軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06 訓練

セリーナが作り上げた地獄の障害物の数々に、孤児たちは次々と脱落していった。

ほとんどの者が丸太のハシゴのあまりの高さに途中で動けなくなり、それを突破しても静かに沼に沈んでいった。唯一、エマだけが断崖絶壁の岩山まで到達したが、登っている最中に滑落する有様だった。

死者が出なかったことが不思議なくらいである。

セリーナは考えた。

「あまりにも達成率が低いわね。何がいけないのかしら? 基礎体力?」

自分が悪い、という発想が最初から無いセリーナは、難易度が不適切であるという考えには至らなかった。そこで「訓練施設を利用させるには孤児たちが未熟だった」という結論に達し、基本的な体力をつける訓練から始めることにした。

「基礎体力をつけるために、走るところから始める」というセリーナの話に孤児たちは心から安堵したが、彼らは自分たちの主がどんな人間であるかをまだ十分に理解していなかった。

その後、公爵家の使用人たちが戯れに訓練施設に挑戦してみたのだが、洒落にならないような怪我人が続出し、彼らは心から孤児たちに同情したという。

──

「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」

リチャードが倒れたルイスに声をかけた。彼らは基礎訓練で庭を走らされていた。この訓練が始まってから、すでに幾日かが経過している。

庭といっても公爵家のそれは広大である。彼らが走っているのは小さな村くらいはありそうな森の外周で、それを10周走ることを課せられていた。しかも、ギリギリ持てる程度に計算された重さの土嚢を背負わされていた。

当然、体力の無い者がどうしてもついていけなくなる。この年頃では体力的な男女差はあまりなく、太っているルイスが皆の足を引っ張る形となった。

「……リチャード……僕は駄目だよ……やっぱりついていけないんだ……」

地面に手をついて、とぎれとぎれに息をしながら、ルイスは涙を流していた。

「馬鹿野郎、ルイス! おまえはここで諦めるつもりかよ! あのクソ女は躊躇なくおまえを殺すぞ? あいつは悪魔だ。それも他の悪魔が裸足で逃げ出すような極めつけの性悪だ! 俺たちの命を晩飯の付け合わせの野菜くらいにしか思ってねぇんだぞ?」

「……でも、僕がいたらみんなの迷惑になるよ」

本来的にはリチャードはルイスのような軟弱者は嫌いだった。孤児院にいたときは、すれ違いざまに殴る程度の仲だった。しかし、ここには恐怖と暴力で彼らを支配するセリーナという存在がいた。

孤児院では問題児だった彼らは、セリーナという暴君を前に自然と団結するようになっていた。

そして、その恐怖の支配者が、ゆっくりとリチャードたちの元に近づいてきている。

「あら嫌だ、わたくし、この時間帯にお昼寝のスケジュールを入れたかしら? ねぇ、リチャード?」

まるで獲物をいたぶる蛇のような笑みを、セリーナは浮かべている。

「サー、もうルイスは限界であります、サー」

せめてもの慈悲を引き出そうと、リチャードは訴えかけた。

「あらそうなの? でもいいわよ、そのまま寝てて。無理は禁物ですもの。ただ、ルイスが寝ている間は他の子たちは走り続けなければならないでしょうね」

もちろん、セリーナに慈悲の心は存在しなかった。

(くそっ、やっぱりこいつは人の皮を被った悪魔だ。母親の腹の中に人の心を忘れてきてやがる)

