軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31 もうひとつの結末(現)

「本当にわたしの子なのか?」

6才になった娘を見て、いつも笑っている夫が不思議そうにつぶやいた。

セリーナはどんな我儘でも聞き入れられる立場であるにも関わらず、幼い頃から必死に習い事に取り組んでいた。礼儀作法だけでなく、馬術、剣術、護身術、さらには魔法まで熱心に勉強している。

しかもどれも優秀なのだという。

家庭教師たちは口を揃えて言った。

「セリーナ様は天才でございます」

わたしは胸を撫で下ろした。これならばわたしの不義を疑われることは無い。少々出来過ぎているような気がしないではなかったが。

ところが10才の誕生日を迎えると、セリーナはとんでもないことを言い始めた。

「わたしは自分の従者が欲しいのです。それも同じ年頃の子を」

これにはさすがの夫も困惑を隠せなかった。10才の子どもに10才の子どもを付けてどうするというのか?

常ならば、もっと教育の行き届いた年齢に達した人間を従者に付けるのが習わしだ。

それでも夫はこの要望を聞き入れようとしたのだが、さらにセリーナは注文をつけた。

「わたしは恵まれない者たちの中から自分で選びたいのです。そう、例えば孤児院でひもじい思いをしている子どもたちのような」

貴族であれば従者と言っても、ある程度の身分の者を付けるのがステータスとなる。それをわざわざ最底辺から選ぼうというのだ。あまりのことに、わたしも顔をしかめてしまった。

セリーナは主張した。

「例え生まれが卑しくても、彼らとて同じ人間です。きちんとした教育を受ければ立派に成長することができると思うのです」

本当に10才の子が言うことだろうか? この家で育って、どうやったらそんな思想に行き着くのか不思議だった。

結局、夫はセリーナの要望に応えた。どんな我儘でも聞くとは言っていたが、ここまでいけば立派なものである。

──

父親と共に孤児院に行ったセリーナは、わざわざ問題児ばかりを6人も連れて帰ってきた。

誰にでも分け隔てなく接するように見えて、実は強烈な差別意識の持ち主である夫にとっては耐え難いことだったであろう。

「あの子のことはよくわからない」

いつも笑っている夫が悩むようになった。極めて優秀な娘。孤児を従者に欲しがる娘。それが公爵家の人間であるが故なのかどうか、判断がつきかねているのだ。

好きなだけ贅沢をさせるつもりだとは言ったものの、服や宝石を買わずに、代わりに庭に訓練用の施設を建造するとは思ってもみなかったことだろう。さらに自分の家庭教師を孤児たちにつけ、教育まで受けさせている。

孤児たちの成績はかなり良い。これでは「人の出来不出来は出自の貴賤に依る」という夫の主張は崩れてしまう。

「いや、セリーナに素晴らしい才能がある。だから、孤児でも役立つ人間に育てることができたのだ」

夫は自分の都合の良いように考え直した。

だが、セリーナの暴走はこれに留まらなかった。何と野良犬を6匹も拾ってきて孤児に育てさせたのだ。

連れてきた当初は、犬たちが屋敷内を駆け回り、さしもの微笑みデブも笑顔を引き攣らせていた。

わたしもいい気味だと思ったが、それでも野良犬が屋敷の中にいることには辟易したものだ。

しかし、それも長くは続かなかった。犬はすぐに孤児たちの手によってしっかり教育され、貴族が飼っているような犬と同等の、いやそれ以上の躾の行き届いた犬へと変貌を遂げたのだ。セリーナに対してだけは、やたらと甘えていたが。

また、様子を見に来た孤児院の院長が、孤児を教育したセリーナの手腕を高く評価したことによって、娘は才媛として貴族の間でも噂にのぼるようになった。

何でも「孤児や野良犬を立派に育て上げる優しい令嬢」らしい。

戦争に向かう騎士や兵士たちよりも、はるかに厳しく孤児を鍛えている娘が、そんなに優しい子には見えないのだが。

(※犬に関する記憶は後に消失)

