軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百五十二話:東部国境戦⑫ 翻る征旗

※※※ 開戦十一日目

「それにしても……、あの様なもの、一体どこで?」

辺境伯の疑問はもっともだった。

俺は、乾麺の開発などで、子供の頃から領主館の厨房に出入りしていた。

そして、その時知った。この世界にもブートジョロキア顔負けの、超激辛唐辛子があることを。

それは、俺がまだ5歳だったころ、偶然得ることができた知識だった。

『坊ちゃん、それ、子供が手にして良い物ではありませんぜ』

その日俺は、唐辛子似たものが、キッチンに置かれているものを見て、思わず手にしていた。

そして、そこに現れた、ミゲル料理長に叱られた。

『これは……、料理に使う物でしてね。少量使うだけで、大人でも頭から大汗が出る代物です。

でも、世の中には、もっと凄い物があるんでさぁ。

ナーガの実、そう呼ばれるヤツは、ひと舐めしただけで、大人でも舌の痛みに、涙を流して転げまわるって代物ですぜ』

テイグーンで、魔導砲の開発をしていた時、その話を思い出していた。

そして、複数の商人に依頼し、大量のナーガの実を、それこそ王国中からかき集めた。

この経緯と事情を知らない、多くの商人たちは、市場でほぼ価値のないナーガの実が、急騰していることに頭を悩ませた。

そしてなかには、俺以外にほぼ買い手のないナーガの実を、高値で買い占めに走り、莫大な損失を出した者もいたらしい。

兵器開発は、入手したナーガの実を乾燥させ、それを水車の石臼で引き粉にすることから始まった。

この製造過程で、関わった者たちが何人も悶絶するはめになったのは言うまでもない。

更に、兵器として試作段階でも同様に犠牲者を出し、最後は試射で失敗し、俺と団長が悶絶するはめになったという、曰くつきの代物だ。

ニシダの時、俺は料理中に唐辛子に触れた手で、食後にコンタクトを外し酷い目にあっていた。

唐辛子に少し触れた手でさえあの激痛、ナーガの実の威力は絶大だった。

もちろん、ニシダは後日、反省と今後のために、カプサイシンの応急処置もネットで調べていた。

そのお陰で、兵器試作において、被害者となった関係各位は、悶絶程度で済んだのだが……

「赤い煙は……、超激辛唐辛子の粉です。白っぽいのは胡椒などのスパイスの混合品です。

白いのは、ただの小麦粉ですが……。

城壁上は味方が取り付く際に、彼らにも被害が出ちゃうので、砦内と違い配分は加減してます」

「料理に使うものを兵器にか! もう驚きを通り越し、開いた口が塞がらんな」

そう言って辺境伯は笑った。

砦前の城壁では、瞬く間に土嚢の階段が構築され、次々と兵たちが城壁に上っていく。

その先頭集団のなかには、散発的ながら皇王国の反撃の矢を防ぐ、風魔法士たちがいた。

彼らはそれらよりも大事な、真の役割のために。

砦内に布陣していた皇王国の兵士たちは、城壁上から吹き下ろす、赤い風や白い風に恐怖した。

城壁を占拠した敵兵の矢より先に、城壁上に散らばった粉が、風とともに彼らを襲うことになったからだ。

風魔法士の活躍もあって、さしたる反撃も受けず制圧できた城壁上には、森から進出したクロスボウ兵が展開、城壁内の敵兵に向かって射撃を始めた。

岩壁上からも、風魔法士の支援を受けた、クロスボウ兵たちが、今なお矢の雨を降らしている。

ここまで進めば、ほどなく彼らは城壁とそれに続く壁面を完全に制圧し、門を開けると予想された。

そうすれば、混乱した敵軍に、ホフマン軍団長率いる騎馬隊が突入する。

イストリア皇王国軍の兵士たちは、既に組織的な抵抗を行うだけの統制を失っていた。

「何が起こっておるっ! 報告せよっ! 一体……、何が?」

砦の中で、最もイストリア皇王国領に近い、東側の防壁近くの一室にいた、カストロ枢機卿は、事態の急変に思考が追い付かなくなっていた。

「西側の城壁は既に敵に占拠された模様です。

砦内に展開した兵士の多くは、敵の放った煙にやられて、使い物になりません。

我らが殿軍を務め、時間を稼ぎます。その間に、御使いの方々を連れ、本国までお引きください。

早くっ!」

将軍に促され、彼は脱出を始めた。

間もなく、この砦は陥落する。そう言われて取り乱し、算を乱して逃げ出した。

御使いのことなどすっかり忘れて。

彼は、今回の戦いで2人の御使い(風魔法士)を戦場に連れてきていた。

加えて、3名いる聖魔法士のうち1人を、負傷者の治療のため、戦に同行させるべく願い出た。

だが、皇王(教皇)はそれを認めなかった。

彼ら聖魔法士は、皇王が起こす神の 奇跡(まほう) を陰で実行し、皇王の権威を見せつけ、民衆を導くための道具として大切に扱われ、王宮という籠の中から出されることはなかった。

