軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セイディ・アークライト 2

「セイディ……!」

広間へと戻ると、すぐに両親がきつく抱きしめてくれた。泣いていたのか、お母様の目はひどく赤い。

「すまなかった、お前が辛い思いをしていたというのに、気付いてやれなくて……」

「セイディ、本当にごめんなさい」

「そんな、謝らないでください……!」

10年ぶりの両親の腕の中はとても温かくて、再び視界がぼやけていく。二人は何も悪くない。悪いのは全て、私やジェラルド、そして皆の身体を奪っていた人間なのだから。

私はやがて二人から離れると、ジェラルドに向き直った。改めて見ると、びっくりするほどの美形だ。スッと立ち上がる彼を見て、何よりも腰が痛くなさそうで安堵した。

「それじゃあ僕もそろそろ、家に帰ってみることにするよ」

「ジェラルド、本当にありがとう。私も付いていきたいけれど、きっと今の私が行っても迷惑になるだけだから……」

「大丈夫だよ。それにしても君、美人だったんだね」

「ふふ、そっちこそ」

何だか変な会話だと、顔を見合わせて笑う。

間違いなく、彼の両親である侯爵夫妻も私の悪評は耳にしているはずだ。だからこそ変な誤解を招かない為にも、最初に全てを打ち明ける大切な場に、私は居ないほうがいい。

「絶対に、違うところでジェラルドの力になるから」

「ありがとう。セイディは頼りになるからね」

とは言え、私が彼の頼りになったのは裁縫や農作業に関してだけだ。こうして貴族令嬢に戻った今、何の知識も力もない私が出来ることなんて、果たしてあるのだろうか。

見送るために玄関まで彼と並んで歩いていくけれど、やっぱり違和感は拭えない。少し前までは、彼と目線だって一緒だったのに。今では頭ひとつ分、彼の方が大きかった。

「この身体に戻る前の私はとんでもない悪女だったらしいけど、ジェラルドはどうだったのかな」

「伯爵夫妻の話だと、僕は酷い女たらしだったらしいよ」

「えっ」

私とエリザ以外の女性とはほとんど会話すらしていなかった、どちらかと言えば女性が苦手なジェラルドが女たらしだなんて。お互い、本当に散々すぎる。

「元の身体に戻った瞬間、両腕に違う女性が絡みついていたんだ。全身の鳥肌が止まらなくて、死ぬかと思った」

「ええっ……」

彼も今後、ひどく苦労しそうだと思った。きっと、10年という時間は私達が思っているよりもずっと長い。一度ついてしまった悪いイメージを払拭するのは、難しいだろう。

「そもそも、どうして急に元に戻れたんだろう」

「さっぱり分からないんだ。他の皆も元に戻れたのか気になるし、お互い落ち着いたら一緒に調べてみようか」

「そうだね」

そうして近いうちに連絡すると約束し、ジェラルドを見送った。彼の存在には、今も昔も本当に救われている。

どうか彼のご両親も彼の話を信じてくれますようにと、祈らずにはいられなかった。

◇◇◇

広間へと戻った私は、両親と向かい合うようにしてソファに腰掛ける。目の前に置かれた紅茶にそっと口をつければ、涙が出そうなくらいに温かくて甘くて、美味しかった。

「ジェラルド様から大体の話は聞いたよ。にわかには信じがたい話だが、私達から見ても10年前の夏からお前の様子は変わった。その他にも、思い当たることはいくつかある」

「はい」

「それに何より、今のお前は先程家を出て行った時とはまるで別人だ。……ああ、どう考えても別人のように変わったというのに、何故気付いてやれなかったんだろう」

「貴女がずっと酷い環境にいたというのに、私達は……」

そう言った両親は、ひどく自身を責めているようだった。けれど、見知らぬ人間と娘の中身が入れ替わっているなんて、誰が想像できただろうか。そもそも、子供の性格などいくらでも変わるに違いない。気付けと言う方が無理がある。

「けれどこうして、無事に戻ることが出来て良かったです。私こそ、長い間親孝行ひとつ出来ずごめんなさい」

改めて見た両親はひどく疲れている様子だった。 私(・) に沢山の迷惑をかけられ、さぞ苦労したのだろう。私が悪いわけではないとわかっているけれど、やはり胸が痛んだ。

「実はな、お前が支度をしている間にラングリッジ侯爵家から、正式な婚約破棄に関する書類が届いたんだ」

「……その、なんだかすみません」

「お前は悪くないよ。こればかりは仕方のないことだ」

侯爵家との繋がりも途絶えた今、間違いなく我がアークライト伯爵家の評判や立場は、地の底まで落ちているだろう。

「その、むしろ10年もの間破棄されなかったのが、おかしかったのよ……そもそも向こうには得のない話だったもの」

確かにお母様の言う通りだ。家柄も何もかも、向こうの方が上だったはずだ。

それなのにとんでもない悪女だった私と10年もの間、婚約関係を続けていたなんて、不思議で仕方なかった。

「一体、どうして……」

「ルーファス様は、お前を見捨てなかったんだ」

「えっ?」

「あの方はいつも、きっといつかセイディも分かってくれると言っていたんだよ。お前が昔のように戻ることを、ずっと信じて下さっていたんだろう」

想像もしていなかったその言葉に、私は言葉を失った。

「そもそも、どうしてもセイディと結婚したいとルーファス様が言ってくださったから、この婚約は成り立ったのよ」

子供の頃はいつも彼と一緒にいて、私もルーファスのことが大好きだった。そして7歳になったばかりのある日、彼と婚約することになったと両親から告げられた記憶がある。

「私達家族以外で、あの状態のお前を大切に思っていたのはきっと、ルーファス様だけだっただろう」

つまり浮気者で最低最悪の私を、ルーファスは10年間も見捨てずにいてくれたのだ。先程ひどく冷たいように思えた彼は、誰よりも優しい人だったのかもしれない。

最後に見た、ひどく悲しげな表情を浮かべていたルーファスを思い出すと、泣きたくなった。

「とにかくしばらくは、ゆっくり休みなさい。お前の好きな物を何でも用意するよ。可愛いセイディ」

そんなお父様の言葉に、私は深く頷いた。

これからは朝日が昇る頃、けたたましい鳥の鳴き声で起きて働くことも、夜中小さな蝋燭の明かりの中で裁縫をすることだってないのだ。そう思うと、涙が出るほど嬉しかった。

私だってこの10年、誰よりも必死に生きてきた。

とにかく今は大好きな家族に甘え、好きな物を食べ、ふかふかの布団で眠りたい。そして出来るなら、ルーファスともう一度だけ話をしてみたい。そう、思ったのだった。