軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四十三話 北部戦線① 動き出した包囲網

カイル王国王都カイラール、この地は長年の平和と、ここ数年は南と東、それぞれの辺境伯率いる軍勢の奮戦もあって、久しく侵略の危機とは無縁でいることができた。

しかし今は、緊迫した緊張感に包まれていた。

王都では、クラリス王女と共に戦うことを志願した者たちが4千名も居た。

そして、新たに興った射的ブームに乗って、王都騎士団に弓騎兵として採用された者が1,000名。

王都カイラールを中心とした一帯から、貴族だけでなく平民も含め、実に5,000名にも及ぶ者たちが、兵士として前線に投入されているのだから、当然といえば当然のことである。

そして、王宮には各方面の戦況を集約し、総司令部となる指揮所が設けられていた。

「爺よ、……、いや参謀総長と呼ぶべきかな。戦況はどうなっている?

先ほど西部戦線から早馬が到着したと聞いて、居てもたってもいられなくなったわ」

「さすがは陛下、お耳が早いですな。これから陛下にご連絡して、共に報告を受けるところでした。

殿下のことは余程ご心配とみえますな。陛下をお待ちする手間が省けましたわい」

「……」

2人は揃ってシュルツ軍団長が送った使者からの報告を受けた。

驚くべき戦果を挙げた報告に、驚愕しながら。

「それにしても、敵軍10,000を打ち破ったとは、素晴らしい話ではないか!

しかも味方は、損害らしい損害を受けていないとは」

「それはまぁ、報告の通り魔境伯の設置した罠と戦法、そして殿下の機転のお陰ですな?

いやはや、ご自身を餌と言い、敵軍の耳目を引き付けるとは、誰に似たのやら。頭の痛い話ですぞ……」

「だが、まだ敵軍の28,000が健在とはな……、頭の痛い話であるがな」

カイル王は、そう言って話を濁した。クライン公爵の言っていたことの意味を理解したからだ。

かつて王は、まだ王子として学園に通っていたころ、突如侵攻して来たグリフォニア帝国軍に苦戦する味方を救うため、王都騎士団を率いて戦場に駆け付けた。

安逸な日々に慣れた王国の老人たちが、危機感なく味方の苦戦を放置していることに業を煮やして。

唯一の理解者で、王弟であり、かつ、王国の重鎮であったクライン公爵を伴って、周囲の反対を押しきり王都を飛び出した。

戦場では、自らを囮にして敵軍を誘引し、包囲下にあった多くの味方を救い出した後、撤退する敵軍の後背を討ち、なんとか王国防衛の面目を保った。

それは、多くの兵と貴族当主を失った、大敗北の中でほんの小さな勝利であったが。

戦後になってから、王国を継承する世子にあるまじき行いと、その無茶を散々たしなめられはしたが……

「ハミッシュ辺境伯が東国境の戦いに勝利していなければ、非常に危険な状態でしたな。

既に二方向から、我らの予想を上回る勢力、戦術で包囲網を敷かれているようです。

これを単なる偶然と、陛下はそう思われますか?」

「後ろで糸を引く者がいる、そういうことだな?

東部戦線の侵攻、そして4年前の内乱、その全てに裏で暗躍している者がいると……」

「はい、この件は魔境伯とも話をしておりますが、未だに尻尾は掴めません。誠に以って面目次第もござりませんが」

「ふむ……、恐らくは……」

「ですな。不可思議な出来事、それらの例を繋げてゆきますと、行き当たるところはひとつ」

「すまぬが、そちらの対応も任せる。せめて失われた2つの氏族長、光と重力の助力が得られれば……」

「致し方ありません。我らはこれまで、余りにも無防備でした。

外敵にも、そして、内に潜む敵に対しても……

ここからは王国繫栄に向けた千年の計、図っていく必要もございましょう」

「そのためにこそ、だ。勝利の暁には、先日話した件、どうあっても推し進めるぞ。

初代カイル王の遺言に従って……」

「確かに、まだ当人の戦いは始まっておりませんが、既に魔境伯が上げた功績は無視できんほど大きいですな。そもそも今回の危機を察知し防衛体制を敷いたこと、東国境の勝利を決定的にした戦術、西の勝利に関するこれまでの多大な貢献、これに南部戦線で武功を上げれば、三段跳びの栄誉は確実……」

「勝てば、な。まだ緒戦の勝利に過ぎぬからな。

にしても、ゆくゆくはあ奴の婿に、そう考えておったが……、今思えばとても残念でならんわ」

「この国で唯一、暴れ馬を御することのできる御者ですかな? 陛下はゴーマン卿に先を越されましたな」

「挙式前ならな、ついでに妻の一人として、無理にでもねじ込む予定であったが……」

「ほっほっほっ。王国の姫をついでに、ですか?

