軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十七話(カイル歴502年:9歳)血塗られた大地② 秘策

「ふん、予想通り布陣しおったな。

我らが何故、これみよがしに軍を進め、丘を取らせたか、そんなことも理解できぬ奴らとはな」

侵攻軍を指揮するゴート辺境伯は憮然として呟いた。

「カイル王国の奴らは守ることしか頭にないようです。だから守備に有利な丘を押さえたがる」

参謀の追従に、ゴート辺境伯は満足げに頷いた。

「では、予定通り、正面と右翼は牽制、まずは左翼軍で敵右翼をもぎ取るとしよう。

鉄騎兵団は後方で待機し、機を見て戦線参加、敵右翼を踏み潰す」

ゴート辺境伯が右手を高々と上げる。

「前へっ!」

各指揮官の号令で、ゴート辺境伯の軍勢が進軍を開始した。

~小高い丘の上~

「やはりそう来ましたね。ソリス男爵軍全軍に遠距離射撃の準備をお願いします。

狙撃位置は所定の番号に従い対応。号令があるまで待機を」

ヴァイス団長は予想通りの展開に笑みを浮かべ、父に戦闘準備を依頼した。

戦場で、ゴート辺境伯の軍勢の動きは明らかだった。

左翼側(キリアス子爵軍)に対しては、矢の届く射程ギリギリまで進出、待機し睨みあった。

中央側(ハストブルグ辺境伯)にも同様に布陣。

ゴート辺境伯左翼軍のみ、敵右翼(ヒヨリミ子爵軍、ゴーマン子爵軍)に対して攻勢を開始した。

敵最右翼の小勢など、まるで無視して。

ゴート辺境伯の思惑は明らかだった。

まとまった集団戦力として、警戒すべきは、ハストブルグ辺境伯とキリアス子爵のみ。

それらを牽制しつつ、敵右翼に攻撃を集中すればよい。

敵右翼の集団は烏合の衆だ。こちらの主力を敵右翼にぶつけ、数で圧倒しつつ各個撃破する。

戦線が崩れたところで、敵側背に鉄騎兵団を投入し、敵右翼の息を止める。

その際は、先ずは最も右の、低い丘に陣取る小集団を踏み潰す。

その後は速度に勝る騎馬隊が、敵右翼側から後背に回り、主将であるハストブルグ辺境伯の陣を衝く。

2,000騎の鉄騎兵団の突進は彼らの陣をたやすく食い破るだろう。

ゴート辺境伯は自ら描いた作戦と、その通りに進行する戦場の推移に満足していた。

「主力と思われる敵約2,000、ゴーマン子爵軍、ヒヨリミ子爵軍の陣を猛攻しております」

小高い丘の上に陣取っている、ソリス男爵、及びヴァイス団長からは、兵の報告を受けずとも状況はよく見えていた。

数でも劣り、それぞれの子爵軍の士気は低い。

自軍の倍近い敵兵より正面から攻勢を受けたヒヨリミ子爵軍は、早々に崩れだした。

狼狽しながらじりじりと後退しつつある。

ゴーマン子爵軍は奮闘しているが、ヒヨリミ子爵が後退すると敵に半包囲されてしまう。

「ヒヨリミめっ、不甲斐ない」

舌打ちしながら、追随して後退を指示していた。

ハストブルグ辺境伯率いる中央軍とキリアス子爵の左翼軍は、目の前に対峙する敵兵に警戒し動けない。

何より、最も警戒すべきゴート辺境伯の鉄騎兵団が、敵陣後方で待機しており、救援には向かえない。

「ヒヨリミ子爵軍、崩壊しつつあります!」

「続いてゴーマン子爵軍も後退中っ!」

味方の危機、事態の急変を告げる兵の報告が2人に次々と入る。

「そろそろかね?」

「はい」

ソリス男爵とヴァイス団長には、この短いやりとりで十分だった。

ゴート辺境伯は満足気に戦場を見回す。

「はははっ見ろ、あの無様な狼狽ぶりをっ。

そろそろ終わりにするか、鉄騎兵団っ! 敵軍の後背に回り辺境伯の首を私の所に持ってくるのだっ!

