軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十九話:残されし者の戦い④ 四の矢:病者の行進

ソリス男爵が治めるテイグーンの地より、疫病発生の知らせが各地に飛んだころ、既に疫病が蔓延して猛威を振るい、多くの領民が死の淵に立ち、苦しんでいる領地があった。

その地を治める領主は、疫病の発生の事実を他領に伏せていた。

まるで、何かの目的があるかのように。

「父上、只今戻りました。

これで領内の南側に点在する、全ての町、村への手筈は整いました。

いくばくかの食糧も置いて参りましたので、領民どもが領境を越えるまではもつと思われます。

あ奴らは助けを求め、恐らく今頃は、テイグーンやフラン、エストへと向かっているでしょう。

間もなく、ソリスの者共の元へ、大いなる災厄を携え雪崩れ込むことになるでしょう」

「リュグナーよ、ご苦労だった。

こんな時期に疫病とは、我らも運が良いわ。

まるで天が我ら闇の氏族に味方しているようだな」

「父上の仰る通りです。

それにしても、我らが野盗の襲撃を偽装し、難民に間者を紛れ込ませて送る策から、急遽、疫病患者を活用する策への転換、父上の四の矢の采配は見事です。

まさに機を見るに敏、そう思い感服いたしました。

これで奴らは、溢れかえる疫病患者で身動きもできず、右往左往することでしょうな」

「で、自身の足を掬おうとしておる我らに対し、奴らが態々(わざわざ)、教えてくれた件はいかがした?」

そう、彼らはエストの街に住まうソリス子爵より、疫病発生の事実とその対処法、教会での清めの儀式の有効性について報告を受けていた。

タクヒール自身は、あくまでもソリス子爵家の一員であり、直接関係のあるハストブルグ辺境伯とゴーマン子爵以外は、全て彼の父であるソリス子爵を通じ、関係各所への連絡をするよう手配されていた。

ヒヨリミ子爵親子は、その知らせを受けると同時に、狂喜して戦略の変更を行っていた。

より、非人道的な方向に……

「教会は渋りましたが、全ての兵士に対して、清めの儀式を行うよう、手配は完了しております。

兵たちの間にも、あの噂を流しております。

これで多くの兵が隣領に恨みを持ち、死兵となって、我らが意のままに動くよう堕ちることでしょうな。

父上の方のご首尾は如何に?」

「ああ、窮地に陥った強欲な豚は簡単に堕ちたわ。

あ奴は王都の飼い主にも見捨てられ、その心は、自身の醜い逆恨みで闇に沈んでおったでな。

辺境伯憎し! この想いだけで配下の腰巾着共を連れて、自暴自棄の暴発……、いや、決起して、我らが大業を果たす礎となろうて」

「では、間もなく我らは、豚共が後戻りできないよう、その口火を切る、そういう訳ですな?

王都の馬鹿共が、召喚などと生ぬるい事を言っている間に、国境は戦火の渦に巻き込まれ、休戦に 現(うつつ) を抜かしておった者どもは、帝国の馬蹄に踏みにじられる。

我らが待ち望んだ、王国の滅びが始まると」

この時、会話をしていた父子は、彼らしかいない筈のこの居間に、実はもう一人の男が潜んでいたことに気付いていなかった。

「父上! 兄上! 今なんと仰った?

王国への叛意、聞き捨てなりませぬっ!」

自身の父と兄が交わしていた、思いも寄らぬ会話の内容に、驚愕した彼は隠行を解き姿を現した。

彼自身、領内を蝕む疫病に心を痛めるとともに、一向にその対策を行わない父と兄を不審に思っていた。

そのため、最近発現したばかりの闇魔法を使い、2人の会話を盗み聞きすべく居間に潜んでいた。

「エロール! 貴様いつの間に……、闇の血統魔法に目覚めていたのか?」

驚く兄を尻目に、エロールは思いの丈を吐き出した。

「我が耳を疑う言動の数々、 看過(かんか) できませぬっ!

兄上! 疫病で苦しむ我らの民を、救済することなく隣領に送り込むとは、どういう事ですか?

