軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百十五話(カイル歴514年:21歳)第三回入札

クサナギの都市建設、イズモ地区の開発に着手して、半年が過ぎようとしていた。

城塞都市としてのクサナギは、上下水道、広大な外壁などの基礎工事は終わり、今は都市内部の建設工事が中心となって進んでいる。

イズモ地区についても、旧国境にそびえる大山脈の山々から流れ出た何本もの川が、豊富な水量の一部を新たな水路に振り分け、縦横無尽に広がった灌漑水路は、イズモ一帯を潤わせたのち幾つかはクサナギへと流れ込んでいた。

一帯の土地改良も順調に進み、農地として完成した地域から、先ずは蕪などの収穫が早い作物や、秋植えの農産物が植えられている。

この日俺は、ちょうどクサナギ周辺の防衛施設構築の視察に出るため、建設中の街を出て帝国と繋がる街道へと足を運んでいた。

そこには検問所が設けられ、公国への入国手続きと審査が行われている。

「ほう、凄い混雑と賑わいだな。ラファール、いつもこんな感じなのかい?」

「ははは、今日はちょっと特別でしょう。明日は第三回入札の応札締め切りです。

応札自体は今日から始まっていますし、応札する者や提案用に物資を持ち込む者、そして入札前に納品を完了させようとする者たちで、一時的に溢れかえっているだけでしょう」

実は今回より入札方式を少し改めていた。

以前は公示を前日、翌日の朝に応札し夕方に発表としていたが、それではこちらも商人側も忙しない。

なので、公示は一週間前から随時応札希望者に仕様書を配布し、締め切りの前日から応札を開始して、翌日の朝に締め切る形に変えていた。

「そっか、なるほどな。でもなんか揉めているみたいだけど?」

「ですね……、ここ最近は大きな混乱もなかったのですが……」

ラファールたちも怪訝な顔をしているし、バルトは状況を確認するため一礼するとそこに駆け出していった。

俺たちも野次馬根性……、いや、事実確認のため遅れて続いた。

「我らの荷が買えないとはどう言うことだ!

食料を調達していると聞いたからこそ、我らも大量に買い付け、ここまでわざわざ運んで来たというのに。

これではこの国が帝国に対し、含むところがあると訴え出るしかないではないか」

どうやら勝手に頼んでもいない商品を満載して、クサナギを訪れた商会があったようだ。

彼らの一隊が検問所に立ち塞がっているため、この混雑が発生していると一目見て理解することができた。

兵士に守られた受付所の女性たちが、一所懸命説明しているが、まるで聞く耳を持たない剣幕っぷりだった。

『ちっ、まだそんな商人がいたのか? 大方何も知らない新規参入者か? それとも……

仕方がないな、彼らにもこの国の流儀を教えてやらないと……』

どうやら気勢を上げているのは、海千山千の商人とは明らかに容貌の違う、身なりの良い男だった。

その時俺は、悪い顔になってその応対に出ることにした。

「失礼、中々面白いことを仰いますね。

商売とは売り手と買い手があって初めて成り立つもの。そのためのルールは事前にお伝えしていた筈です。我々はどの商会も不当に扱うつもりはありませんよ」

「誰だお前は?」

「私は買い付けを任されている者、そうお考えいただいて結構です。

先ずはお話を伺いますので、隊列を街道脇に移動願いますか?」

「それでは後列の奴らに先を越されてしまうではないか!」

「あ、先に着いたとしても何も変わりませんよ。

我々にとって到着順とか全く関係ありませんから」

俺は落ち着き払ってそう言い切った。

これは嘘ではない。

今日が公示日、そして入札は明日だ。それまでは誰からも買い付けは行われない。

街の商店も全て、仕入れは商品取引所を通じて行っているため、せいぜい自由に買い付けや販売を行えるのは露天商ぐらいだ。

「ふむ……、では言質を取らせて貰うぞ。

後になって先に行った者たちが高値で売れた、そんな話を聞いた際には、公王に訴え出ることも辞さないが、よろしいかな?」

バルトやラファールらが、後ろで必死に笑いを押し堪えているのが分かる。

そりゃあ……、当の本人だもんね。

俺が頷くのを確認すると、彼らは素直に隊列を横に移動して街道の中央を開けた。

そうすると、後列の者たちが一斉に前に進み始め、検問所での手続きを始めた。

既に何度もクサナギを訪問しており、手慣れた商人たちは次々と検問所を通過していく。

「ご協力ありがとうございます。先ずは商会名をお伺いしても?」

彼は次々と追い越していく商隊を見て動揺しているのか、それとも何か不都合があるのか、何かを考えて少し逡巡しているようだった。

いや、もしかして……、商会名を考えてなかったとか?

