軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十話(カイル歴503年:10歳)歴史は繰り返す

「そんな……」

俺は絶句して言葉も出なかった。

洪水の翌々日、レイモンドさんが、収集し取りまとめた領内、隣接地域の被害状況が明らかになった。

「今現在、調査がまとまった部分の情報ですが、エストール領内に限れば、この規模の災害で被害は軽微だったといえます」

「領内で被害を受けたのは、エール村のみかね?」

父の質問は、皆が一番気になっていた点だ。

最後の鉄砲水、これで堤が何箇所も崩落した。その被害はかなりなもの、そう誰もが感じていた。

「人の住む地域、農地被害はエール以外ありません。

ですが、フランの町方面の街道は橋が押し流され、街道も泥にまみれて被害は甚大です。

街道を利用した食料や鉱物の輸送ができない為、早急に修復工事が必要と言えるでしょう。

他にも堤が崩れ、水に沈み今なお通行できない場所はそれなりに有りますが、迂回し移動は可能です」

「近隣の被害はどうなっているの?レイモンドが現時点で把握している範囲で構わないわ」

「クリスさま、近隣については、あくまでも知りえた範囲の情報、という点ご容赦ください。

ゴーマン子爵領でもそれなりに被害は発生したようですが、既に復旧作業に入っているようです。

深刻なのはヒヨリミ子爵領です。あちらは甚大な被害を受け、まだ全容も掴めない模様です。

領境に接する町は完全に壊滅、さらに流域の村も幾つか全滅の被害を受けていると聞いています。

今回の水害、近隣の領地の方がその損害は大きいと思われます」

この後、家宰の説明で更に詳しい近隣含め被害の全容が見えてきたとき、俺は愕然とした。

【被害状況】

〇エストール領

被災者:約150名(死者行方不明者なし)

被災地:エール村(床上浸水、農地全滅)

他被害:フラン方面の街道、橋(通行不能)

〇ゴーマン子爵領

被災者:推定約400名(人的被害は不明)

被災地:農村①(床上浸水、農地も全滅と推定)

:農村②(床下浸水、農地の被害甚大と推定)

他被害:水車を用いた施設群(損壊多数)

〇ヒヨリミ子爵領

被災者:推定約2,000名(死者行方不明者多数)

被災地:町ひとつ(家屋全壊、死者行方不明多数)

:農村×5(家屋損壊、農地被害、人的被害)

「ゴーマン子爵領では、事前に洪水対策を行っていたため、被害が少なく抑えられたようです。

ただ、ヒヨリミ子爵領では何の対策もなく……」

「サザンゲートの戦で1/3の兵力を失ったばかりだ、余力もなかったのであろう」

父の返答はあえて好意的に表現した内容だったと思う。

実際は、我々の忠告にも聞く耳を持っていなかった。

少しでも真摯に受け取って貰えていたら……

こちらがもう少し粘り強く警告していたら……

失われた命を少しでも救えたかもしれない。

俺は後悔とともに激しく落ち込んだ。

思い出せば、第一回定例会議の時、妹のクリシアが何気なく言った一言、それが頭から離れない。

『ねぇねぇ、もしどっちも水が溢れなかったら……、そのお水はどこに行くの?』

その言葉の意味すること、事の重大性に気付いていなかった。いや気付かない振りをしていた。

「父上、母さま、お願いがあります!」

落ち込んでばかりじゃ駄目だ。俺は両親に提案した。

「既に領内の被災地に向けて編成している、災害救援部隊をヒヨリミ領に派遣しましょう。

被災した人たちに、一人でも多く救いの手を出したく思います」

「相手があることゆえ、何とも言えんが……」

「貴方、こういう時こそ、私たちの在り様を見せるべきだと思います」

母が後押ししてくれた。

「救援物資は用意があります。タクヒールさまも配下の救援部隊は編成を完了させておいでです」

レイモンドさんも後押ししてくれた。

「よし! 時間は貴重だ。タクヒール指揮下の救援部隊は直ちに出発!

こちらからはヒヨリミ子爵に対し、災害援助の用意がある旨、早馬を出す。

万が一、先方で拒絶されれば、手前のエールの村に留まり、予定していた救援活動を実施せよ。

タクヒールは男爵家の名代として同行、護衛には双頭の鷹傭兵団を付ける」

心が定まれば、父の決断は早かった。

俺は会議終了後、直ちに出立した。

救援に向かう途上でも、俺の表情は冴えなかった。

今回の対応でまだ自己嫌悪に陥っていたからだ。

「貴方はできる最善の事をされたのです。ヒヨリミ子爵領にも事前に通告し対策を促していました。

救われた多くの命のこと、いま苦しんでいる方に何ができるか、それだけをお考えください」

沈んでいる俺をアンが、そっと抱きしめてくれた。

「今も多くの人を救うため動かれています、人はそれぞれができる範囲の事しかできないのですよ」

アンの言葉でほんの少しだけ、気持ちが軽くなった。

今回3つの領地で町が1つ、村が8つ被害を受けた。

【前回の歴史】でマーズの町と穀倉地帯に集中した災厄が、今回は他領に分散したとも考えられる。

そう、本来は被害を受ける予定ではなかった地域に。

そういえば、サザンゲート殲滅戦でも、我々が受ける被害は回避したものの、代わりにヒヨリミ子爵軍が全軍の1/3を失う甚大な被害を受けた。

【歴史】という名の悪意は【改変】に対し、常に帳尻を合わせ爪痕を残してくるのではないか?