父上! 乱を企み、王国の滅びを誘発するとは、どういう事ですか?

お返事によっては、私も黙っておりませんっ!」

彼はおもむろに剣を抜くと、その切っ先を父と兄に向けた。激しく動揺する彼の剣先は、上下に細かく震え、その表情は強張っていた。

「エロールよ、其方はまだ、彼の者からの『闇の洗礼』を受けてはおらん。落ち着くのだ。

洗礼を受け、深き闇の恩寵と、闇の歴史を知れば其方もきっと理解できる」

「父上、なりませぬ! 闇の洗礼は受ける者は、 古(いにしえ) よりその後を継ぐ者ただ一人。

父上自身が、かつてご兄弟に対し行ったこと、今、この場でご決断いただく時かと思います」

そう言って、リュグナーは父親に向けて、顔色一つ変えず冷淡な声で督促した。

その言葉を聞きエロールは思い出した。かつて、彼には2名の叔父たちがいたことを。

そして彼らが人知れず姿を消した時を前後して、自身の父も変わってしまったことを……

まさか……、父上が叔父上たちを手にかけた、そういう事なのか?

そんな思いが彼の頭に過り、彼は剣を手にしたまま固まった。

「者どもっ! 出会えっ! エロールが乱心し、我が父を手に掛けようとした!

明確な反逆である。この場で切り捨てて構わん、直ちに討ち取れっ!」

尊敬していた兄、リュグナーの命令は、エロールにとって信じ難いものであった。

激しい衝撃を受けた彼は、兵たちが振り下ろす剣を払い、逃走のため居館の出口へと向かい走った。

「エロール様ご乱心っ! 討ち取れっ!」

居館にはリュグナー直属の兵たちが詰めていた。

10数人の兵士が、彼の後を追う。

あともう少しで外に出れる、そう思った時、エロールは行く手を遮る兵士たちに取り囲まれた。

「無念っ! これまでかっ」

多勢に無勢、彼は進退窮まり覚悟を決めた。

その時、物陰から飛び出し、自身の身体で突き出された兵士の剣を受け、彼を庇った者がいた。

「どうかっ! エロールさま、お逃げくだされっ! た、民たちを、お頼みし、ま、す……」

ヒヨリミ子爵家家宰のヒンデルは、口から血泡を吹きながら言葉を残すと、貫かれた剣で絶命した。

ヒヨリミ子爵と長兄による領地に対する酷薄な治世、それに反し、できうる範囲で領民と領地を支えていた家宰は、エロールにとっても唯一の味方だった。

「ヒンデル、ヒンデル……、すまない。俺のために」

エロールは疾走する愛馬にしがみつき、東へと馬を走らせながら涙を流し続けた。

ヒヨリミ家内で唯一、エロールの理解者であり、領民を救うため共に奔走した、ヒヨリミ家の良心、そう言われたヒンデル家宰は、彼を庇い凶刃に斃れた。

もう家中では彼の味方は誰もいない。

その頃テイグーンでは、疫病の猛威をなんとか抑えることに成功していた。

初期段階こそ、感染者は増え続け、一時は300人近くまでなっていった。

だが、そこから感染者の増加は頭打ちになり、目に見えて減少していった。

今では、50人程度が、施療院で治療を受けているに過ぎない。

もちろん、疫病の犠牲となり、亡くなった者は誰もいない。

ローザを始め、初動の対応が功を奏したことや、入念な準備のおかげで、全てが円滑に機能したこと。

教会が、発病した者に対し、即座に清めの儀式を行うことで重症化を防ぎ、治癒を促進したこと。

消毒液やマスク、石鹸の配布など、防疫施策が効果的に機能したこと。

貴重な砂糖を大量に保有していたため、タクヒールの指示で準備されていた、経口補給液なるものが、病人たちに与えられていたこと。

そもそも、テイグーンは新興の開拓地で、疫病に対する抵抗力の弱い、老人が少なかったこと。

何が功を奏した結果なのかは、誰も分からない。

だが、確実に成果は出ていた。

中心となり対応した者を含め、領民たちの表情も明るくなり、徐々に活気を取り戻しつつあった。

タクヒールには、既に第二報として、対処が順調であることを伝える使者も送っていた。

だが、そういった必死の努力を踏みにじり、再び混迷する状況をもたらす凶報が、彼らの元に届いた。

「新関門のエラン様から、緊急連絡です!