そのため、本来は一人だけ伴う予定だった御使い(風魔法士)を、二名にした。

枢機卿に忘れられて、砦に取り残された御使いは、三日目の戦場で遠距離射撃の奇跡を演出し、兵士の士気を鼓舞した者だ。

しかし、その後実施されたタクヒールの反撃を、運悪くその身に受け、肋骨を数本骨折、身体中の打撲も酷く、身動きできない瀕死の状態で、砦内のベッドに横たわっていた。

そしてもう一人の御使いは、早朝の敵襲と思えた鐘の音を聞き、反撃を行うロングボウ兵を支援するため、砦内の広場に出ていた。

そこでカイル王国軍の攻撃を受け、痛みに目を抑えて悶絶していた。

幸いにも彼は、難を逃れた兵士に抱えられ、砦を脱出する一行に合流することができていたが。

岩場の上から戦場を眺めていたタクヒールにも、最早戦局は決したかのように思われた。

開かれた城門から騎馬隊が突入し、先頭のホフマン軍団長の脇には、騎馬に乗ったゴルドとアラルが左右に付き従っていた。

彼らは、騎馬の突進とともに左右から強風を起こし、地面に散った赤い粉を、待ち受ける敵軍の方向に吹き飛ばす。

待ち構えていた者は、ダメ押しの粉の攻撃を受け、次々と悶絶し、抵抗する術を失っていった。

もう砦の陥落は時間の問題、誰もがそう思える状況だった。

「敵軍に新たな動きがありますっ!」

その報告を受け、辺境伯と団長を伴い砦の裏側、イストリア皇王国側が見渡せる場所まで移動した。

「ほう、まだ戦意は潰えていないようですね。

察するにあの陣形、砦を出て追撃しようとする我らに、強かな逆撃を企図していると思われます。

前面の歩兵が防壁となり、後ろに控えたロングボウ兵が左右から攻撃するつもりでしょう。

殿軍として脱出を支援し、その傍らで追い縋る我らに、強かに逆撃を加えるつもりだと思われます」

団長の指摘とおり、イストリア皇王国軍は、砦東側の城門(出口)に向かい、V字の陣形を構築し始めていた。

見たところ、歩兵約4千名とロングボウ兵約4千名が展開し、追撃しようと城門を出たところで、矢の十字砲火を加える、必殺の陣形のようだ。

城門を出た直後、一点集中でロングボウの十字砲火を浴びれば、今度はこちらが殲滅される。

「バルト、収納した石や瓦礫は、まだ沢山ある?」

「はい、嫌という程あります。お見舞いしますか?」

「うん、申し訳ないけど頼む。 惨(むご) いようだけど、これ以上戦禍を拡大したくない。味方の犠牲も。

これで大人しく撤退してくれれば良いのだけれど……」

俺はバルトに、最後の一手の実行をお願いした。

一方、殿軍を申し出た皇王国の将軍は、必殺の陣形を敷き、敵軍が門から出てくるのを待ち受けていた。

「カイル王国の奴らめ! このままでは済まさん。一兵でも多く道連れだ。

獲物を狩るつもりで出てくれば、今度は貴様らが我らの獲物だ。

歩兵隊は奴らの騎馬隊を絶対に通すな! そうすれば、我らに勝機もある!」

皇王国の将軍は、そう叫んで味方を鼓舞した。

多くの兵たちは、その声に応じ、士気はまだそれなりに保たれていた。

彼らが前方の砦を注視していたころ、不意に左手の岩山を指差して声を上げる兵士がいた。

岩山の上方では不思議な光景が確認されていた。

最初は身体をロープに結わえ、半ば宙吊りの状態になっている人影が、揺れているだけだった。