姫を含めて6人もの妻を。これは初代カイル王にも並ぶ、逸話として後世にも残りそうなお話ですな」

「あのじゃじゃ馬を妻として扱える者に、其方は他に心当たりがあるか? 儂はもう諦めたわ。

だが今となっては、5人に割って入ることに、自ら婚礼を祝ったあ奴が承知せんじゃろうしな。

さて、将来の夢はさておき、次は南と北の動きか?」

「はい、各方面とは連絡を密にし、主要な者には各所の戦況も共有しております。

次は恐らく……、北でしょうな。東の前線から魔法士が消え、既に15日が過ぎておりますゆえ……」

2人は机上に置かれた大きな地図を眺めながら、今後の兵力配置と考えうる対策を話し合っていた。

そのころ、カイル王国北部地域、コキュースト侯爵の館を訪れる使者があった。

「申し上げます。ウロス王国よりのご使者、セルペンスと名乗る者が到着し、お目通りを願っています」

「おおっ! 待ちかねたぞ。早速例の部屋に通せ。

警護のものは要らんゆえ、誰も立ち入らぬよう」

そう答えると、侯爵は満面の笑みでとある一室へと移動した。

彼は謀略を巡らすとき、配下の間諜と密議を交わすときなど、好んで使う部屋があった。

そして、ずっと来訪を待ちかねていた使者と面会した。

「お初にお目にかかります。

ウロス王より密約のお返事を携えて参りました、セルペンスと申します。侯爵閣下へのお目通りを許可いただき、御礼申し上げます」

「なんの、それでウロス王のご存念はいかがかな?」

「詳細はこちらの親書に認めてございます。肝心な部分は証拠が残らぬよう、口頭で補足するようにと、命を受けておりますので、予めご容赦ください」

そう言って手渡された書状には、侯爵が望むことが書かれていた。

我々はコキュースト侯爵の国を想う心意気に共感し、協力の手を差し伸べたいと考えている。

そのため、ウロス王国として、貴国の国難に際し援軍を送る用意があるが、その件で幾つかの約定を事前に定め、今後も末永く友諠を結びたいと考えている。

なお、相互利益として以下の内容を約束してほしい。

ひとつ、無事、貴国の国難が回避できた暁には、ウロス王国を通商全般で最恵国の立場を与えてほしい。

ひとつ、最恵国は、現在交易のあるビエット通商連合国のなかで、全ての面で優先される立場とする。

ひとつ、最恵国として、向こう十年間はウロス王国の認めた商人に対し、交易税を免除してほしい。

ひとつ、これらの約束に先んじた証として、10,000名の援軍を送る用意がある。

侯爵は表情を消して、その書状を読み進めていた。

無償の協力や対価を望まない協力などは、却って信用できない。

一見すると過大な要求こそ逆に、その要求に応じた対価を払う心積りの証である、そう考えていた。

ウロス王国の要求は、まさにそれに準じた、過大な要求であった。

「して、使者殿、其方の立場は、一体どういったもであるのかな?」

「そうですね、形式上は使者の名の通り、単なる使い走りでござりまするが……

この交渉にあたり、我が王の内意を託されている者、そうご理解いただければありがたく思います」

「なるほどな。ではひとつ確認したい。ウロス王国から10,000の兵力が出せるとは初耳であるな。

その点について、其方はどう考えておる?」

侯爵はそう言って、猜疑の目を向けた。

「流石は、戦略眼に長けた侯爵閣下でいらっしゃいます。おみそれ致しました。

ご指摘のとおり、正規軍で派遣できる者は、王国を空にしても約6,000程度。ですが、その数では閣下のお考えになっていることには、力が足りますまい。

幸い我らは、商人の力が強い国でございます。商人たちは利で動くもの。交易の利によって彼らの抱える傭兵共を、5,000から6,000は動かすことが可能でございます」

「ふむ……、それゆえの最恵国待遇と交易税の免除か?」

「はい、閣下が大業を成され、再びこの国の実権を握られた暁には、交易は全て閣下を通して……

そうなれば、閣下は莫大な利益を、我らは他の2国にも先んじることが叶います」

