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作品タイトル不明

第二百二十話(カイル歴512年:19歳)災厄の到来

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【⚔ソリス男爵領史⚔ 滅亡の階梯】

カイル歴512年の夏、天の災いエストールの地を襲う

この年、天の慈雨なく、大地は硬くひび割れる

豊かな大地は渇き、エストールの民、天を見上げ嘆く

作物は渇きに枯れ、大地は祝福をもたらすことなし

その年の糧を失った民、多いに嘆き、乾いた大地は民たちの悲しみに濡れる

町は日々の食を求めた民で溢れ、支える力及ばず

蓄えなき多くの民、その冬を越す事能わず

力弱き者たち、飢えに倒れ、多くの民、未来を嘆く

為政者たちの努力及ばず、多くの民を失う

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歴史書に書かれた夏がついにやって来た。

前回の歴史で俺自身が経験した、この干ばつについての記憶は色濃く残っている。

夏の盛りに起こった異常な暑さと渇き、これにより、あともう少しで収穫できると思っていた、多くの作物が枯れ果てた。

エストール領を流れる一番大きな川、オルグ川も僅かな細い水流を残し、大部分が干上がった。

そして、怨嗟の秋、飢餓の冬と呼ばれた季節が訪れることになる。

実りを祝うべき秋は、余りに少ない収穫に、領民たちは天を仰ぎ怨嗟の声を上げ、収穫できた作物がほぼなかった冬場になって、領内全体に大規模な飢餓をもたらす。

エストの街では、領内の各農村から来た難民が溢れかえり、俺は炊き出し所を設け、必死になって対応した。

そして前回の俺は、この時初めてクレアと知己を得ていた。

彼女が孤児たちを率いて、炊き出し所の運営に名乗り出てくれたからだ。

この時は、俺やミザリー始め行政府の必死の努力にも関わらず、できることは限られていた。

他領から穀物を買い集めるための資金も不十分だったし、背に腹はかえられないため馬や武具まで売った。

抱えていた兵員数も、父の代から比べると相当減っていたため、余剰は全て売り払った。

もちろん、険悪だった東西の隣領から支援を受けることも叶わず、困窮した領民たちの多くは、難民となって隣領に流出した。

あの時は……

すごく……、辛かった。

様々な努力や対策も空回りして、具体的な成果は何も無かった。

だが、今の俺たちは違う!

前回の歴史通り、非常に暑い夏が訪れ、太陽が大地を焦がすように日々照り付け始めた。

各地の川は、みるみる水量を減らしていき、揚水水車も灌漑水路も意味を持たなくなっていった。

今回の世界では、ハストブルグ辺境伯を中心に、各地の情報連携ができていた。

そこで判明したのは、今回の日照りを伴う干ばつは、カイル王国南部辺境に留まらず、南部地域一帯で起きていることが判明した。

俺の記憶でも、ここまで大規模だった訳ではなかった筈だ。

これも歴史の倍返し、いや、三倍返しということか?

俺は密かに戦慄した。

幸いだったのは、反乱により南部地帯の多くは、辺境伯陣営に所属していたことだ。

どの領主もみな、俺の警告に従って前年に多くの穀物を備蓄しており、豊作だった地域から安く大量に買い占めている。

更に魔境伯領を筆頭に、ソリス、ゴーマン両伯爵領、コーネル子爵領については、ため池などの準備にも余念がなかった。

辺境伯陣営の各領主には、うちでやっている作付けの変更、代替作物なども共有していた。

なので各領地でも、稀にみる凶作が予想されても、不安は最小限に抑えられていた。

もうひとつ、活躍したものがあった。

ディモスの町に巡察に来ていた俺は、ある道具をライラに披露した。

彼女だけじゃない、領民たちも驚いていた。

「なるほど、できる限り高台にため池を作れ、そう指示されたのは、こういう訳だったんですね。

ほーす? を使えばこんな簡単にできるなんて……」

「まぁ、最初の水流を確保するのに、大きなホースじゃあ水魔法士の助力がいるし、小さくても魔物の腸に口を付けるのは、止めておいたほうがいいしね」

それは魔物の丈夫な腸を使って用意していた、大きなホースもどきだ。

大きなため池を作ったとしても、かなりの量の水は水路に流す際、いちいち汲み出す必要がある。

でも、サイフォンの原理を使い、水魔法士が一旦水流を流してしまえば、後は自動的に汲み上げることができ、ため池の底面が水路より高くにあれば、全て流し込むことができる。