だが突如、そこから轟音と共に、大量の岩石が斜面を転がり落ちながら、頭上に降って来たのだ。

「うわぁっ!」

「落石だっ! 退避っ! 退避っ!」

「だめだっ……」

V字に部隊を展開していたなか、左翼の部隊は突如として起こった尋常ではない落石に逃げ惑った。

なかには人の手で持ち運びができない大きさの石も、急峻な斜面を転がり落ちてくる。

石は何人もの兵を吹き飛ばし、下敷きにして転がり続けた。

防御陣を厚くするため、歩兵たちが密集していたのも災いし、彼らは大きな被害を被った。

こうして左翼の部隊は潰走し、陣形は大幅に乱れた。

機を見たホフマン軍団長の命令一下、騎馬隊が突進すると、皇王国軍の右翼部隊も、逃げ惑う味方に引きずられ潰走した。

こうして東部国境の砦には、再びカイル王国の征旗がたなびき、国境の戦いはここに終結した。

カイル王国軍の歴史的大勝利で。

<カイル王国軍>

◆参加兵力

ハミッシュ辺境伯軍 4,000名

東部方面貴族軍 10,000名

他援軍(ソリス男爵) 1,000名

王都騎士団 20,000名

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計 35,000名

◆損失

ハミッシュ辺境伯軍 400名

東部方面貴族軍 2,600名

他援軍(ソリス男爵) 0

王都騎士団 200名

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計 3,200名

<イストリア皇王国軍>

◆参加兵力

ロングボウ兵 18,000名

歩兵 6,000名

軽騎兵 6,000名

(魔法士 2名)

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計 30,000名

◆損失

ロングボウ兵 15,000名(うち捕虜3,000名)

歩兵 2,000名(うち捕虜1,000名)

軽騎兵 1,000名

(魔法士 1名:捕虜)

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計 18,000名

カイル王国軍は、1割の兵力を失ったとはいえ、多くの敵軍を討ち、国境の砦の奪還に成功した。

また敵軍の半数以上を討ち取り、4,000名近い捕虜も得たことで、歴史的大勝利と言ってよい戦果を挙げた。

砦内での戦いで、多くの捕虜を得られた要因は、目をやられ激痛のあまり戦意を喪失し、戦う術、逃げる術を失った者たちが多くいたからだ。

イストリア皇王国軍は出撃した兵力の6割を失う大損害を受け、虎の子ロングボウ兵団は壊滅した。

更に、最も貴重な戦力である、御使い(風魔法士)も一人失うという大失態を犯し、以前の戦役でせっかく奪った国境の砦も、カイル王国軍に奪回されてしまった。

国境から逃げ戻ったカストロ枢機卿は、敗戦の責を負い、収監されて、その身は当面幽閉された。

本来なら、即刻処刑されるほどの惨敗であったが、魔法士の適性を確認する儀式の秘儀は、未だに彼の手中にあり、それが惜しまれた結果、命を永らえることとなった。

今度は彼自身が籠の鳥となって。