本来は失われなかったかも知れない命に対する罪悪感、この先の改変に対しても、歴史は等量の代償を要求してくるのでは……、そんな恐怖を感じた。

そう、俺は歴史からうまく逃げる事だけ考えていた。

だが、これからは戦うと決めた。

逃げるだけではなく、正面から向き合い、戦って行かなければいけないんだ。

アンのお陰で、改めてそう思いなおすことができた。

ヒヨリミ子爵からも正式に救援受諾の返答が来てからは、俺たちは移動の足を更に速めた。

「エラン、メアリー、サシャ、みんな、連日休みなしで辛いだろうけど、もう少し力を貸してね」

「勿論ですっ!せっかく力を与えていただいたのです。こんな時でもご恩に報いないと」

「もしかすると私の町がそうなっていたかも知れません。なので他人事には思えなくて」

「私も今回初めて人の役に立てました、こんな私でも役に立てるのであれば嬉しいです」

エラン、メアリー、サシャの3人から嬉しい返事があった。もう少し、彼らの好意に甘えよう。

今回の救援部隊、中核となるのは射的大会の実行委員たち、受付所や過去の難民救済の時の人員。

後は過去に難民として救済を受けた側の人達だった。

「以前受けたご恩に報いる機会を、救われた感謝を、今度は自分たちが救援する側でお返ししたい」

そんな思いで、彼らは真っ先に手を挙げてくれた。

そういった訳で、救援部隊には俺が見知っているものも多く、気心も知れているため、彼らは俺の思う通り動き、細かい指示など不要で動いてくれる。

しかも炊き出しや救援活動に慣れ、指揮系統含め組織としての活動に慣れているのがありがたい。

派遣部隊が領境を超え、暫く進むと景色が一変した。

「これほどとは…」

「酷い…」

救援部隊のそれぞれが、被害の凄まじさに絶句した。

俺自身、かつて日本に居た際、映像を通じ色んな災害の現場を見てきたが、現地の凄惨さは実際目にするのと映像とは全く違う。

濁流に押し流された、かつては町だった泥濘の地、泥にまみれ飢餓で苦しむ人たち、まだ埋葬も進んでいない多くの遺体、行方知らずの身内を探し、呆然とあたりを彷徨う人たち……

言葉にならなかった。

到着後、直ちに指揮所を設営、物資を集積しつつ、炊き出しなどの準備にかかった。

そこでヒヨリミ子爵領側で、現地の対応を行っている先方の家宰一行に合流した。

「この度はソリス男爵による、迅速なご支援、領主領民に代わって深く御礼申し上げます。

皆様の受け入れと、こちらでの復旧作業を監督しております、家宰のヒンデルと申します」

長年の苦労を重ね深い皺が刻まれた、銀髪の壮年男性が丁寧に挨拶してきた。

「困った時はお互い様です。私はソリス男爵家次男、タクヒールと申します。この度の水害、ソリス男爵に代わりお見舞い申し上げます」

第一印象だけだけど、これまで噂に聞いていたヒヨリミ子爵領の人間にしては印象が良かった。

尊大で傲慢だけど白黒はっきりした、ある意味わかりやすいゴーマン子爵。

表立った態度ははっきりさせないが、裏で画策し何を考えているかわからないヒヨリミ子爵。

どちらも領主を鏡として、家臣も似たり寄ったり、そんな風に聞いてた事もあり、少し意外だった。

もちろん、なかには(すごく)嫌な奴も居た。

先方の領主名代としてやって来た、ヒヨリミ子爵次男、ヒヨリミ・フォン・エロールだ。

【前回の歴史】では、何年か後に、彼は亡くなった長男に代わり次期子爵家当主となる。

「なんだ、 蕪男爵(ソリス) の一族は、貴族でありながら幼い子供でも、領民と一緒になって泥にまみれて働くのか?」

第一声がこれだった。

「我らには到底真似のできない偉業というべきだな」

助けに来てもらって、それが言える事自体、違う意味で偉業だよっ!

そう思ったが、俺は黙っていた。

この尊大で陰険な目つきの男、俺は初めてではない。

【前回の歴史】で、彼とは幾度ともなく出会っていた。

王都や戦場で、そして良い印象は一つも残っていない。

典型的な嫌な奴……、訂正、凄く嫌な奴だった。

力のある目上には媚びへつらい、力のないもの、身分が下の者には徹底的に尊大に振る舞う。

そして彼こそが、【前回の歴史】で俺の破滅を招く、グリフォニア帝国への内通と、エストール領内にヴァイス 軍団長(しょうぐん) の軍を招き入れる元凶だ。

会った瞬間、俺は溢れ出る殺意を留めるのに苦労した。

俺だけでなく、隣にいたヴァイス団長やアンから、本物の、俺でも引いてしまうような、凄い殺気が立ち上ると……

「ヒィッ!これに乗じて、我が地の領民を勝手に懐柔することのないように!働きに期待するっ!」

と、捨て台詞だけ残して立ち去って行った。

多分……、【今回の世界】でも彼とはうまくやっていけないだろう、一瞬で確信した。

度し難い男、そして注意すべき危険な男。

今後、俺とは因縁の関係となる相手との出会いだった。