「わ、我らは……、ボ……、ボータクレイ……ナ商会だ」

「ぷっ、ぼったくりな商会?」

俺は思わず拭き出しそうになった。

いや、吹き出してしまった。

「違う! ボータクレイナ商会だっ!

失礼な奴め!」

「ではその、ボータクレイナ(ぼったくりな)商会さんが、公国に何のご用でしょうか?」

「見れば分かるだろう。

我らは交易のため、商品を満載して遠路ここまで来た。早速だが我らの荷を買い取ってもらおう」

「何故買い取る必要が?」

俺は敢えて、彼らを弄ってみることにした。

通常なら門前払いなのだが、何となく憎めない感じがしたし。

もう少し本心を吐き出させてみたい。

恐らく彼らは商人ではないだろう。

真っ当な商人なら、このような稚拙な嫌がらせはしてこないだろう。

恐らく……、第一皇子派の嫌がらせか、暴利を貪るために派遣された俄仕立ての商会と推測できた。

「買い付けを行っていると聞いたからこそ、我らもそれに応じるためやって来たのだ。

門前払いとは、両国の絆にヒビを入れる行いにしか見えないぞ」

「どこがですか?」

「面倒くさい奴め。

貴様のような下っ端は、休戦協定の条文すら知らんのであろう。この国は帝国を潤す義務を背負っているのだ! 知らぬでは通用せんぞ!」

俺はまた吹き出してしまった。

もう笑いを堪えるので必死だ。

「ソウナノデスネ。ヨクゴゾンジデスネー」

「商人だからといって、我らを甘く見ないことだな。我らはやんごとなき方の後ろ盾もある」

「スゴイデスネー」

「其方らは物資に窮乏し、強欲な商人共が必死になるほど、買取を行っているのであろう?

そのことは知っておるぞ。

交渉で安く仕入れるためとは言え、変な虚勢は張らぬ方が身のためだぞ」

素人の断片的な知識というのは怖いな。

それとも、側から見れば俺たちはそう映っているのだろうか?

「チナミニ、ナニヲオモチデスカ?」

そう答えると、商人を装った男はニヤリと笑ってから、大仰に目録を差し出して来た。

それを俺はさっと一読した。

『ははは、どれも皆想定価格の倍以上じゃん。

こんな高値で買う馬鹿が居るとでも思っているのか?』

「どうだ? 強欲な商人たちと比べ、極めて良心的な価格であろう。大軍が駐留するには、先ずは食料だ。それに窮すれば軍といえどまともに動けまい?」

確かに良心的な価格だな。

もっとも、入札制度が始まる前に、最初に帝国側の商人たちが示した価格と比べて……、だけどね。

それにしても、語るに落ちたな。

交渉は素人丸出しじゃないか。

自分たちは一介の商人とは違う、そう受け取られる言葉を端々に発しているのだから。

「因みに先程お話された『やんごとなきお方』とは、帝国の第一皇子殿下でしょうか?」

「ちっ、違うわっ! グロリアス殿下など雲の上の存在だ。我らはとある子爵家より庇護を受けて……」

「ボッタクリーナ子爵?」

「違うわ! カーミーン子爵! あっ……」

はい、ありがとうございます。

ネタバレしちゃいましたね。

俺は以前にジークハルトから貰った地図と、以降の諜報によって得た知識を思い出した。

確かゴールトから帝都グリフィンに伸びる主要街道、そこを3日ほど進んだ先にある第一皇子派の子爵領だったよな?

「それにしても不思議ですね。

カーミーン子爵領といえば、林業で有名だったと聞いています。建設資材を交易にした方が……」

「で、できればそうしたかったわ!

