軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百七十三話 西部戦線⑩ 追撃戦

国境へ向けて、街道をひたすら走るフェアラート公国軍には、混乱に紛れて怪しい一団が追走していた。

彼らは魔境伯の命を受けて、クレイラットに向かう途中で隊列を離れ、公国軍の後方攪乱を行うため、一足先に国境方面に向かっていた者たちだった。

その一団、500騎余りを率いていたのはラファールで、その隊列にはアイギスで魔境伯との誼を通じることに成功した、サラームの街の元締めであるザハーク、ハリムらティア商会の面々も、魔境伯から別命を帯びて同行していた。

この事情を説明するには、時系列が少し遡る。

タクヒールからの別命を受けたラファールらは、間諜より得た情報に基づき、一直線に西部辺境域、クレイラットに展開するフェアラート公国軍の遥か後方を目指していた。

彼らはまず、戦場より1日の距離に離れた、公国軍の物資の集積所を急襲すると、後方で安逸の日々を送っていた守備兵、1,000名を壊走させていた。

集積所の守備隊は公国軍の中でも精鋭部隊ではなく、いわば寄せ集めの混成部隊であり、かつ、武功を挙げる機会である最前線から外された者たちだったため、士気もそして練度も低かった。

そんな彼らは、ラファールとカイル王国最精鋭の魔境騎士団500騎に抗しようもなく、魔境伯軍の急襲により、まともな反撃すら行うこともできず、大混乱に陥り壊走した。

ラファールらは、遺棄された物資を接収し、随伴していた輸送隊が運びきれない物は、その場で焼き払われていた。

「な! なんじゃこれは!」

戦場から一日、必死の思いで落ち延びてきたスキュリア侯爵は絶叫するしかなかった。

やっと後方に配した物資集積所で一息 吐(つ) ける、そう思っていたが、その一帯の天幕はなぎ倒され、至る所で食料などの物資が火にかけられ、燻ぶった煙を僅かに上げているだけだった。

「あ、悪辣な……、奴らは既にここまで。

こうなっては致し方ない、国境の関門まで昼夜問わず駆け抜けろ! 足手まといは置いて行け!」

侯爵は非情な決断を下すしかなかった。

彼はカイル王国の反撃とその動きの速さに戦慄した。ここに至って、自身たちが既にただ追われるだけの獲物でしかないことを自覚した。

「侯爵閣下、恐れながら申し上げます。

我らは既に先手を取られております。このまま国境に向かっても、敵が待ち受けている可能性があります。ただ国境に向かうのは危険かもしれませんぞ」

「わ、分かっておるわ! いや、リュグナー殿、これは失礼した。

我らは兵を損じ、いささか苦しい立場にある。国境まで御父上、侯爵たちの軍勢や助力に期待したいと思っているところだ。急ぎ我らの危急を伝え、援軍と物資の供与をお願いしたい」

「は、承知しました。では私はこれより皆様と一旦別れ、領内の兵を糾合したうえで、援軍を率いてまいりまする。では、御免!」

こうしてリュグナーと配下の兵の一部は、敗残兵の一団から離脱した。

「またしてもあの小僧だ! いつも俺たちが完璧に勝ちを得ようとしていた所に、奴らはいつもしゃしゃり出ては我らの邪魔をする。奴だけは決して許さん!

俺たちはまだ、完全に負けたわけではない。束の間の勝利でも謳歌しているがよいわっ」

そう言い放つと、水、火の侯爵領に向かうことなく、途中で更に方角を転じた。

「リュグナーよ、どこに向かう? そなたの傀儡の領地に向かうのではないのか?」

「アザル、侯爵領にも早々に反乱討伐のための兵が向かうだろうよ。

俺たちの勝ちを潰したのは、間違いなくあの小僧だ。奴が此方に来たということ、それは帝国がしくじったということを意味している」

「なっ! 50,000の大軍をか? 一体どうやって……」

「知らんわ! だが、我らも一瞬で20,000近い軍がやられたのだ。帝国でもあり得る話であろう。

鉄砲水も、その後の致命的な攻撃は南から来た。故に、自ずとそういうことだ」

「で、どこに向かうつもりだ?」

「先ずは老師の元へ、それから策を練り直す。

我々は大きな過ちを犯していた。先ずはあの小僧、奴の命を奪うことを最優先すべきであったわ」

「……、それは一理あるな」

彼らは、そう言って言葉を交わすと、南へと方角を転じ、いずこかへと消えていった。

時系列は元に戻る。

スキュリア侯爵ら敗軍の兵たちは、昼夜兼行で国境に向けて走り続けた。

最大の中継地点、補給物資の集積所こそカイル王国軍の手に落ちていたが、小規模の集積所や、兵站を担うため更に後方に待機していた、公国の商人たちの隊列は無事だった。

彼らから食料などを得るとともに、合流しつつなんとか、戦死したクランティフ辺境伯領に入り、国境の関門が遠く先に見える位置にまで辿り着いていた。

彼らはここに至るまで、全ての負傷者と多くの歩兵を敵国内に置き去りにし、ここまで逃げ延びた者は3,000名に満たない数まで兵力を減らしていた。

「おおっ! 関門じゃ。

我らが関門にさえ辿り着けば、追ってくる奴らを撃退することもできる! 皆の者、もう少しじゃ!」

スキュリア侯爵は、配下の兵たちを鼓舞した。

彼の言葉は大言壮語でもなかった。国境に建造されている、フェアラート公国側の関門は、以前に通過したタクヒールが『厄介な作りだ』、そう評価したほど、堅固なものだった。

