようなもんだ」

「帝国万歳! 魔境公国万歳!」

いや……、俺も調子に乗ってハッタリかましたけど……。

なんか俺が勝ち確定フラグのようになってしまったこの空気、どうしよう?

団長始め他のみんなも、さもありなんと満足気に笑っているし……。

俺自身は、周囲から過大評価されていることが逆にプレッシャーだった。

ギリギリの決断と残った者たちの覚悟によって、こちらに送り出してもらったに過ぎない。

恐らくアレクシスもカイル王国から増援が来るまでは、負けないまでも厳しい戦いをしているはずだ。

彼らに負担をかけた分、俺たちは勝利して応えなければならない。

「タクヒールさま、この分なら第一皇子側の目を掠めつつ、南の戦線まで進出することも可能そうですね」

「そうだね。この先も同じように兵站が手配されているようだし、隠密行動で進めれば意表を突くことができる」

だが俺たちは、敵側の陣営が此方の行動に気付かなかった訳、帝国内の耳目が別の動きに注がれていたことを、この時はまだ知らなかった。

彼らはいよいよ、味方である友軍に牙を剥き始めたこと、そして、その準備に忙殺され周囲への警戒が疎かになっていた結果であることを、後日知ることになる。