強欲な商人共に借金さえしていなければ……」

「……」

なるほどね。以前にケンプファー商会が密かに抑えてあるといったのは、彼の領地だったのか。

となると、ちょっとだけ同情は禁じ得ないな。

「それは……、カーミーン子爵もさぞ苦労をなさったことでしょうね。

それで今回は、食料を持参して交易に?」

「そ、そうだ。あ、いや、私は子爵様のような高貴なお方ではない。一介の交易商人だ」

「そうですか。因みに、半年前の捕虜返還の調印式には参加されておりましたか?」

「なっ、そんな訳がなかろう。我らは一介の商人、そのような大事に参加できる訳がない」

「いえいえ、あの場では国と国とのやり取り以外に、ケンプファー伯爵に依頼し、帝国内の主要商人の皆さまにはお集まりいただき、我が国の物資調達方針をお伝えしていたのですが……」

「いや、知らん。そんな話、ケンプファー伯爵からは何も聞いておらんぞ」

「ではボッタクリナ商会は、今回初めて我らと取引を?」

「そうだ。何度も言わせるな。ボータクレイナ商会だ。其方は少し頭か弱いのか?」

「ははは、承知しました。では、ここでご提案があります。

もし、ここで我らのご説明を聞いていただき、明日の入札に応じていただけるのであれば、調達予定リストをお渡しし、入札にご参加いただきます。

ですが、このまま無理に商品を売ろうとされているのであれば……、お通しすること叶いません」

「ぶ、無礼な奴め! 私を誰だと思っている」

「一介の商人……、ですよね?」

「……」

「自身の国内で、要望する商品を我らのルールに従い購入することに、何か差し障りがありますか?

我々は、決して食料に窮している訳でもありません。

また帝国の商人の皆様から不当に買い叩くつもりも一切ありません。望むのは、互いの利益です」

「では、我らが一番ではないか!」

「仰る通りです。因みに……、高い方の一番ですよ」

「なぁっ、なんと!」

驚きのあまりよろめいたボッタクリナ商会を率いるカーミーン子爵を前に、『士族の商法』という言葉を思い出していた。

日本の明治維新期、藩幕体制の崩壊と共に収入の糧を失った武士たちが、慣れぬ商売を始めて失敗することを指して生まれた言葉だ。

ニシダが生きた現代日本でも、似たような事例は枚挙に暇がない。

商売などの経験が全くない公的機関、『お上』と呼ばれた人たちが商売に関わっても……

「我らとて、帝国貴族の方々とはこの先、長く手を携えて商売に勤しみたいと考えています。

よろしければここに控える、ソリディア・フォン・バルト男爵よりご説明させていただきますが……」

俺はバルトを呼び出した。

「タクヒールさま、お呼びと伺い参りましたが?」

「なっ……、貴方は一体……」

男爵と言われたバルトが、俺に対し敬意を以て接している様子に、流石にこの男も気付いたようだった。

「申し遅れました。この地を差配する、ウエストライツ・フォン・タクヒールと申します」

「なぁぁぁぁぁぁっ……」

ボッタクリナ子爵……、いや、カーミーン子爵は頭を抱えて大地にへたり込んだ。

だよね。ゴメンね。

まさかこんな所に、だよね?

でも俺にも思惑がある。

このカーミーン子爵、ちょっと笑えるキャラでどうも憎めない男でもある。

商人たちに痛い目に遭わされた過去もあるようだし、同情を禁じ得ない部分も。

それに俺は、自らが商隊を宰領してここまでやって来た行動力も、ちょっと馬鹿正直で憎めない部分も面白いと思っている。

彼がこの先、商売で利があると考えれば、第一皇子陣営の中でも予想される暴挙に賛同しない可能性があるのではないだろうか?

これが調略の一端になれば……、そんなことも考えていた。

その後俺はバルトに依頼し、子爵が持参した食料は特別に今回のみ、大した利益にはならないが、彼の損失にはならない程度の値段で買い取ってあげるよう指示を出した。

次回からは、まっとうに入札に参加できる足掛かりとして……

この時の彼との出会いが、今後俺たちと帝国の関係に、新しい繋がりをもたらすことになるとは、この時の俺自身、思ってもみなかったことだが……