先ずは孤立した、敵最右翼の小勢を踏みつぶせっ」

ゴート辺境伯より敵軍を蹂躙する命令が発せられた。

これにより待機していた鉄騎兵団は後方から敵右翼に向かって進撃を始めた。

最強の鉄騎兵団2,000騎にかかれば、たった600程度の小勢、踏みつぶされるだけの存在でしかない。

大地を揺るがす馬蹄の響きを上げて、鉄騎兵団の突進が開始された。

この時点でゴート辺境伯は自軍の勝利を確信していた。

ソリス男爵、コーネル男爵連合軍に対し、ゴート鉄騎兵団が突進する。

これから狩る獲物を前にして、鉄騎兵たちは精神を高揚させ、雄たけびを上げながら。

距離はまだかなりあるものの、大地を揺るがす馬蹄の音と、2,000騎が猛然と突き進んでくる様子を前に、ソリス男爵軍の多くの兵が息をのみ、死を覚悟した。

彼らが逃げ出したい気持ちから、わずかばかりの差で踏み留まれたのは、ソリス男爵、双頭の鷹傭兵団の団長、この二人が悠然と敵に身を晒し、落ち着いていたからだ。

彼らに死を告げるべく迫る馬蹄の響きは、更に大きく、刻々と近づきつつある。

「各自、矢の装填を確認、射撃準備のまま防壁の内側に伏せよ。合図があるまで決して出るな!」

ソリス男爵の号令に、兵士たちは一斉に防壁の内側に隠れた。

防壁の上に身を晒しているのはわずか3人だけ。

「私の合図で敵集団の先頭目掛けてお願いします。なーに、落ち着いてやればこの戦、勝てますよ」

ヴァイス団長の言葉に、緊張で固まっていた少年は、なんとか笑顔を作り、頷いてみせた。

ほどなくして、突進してくる敵の騎馬を睨んでいたヴァイス団長が、冷静に声を発する。

「右2番方向、今ですっ!」

戦場の一角に、突如として現れた目も眩む閃光は、その一帯をまばゆい光で包み込み、疾走する鉄騎兵団は、先頭集団からその光の中に包みこまれた。

突然現れた、目も眩む光に、鉄騎兵団の騎士達は、乗馬とともに一瞬盲目となった。

全力で疾走する馬が盲目になること、それは突然平衡感覚を失うことに等しい。

騎馬は次々と激しく転倒、後続を巻き込んでいく。

後に続く騎馬も、転倒した人馬に足を取られ転倒、更に後続を巻き込む。

彼らは視界を奪われ、何が起こったかも分からず、あるものは落馬し戦闘不能に、あるものは後続に蹴り飛ばされ、あるものは踏みつぶされて絶命した。

重装備の鎧は、敵の攻撃から命を守るもの、だが、転倒した際には逆に命取りになった。

自由に身動きができないまま、味方の騎馬の馬蹄に踏みにじられる。

「止まれっ! 来るなぁっ!」

「た、た、助けてくれっ!」

「誰か! 起こしてくれっ!」

戦場は馬のいななきと、人の絶叫が混じった、地獄絵図と化した。

言葉に表せない断末魔の声で戦場は満たされた。

全力で疾走する騎馬はすぐには止まれない。

予想外の事態にも関わらず、なんとか愛馬を御し、転倒を回避した者たちにも、悲劇は同様に襲ってきた。

全力で疾走していたため、騎馬は停止するまでの数秒、かなりの距離を進んでいる。

その途中に用意されていたのは、本来、目が見えていれば十分に避けることが可能な、そして、何の問題もない程度の、小さな段差、浅い塹壕、穴などの罠の数々。

ヴァイス団長が、地魔法士に依頼し、ソリス男爵家の陣地付近にこっそり仕掛けたものだ。

最初の光で転倒を回避した者たちも、数秒後には先に転倒した者たちと同じ運命が待っていた。

彼らは後続も少なく、味方の馬蹄に踏み潰される者は少なかったが、騎馬が激しく転倒したあおりを受け、彼ら自身も大地に叩きつけられ、戦闘不能となっていった。

この一瞬の出来事で、ゴート辺境伯が擁する最精鋭部隊、鉄騎兵団の三分の一が命を落とすか、戦闘不能となってしまった。

ソリス男爵家長男ダレク、後に剣聖、光の剣士と呼ばれた彼の初陣は、味方にとっては輝かしい戦果として、敵にとっては刃を交えることなく無念に散った怨嗟の対象として、飾られることとなった。