そしてついに国王陛下が直々に会いたいという要望まで出されたのだ。

「恐らくセリーナは自分の力で王太子様の婚約者となる。素晴らしい子だ。ローゼンバーグ家の誇りだ」

あの子が生まれてから14年、様々な葛藤を経て、夫はようやくセリーナを自分の娘と認めた。

長かった。何もできない無力さを噛み締める日々だった。

しかし、わたしはわたしで気は抜けない。何故ならセリーナは、次に何を始めるのか想像もつかない子だからだ。

その予感は当たった。

「エルフェン湖へ避暑に行ってまいります」

セリーナは普通の貴族の娘のようなことを言った。

ただ、避暑のために用意された馬車には武器や防具を満載しており、どう見ても軍事用のものにしか見えなかった。

「まさか、セリーナは戦争を始める気ではないだろうな?」

送り出したものの、夫は本気で心配していた。セリーナもその従者たちもあの若さで、異常なまでに鍛えられている。公爵家が所蔵していたミスリル製の装備を持って行ったので武具も充実していた。小規模な貴族の領地なら簡単に攻め落とすことができるだろう。わたしも少し心配になった。

そんな不安をよそに、結局セリーナは戦争は起こさなかった。代わりに伝説の魔物であるサーペントを倒した。

もう意味がわからなかった。

ただ、このサーペント討伐でセリーナの評判は一気に高まり、『聖女』の再来だとまで言われた。

国王陛下、いや国全体から頼りにされたセリーナは、民衆を苦しめる魔物たちを次々と倒し、国内外にその名を轟かせた。

「剣と魔法に秀でた魔剣士」

「6人の従者を引き連れた聖女」

「立ちふさがる者は女子供でも容赦のない戦乙女」

こうなってくると逆にわたしは自分の娘であることが不思議に思えてきたのだが、どう見てもあの顔立ちはわたしの子だった。

──

ローズウッド学院に入学した後は、1年生であるにも関わらず事実上の学院の女王となったという話を聞いた。王太子様を差し置いて、だ。

従者たちはかなり荒っぽく生徒たちをまとめたようだが、それを非難する声よりも称賛する声のほうが大きかった。「卒業後を見据えて自分の派閥を作っている」と。

あまりにも名声が高くなり過ぎて、王太子様から婚約を破棄されるという事件もあったが、あの子は気にした風でもなかった。

逆に豪胆にも王家から賠償金代わりに領地を要求するよう提案した娘を見て、夫は感じ入っていた。

「あの子は名よりも実を取った。なかなかできることではない。我が家はセリーナの代で全盛期を迎えるであろう」

王妃の座を逃したにも関わらず、夫はセリーナを褒め称えた。もはや娘に全幅の信頼を置いていた。

学院を卒業した後、セリーナはマリウスと結婚した。

マリウスは子爵家の人間で家柄的には大分劣っていたが、国の魔法使いの上位7人に贈られる七曜の称号の持ち主であり、夫も反対はしなかった。

むしろ、魔法使いとしての血筋が強化されると喜んだくらいだ。

──愚かなことだ──

おまえの血など一滴たりとも残りはしないというのに。

わたしは婚姻の直前に従兄弟と契りを交わしている。そして、この家に来てからは子をなさない薬を飲んでいた。

古くから家同士の付き合いのある薬師から入手した秘伝の薬。傍から見る分には、それは茶のようにしか見えない。

セリーナは従兄弟との間に出来た子であり、公爵家の血など引いていない。

わたしはおまえの血など絶対に残しはしないだろう。

最愛のあの人を殺したおまえを、わたしは一生許しはしない。

ローゼンバーグ公爵家はわたしたちが乗っ取る。

おまえが家の格が劣ると馬鹿にした我が一族が公爵家となるのだ。

神は決して悪を見逃すことはない。どんな人間でもいつかはその報いを受ける。

ざまあみろ。