軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六十話:反乱軍攻防戦③ 絶体絶命の窮地

テイグーンの街の両端にある関門では、それぞれが夜通し敵軍の攻撃を受け、守る者たちは限られた少ない兵力で、必死の防戦に努めていた。

「やっと夜が明けたか……

思った以上に兵士の精神と体力の消耗が激しいな。

ここからクレアにも援軍を送ってやりたいが、このままでは、どうにもならんな……」

クリストフはそう呟き、悔しさに唇をかみしめた。

ヒヨリミ兵は、小集団に分散し、一晩中砦の各所に夜襲を仕掛けて来たため、その対処に翻弄されたまま一夜を過ごすことになってしまった。

彼とゲイルが交代で守備を担当していたが、新関門を守る兵力はたった300名程度。

この人数では、全員を配置に付けても、城壁にある全ての防御線を守るためには人手が足らない。

新関門は六芒星の形をした星形城郭の構造をしており、最もテイグーンに近く本陣のある南丸以外、5か所の突起部分にそれぞれ防衛拠点が設けられている。

昼間は各突起に50名ずつ兵を配しているが、夜間は兵を3交代で、100名づつ睡眠と食事、休養を取らせたため、本来は50名いた本陣の兵も、夜間は全て交代要員として出払っていた。

「我らも苦しいが、抱える兵力の面ではクレアはもっと苦しんでいるだろう。

せめて日中の間だけでも、彼らが交代で休息と睡眠を取れるよう、此方の50名を魔境側関門に派遣したい。

ゲイルさん、どうかな?」

「ああ、確かにな。我らとしては、50名でも出すと痛い所だが、そうも言ってられんだろう。

各自、朝食を取り終えたら、本陣に詰めている50名を魔境側の関門に派遣するとしよう」

高い城壁と各個の突端部分が互いに連携した、防御力の高いこの砦も、夜間だけはその巨大さが仇となり、現状の人数では闇に乗じた奇襲への対処が至らない。

だが、日中であれば不意を突かれることもなく、クリストフやゲイルが弓箭兵を支援し、機動的に運用すれば数の不利も十分補える。

『すまん……、がもう少しだけ待っていてくれ。此方から一息つけるよう増援を送る』

彼らはクレアに対し、心の中で祈るように呟き、近くて遠い、魔境側の関門の方向を見つめた。

一方、魔境側の関門でも、延々と続く敵の夜襲に耐え、疲れ切った身体に鞭打ちながら、歯を食いしばり防戦に努める者たちがいた。

「はぁ、はぁ、やっと……、夜が明けたわね」

東の空、山の稜線から差し込む朝日を見て、クレアは荒い息をついた。

遥か高くそびえるテイグーン山に阻まれ、西側斜面に朝日が射し込むのは、日の出より数刻後になる。

未明に行われた敵の攻撃も、なんとか耐えきった。

だが、一晩中間断のない攻撃を受け、魔境側の関門では、誰ひとりとしてまともな休息すら取れていない。

もちろん、クレア自身も一睡もする余裕は無かった。

彼女は、これまでの激務で疲労した身体に鞭打ち、自警団の団員たちや傭兵団の兵たちを励ました。

そして時には、火魔法で関門前に火の壁を作り、兵たちと共に戦い、敵の侵攻を阻んでいた。

敵軍は本気で攻める気が無いのか、夜襲は本格的な攻撃と言うより、挑発に近い攻撃に思えた。

それでも守備隊は万が一に備え、都度全力で対応しなくてはならない。

この一晩中続いた、間断のない敵軍の夜襲により、自警団の団員たちは心身ともに激しく消耗していった。

彼らは本来、兵士が受ける厳しい訓練を、くぐり抜けてきた 強者(つわもの) たちでは無い。

そのためか、敵の矢ではなく、疲労で倒れる者も続出していた。

「無理もないわ。

彼らもこれまで、寝る間も惜しんで働いて来たわ。

感染者の輸送、街の警備など、兵士が出払っている所を支え、活躍してくれてたのは彼らだものね」

これ以上無理強いはできない。

彼らにも限界が来ていることを悟り、クレアは悔しくて涙が溢れそうになった。

だが、何とかそれを耐えた。

キーラと自分の心が折れたら、そこで終わる。

彼女は、今その想いだけでこの場に立っている、そう言っても差し支えなかった。

「夜が明けたので、今度はそれなりの力押しをしてくるでしょう。交代で食事を取り、せめて各々の配属場所で休ませてあげましょう」

キーラの進言に対し、彼女は頷いた。

だが無情にも、再び見張りから報告が入る。

「敵に新たな動きがあります!

約300名の敵兵が、盾をかざして進軍して来ます!」

「やれやれ、きっと私たちを休ませるつもりはないのでしょうね……、さあ、全員配置に付いて!」

キーラの指示が飛ぶ。

盾の傘に隠れ、関門前へと移動してくるヒヨリミ兵の多くは、片手に武器ではなく柴などの可燃物を持っていた。

彼らは関門の城壁直下まで走り寄ると、それらを並べて立て掛けた。

そして、一斉に火を付け逃げ去った。

柴は一気に大量の炎と煙を上げ、煙は城壁に沿って立ち上り、鐘楼に立つ自警団や兵士を包んだ。

「ゴホッ、ゴホッ! これでは……、前が見えん!」

「目がっ! これでは目が開けてられないっ」

城壁上の兵士達はむせ返り、煙に目をやられる者も出ている。

クレアも鐘楼から呆然とその様子を見ていた。煙だけでなく、立ち上る熱波を感じながら。

その時、只一人、迫り来る危険を察知した者がいた。

彼女は煙の隙間から、一旦逃げ去った敵兵が何かを手に、再び此方に向かい再布陣しているのを確認した。

「クレアさん、退避を!