「これで畑が生き返ります!」

「ありがとうございます」

「このための仕分けだったんですね、今分かりました!」

領民たちからも歓呼の声が上がっていた。

溜池に水門を作ったり、底まで水をさらう工夫をしなくても、これなら簡単に水を吐き出させる事ができるので、地魔法士の力を借りれば、溜池工事も至極簡単に済んでいた。

加えてガイアとディモスでは、穀物栽培を集中させた畑と、穀物以外の干ばつに強い作物を育てる畑を、無理やり地域を分けて固めさせている。

限られた水の分配先を、少しでもまとめることにより、貴重な水を有効に使うために。

ガイアを任せていたエランからも、ホースの活用と、対策は首尾よく機能している報告があった。

そして予想通り、イシュタルとアイギスは特に問題が起こらなかった。

何故なら、テイグーン山の豊富な湧水は、干ばつ時も変わらぬ水量を維持しており、水の配布は問題なく通常通りで対応できているといった報告も受けていた。

最後に、テイグーンの開拓村には、それこそ巨大なため池となる堀から、徐々に水を供給している。

来年の防衛戦に備え、全てを空にする訳にはいかなかったが、年が明ければ大量の雪解け水も期待できるため、それなりの貯水を放出した。

このような対応の結果、魔境伯領に限って言えば、干ばつが終わった秋には、代替作物などの収穫を合わせれば、例年とほぼ変わらぬ量の収穫を得られる目途が立ち、俺たちは一安心した。

だが、他領ではそれなりに被害があったようだった。

ソリス伯爵領では、マーズ近辺の穀倉地帯と、灌漑をいかした農地に被害が出た。

様々な対策を行っていたうえで、代替作物などの収穫を含めた計算でも、1~2割程度の収穫減となったそうだ。

他の領地もほぼ同様だったらしい。

「対策を行ったうえで、この数字は非常に厳しいね。

ミザリーは近隣領地の家宰と連携して、支援物資が必要かどうか確認して欲しい。

ヨルティアは他領に解放できる備蓄の見極めをお願い」

俺は溜息を付くしかなかった。

「はい、既に各家の家宰とは連携しており、当面は予め用意していた備蓄で乗り切れるとのことです。

必要になった際は、支援として通常時の価格で売って欲しいとの連絡をもらっています」

ミザリーの回答に、ヨルティアが補足する。

「調査で判明したことですが、ソリス伯爵家、ゴーマン伯爵家は全体で2割弱程度、辺境伯とコーネル子爵については2割〜3割弱、南東側の各家では3割〜4割程度、辺境伯の陣営以外では5割以上の収穫減だそうです。この差異は……」

「真剣さの違いでしょうな。

ヨルティア殿の調査結果通り、2伯爵家はこれまでのタクヒールさまの予見と実績を皆が知っています。

ですが、遠く離れるほどその実績は伝わりにくくなります。

領主たちがいくら大号令を発しても、実際に動くのは配下の者たちです。

我々のようにはいかんでしょう」

団長がため息を付いた。

確かにその通りだと思う。

「私たちは、タクヒールさまの言葉なら、誰もがそれに応え、目一杯取り組みますからね。

残念ながら、その違いでしょうね」

クレアも胸を張って答えた。

「それでも、なんとか飢饉は回避できそうですし、カリンさまも健やかに育つことができそうですねっ!」

「うん、まぁね」

ヨルティアの言葉に、俺は照れ隠しで短く答えただけだった。

アンはこの夏の前に無事、女の子を出産していた。

1回目、2回目の人生を通じて、俺は初めて父親になっていた。

アンに似た赤毛の女の子に俺は 可凛(かりん) と名前を付けていた。

いつも凛として俺を支えていてくれたアン、そして、日本で生きていたころ、妻ユウコが子供が授かれば付けたいと言っていた名前も『凛』だった。

俺はその2つの思いから 可凛(かりん) と名前を付けていた。

「所で、被害があった地域の冬対策はどうなっているんだろう? ミザリー、分かっていることは?」

俺は少し照れて話題を変えた。

団長はそんな俺を見て笑っている。

「はい、お父君、ソリス伯爵が栽培しやすい種の蕪の種を、大規模に供給されています。

蕪であれば収穫も早く、土地を選ばず栽培できます。

各領地では、『伯爵蕪』と呼び、一斉に種を蒔いているそうですよ」

「ははは、今度は伯爵だもんね。

男爵芋はこっちが貰っちゃったし、蕪ぐらい本家本元に称号を返してあげないとね」

そう言って俺たちは笑った。

終わって見れば今回の災厄はあっけなかったと言える。

だが、俺たちはこの対策に2年をかけてきた。

これまでで最も入念に、そして大規模に準備をしてきたといっても過言ではない。

周りの領地にも十分な準備の時間があった。

その上でそれなりの被害も出た。

それを考えると、実は恐ろしい規模で災厄が襲ってきていたことを嫌でも実感する。

つかの間の安堵の時をかみしめたが、俺たちにとって最大の危機は一年後に確実にやってくる。

きっと更に大きな津波となって。

ひと段落したのち、俺は次にすべきことに取り掛かった。