リチャードは心の中で毒づいた。面と向かって言わなくなっただけマシになったとも言える。セリーナの魔法によって身体にいくつもできた火傷の痕が、彼を成長させた。

「サー、ひとつお願いがあります、サー」

「何ですか? 願い事を聞くのはわたしではなく、神様のお仕事ですよ?」

「サー、では、わたしがルイスを背負って走るという提案を致します、サー」

セリーナは目を大きく見開いた後、楽しそうに微笑んだ。

「素晴らしい提案だわ、リチャード。良いでしょう、その提案を受け入れます。ちゃんとルイスの土嚢まで持つのよ?」

「いけない、リチャード。いくら君に力があっても、それは無理だ」

ルイスはリチャードを止めようと何とか立ち上がろうとしたが、土嚢の重さに膝が折れた。

「黙ってろ! おまえは今から俺の荷物だ。荷物が勝手に喋るな!」

リチャードは強引にルイスを背負い、両手にひとつずつ土嚢を抱えた。

そしてゆっくりと走ろうとした。しかし、いくら力自慢のリチャードでも、人ひとりと土嚢ふたつを抱えて走るのは困難である。足が思うように動かない。

「あらあら、わたしは散歩をしろだなんて、あなたたちに言った覚えはないわ? 走らないと一周には数えなくてよ?」

セリーナはとても楽しそうだった。

(くそっ、あの女、いつかぶち殺してやる!)

リチャードは頭の中でセリーナを何度も殴ったが、現実はどうにもならない。

せめて足を速く動かそうと試みるも、足が地面にめり込んで動かないような感覚を覚えた。

(俺の力はこんなものなのかよっ!)

リチャードが自分の力の無さを嘆いたそのとき、同じく庭を走っていたオスカーとエマが近づいてきた。そして、リチャードの両脇に抱えていた土嚢をひとつずつ持った。オスカーとエマはふたつの土嚢を抱える形となったが、何とか足を止めずに走っている。

イザベルとアリスもリチャードの後ろからルイスに手を差し伸べて支えて、共に走る意志を見せた。

思わぬ仲間たちの支援に勇気づけられたリチャードは力強く走り始めた。

エマとアリスはともかく、オスカーとイザベルはこのようなことをする人間ではない。孤児院ではできない子どもを嘲笑し、自分の邪魔になる子どもは徹底的に排除していた。

実際、リチャードの行動を見て、このふたりは冷笑したのだ。

「馬鹿だな、あいつは」と。「出来もしないことをやろうとするのは愚かだ」と。

しかし、そんな言葉とは裏腹に彼らはふたりに救いの手を差し伸べたのだった。

「自分たちも馬鹿の仲間入りをした」と自嘲しながらも。

そんな従者たちの姿を遠目で見ていた公爵家の召使いたちは感動していた。彼らはセリーナの従者たちを汚い孤児と揶揄し、セリーナの謎の訓練に何の意味があるのかと首をかしげていたのだ。

しかし、目の前で起きている従者同士の美しい行動を前にして、「セリーナ様は卑しい孤児たちを心から鍛え直しているのだ!」と勝手に納得している。

一方、セリーナは考え込んでいた。

こんな話は引退した執事から聞いてない、と。

セリーナは気付いていないのだが、彼女は少し……いや大分やり過ぎていた。かの執事がセリーナの教育を見ていたら、

「お嬢様、それはやり過ぎです。わたくしどももそこまで酷くはありません」

と諫言していたことだろう。実際は適度に褒美も与えて、訓練する者同士の競争意識を煽らなければならなかった。しかし、セリーナは褒美もやらずにひたすら追い込んだため、従者たちには競争意識ではなく結束が強まっていたのだ。

だが、そんなことはセリーナは知らないため、対処方法を考えあぐねていた。

(どうしよう? もっとひどい目に遭わせるべきなのかしら?)と。

──

孤児たちは理不尽な訓練を一致団結して乗り超えていった。

その先に待っていたのは、地獄の障害物だったが、それすらもお互いをかばい合いながら、ひとつひとつ着実に攻略していった。

「いいぞ! ルイス! あと一段だ! それを乗り越えれば、後は降りるだけだ!」

高いところが怖くてなかなか丸太のハシゴを突破できなかったルイスが、とうとう一番高い段を乗り越えて反対側から降り始めたときは、みんなが我がことのように喜んだ。

孤児たちは精神的にも肉体的にも確実に成長していった。

それは結果としてはセリーナが意図したところではあったが、暗殺者の育成方法とは大分かけ離れたところにあった。

セリーナの訓練方法が酷すぎて、陰湿な暗殺者を育てているというより、努力・友情・根性が備わった真っ当な人材が育ちつつあった。