全員、近くの物陰に隠れてっ! 早くっ!」

キーラが叫ぶと、多くの兵が反射的に動いた。

だが、疲労困憊のクレアは、その動きに一歩遅れた。

「敵の矢だ! 退避をっ!」

兵の1人が声を上げると同時に、大きく弧を描いた300本もの矢が、彼らの頭上に降り注いだ。

「えっ? 敵がクロスボウを? そんっ……」

そこまで呟き掛けて、クレアは身体の何か所かに衝撃を感じると同時に、意識を失い倒れ伏した。

倒れた彼女が纏う、動きやすさを優先した比較的軽装の鎧には、数本の矢が突き立っていた……

そして、彼女の衣服を、流れ出た血が赤く染め始めた。

「クレアさんっ!」

キーラの絶叫が、関門上に響き渡った。

「誰かっ! 今すぐ聖魔法士をっ……」

キーラはそう叫んで、気付いた。

テイグーンに残る聖魔法士は僅か2人だけ。

ティアラは新関門に、そしてクララは街の施療院にいて、この場には誰もいない。

こんな猛攻を受けているなか、人手を割いて彼女を搬送することができるだろうか……

キーラは非情な決断をせざるを得ない立場にいた。

ヒヨリミ子爵は、隣領(ソリス家)でのクロスボウの採用、そして戦場での運用も十分知っていた。

それに釣られて、他の領地でもクロスボウが取り入れられ、兵器として重用されつつあることも。

その経緯もあり、彼は数年をかけて、密かにクロスボウの大量生産と配備を進めていた。

今回の出征にあたり、クロスボウはヒヨリミ子爵軍の全兵士にまで行き渡っていた。

もちろんそれらは、テイグーンの魔境側関門を攻めた兵達にも配備されており、彼らは指揮官の指示により、これまでの戦いで隠し続けて来たそれを、今回一斉に使用して矢を放って来た。

ヒヨリミ軍の一連の動きは、煙にまかれ、関門の城壁上に展開する者たちからは見えづらく、矢をつがえ反撃に移った者は誰もいなかった。

「ふん、クロスボウが貴様らだけの兵器である筈もなかろうて。その様な驕りが身を亡ぼすのだよ。

全軍! 続けて第二射、第三射用意っ!

関門上の敵兵どもを薙ぎ払えっ!」

リュグナー配下の指揮のもと、彼らは一気に攻勢に転じ、関門へと襲い掛かった。

関門の城壁上には矢の雨が降り注ぎ、至る所で矢が突き立つ。

関門を守る兵士、自警団の団員たちは、庇や構造物の陰に隠れ、矢の雨を逃れることが精いっぱいだった。

「あと一押しでこの関門も陥ちるな。

これでは時間稼ぎだけでなく、リュグナー様が関門突破の栄誉を受けられることになりそうだな。

難攻不落で聞こえた関門も、予想以上に脆いわ」

攻撃を指揮する指揮官は、思惑通り進んだ状況に満足していた。

関門上の敵兵は、降り注ぐ矢を逃れることで精一杯で、自分たちに反撃できている者は殆ど居ない。

それを見た彼は、次の手に移った。

「 破城槌(はじょうつい) を前へっ!」

念のため、彼らが手間を掛けて持ち運んだ攻城兵器が、兵士たちによって関門前に押し出された。

程なくして、その槌は、金属板の張られた巨大な門を叩き壊すべく、振り下ろされ始めた。

関門を守る者たちはみな、響き渡る破城槌の轟音と、降り注ぐ矢の雨に、関門の陥落を予感した。

自警団のなかには、絶望の声を上げる者も出始めた。

「団長、申し訳ありませんっ! お役目、果たせそうにありません……

クレアさん、ごめんなさい。

今、貴方を送り届けることができないっ」

キーラは誰にも聞こえない、小さな声で敬愛する上司と、応急処置を受け、関門内の救護所に運ばれたクレアに詫びた。

そして、悲壮な決断を実行すべく覚悟を決めた。

タクヒールより預けられた最後の手、門の通路を巨大な岩々で蓋をすること、守備兵を全て逃がし関門自体を仕掛けられた油で火の海にすること、それらを実施する事を決めた。

もちろん、自身は関門と命運を共にする覚悟で……

そうやって、少しでも時間を稼ぐために。

「見晴台より、新たな報告っ! 魔境側隘路に異変っ!」

この後に及んで、更に敵軍の増援なの?

キーラだけでなく、その報告を聞いた誰もが、最後の瞬間と覚悟した。

「敵の一部が同士討ちを始めていますっ!

隘路出口に陣取った敵兵を蹴散らし、全力で隘路を抜け、此方に向かって来る一団があります!」

「援軍……、なの?」

不確かながら僅かな期待に、下を向き絶望していた者たちも、視線を前に向き直し煙の奥を凝視した。

魔境側関門の防衛線は、ここに至って新たな転機を迎える。