だが、逃げるのに必死だった侯爵たちは気付いていない。

彼らを掃討すべく後を追っていた、タクヒールが率いる追撃部隊約5,000騎は、幾度も物見を先行させては、逃げる彼らと絶妙の距離を保ち続けていたことを。

「ザハーク、ハリム、ここから先は一旦お別れだ。俺たちはこのまま、公国の兵たちに紛れ込む。

お前たちは先に、公国の商人たちと共にサラームへと急いでくれ。そして、街に住まう者たちに魔境伯のご意思を伝えてくれ。俺たちはいずれ、サラームに入る」

「旦那、気を付けてくださいよ。飛びっきり上等の酒をご用意して待っていますから」

「そうだな、ハリムの言う通り、旦那は宮仕えより俺たちの仲間が似合っているようなお人だ。

戦勝祝いには、酒と女、飛びっきりを用意しておきますぜ。だからこの先も、しっかり頼みますよ。

我々も敗残兵を少しでも減らすよう、お手伝いさせていただきますので」

風体や公式の場以外での言動は、どの街にでもいる荒くれ者と大差ないラファールは、準貴族という看板は背負っているものの、貴族、軍人、どちらをとっても、らしくない男だった。

そんな彼は、特に陰のある人生を生きてきたものたちにとって、気安く接することができる貴重な存在であり、信頼される男だった。

「ああ、楽しみにしてるぜ。決して、危ない橋を渡るんじゃねぇぞ」

ラファールはそう笑うと、ザハークたちと別れた。

彼とその配下の兵たちは、ここまでくる過程で公国兵たちからその装備や旗印を奪っている。

公国兵に偽装するために。

一方、スキュリア侯爵は物騒な一軍が彼らに交じっているとも知らず、なんとか国境の公国側関門に入場を果たしていた。

「良いか! 追撃戦すらまともにできぬ王国兵は、我らの予想以上に消耗しておるということだ。

ここで奴らを完膚なきまでに叩きのめし、国境線を維持する。

ここが我らの最後の砦だ。各々は無残に散った同胞たちの、復讐を行う機会と心得よ!」

難攻不落の関門に入った侯爵は、身の安全が確保されてやっと落ち着きを取り戻した。

彼らの侵攻作戦は失敗し、多大な犠牲を伴い国境線まで敗退した。

だが、この関門さえ確保していれば、再侵攻もできる。

カイル王国は、まだ他に3か所の国境に火種を抱えている。更に西部辺境域では、今後内乱も勃発するだろう。そうすれば王国は混乱し、辺境領の切り取りもできる可能性がある。

侯爵が失地回復するための、貴重な機会となるだろう。

「同行していた商人たちをサラームに走らせろ! 食料と物資をこの関門に集めて来るようにと」

この命によって商人たちは走った。もちろんその中にはザハークやハリムも紛れ込んでいた。

タクヒールたちの追撃部隊は、敵軍が自国の関門に入るのを見計らって、王国側の関門へと陣を進めた。

公国側のそれとは、明らかに見劣りのするものであったが……

「さて団長、我らはあの関門を攻略する準備に入るとしますか?

再びあれを使用して、一気にカタを付けようと思いますが……」

「そうですね。先ずは先に制圧弾を一斉にお見舞いしましょう。今こちらにはカウルも合流しています。

クレイラットのカタパルトも持って来ていますし、風魔法士の数も十分です」

そう、西部戦線には最早不要と、クラリス殿下が魔法騎士団のなかから、無事な風魔法士を帯同させてくれていた。その数およそ20名。彼らはカタパルト攻撃の支援なら、十分訓練を積んでいたし、実戦も経験している。

「では、関門の最上部に設置し、準備をお願いします」

「承知しました。準備と交代で警戒を、それ以外は食事と休憩を与えます。この先も追撃戦が控えていますからね」

彼らの眼前に対峙する公国側も、まともな補給すらなく昼夜兼行で駆け抜けていたため、それを追ったタクヒールらも、十分な哨戒は行いつつも、休息の時間が必要とされていた。

こうして、僅かな時間ではあったものの、両軍が睨みあい、緊張状態にありつつも、カイル王国西部国境では静寂とした時間が流れていった。

それは、この先に起こる殺戮を前にした、一瞬の安息であったのは言うまでもない。