ヒヨリミ領の領民と思しき者50名余り、庇護を求め、続々と関門前に集まっているとのことです。

エラン様より、疫病の感染者も含まれていることの懸念も、申し伝えるよう伺っております。

保安上、及び、人道上、双方の観点から、至急対応を協議いただきたいとのことです」

報告が入ったとき、行政府の対策本部には、エランを除く残留組の主要メンバーが集まっていた。

「大至急、保護しましょう! 病状にも依りますが、ヒヨリミ領から来たとすると一刻を争います」

ローザが席を立ち、飛び出そうとする。

そしてそれを慌てて制する者がいた。

「待って! いくつか腑に落ちないことがあるわ!」

クレアが叫んだ。

思い過ごしであれば良いが……、彼女の頭には不安な影がよぎった。

「エストール領の領民以外で、直接ここを目指すって、おかしくないかしら?

最上位大会などを通じて、交流のあるゴーマン子爵領やコーネル男爵領の領民ならまだしも、ヒヨリミ子爵領の領民は、テイグーンに縁があるとは思えないの」

「クレアさん、間諜や謀略の可能性がある、そういう事ですか?

ここよりヒヨリミ領に近い町を目指すのではなく、敢えてテイグーンに誘導されている可能性があると」

ミザリーは、タクヒールが残していった懸念を思い出し、はっとなった。

いつも彼とその軍が不在な時を狙ったかのように、災厄は襲ってくる。

「十分あり得るな。ヒヨリミ子爵め! 無辜(むこ) の領民の命すら兵器に使う、そういう事か。

とは言っても、見捨てることもできん。悪辣なことをしやがる……」

クリストフは、唇を噛みしめ怒りに震えていた。

そう、彼らもタクヒールと出会う前は、それぞれがエストール領に住まう、普通の領民だった。

なので彼らは、領民を思う施策を取る自身の領主を崇拝し、逆に領民に対し酷薄な治世を行う隣領には、いつも心を痛めていた。

「取り急ぎ、病人の対応は急を要するでしょう。

幸い、新関門の砦は、内壁で区切られ、療養施設はその他の施設から隔離することができます。

ローザに、急ぎ向かってもらうとして、護衛は十分につけること、駐留軍や辺境騎士団の皆さんには、フラン側と魔境側の警戒を強化いただき、配備を進める。

それでいかがでしょうか?」

「私はクレアさんの意見に賛成です。

あと、もしこれが敵の謀略の一環なら、エストの街にも同様のことが起きている可能性もあります。

早馬を走らせ、クリスさまに報告する必要があると思います。

行政府より、その発信と注意喚起を行います」

ミザリーは決断した。

彼女とともに集まった首脳部の者たちも同意見だった。

「では、私は取り急ぎ、護衛の方の準備ができ次第、新関門に向かいます。

ゲイルさん、搬送隊を何組か新関門に回していただけますか?

クレア姉さん、神父に引き続き聖水の増産と、この後すぐ、清めの儀式の準備を依頼してください。

ヨルティアさん、物資を新関門に大至急輸送していただくようお願いいたします」

そう言って、ローザは慌ただしく席を立った。

その他の人間も、席を立つと慌ただしく動き始めた。

そしてこの翌日には、前日の倍、100名ほどの難民が助けを求めて、隣領より新関門に辿り着いた。

更に翌日にはその倍、200名もの集団が、新関門に押し寄せることとなった。

王国中央で策謀を巡らす、復権派すら知らない、四の矢は放たれた。

刻々と悪化する事態を前に、後事を託され、テイグーンに残された者たちの試練は、まだ始まったばかりだった。