軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百五十二話 北部戦線③ 戦略的後退

コキュースト侯爵領にて停止し、一時的にそこに留まっていたイストリア皇王国、ウロス王国連合軍は、再び進軍を開始した。

それはまるで、南から北進するグリフォニア帝国軍と時を合わせたかのようだった。

「大司教猊下、これまでの停滞が嘘のような慌ただしいご出立、何かございましたかな」

「おおっ、コキュースト公爵か。そなたの領内での歓待で、我らも十分に英気を養えた。

そのため先程、先発隊を動かしたところだ。

半日遅れて、我ら本隊も動く故、其方も同行するが良かろう。

出陣の準備は、万事整っているのであろう?」

「はい、確かに。私は何か戦況に動きがあった、そう推察いたしましたが……」

そう言うと、もとカイル王国侯爵、今は神聖カイル王国の暫定公爵に任じられたコキューストは、猜疑の眼差しを相手に向けた。

『ふん、この男、ただの阿呆ではなさそうだな』

そう思ったカストロは、その本心をおくびにも出さず、言葉を続けた。

「帝国との共闘を約した期日が参ったまでよ。我らが動き出したことに時を合わせ、帝国は国境を越え北進していることだろう。恐らく王国の王都では、今頃大騒ぎとなっているだろうな。

東の国境戦で敗れ、西には公国軍が王都より2日の距離まで進んでおる。そして今、北と南、双方から侵攻を受けているのだからな」

「な、なんですと! 公国は王国の援軍、そう聞いておりましたが……

しかも、東国境が破られているとは、どういうことですか?」

「ほう、智謀に長け多くを知る公爵と言えど、まだこの世界の進みよう、新たな驚きもあるとみえる。

ははは、結構なことだ。カイル王国は神の裁きを受けるため、もはやその運命の火は消えかけておるわ。

間一髪の、よき判断であったこと、公爵は代々誇られるがよかろう」

そう言って公爵を笑ったカストロ大司教自身、実のところ東部戦線での敗退をまだ知らない。

彼の知る範囲では自軍が圧倒的優位な状況にあり、包囲殲滅戦の輪は完成し、その輪が正に閉じられつつある、そのように認識していた。

コキュースト公爵は、慌てて大司教の前を辞し、出立の準備へと戻っていった。

「大司教猊下、奴は使い物になるのでしょうか? 今一つ、奴の真意が見えませんが……」

将軍の一人が前に進み出て、不快な表情をしながら彼の思いを質した。

「ふふふ、セルペンスよ。例の書状を将軍にも見せてやれ」

大司教の言葉を受け、12使徒と呼ばれた魔法士のひとり、闇魔法士が一通の書状を将軍に差し出した。

将軍は、その書状を一読し、驚きの声を上げた。

「あ、あ奴! 我らを裏切っていると!」

「その通りじゃ。これには奴自身が己の失策を棚に上げ、現時点での圧倒的な不利を悟り、一時の恥を忍んで敵中の懐に入り、機を見て内側から軍を起こすこと、カイル王国に忠誠を誓っておる旨が書かれているであろう?」

「き、切り捨てましょう。誠に唾棄すべき輩です。後顧の憂いを残さぬためにも」

「奴はもともと、多少は周りが見えるが小心者で狡賢いだけの日和見者よ。状況が不利ともなれば、生き残るために我らでも、帝国にでも、外聞を気にすることなく 首(こうべ) を垂れるような男だからな。

今も、必死になって綱渡りを行い、自身の生き残れる道を探っておるのであろうな」

「それでは益々……」

「奴は愚かにも、自身の使者が此方に堕ちておることを知らん。下に付く者は、上の行う所業を見習うことを、奴は学んでおくべきであったな。

王国にて教える戦略には、反間の計というものがあるそうだ。奴自身が王国の学びを、身をもって知る者になってもらうだけよ。

セルペンスを通じ、奴には偽の返信を送ってあるわ。

『機を見て指示を出す故、それまでは皇王国を信用させるため、全力で王国軍と戦え』、とな。

で、セルペンスよ、王国からの本物の使者は、全て始末したのであろう?」

「猊下の仰せのままに」

「そう、いうことじゃ。奴は永遠に来ぬ指令を待ち、我らが尖兵となり必死に同胞と戦うであろう。

神の御心のままに……」

これ以降、イストリア皇王国連合軍は、カイル王国内部へと南進し、王都カイラールより3日の地まで進撃を続けた。そして、ここで初めて、王国軍の本格的な反撃を受けることになる。

