軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7.真実は微笑む

side フェリシア

「……アリーを、これ以上傷つけるな」

張りつめていた空気を、真っ向から断ち切るように――エリオット様が低く、しかし確かな声量でそう告げた。

庭園を渡る風が一瞬、止まったように感じられる。

その瞳には憤りが宿り、けれど同時に、どこか追い詰められた者特有の焦燥が滲んでいた。正義を振りかざすというより、「信じたいものを否定されたくない」幼さの色。

対してヴィアは、少しも慌てることなく、白磁のカップを指先で持ち上げる。カップの縁が唇に触れるまでの所作は、驚くほど優雅で、ゆったりとしていた。

「それは、私に向けられた言葉かしら?」

静かに落とされたその声は、柔らかいのに鋭い。

――剣だわ。研ぎ澄まされ、抜き放たれたばかりの。

けれど、その切っ先を向けられたことすら理解できていないエリオット様は、拳をぎゅっと握り締め、愚直にも言葉を重ねる。

「そうだ。オリヴィア。友達になれると喜んできたアリーに対してのこの仕打ち。いや、今のことだけではない。貴様がアリーにしてきたことを、私は黙って見過ごすつもりはないぞ」

あまりにも唐突で、あまりにも一方的な“糾弾”。

舞台に立つ覚悟もないまま、観衆の前で叫び始めたようなものね。

「学院の教師にあることないこと吹き込み、アリーが学院で不利になるように仕向けていると聞いた。アリーに嫉妬しているのか? 公爵家の令嬢だからといって、そんな横暴が許されるとでも思っているのなら、大間違いだ!!」

……まあ、台詞回しだけ見れば悪くはないわ。

それに応じるように、ランス様とコンラッド様も声を上げる。

「爵位が下の者に横暴な振る舞い。なんて浅ましい。アリーみたいに愛らしく振る舞っていれば、ランチにも誘ってやったのに」

「贈り物も、惜しまず渡したさ」

聞けば聞くほど、滑稽ね。

“くれてやる”つもりの婚約者に対する施し? それを誇らしげに語れるなんて、令息教育はいったいどこへ行ったのかしら。

「それだけじゃないわ!」

――来た。

アリー様が、目元をぬぐいながら一歩前へ出る。指先は震え、声は甘く掠れ、完璧な“被害者”の装い。

「学院の階段から、私を突き落としたわ。あの時、後ろにいたのは――オリヴィア様、あなただわ!」

それは、まるで疑う余地のない“真実”であるかのように語られた。

聞く者の感情に直接訴えかける、よく練られた言葉。

「そんな人間が婚約者だなんて、ぞっとする。オリヴィアこの際だからはっきり言っておく。この先、私から愛されるだなんて期待しないことだ」

エリオット様がヴィアを指差し、声高に宣言する。

「クラリス、お前もだ」

「ああ、もちろんカルラ、君にも同じことが言えるぞ」

その矛先は、ヴィアだけに留まらなかった。

クラリス様、カルラ様――それぞれの婚約者から放たれる言葉は、次々と矢のように飛ぶ。

けれど。

彼女たちは誰一人、動じなかった。

ヴィアは紅茶を静かにソーサーへ戻し、クラリス様は背筋を伸ばしたまま涼やかに瞬きをし、カルラ様は口元に微かな笑みを浮かべて首をかしげる。

「あなたたちの話には、矛盾が多すぎるわ」

指先ひとつ動かさず、ただ“そこに在る”だけで、空気がぴんと張り詰める。

先ほどまで自信満々だった彼らの声が、目に見えて弱まった。

本番と、茶番の違い。

ようやく理解できたかしら?

――と、その瞬間。

「……証拠があるのか?」

低く、重く、威厳を伴った声。

それは問いというより、宣告だった。

振り返った全員が、息を呑む。

芝生の向こうから現れたのは、ヴィアの父――ディルク・ヴァロワ公爵。

飾り気のない佇まい。

だが、立っているだけで“従属”を強いる圧がある。私ですら、無意識に膝を揃え、背筋を正していた。

「……公爵、閣下……」

エリオット様の喉が、情けなく鳴った。

先ほどまでの勢いは、跡形もない。

公爵はまず娘へ一瞥を送り、それから冷ややかに問いを向ける。

「君は、我が娘、オリヴィアが他者を傷つけたと言うのか。――ならば、その根拠を示してもらおう」

声は静かで、理知的。

だが、そこには一切の逃げ道がない。

「そ、それは……アリーが言っていたんです。彼女は、嘘をつくような子じゃない……!」

弱い。

あまりにも。

論理も、証拠もなく、“信じたい”という感情だけが先走る姿に、私は喉の奥で小さく笑いを噛み殺した。

「……証言だけか。では尋ねよう。オリヴィアが突き落としたという場所の、監視魔具の記録はあるのか? 他の目撃者は?」

それは詰問ではない。

――判決前の、最終確認。

ランス様とコンラッド様が青ざめた顔で視線を交わす。

「それから、エリオット。君は誰の婚約者だったか。かばう人間が違うのではないか? ――ああ、『公爵家がそんなに偉いのか』と口にしたのも君だったな?」

その一言で、エリオット様の顔が引きつった。

「偉いかどうかは、今さら私が言うことでもあるまい。だが、どれほどの“影響力”を持っているか――君たちには、近いうちに身をもって知ることになるだろう。許されるだなんて、期待しないことだ」

「……っ!!」

「そこの者たちもだ。娘とその友人に放った言葉、まとめて、きちんと責任を取ってもらう」

言葉にされた未来に、アリー様の肩が小さく震えた。

涙を拭おうとした指先は、途中で止まったまま。

……真っ青ね。

一方でヴィアは、何事もなかったかのように、再び紅茶を口にする。

『公爵様がいるなんて、聞いてない! 卑怯だ!』

声を潜めて詰め寄るエリオット様。

けれど、それは完全な負け犬の遠吠え。

聞いていないから、何だというのかしら?

ここは公爵家。

多くの目と耳があり、起こったことは必ず報告される。招かれておいて、あれほど大声を出したのは、あなた自身でしょうに。

「私はお父様を呼んでいないわ。ただ、今日の茶会に彼女とあなたたちを招いた。そして、たまたまお父様が通りかかった。それだけよ」

言い訳も、誇張もない。

ただ事実を述べるその声音が、何より雄弁だった。

ふふ――そう。

ヴィアは最初から、

舞台を整え、照明を点け、

座して待っていただけなのだから。