軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百十一話(カイル歴514年:21歳)想いを貫く者、その名は……

とうとう、待ちに待った日がやってきた!

私が帰還する捕虜たちを率いて、テイグーンを後にしてから、既に六年の歳月が流れていた。

あの時は最後に一目彼女に……、そして別離の挨拶をと思ったが、それも叶わなかった。

永遠かもしれない彼女との別れで、悲しみに溺れた私に対し、『さよなら』を言わないことで、彼女はきっと私を叱咤してくれていたのだと思う。

『そうか……、互いの思いが繋がっていれば、一時的な別れなど……

いつか私は、彼女を迎えるに相応しい男となり、再びこの地に彼女で彼女と再会する!』

そうい言い聞かせて、私は帝国へと帰っていった。

◇◇◇ カイル歴508年 帝国領北部辺境にて

『これは天が私に与えた試練だ。ならば、彼女の主君以上の立場になり、迎えに行けばよいこと』

そう考え、私はかの地で学んだことを糧に、帝国内で日々実践し始めた。

もちろん最初は反発や軋轢も多々あった。

「予算がないだと? どう言うことだ!」

私は何度、怒りの言葉を上げたか、覚えていない。

幸いにも私は、所領こそ没収されていたが、私財は残っていた。

グラート殿下は、捕虜返還に関わった功として、ブラッドリー一族に連座し、没収されていた爵位と

彼らの私財の一部を私に託してくださった。

所領こそないが男爵号が復活したことで、毎年帝国(第三皇子陣営)から、それに相応しい俸給をいただける立場にあったからだ。

なので先ず、私財に関しては全て売り払った。

兵たちの気持ちを知るには、同じ食事を食べ、同じ寝台で眠れば良いことだ。

そんな思いの私にとって、屋敷も既に離散していった使用人も不要だったのだから……

それらの資金を元手に、私は行動を開始した。

私は練兵所となっていた土地に、新たな兵舎を建築させた。

『閣下、そんなご無体な……』といった武官を、私は一喝した。

「無体も何もあるか! 兵たちに豚小屋同然の兵舎に暮らせというのか?

王国の収容所の方が遥かに快適だったわ。

軍司令(ジークハルト) 殿は、私財で行う分は勝手にやって良いと言っておったわ!」

次に新たに料理人を雇用して、兵舎での食事事情を改善させた。

『閣下、食事は主計部門の……』そう言った文官を、また一喝した。

「貴様らは日々、あんな不味いものを兵に与えるつもりか? 贅沢をせよとは言っておらん。

調理方法を工夫すれば、家畜の餌と言われている、蕪すら美味しく食べれることを知れ!」

兵舎はまだ建設中で、兵たちもすぐに恩恵は受けれなかったが、食事はすぐに改善できた。

兵たちは大いに喜び、彼らは日々の食事を楽しむようになった。

そして私は、兵たちに清潔な古着を複数枚支給し始めた。

『閣下……、そこまで兵に……、助かります』もう誰も文句を言わなくなった。

そして、兵舎の一角に売店を設け、日用品や酒なども販売し、その運営を新たに雇用した若い女性たちに任せた。もちろん、予め定めた規定に則って、兵舎内での飲酒も許可した。

するとどうだろう。

テイグーンで苦楽を共にした者以外の兵たち、マツヤマ方式を知らぬ兵たちも、明らかに表情が変わって来た!

彼らの士気は高まり、売店の女性たちに良いところを見せようと士気は上がり、それに伴い逆に綱紀は引き締められていった。

◇◇◇ カイル歴508年 帝国領南部辺境にて

そして私は、その後の任地である南の戦地でも同様の対応を行うべく、グラート殿下に意見具申した。

「確かに其方の言うように、兵たちの士気は上がり、校紀(綱紀)は引き締められた。だが、敵の捕虜まで優遇する必要があるのか?」

殿下の疑問はもっともな話だ。

「以前、私がここで初めて殿下にお目に掛かったとき、彼方での流儀をお話しすると、殿下は非常に驚かれたのを覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、見事に我が将兵たちの心は絡めとられていたな」

「私はあのマツヤマ方式で、敵兵の敵愾心を低め、かつ、我が軍の評判を上げたいと考えております」

「それが成ると?」

「はい、利点は四つあります。

これまでの常識では、降伏兵は処刑されるか、鉱山などの強制労働で、死ぬまで使役されます。

これでは敵兵は、死兵となって必死に戦うでしょう」

「まぁ……、当然の話だな」

「一つ目は……

敵兵も、無下に扱われないと知れば、進退窮まった際には降伏してくれるでしょう。

そうすれば、死を決して死に物狂いで抵抗する敵兵から、我が軍の犠牲を減らせます」

「だが……、捕虜に贅沢な暮らしをさせるのはどうかな?」

「贅沢な暮らしではありません。人として真っ当な暮らしです。

そうなれば二つ目、敵兵の敵愾心を減らすことができます。

もちろん、その噂を浸透させるために、故国との手紙のやり取りを許可し、一部の模範兵を返還するなどの措置を取ります」

「この戦時下にか?」

「戦時下だからこそです。

こちらが返還するのですから、敵軍からも返してもらいましょう。これまでの戦いでも、全体として我々は優位に進めておりますが、小さな敗北や撤退はあります。

三つ目として、捕虜交換がなれば、我らは一度失った戦力を取り戻せるのです。

それに、捕虜の交換があると知れば、敵国も我らの兵を無下には扱わないでしょう」

「ふむ……」

そう言ってグラート殿下は考え込んだ。

果たして……、そんな言葉通りにうまくいくのか?

きっとそう思われているのだろう。

「四つ目も申し上げても?」

「そうだったな。続けてくれ」

「実際に我らの中でも、帝国を捨て王国での暮らしに将来の道標を定めた者たちがおります。

スーラ公国でもそれは同じと言えませんか?