「イストリア皇王国軍の前衛部隊約10,000、歩兵を主体とした部隊が渡河しようと迫って参ります。

その後にも大軍が控えている様ですが、土煙のため後方は確認できません。推定では更に10,000近い軍勢が続いている様に思えます」

「来たか! 我らとてこの一年、無為に過ごして来た訳ではないわ。

塹壕に潜む兵たちに下命、予定通り敵が川を渡った時点で一斉射撃を行う。

祖国の存亡を懸け、我らの誇りを見せる時は今をおいて他にはない。皆、予定通りに動けよ」

物見の報告を受けた北部方面軍司令官、モーデル伯爵は報告を受け直ちに反応した。

伝令が走り、前線指揮官に開戦の裁量が委ねられていった。

伯爵は、迎撃地点を予め二か所用意していた。

その一か所が、いま正に陣を構えているこの場所だった。

川の流れと並行して、偽装された塹壕が各所に延び、その中央には橋が架かっていた。

だが、数千の軍勢ならまだしも、万を超える軍勢が橋を渡るとなると、相当な時間がかかるし、その先頭だけが弓箭兵による集中砲火を浴び、殲滅されかねない。

残る選択肢は、一斉に渡河して対岸に橋頭保を築くことだけだ。

「良いか! 奴らが川を渡る瞬間、100メルの距離まで引き付け、一斉射撃にて殲滅する。

合図の鐘が響くまで、決して顔を出すなよ」

各指揮官の指示のもと、王国軍はクロスボウを握りながら、息を潜めて合図を待っていた。

ウロス王国軍、イストリア皇王国軍の歩兵たち10,000名が上げる濛々たる砂塵の後方には、何十という数のひと際大きな何かが、複数の馬によって曳かれていた。

「良いか! 奴らは射撃合図に鐘を使って来る。鐘のタイミングを見て、我らも攻撃を行う。

王国軍め、相変わらずの穴蔵にこもって攻撃か?

我らが兵法も知らぬ愚か者とでも思っているのか? その傲慢さを正してやるわ!」

皇王国軍の将軍が、傲然と胸を張り、砂塵の彼方を見据えて言い放った。

将軍の言った兵器は、既に川の向こう岸、王国軍が潜んでいると思われる場所を、射程内に捉える位置まで前進していた。

「これより敵軍の鐘の合図に応じて制圧射撃を行う!

射線、各車両水平方向! 御使い様方、どうぞよろしくお願いします」

彼らにも、対岸からカイル王国軍が鳴らす鐘の音は聞こえている。

それが連打から、ゆっくり三打打ちに切り替わろうとしたその時だった。

「今だっ! 連動射撃始め!」

その声に応じて、100基もの移動カタパルトが、タイミングを合わせて、一斉にその巨大なアームを振り下ろした。

対岸では、鐘が丁度2打目を鳴らし、塹壕から王国軍の弓箭兵たちが顔を出し、渡河してくる皇王国兵を射線に収めようと、クロスボウを構えた時だった。

かれらの眼前には、標的となる敵の姿は無かった。

正確には、頭上に傘を差すように水平に盾を構え、腰までの水深の川面にしゃがみ込み、姿の殆どを水中に没していた。

橋を渡っていた者たちも、集団に固まり、盾を重ねてで即席の天井を作っていた。

そして発射合図となる三打目が鳴り響く直前……

「なに? がっ!」

「うわっ!」

「奴ら……、ぐげっ」

王国軍の弓箭兵たちは、凄まじい勢いで前方から飛んでくる石弾を、それぞれの上半身でまともに浴び、短い悲鳴とともにもんどりうって倒れた。

石弾は、対岸の敵歩兵の後方、約400メルから、魔法の支援を受けて低い弾道で飛翔し、あるものは直接、またあるものは手前の川岸に落下したものが跳弾として王国兵を襲っていた。

塹壕から身を乗り出し、クロスボウを構えたその瞬間に!

もちろん、渡河中の皇王国兵も石弾に襲われたが、盾と水流によって、殆ど被害を受けていない。

イストリア皇王国、いや、カストロ大司教が、対カイル王国、対弓箭兵対策として考案していたのが、この移動式カタパルトだった。

風魔法士の支援を受ければ、最大射程はカイル王国の弓箭兵を凌ぐ400メル。各カタパルトは拳大の石弾を一度に200発ほど発射できる能力を持っていた。

ただ、僅か4人の風魔法士では、100基ものカタパルトを完璧に誘導することは難しく、専らこれに向けた訓練は、初速を維持し、できる限り威力を損なわないよう低い軌道で石弾を飛ばすことだけだった。

「今だ! 全軍突入の合図を鳴らせ!」

皇王国将軍の号令の下、渡河部隊は一斉に川を出て走り始めた。

予想外の不意打ちを受けた、カイル王国軍の弓箭兵たちは、塹壕から這い出ることもできず、縦横に巡らされた通路は、石弾を受けて倒れこんだ者たちで溢れていた。

逃げ惑う王国兵を、皇王国兵が次々と蹂躙していく。

「くっ! 奴らめ、こちらの戦術を学び、逆に我らの合図を逆用してきたということか……

塹壕の弓箭兵たちを引かせろ! 騎兵部隊は突入して彼らの撤退の援助を!

このままでは損害が馬鹿にならん」

モーデル伯爵は自軍の不利を悟り、犠牲を出しながらも潰走する味方を収容していった。

「やむを得ん、一旦最終防衛ラインまで引いて、戦力の立て直しを図る。

この先の戦いも、今までのようには行かんということじゃな。我ながら情けない話だが……

ハミッシュ辺境伯からの報告を受けておらなんだら、立て直しようのない損害を受けていたところだわ」

そう、モーデル伯爵はハミッシュ辺境伯からの増援を受けたとき、東国境での戦いの経緯、イストリア皇王国がこれまでにない戦術を採用してきていることを知っていた。

そのため、ある程度の用心はしており、虎の子である魔法士たちは最前線に投入していなかった。

ただそれでも、緒戦で死傷して脱落した兵力は2,000名にも上り、カイル王国軍は手痛い敗北を被っていた。

こうして、北部戦線は予定していた後退を、予定外の理由で余儀なくされていた。