「ふむ、それなりに過大な要求ではあるな……」

「我らの援軍は合計で10,000余名、閣下と北の辺境伯らの軍勢を合わせれば、6,000名にもなりましよう。

王都騎士団は西と南に差し向けられ、戦況如何では王都に残る第一軍すら前線に向かうことでしょう。

そこに閣下が、16,000もの援軍を率い、王都に現れる。仮に第一軍が動いていなくとも、それを遥かに超える戦力です。この意味は大きいですぞ」

当初侯爵が期待していたのは、4,000から5,000程度の援軍だった。

旗下の戦力と合わせれば、総勢で約10,000。それだけの戦力を率いて馳せ参じれば、王権派も彼の存在を無視できなくなる。国の中枢への復権や、新たな権力基盤の要求も通るであろう。

そう考えて動いていた。

「西の侯爵方に後れを取るわけにもまいりますまい?

あの方々以上の戦力を率いなければ、閣下のお力と功績を、認めさせることが叶いますまい?」

使者の言葉に、コキュースト侯爵は迷った。

自軍の兵力を遥かに超える数の援軍、それに取り囲まれれば、自身の生殺与奪の権すら他者に委ねてしまうこととなる。それも、格下と思っていたウロス王国側に……

「ふむ……、ひとつウロス王に承諾いただきたいことがある。

商人が手配する私兵や傭兵については、当面の対価を払うゆえ指揮権を任せていただくことは可能か?

それが可能であれば、良しなに、そうウロス王にお伝えいただきたい」

「承知しました。それでは戻り次第我が王に報告のうえ、改めて軍を率いて馳せ参じまする。

我が国も懐事情がなかなか厳しいゆえ、そのお申し出は我が王も快諾されるでしょう。

そのためにも、北の辺境伯には……」

「それは当方から使者を出しておこう。

丁重にお迎えし、粗相のないように……、と」

「それでは、新たな二国の友誼と、王国の重臣で重責を担う閣下の御ために」

そう言って使者は帰っていった。

金で動く商人や傭兵たちなら、スポンサーの命令を第一に従う。そうでなければ、信用に関わり、今後の商売に大きく影響するからだ。

カイル王国内では今や傭兵は大きく数を減らしている。いや、減ってはいないが、その多くがとある傭兵団に吸収されており、国内で手配できる傭兵はそれらに相手にされない、いわばゴロツキばかりだった。

商人や傭兵には誰が雇い主か、それを明確にすることができれば、恐らくことは足りるだろう。

侯爵は自身の知る常識のなかで、そう判断した。

それよりも、再び国政に帰り咲き、我が世の春を謳歌できること、この夢が彼の決断を後押しした。

コキュースト侯爵は、自身の未来を思い浮かべ、満足げに笑いながら使者の背中を見送った。

この時、コキュースト侯爵自身、既に戦没したクランティフ辺境伯と同様、敵国を招き入れて王国を転覆させる思いはなかった。ただ、他国の兵力の威を借り、我が身を大きく見せて自らの地位をより高みに、そんな野心を持つだけであった。

そしてその日のうちに、侯爵家から北の辺境伯へと使者が走った。

後日、コキュースト侯爵や北の国境を守る辺境伯が聞かされていた数より遥かに多い、24,000名もの兵力がなし崩し的に、咎められることもなく国境を抜け、カイル王国内に侵入することになる。

このように、カイル王国が抱えていた内憂は、本来なら協力し味方となり得る者同士で、情報不足による疑心暗鬼を招き、凋落し復権を夢見る者に機会を与え、結果として敵国を利することになっていた。

タクヒールらが情報を統制してしまったが故に、王国包囲網の危機や敵国の意図が周知されず、西部国境でも、そして北部の国境においても、援軍と称した敵軍を招き入れる土壌を作ってしまっていた。

いわば先に起こった復権派と王権派の内部闘争とその結果が、最大の危機を招く結果に結びついていったことを、この時点では誰も気付いていなかった。

敵の陣営以外は……

だがこの事を咎められるほど全て俯瞰し、状況を見定められる者などいない、それも事実であった。