何も我らは、味方(帝国)だけから兵を募る必要はありません。

我らの敵は、公国だけではありません。身内にも敵が存在する訳ですから」

「だが、転向を偽り、不逞な企みを志す者たちも出てくるのではないか?」

「なので、捕虜は捕虜に監視してもらいます。捕虜たちからなる、収容所自治委員会を立ち上げます。

従順な者たちを登用し、彼らをその任に就けさせればよいことです」

「ははは、面白い奴だな! よかろう、其方に権限を与え、差配を任せよう。

其方の言う『新しき帝国の有り様』を奴らにも見せてやれ」

「はっ!」

この日からドゥルール男爵は精力的に動き始めた。

◇◇◇ カイル歴510年以降 帝国領南部辺境占領地にて

第三皇子とドゥルール男爵との間で交わされた言葉は、数年後に大きな実りとして、彼らの元に戻ることになった。

それまで、死に物狂いで抵抗していたスーラ公国兵は、いつしか窮地に陥ると『マツヤマ、マツヤマ』と口々に叫び、進んで降伏するようになっていた。

更に捕虜収容所の待遇や、第三皇子の流儀に感動したスーラ公国兵の一部は、第三皇子陣営に身置く者が出始めた。彼らは占領地の統治に、進んで手を貸し始めた。

膠着していた戦線は一気に動き出し、第三皇子の軍は、スーラ公国の領土を深く浸食していった。

そしていつしか、仕える故国を変える兵や、功績を上げて模範囚となり故国へ返還を望む者たちが捕虜の中で多数派となり、第三皇子は彼らから成る5,000名の歩兵と、それにも勝る数の新規入植者を得ていた。

所定の目的を達した第三皇子は、公国側との休戦協定の締結と領土の割譲交渉に移った。

その頃になると、第三皇子陣営に多大な貢献をしたドゥルール男爵も子爵へと陞爵し、第三皇子から信を受けた者として、陣営内でも無視できない存在となっていた。

そして、カイル王国との大戦を経て、現在に至る。

◇◇◇ 現在の時系列に戻る

そして今私は、作業用人足として、元スーラ公国兵の4,000名と各種職人500名、補助人員500名を率い、彼らがクサナギと呼ぶ、新たな街の建設予定地に来ていた。

補助人員の多くは、先の戦いで戦死した兵の家族、困窮し暮らしに困っていた者たちを領内に受け入れ、そこから召し上げていた。

その多くは女性や、まだ家族を支えるだけの職に就けない、若者たちであったが、軽作業や食事の手配だけでなく、掃除や雑用など、必要だが手が回らない雑務も十分にこなせるはずだ。

「契約に則り、ドゥローザ商会より、作業人員5,000名を率いて到着しました。

どうか、ご担当者殿に取次願いたい」

「遠路のご引率、誠にありがとうございます。

子爵閣下はこのあと、我らが主人の元にご案内いたしますが、これより引率いただいた方々をお預かりしてよろしいでしょうか?」

先触れにより、我らの到着を待っていた一群、その先頭に立つどこか見覚えある女性は、私の顔を見て微笑むと同時に、貴族の儀礼に倣った、丁重な挨拶で迎えてくれた。

というか……、何故私と分かったのだ?

ドゥルールの名は一切出していない筈だが……

「主人とは、まさか……、ウエストライツ公が?」

「はい、兼ねがね『一度お会いしてゆっくり礼が言いたい』と申されていましたので」

礼だと?

そんな礼をされる覚えはないし、むしろ、当時の礼を言いたいのは私の方だが……

「閣下、ご案内を始めてもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、すまない。お願いする」

私の返事と同時に、彼女の配下と思しき女性が、不思議な道具の前で、似合わないほど大きな声を張り上げた。

当初、5,000人を前に、声が届くのかとの心配は、杞憂に終わった。

「皆様、遠路ようこそお越しくださいました。ご滞在いただく施設などの準備はできております。

先ずは全員の方に、オリエンテーションを実施いたします。担務に分かれて、50人単位でご案内しますので、50人ずつボードを持った係員の前にお並びください」

何らかの魔法なのだろう。

彼女の声は隊列の奥まで響き渡り、それを受けて100人の女性が、柄の付いた大きな板を掲げて一斉に横に並んだ。

なるほど! 5,000人でも50人ずつに分ければ、誘導もたやすく、説明もしやすいだろう。

てきぱきと人員を振り分け、整然と誘導していく姿に、私は驚かされた。

それにしても……、オリエンテーションとは何だ?

「閣下、受付所の担当官として、以前に何度かお目に掛かりましたが、改めてご挨拶させてください。

今回、閣下のご案内を命じられた、ソリス・フォン・クレアと申します」

「なんと! では、公王のお身内ですか?」

「はい、妻の一人として、お仕えさせていただいております」

私は驚き、彼女に改めて礼をとった。

いや……、確か彼女は、『妻のひとり』と言ったはずだ。

このことで不安を感じた私は、確認せずにはいられなかった。

「これはご無礼した。公王には奥方が他にも?」

「はい、正妃となられたお方の他に、私を含めて4人ほど……」

「もしやその中に、 魔法士(ローザ) も含まれて……」

「よくご存じですね。誰とは申し上げられませんが、確かに 魔法士と(クレア) してお仕えした者(とヨルティア) も含まれておりますが……」

「そ……、そうです、か……」

私はこの言葉を聞き、衝撃で呆然となってしまった。

彼女は既に公王に嫁いで……

無理もない。何も言わず帝国へと帰り、もう既に6年だ。

それは至極当然の話だろう。

私はその後よろめきながら、クレア殿の案内に従い、歩いていった。